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先手必勝!

モニターだらけの無駄に広い部屋にローゼンスタインは一人座っていた。今日もグロリアス治安維持機構の定例会議だ。モニターには上級士官達の顔が勢ぞろい。彼はグレースの代理として出席を求められているのだが、小心者の彼は耐えがたい重圧を感じていた。


「……と、いうわけで結論を申し上げますとね。グレース大佐を模した魔獣とアドリア地方軍所属のクリス・レイフィールド二等兵はペルシャ地方へと逃げ去っていったわけです」


何か言われるのではないかと冷や汗をかきながら、ローゼンスタインは報告を終えて席に着く。それに対して他の士官からの反応は淡々としたもので、大した事実確認も行われなかった。しかし続く二名の士官からの報告が物議を醸すことになる。疲れたベルマンが会議を進める。


「続いての報告をライカ・スルツカヤ大佐に行ってもらう」


「はい」


スピーカーからキリッとした女性の声が響く。プラチナブロンドの髪を一本に束ねたその女性は、猛獣のようにキラキラと光る金色の瞳の持ち主だった。あの瞳に一睨みされては堪らないとローゼンスタインは感じた。彼女は丸めてあった紙を広げ、それを読み上げる。


「三日前、魔獣の群体が観測されました。場所はシベリア東部ヤクーツク。数は100以下と目されており、先日のアルプス襲撃時と比べると非常に数は少ないと言えます。群体の構成はガルム、ジャガーノートばかりで、アルビオンは見つかっていません。ただ……、これを見て下さい」


彼女が映っていたモニターに代わりに別の画像が当時される。そこには二足歩行の人型生物が映っていた。頭からつま先まで一切の毛が生えておらず、つるりとした身体の表面には、感覚器官や性器などの複雑な造形物は存在していなかった。まるで子供が遊びで作り上げた泥人形のような見てくれのそれは、他の魔獣と共に、操り人形のようにぎこちなく歩みを進めていた。その何とも形容し難い悍ましさに、ローゼンスタインは他の魔獣とは異なる不気味さを感じたのだった。


「市街地からは遠い位置を徘徊しているため、監視させるに留めております。我々は魔獣とも人間とも違うこれを魔人と呼称しております。シベリアからの報告は以上です」


「ありがとうスルツカヤ大佐。さて、この二つの報告に合わせて先日のアルプスで確認された人語を解する魔獣の存在を思い出して欲しい。端的に言って魔獣は人間を模倣しつつある。それに合わせて戦闘も散漫な襲撃から、大規模な集団戦に移行しつつあると考えられる。抜本的な対策はこれから立てていくことになるが、当面は相手を魔獣と侮らないようにして欲しい。私からは以上だ。質疑の時間に移そう」


士官たちは騒めいた。魔獣は知性の伴わない獣だから魔獣だったのだ。それが人間を模倣しつつあるとはどういうことか。ローゼンスタインも同様を隠せない一人であった。アルプスでの戦闘で近衛を一気に失ったことからも、ベルマンの発言が脅しではないことは重々承知していた。これまでの参謀の仕事と言えば、散発的に湧いてくる魔獣の傾向から群れの位置を割り出し、十分な数の討伐隊を編成して差し向けるだけであった。これからはそれだけでは済まない。いわば対人間の戦闘を想定することに等しいからだ。普段自分達が使う技を相手が模倣してきたのなら、被害はこれまでとは比べものにならなくなる。


「質問、いいですか」


そんな騒めきの中、一人の女性が質問を投げかける。先ほどのスルツカヤ大佐だ。彼女はかなり強い口調で言い放つ。見た目に違わず気の強い女性らしい。


「抜本的な対策はどこが立てるのですか?既に案があるのでしたらお教えいただきたい」


「それについては既に決まりつつある。新しく部署を作る方針だ。チームの人選については先日紹介した劉女史に一任している」


「シベリアは既に戦端を開くか開かないかの瀬戸際にあります。一刻も早くご連絡いただきたい」


劉 香蘭、ローゼンスタインは資料でしか目にしていないが、何でも高名な学者らしい。昔の戦術について研究しているのだとか。戦術というものがすっかり廃れてしまった理由は、人間同士で争う余裕がなくなり不要になったからだ。ローゼンスタインも実際に使う機会がないため、戦術についてはあまり詳しくない。呑気にそんなことを考えている彼とは対照的に、スルツカヤ大佐からは画面越しなのに殺気がひしひしと感じられた。余程現場は切迫した状況なのだろう。アドリアからシベリアまではかなり離れているからか、彼にはあまり実感の沸かないことであった。


