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手折られた花

 フゥラは地面を蹴って空へ上昇した。ナイフや鉄球を撃ちだすのと同じ原理で、今度は自分の身体を空中へ撃ちだしたのだ。そして上昇と同時に、服の一部を翼に作り替え始める。出来上がった布の翼は、下降が始まる寸前で展開することで、魔力の消費を抑えながら目的地までの滑空を可能とする。


 魔法で空を飛ぶ方法はいくつかあり、一つはフゥラのように落下のエネルギーを利用して滑空する方法である。これは旧人類文明が発明したグライダーという道具の応用である。より高速に飛行したい場合は、鉄球を撃ちだす原理と同じように、今度は自分をチューブの中に入れるように魔法を使えばよい。こちらの方法は魔力を大量に消費するうえ、飛行中の酸素濃度や温度管理にも魔力を割かなければならないため、実際に使いこなせることが出来るのはごく少数だ。


 旧人類文明も、空を飛ぶために様々な乗り物を発明したと記録に残されているが、稼働可能な状態で現存しているものはない。理論だけは残されているため、こうして魔法に応用されている。


 フゥラが使用した飛行魔法は非常に静粛性に優れていた。故に魔獣の群れは彼女の接近に気が付くことはなく、ノロノロと呑気に街へと向かうのだった。


 両者の距離は次第に縮まっていき、ついに群れが彼女の攻撃範囲に入る寸前というところで、群れのうちの一体が振り返り、彼女の存在に気が付いた。しかし時すでに遅し、群れの魔獣達がフゥラを視認するのは、彼女が無数の小さな鉄球を撃ち出した後だった。


 鉄球は音速を越えるスピードで撃ちだされ、一直線に群れへと放たれる。ドスドスッという鈍い音と共に魔獣や地面に無数の鉄球が突き刺さる。それはまるで豪雨のように魔獣の群れへと襲い掛かるのだった。


 フゥラは最初の一撃に手持ちの全ての鉄球を使った。その理由はいくつかあるが、彼女にとって撃ちだすものは鉄球である必要がないということが主な理由だ。鉄球は革袋にたっぷりと入っていたため、その攻撃範囲は群れの全域をカバーすることが出来ていた。特に手前にいた個体へはいくつもの鉄球が命中する。その攻撃だけで手前の4体は既に行動不能なレベルのダメージを負ったようで、ピクリとも動かない。


 この奇襲を受けて、群れは一気に臨戦態勢へ入る。フゥラの視界に入った敵の総数は12.そのうち4体は既に行動不能なため、残り8体をどうにかしなければならない。セオドールは時間を稼ぐだけでいいと言っていたが、この時フゥラは、自分なら何とか出来るだろうと考えていた。従って必然的に倒すことを前提とした立ち回りとなる。



「はぁっ!!」



 フゥラは鉄球を撃ち切ると、今度は自分自身に加速をかけて、渾身の蹴りを群れの1体へ浴びせかける。こんな小娘にそんな芸当が出来ると思っていなかったのか、その個体はその攻撃をモロに食らってしまい、その巨躯が数メートル後ろまで蹴り飛ばされていく。しかしそれは致命打にはならなかったようで、その個体はすぐに立ち上がる。そして群れの化け物たちはフゥラを見て口々に叫ぶ。



「ウマソウ!」


「ウマソウナコムスメダ!」


「ウマソウウマソウ!」


「アシハオレニクレヨ?」



 などと仲間がやられたことなど気にも留めず、目の前の餌をどう分けるか口々に叫ぶ。フゥラはその知性の低さに呆れながら先ほどの個体の眼前で圧縮空気を爆裂させる。人間なら頭が吹き飛ぶほどの威力の爆発を受けて化け物の顔が吹き飛ぶ。化け物はよろよろと動き、辛うじて生きているものの既に外界を知覚することは困難なようだ。



「残り7体」



 何気なく彼女がそう言った時、化け物のうちの1体が大口を開けて空気を吸い込み始めた。それに呼応するように他の個体も次々と同じことをし始める。



(何かをしようとしているのは明らかだけれど、相手の手札が分からないな。それならいっそここで使うべき……かな!)



