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早咲きの花

 クリス達はシルポートまであと少しというところまでやってきていた。既に街の門は見えており普通なら足取りも軽くなるところだが、周囲の状況はそれを許してくれなかった。クリス達と門の間に、先ほど遭遇した獣と同種と思われる群れがいるのが見えるからだ。それらはこちらへは気が付いていないようだが門の方へ向かっており、それが街を襲おうとしているのは誰の目にも明らかであった。



「なんてことだ……早く何か対策を講じないと……」



 立場上当然だが、セオドールはこの状況を見て見ぬふりなど出来ない。一体ですら苦戦を強いられた相手が群れで存在しているのだ。ここからでは数までは把握出来ないが、一体でも街へ侵入すれば惨事は免れないだろう。



「あんな数俺達だけでどうにか出来るのか?街へ知らせるにしても、別の入り口へ向かう間に奴らは門へ着くだろうな!」


「そうかもな。だが見逃すわけにもいかない。諦めるのは時期尚早だぞ、クリス。」



 そうセオドールは言うが、どうしようもない状況にクリスは半ば絶望していた。これから起こる惨事をただ遠くから見ていることしか出来ないのではないかと。そんな彼とは対照的にセオドールとフゥラの二人は静かに互いの視線を交わす。そして、



「セオドール様、ご命令さえして頂ければ、フゥラはいつでも向かう準備が出来ております」



 フゥラがセオドールに跪く。クリスからしてみれば柄にもないことをしているように見えるが、本来彼らはこういった主従の関係にある。事態の深刻さから考えて、この対応に何らおかしなことはない。これはフゥラも覚悟は出来ているという意思表示なのだろう。



「プライベートの時は……。いや、フゥラ・サルヴァトーレ、出来るのか?」



 セオドールは無粋なことを言いかけたが、それを寸でのところで飲み込んだ。彼は不安げに彼女へ問う。



「確約はしかねます」


「ならダメだ。死にに行けと命令することは出来ない」



 彼は即答する。無事に帰れる保証もないところに、無闇に彼女を送りこみたくないのだろう。しかしフゥラも引き下がらない。彼女は顔を上げて彼の目を見つめる。



「セオドール様、それでも、です。どうか次期当主としての務めを果たしてください。貴方は決断しなければなりません」



 セオドールの目には迷いが見える。しかしフゥラは既に心を決めているようで、その目には迷いはない。その想いを伝えようと、彼女は一心に彼を見つめている。



「だからといってだな――」


「全員で向かえば全滅は免れないでしょう。しかし私一人でも時間稼ぎくらいは可能です。その間にセオドール様がお二人を連れて街へ向かえば、守備隊が防御を固める時間的猶予を得ることが可能だと考えます」



 セオドールの言葉を遮って彼女は言う。彼女は自分で何を言っているのか分かっているのだろうか、とクリスは思った。これは自分を捨て駒に使えと言っているに等しい。そんな選択を彼女は彼に強いているのだ。彼が首を縦に振ることは容易ではないだろう。



「お前はどうなる?」



 その問いに対して一瞬の間が空く。それを言えば彼はどう考えるのだろう。一人で行くことを許してくれるのだろうか。自分の考えを納得させるにはどんな一言が必要か、彼女は考えているようだった。そしてその重い口を開く。



「私は……生きて帰れないかもしれません。それでも私は、今が自分の命を懸ける時だと思っています。私の誇りにかけて、この場で最良の選択を逃すことはしたくありません。セオドール様が次期当主としての務めを果たさなければならないように、私も私の務めを果たさなければならないと思います」



 彼女の務め、それは彼に仕えることだ。それはつまり彼の信条に従うということ。それはつまり彼の手駒となり、時には捨て石に使われることを受け入れるということでもあるのだ。次期当主としての務め、という言葉にセオドールは弱かったようだ。彼は下唇を噛む。そして一度深呼吸してから彼女に告げる。



