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ダブリン撤退戦:救出作戦

何度目の突入だろうか。既に回数は数えられていなかった。作戦開始から三時間が経過していた。未だ沿岸部には市民が取り残されているものの、その数は順調に減ってきていた。


これは決して効率的に救助出来ているからではない。単に魔獣に襲われる頻度が増えた結果である。残酷な現実に胸を押しつぶされそうになりながら、フゥラはイザベラの護衛を続けていた。人を一人抱えた状態でもイザベラは素早く動くため、彼女はついて行くので精いっぱいであった。魔獣たちは護衛の兵士には目もくれず、鈍足になった輸送係の兵士を狙う。


また一匹の魔獣が向かってくる。灰色の体毛に爬虫類のような頭をもつそれは、背中に生えた大きな翼で羽ばたき、4本の足に生えた鋭いかぎづめでイザベラの背中を狙う。その間にフゥラは割り込み、空中に発生させた砂岩の壁でその一撃を受け止める。壁は魔獣の力に耐え切れず、一撃で粉々に砕けてしまうが、勢いを殺された魔獣には隙が出来た。それを彼女は見逃さず、刺突爆雷を突き立てる。グサリと魔獣の硬質な皮膚を貫通した音がして、直後爆雷は派手に爆発、魔獣の血肉を周囲にばら蒔く。その生臭い血肉を全身に浴びながら、フゥラは次なる目標を探す。イザベラを挟んで反対側ではセオドールも魔獣に応戦していた。フゥラはすかさず弐式軍刀を抜刀し、その魔獣の背中を切りつける。咄嗟の一撃は致命打とはならなかったが、相手の油断を誘うには十分であった。セオドールがすかさず刺突爆雷を突きさす。


「ギャアアア!!」


人間じみた奇怪な叫び声を上げながら未知の魔獣は落下していった。サッと血を振り払い、フゥラは納刀する。


「フゥラ、セオドール。まだいけそうか?」


「俺はまだ大丈夫です」


「私は正直限界が近いです。一度補給を」


フゥラは異常な空腹感と戦いながら、残り少ないエネルギーを消費する。人間も動物の延長なのか、そんな状態になると他の人間ですら美味しそうに見えるのだった。溢れ出るよだれを魔獣の血でベタベタになった制服で拭う。腐った卵のような最悪な臭いが制服から漂っていた。


「分かった。着艦したら補給をしよう。セオドールも予備を多めに持っていけ」


「了解!」


向かってきたイーグル種を軍刀で薙ぎ払いながらセオドールは答えた。彼もまた制服を魔獣の血で汚していた。3人はそのまま飛行を続ける。やっとの思いで輸送艦に市民を下ろすと、甲板の上に広げてあった補給物資に喰らいつく。


鼻がひん曲がるような悪臭の中でする食事は気持ちの良いものではなかった。カロリーの高い糖蜜パイの味と共に腐乱臭が口の中に飛び込んでくる。フゥラはえづきながらそれを無理矢理飲みこむ。甲板には吐しゃ物が点在し、視界に入れると吐き気がこみ上げてくるため、彼女は上を向いたままイザベラの指示を待った。


イザベラは顔色一つ変えずに黙々と物資を口に運んだ。補給物資として用意されている食事の味は、多くの量を食べられるように美味しく作ってある。にもかかわらず立ち込める悪臭のせいで味わっている余裕などなかった。返り血を浴びた制服から漂う悪臭は筆舌に尽くし難いものがあり、物資をポケットに詰めることさえためらわれた。しかし市民の命と天秤にかけることは出来ない。彼女はチョコバーを何本か、力任せにポケットに突っ込む。イザベラが二人に出発可能が確かめると、二人は頬袋を物資で膨らませながら頷いた。


「行くぞ。休んでいる間にも市民が犠牲になっている」


3人は再び甲板を蹴って空に飛び上がる。ダブリンの街に近づくと、既に港湾部にまで魔獣が到達しているのが分かった。恐らくこれで最後の救出になるだろう。イザベラはそう直感する。市民の数は最早溢れた魔獣以下であった。生き残った数少ない市民を救出しようと3人は高度を下げる。


「あそこに二人が取り残されている。一気に助けるぞ」


イザベラが指差した先には魔獣に囲まれた若い男女のカップルが見えた。男性は木切れを振って魔獣を牽制するが、ジリジリとその距離は縮められ、壁際に追い込まれてしまっていた。3人はぐっとスピードを上げ、進路をそこに定める。