 何かする気であることは明白であったが、何が来るのかフゥラには分からない。そのため彼女が出した答えはやられる前にやる、だった。


 フゥラはある魔法の詠唱を始める。魔法は詠唱無しで発動出来るものが大半だが、何か大掛かりなものになると詠唱が必要になってくる。これは、世界に作用する規模が大きすぎるものは想像しにくいため、手順通りにイメージを沸かせることで、想像力に頼らない安定した魔法の発動を実現するための措置だ。こうした魔法はテンプレートとして名称が定められている。


 彼女はいくつかそういった魔法を知っており、これから使うものもその一つだ。しかしこういった魔法は一度に大量の魔力を消費してしまう諸刃の剣である。うまく事を収められなければ使い手は窮地に陥る。しかしこの状況で先手必勝を考えるのなら、先に使ってしまうべきだと考えたのだろう。彼女は広範囲に破壊を齎す魔法の詠唱を終え、高らかにその名を叫ぶ。



「発動せよ!ヒエラルキア・キュリオテテス・フルトゥーナ!」



 フゥラが叫ぶと同時に、彼女の正面45度の範囲の大気が揺らぎ始める。そしてその揺らぎは徐々に大きく激しくなり、やがて無秩序な暴風となる。そのあまりに強い風は、地を剥がし草木を根こそぎ巻き上げた。それらは嵐とともに化け物へ襲い掛かり、ある者は下敷きになり、またある者は引き裂かれた。


 彼女から放たれる強い魔力の奔流が霧散したとき、そこにはただ不自然な形に抉れた地面が残るだけだった。吹き飛ばされた大地や草木は両脇に小高い丘となって再形成され、いたはずの魔獣は跡形もなかった。


 あまり使う機会のない魔法を使ったためか、彼女は肩で息をしながら膝を付く。いっそここで寝転がりたい、それほどの疲労感が彼女を襲う。周りに敵の気配もないしそうしてしまおうか、そう思った時だった。彼女の背後に突如として魔獣が現れる。それはまるで無から生まれるように姿を現した。彼女はその瞬間を目撃したが、魔法の反動で身体が動かない。



「うっ!?」



 ガツンとフゥラの身体に非常に強い衝撃が走る。彼女はそのまま何メートルも吹き飛ばされ、転がりながら自身の魔法が作り上げた大地の壁に身体を打ち付ける。その時の衝撃で何本かの骨が折れたのが彼女には分かった。灼熱のような痛みが身体中を駆け巡るがそれに悶えている暇がないことは彼女にも分かっていた。自分をこんな目に合わせた張本人がこちらへ近づいてくるのが分かるのだ。しかもそれは人ではない。あの化け物だ。



「ぐっ……!っ……!!!!」


「アレ?シンダ?ネエシンダ?」


「ナニシテルンダ。オレモウイッカイアレミタカッタ」



 ケタケタと不快な笑い声を上げながらそれが近づいてくる。ズシン、ズシンとわずかに大地が揺れる音が、フゥラにとってはまるで彼女の命のカウントダウンのように感じられた。


 それでも諦めず、最後の力を振り絞って彼女は飛び立つ。その手には数個の小石が握られていた。上昇時の衝撃で折れた箇所に激痛が走る。どうやらあばらと右肩、左脚の小指が折れているようだ。自身の身体が上げる悲鳴を無視して彼女は上昇を続けた。



「ああああああああああああああっ!!!!!!」



 あまりの激痛に彼女は叫ぶ。視界は涙で滲んだ。叫んだことでいくらか気は紛れたが、それも気休めに過ぎなかった。気を失いそうになる激痛が脳を内側から叩く。彼女は小石を浮かべ、その照準を魔獣に合わせようとするが、痛みに集中力を乱され狙いを定められない。激痛に耐えかねて彼女は嘔吐する。その口から出てくるものは、吐しゃ物ではなく真っ赤な血だった。満身創痍の彼女に無理な魔法の行使が追い打ちをかけたのだ。