「次期当主としての務めか。分かった。オルコット家次期当主として命ずる!街へ忍び寄る脅威を排除し市民を守れ!」


「承知しました。必ずや」



 その言葉を聞くとフゥラはくるりと背を向ける。どうやら彼女は、本当に単身であの群れへ吶喊するつもりらしい。



「おいお前らそれ本気か?フゥラは……死ぬかもしれないんだぞ!?」



 今にも飛び出していきそうなフゥラをクリスの言葉が引き留める。クリスにとって二人は幼い頃から共に暮らした仲だ。彼ならあの群れに立ち向かえと言われても、怖くて何も出来ないだろう。しかしあっさりと覚悟を決めた彼らに――同じ時を過ごしたはずの二人との覚悟の差に――クリスは溝を感じるのだった。



「上に立つものとして市民を守るのは当然の責務だ、クリス。まぁ俺が戦いに参加したところで足手まといにしかならないから……俺の仕事はこの子を街へ送り届け、市民を避難させることだ」


「そして私の仕事は敵を食い止めその時間を稼ぐこと。そうですね?」



 クリスは彼らに何も言うことが出来なかった。かける言葉が浮かばなかったのだ。そんな彼を見て、フゥラが彼の背中を叩く。



「クリス、これから私たちのやることに付き合えなんて言わないよ?けれどここで立ち向かう男の方が私はかっこいいと思うなぁ?」



 フゥラはにっこりと笑顔を作る。とても可愛い。しかしそんな可愛い顔から発せられる言葉には、微塵も可愛さを感じられなかった。



「それ付き合えって言ってるよな……」



 クリスは浮かない顔でセオドールの顔を見る。彼もフゥラの言葉には苦笑いを浮かべていた。



「クリスも俺たちが守るべき市民の一人だ。本来なら逃げろというところだが、今は一人でも多くの手が借りたい。どうか力を貸してほしい」



 彼は頭を下げながら言った。ここまでされて逃げたら、クリスは二度と彼らに合わす顔などないだろう。それ以上に、彼は少しでもフゥラが危険な目に遭わないで欲しいと思った。そうなれば必然的に答えは一つだ。



「やめろよセオドール。そんなことしなくても……。はぁ……、協力するさ。お前らを置いて逃げることだけは出来ないだろ」



 クリスの言葉に二人がほほ笑む。フゥラはそのままニコニコしていたが、セオドールの顔からはすぐにその表情は消える。それは次に語る内容のせいだ。



「それじゃクリス、俺と一緒に来てくれ。俺たちは迂回して正面の門を目指す」



 そしてセオドールは少し言いよどんでから、



「その道中で万が一敵と遭遇したら……すまないが俺を逃がすために囮になってほしい。多数を救うための犠牲になってくれ」



 と言った。クリスも少しは戦うことが出来るが、先ほどの戦績から考えて囮などなぶり殺しにされるのがオチだろう。それでもこの状況ではそう頼むしかない。二人の親友を死地へ送り出すセオドールの心境やいかなるものだったのだろうか。気が付けば彼は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。



「分かってるからそんな嫌な言い方するなよ。誰もお前を恨んだりしねえし、大体俺が死ぬ前提で話すなっての」



 彼も嫌なのだろう。だからあんな嫌な言い方をするのだ。そんなことはクリスにも分かっている。



「ふぅ、クリスも調子出てきたみたいだね。クリスだってやれば出来るんだから、しっかりね。それじゃ!私は先に行くね!」


「あ!おい!ちゃんと食べたいケーキ考えておけよ!」



 そういうとフゥラは驚異的なスピードで飛び去った。そして放物線を描き、群れに近づいていく。クリスは「ないもの絞り出しているだけだ」と彼女に恨み節の一つくらい言いたかったが、そんな猶予すらない一瞬の出来事だった。だから咄嗟に出た一言を彼女へ投げかけた。彼女は右手を振って答えた。彼は彼女の遠くなる背中を見送る。



「俺達も行くぞ!」



 フゥラの背中が小さくなったところでセオドールがクリスの肩を叩く。クリスもそれに応え、二人は走り出した。


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