それから会議は30分ほどで終了した。あの後は特に実りのない発言の連続であり、ローゼンスタインは特に内容を気にも留めていなかった。会議の終了時間に合わせてヒルデが部屋に入ってくる。


「ローゼンスタイン中佐。お疲れ様でした。アドリア遠征軍の被害報告書、まとまりましたので机の上に提出いたしました」


「ああ……、ありがとう。目を通しておくよ」


先日の一件でグレースはいなくなってしまったため、ローゼンスタインがその代行として業務のほとんどを肩代わりすることになった。おかげで今日も資料にたくさんハンコをおさなければならなかった。


自室へ戻ると、彼は机に山積みにされた書類と格闘する。書類はどれも頭の痛くなるような報告ばかりであった。ローゼンスタインは心を無にして承認のハンコを押す。


「はぁ……」


アドリア遠征軍はかつてない規模で進軍を行ったため、その悪影響が各所で出ていた。まず一つが経済だ。兵站確保のために民間用の鉄道を徴用したため、経済の停滞を産んでいた。その穴を埋めるように遠征軍に必要な物資を購入したため、市場は一時的な活気を得ているが、これはその分アドリア地方軍の経費を圧迫することとなっていた。グロリアス本部からの支援は手厚いものであったが、今後のことを思うと余裕を持たせた進軍は控えるべきであった。先ほどの会議の内容に反する手段を取らざるを得なくなっており、彼は頭を抱える。体よくグレースの遺産を押し付けられてしまったような気分であった。


書類の山を半分ほど片づけたところでドアがノックされる。威厳を保つために服を正し、背筋をシャキッと伸ばしてからローゼンスタインは返事をする。


「入りたまえ」


「第三近衛分隊所属、エンリケ・シルバ少尉以下3名です」


「おお、待っていたよ」


彼に呼び出されたのはエンリケ、セオドール、フゥラの3人であった。彼は立ち上がって3人を迎える。


「本日はどのようなご用命でしょうか」


「先日の一件でアルプス地方がアドリアに編入されることになったのは知っているね?それに合わせてアドリアの戦力を向こうに配備したい。その基幹戦力として君達には働いてもらいたいんだ」


「基幹戦力ですか?」


言葉の額面だけを受け取ることは可能だが、実際にどんな働きを求められるのか分かりかねる、そんな難しい表情を3人は並べる。


「そうだ。主力といった方が分かりやすいかな。君達が一番上だ。その下にアルプスから徴収した新兵を付ける」


「私達3人だけですか?」


「近衛からはね。遠征軍の撤収が終わったら、これからの戦いに合わせて新しく師団編成を見直すつもりだ。その折に1個連隊をアルプスに割り当てようと思う。その中に君達を編入する。貴重な魔術戦力は固めて運用することにしたんだ」


「アドリアのほとんどの兵士は魔術を使えるはずですが」


「違うよ。君達は魔力増幅機関無しで上級魔法を使えるだろう?そういう兵士を集中運用していくつもりなんだ」


ローゼンスタインの言う通り、ほとんどの兵士は魔導機関という魔力を増幅させる装置を内蔵した武器を用いて戦う。武器としては主に剣と銃と砲が存在し、銃と砲はやや扱いが難しいとされている。ここに呼ばれた3人はそれらが無くても魔法を扱うことが出来るが、それは決して一般的なことではない。人口の8割を占めるブラックアーツのうち、セオドール達のように魔法を使いこなせるのは2割程度なのだ。全体から見れば貴重な人材である。それを1個連隊とは中々贅沢な話である。