 もう後がない。彼女は歯を食いしばり目を見開く。そしてあらん限りの魔力を込めて、魔獣の手の届かない上空から小石を撃ちだす。



「死ねええええええええええ!!!!!!」



 フゥラの放った小石は魔獣の額を捉えたように見えた。しかしその結果を見届ける前に、彼女の身体は強い衝撃波に包まれる。



「ぐぅぅぅぅぅぅ!?!?」



 何かが彼女に激突した。その衝撃でバランスを崩し、彼女は錐揉みしながら地面へ落下していく。高さは数十メートルはある。地面に激突すれば死は免れない。視界が回りながら徐々に地面が近づく。この状態から体勢を立て直すのは非常に困難だ。どうすればいい?彼女は思考を巡らせる。そして彼女はひらめく。自身を撃ちだす時の逆をやればよいのではないかと。普段は落下時に脚部を魔法で強化することで着地を可能にしているが、今回はその足を損傷しているため、それを行うと上手く着地出来ず、非強化部分に衝撃が伝わってしまう可能性がある。だが、今考え付いた方法ならば、身体全体にかかる落下エネルギーを相殺することが可能なため、身体にかかる負担は最小限に抑えられるはずだ。


 地面まで少しの猶予もない。その実現可能性を考えるより先に、彼女は魔法を行使する。


 ――地面が近づく


 ――お願い、上手くいって……!


 彼女の行使した魔法が効力を発揮する。それまでは走馬灯のように凄まじい速度で頬を撫でていた風が穏やかになる。彼女は徐々に落下するスピードを落としていき、羽のように着地する。咄嗟に考えた方法が上手くいき、彼女は安堵する。ふと頭を横に向けると、そこには着地の衝撃でグシャグシャになってしまった花があった。


 もう身体のどこも動きそうになかった。彼女は地面に四肢を投げ出し、ふーっと長く息を吐く。そしてしばし瞑目し、感情の高鳴りを落ち着ける。そして再び目を開ける。







 するとそこには牙をむき、今にも彼女に襲い掛かろうとする二匹の魔獣の姿が映った。







 撃ち漏らしがいたのだろう。彼女は全ての魔獣を処理したものと思って完全に油断していた。先刻のクリス然り、精神的に大きく動揺すると魔法はその効力を十分に発揮しない。それはこの時の彼女にも当てはまり、最早自分の死か、実現性の薄い妄想しか頭に思い浮かばないのであった。


 セオドール達の前では格好つけていたが、いざ死に直面するとあの時のような覚悟はもう胸に浮かばない。彼らがいないことをいいことにフゥラは死に怯えた。



「いやぁ……私……死にたくない……まだ……嫌だよぉ………」



 さっきまで化け物を圧倒していた少女とは思えない情けない声を上げながら、まだ辛うじて動く左腕を使って化け物から逃げようとする。その様子を見て化け物はゲラゲラと笑う。

 もうすぐそこに化け物はやってきていて、それらはフゥラを嘲りながら見下ろしていた。



「ナンダソレ。ニゲテイルツモリナノカ?」


「ダッセー!オトナシクシネ!」



 死ねと言った方の化け物がフゥラの身体を踏みつける。満身創痍の身体は耐えきれず、腰骨が砕け、内容物がブチブチと潰れる。痛みを越えた痛みに声を出すことも出来ず、フゥラはただ苦しみに悶えた。喉の奥から鉄のような味のする液体が噴き出す。不幸なことに意識はまだハッキリと保たれており、化け物が自分の足を掴んで握りつぶす感覚を彼女は味わう。



「あ……あ……あ………………あっ…………!」



 経験したことのない痛みに身体が言うことを聞かず、無意味に痙攣を繰り返す。彼女の頭の中を絶望と諦観が満たしていく。


 その後化け物達が誰がどの部位を食べるか話始めた辺りでフゥラの意識が遠くなる。ようやく薄れ始めた意識の中で、ああ、自分は死んでしまうんだな、と彼女は思った。もっとやりたいことがあったなあ、とかなんでこんなところで死んでしまうのかなあ、とかいろいろなことが頭の中を駆け巡った。


 そして最後にセオドールは無事に街へ辿り着けたかなあ、クリスにはもうちょっと優しくしてあげてもよかったかなあ、とフゥラは二人のことを考えた。



「セオドール…会いたい…」



 最期に見るのは彼の顔にしたかった。しかしそれは叶わない願いだ。


 今、彼女は陽の傾き始めた青空を見ていた。空は彼女の心を慰めるようなものを何も映さなかった。これが最期の景色か、いつも見ていた空はこんなにも残酷な色だったかな、と彼女は思う。


 フゥラは諦観を受け入れ、ボーっと空を見上げていた。ふとその空に流星が見えたような気がした。流れ星にお願い事をすると叶えてくれるんだっけ、じゃあどうか



「二人が無事でありますように」



 そんなことを考えたところで彼女の意識は途切れた。

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