「伏せろ!」


一際大きな声でイザベラが叫んだ。若い男はそれに反応し、女の頭を抱えて地面に伏せる。イザベラは手の先に魔力を集中し、大振りの一撃を繰り出す。すると手の延長線上にあった魔獣の身体が見えない刃によって真っ二つに切り裂かれた。


「大丈夫か!二人とも私に掴まれ!」


「助かった……!」


イザベラが二人を脇に抱えると、男は安堵のため息を漏らした。大の大人二人分の重さを物ともせず、イザベラは空に上がる。しかしその動きにはやはり無理があり、前ほどの速度は出ないのであった。そこへ容赦なくイーグル種の大群が襲い掛かる。既にこの空域を飛ぶ兵士の絶対数が少なくなっており、その分一人一人へ群がる魔獣が増えていたのだ。イザベラの視界に見えたのは七体のイーグル種であった。彼女は身体をねじり進路を変える。これによって魔獣との正面衝突こそ起こらなかったものの、それらは執拗に彼女を狙っていた。その進路の頭を抑えんとイーグル種もまた進路を変更する。後ろからフゥラとセオドールが銃撃で掩護するも、次から次へとやってくる魔獣の物量に対応しきれていないようであった。


「おい!男!自力でつかまっていられるか!手を自由にしたい!」


「大丈夫だ!俺に構わずやってくれ!」


「良い度胸だ!」


イザベラは男を掴んでいた腕を離すと、代わりに片手で小銃を構える。そこに残った魔力を集中させると彼女は次々に魔法を連発する。魔法で作られた弾幕にイーグル種は押され二体が爆散するも、それを潜り抜けてきた一体の鋭利な爪がイザベラに迫った。


「くっ……」


咄嗟に彼女は身をひるがえし、抱えていた女性を守る。代わりに彼女の背中に深々と爪が突き刺さった。


「ぐぅっ……!!」


鮮やかな色の血が口元を伝う。イザベラは肉を抉られる痛みに耐えながら背後に向けて引き金を引いた。至近距離で氷結魔法が炸裂し、魔獣はバラバラに砕け散る。


「へ……兵士さん!背中が……!」


抱えていた女が悲痛が声をあげる。それもそのはず。彼女の傷は深く、今も噴水のように血が流れていたからだ。魔獣の返り血だらけだった彼女の制服は、今や自分の血で真っ赤に染まりつつあった。


「大丈夫だ」


自分に言い聞かせるように彼女は短く答えると再び進み始めた。ぼたぼたと血液が海面に落ちる。徐々に力が失われていくのが今の彼女にはハッキリと分かった。身体が重かった。ふらふらになりながら輸送艦までやってくると、彼女は倒れ込むように甲板に伏した。後から追いかけてきたフゥラとセオドールが、慌てて彼女に駆け寄る。


「リサルディ中佐!しっかりして下さい!今傷を塞ぎます!セオドールは薬出して!」


「すまない……頼む」


彼女の傷は短期間の間に化膿を始めていた。不衛生な環境だったからか、傷の状態はすこぶる良くなかった。セオドールは腰のポーチからジェル状の消毒薬を取り出すと、それをフゥラに投げて渡す。フゥラはそれを傷口に塗布し、傷を塞ぐための魔法をかけ始める。


「と……止まらない……」


いくら細胞を活性化させても、イザベラ自身に残されたエネルギーが少ないため、回復が追いつかないのだ。そうしている間にもどんどん彼女の血液は体外に流れ出る。


「セオドール、衛生兵を呼んできて。傷を縫合しないとダメだ」


「分かった!」


魔法も万能ではない。ほとんどの傷病は治すことが可能だが、本人に力が残っていなければ手遅れになることも少なくないのだ。特にこのような戦場では。


セオドールによって連れられてきた衛生兵は、彼女の制服を脱がせると手際よく背中の傷を針と糸で縫い合わせていく。縫合自体は5分ほどで終わった。ようやく血は止まったが、イザベラの顔色は優れないままであった。


「リサルディ中佐……」


「そう心配そうな顔をするな。まだ作戦は終わっていない。誰かを捕まえて行ってこい。ほら。行け」


「……はい」


顔も見ず、弱弱しく彼女は指示を飛ばす。二人はキビキビと動き、手すきの兵士を連れて再び空へと上がって行った。イザベラはその後ろ姿をぼんやりとした視界で見送る。二人の無事を祈りながら、イザベラはばたりとその場に倒れた。


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