「なるほど、主旨は理解しました」


「ま、そういうわけだ。よろしく頼むよ」


「はっ!」


入隊から一月足らずのセオドールとフゥラは早速の配置転換に面食らう。返事をしたのはエンリケだけで、二人はやや緊張した面持ちでその指令を受け取った。




妙にハッキリとした視界に朝日が差し込む。ホテルの部屋の中は脱ぎ散らかした衣服で雑然としていた。その日の晩は二人とも一睡も出来なかった。お互いに隣で眠れない相手のことを意識しすぎてしまったのである。


先に布団から出たのはクリスであった。有り余るエネルギーを発散しなければならないと感じたからだ。クリスはおもむろに寝間着を脱ぐと、ベッドの隣の床で腕立て伏せを始めた。彼の奇行をグレースも上半身を起こして観察してしまう。60回ほど続け、腕に乳酸が溜まってきた辺りでクリスはへばってしまう。慣れない筋トレなどしたせいだ。


「クリス君、本格的に鍛錬不足ね」


「いつもはもうちょっと出来るんだよ」


「ちょっとじゃ全然ダメよ」


いつになく小難しいことを考えていそうな顔でグレースはぴょんとベッドから飛び降りる。そしてそのまま汗でベタベタのクリスの背中に腰を掛ける。


「重い」


「失礼ね!そんなに重くないわよ!」


「その背丈になってから体重測ってないだろ」


「前より重いわけないでしょー!?」


グレースは頬を膨らませて抗議するものの、退く気はないらしく、彼女はそのままクリスの背中に居座る。


「まあ私程度で“重い”ひ弱なクリス君には特別な筋トレメニューをあげるわ。ほらこのまま腕立て100回しなさい。フゥラちゃんなら出来るわよ」


「あいつは顔が可愛いだけのメスゴリラだからなぁ……」


「失礼ね!いいから早く腕立てしなさーい!」


「……マジ?」


今のクリスには厳しいトレーニングだが、グレース直々に見てくれるということもあって腕が動かなくなるまで彼はトレーニングを続ける。何とか100回をこなす頃には、彼の腕は生まれたての子鹿のようにプルプルと震えていた。それを満足そうに背中からグレースは見下ろす。


「いい感じに疲れてきたんじゃない?次は腹筋ね。足を押さえててあげるから、はい。今度も160回ね」


「待て待て、急にどうしたんだよ」


「良いから良いから」


言われるがままにクリスは転がされ、腹筋の体勢にさせられる。グレースの小さな手足が、がっしりとしたクリスの足を固定する。仕方がないのでクリスは気合いで160回の腹筋をこなす。後半は上がっているのか上がっていないのかよく分からないことになり、グレースから叱咤されながらも彼は完走した。元々クリスが始めた奇行がいつの間にか本格的なトレーニングになっており、クリスは困惑の色を隠せなかった。何とかシャワーを浴びるという口実の下に彼はトレーニングから抜け出す。


シャワーから戻ると机の上に朝食が置かれていた。どうやらクリスがシャワーを浴びている間にグレースが取ってきてくれたらしい。部屋のランクから考えてそれなりの朝食が出てくるかと思えば、なんとトースト一枚で一人分のようだ。アドリア駐屯地のことを思うと随分と貧相な食事である。グレースもあまりの少なさに面食らっているようであった。


「マジか!」


「あはは……、私の分食べる?」


「途中で何か買い食いすればいいだろ。それくらいの金はあったはずだ」


「そうだね……」


二人はモサモサとしたトーストを一枚、ささっと腹に収めると、出立の準備を終えて外へと出る。宿から出る際にグレースが手を差し出してきた。


「あ……、なんだ?」


「手、つなご」


年端もいかぬ少女には似つかわしくない、一抹の恥じらいを頬に乗せ、彼女は小さな左手を差し出していた。昨晩のことがあったばかりなのに、どういう風の吹き回しだろうか。恐る恐るクリスはその手を取り、疑問を投げかける。


「一体どうしたんだよ。朝から変だぞ」


「それはお互い様でしょ。急に筋トレ始めた時は心配したんだから……。コホン、それはそれとして。あれから私もいろいろ考えたのよ。ええと……」


「はい」


唐突に彼女が勝負の一手を仕掛けてくるものだから、準備の出来ていないクリスは思わず敬語になってしまう。握りあった二人の掌には汗がにじむ。恥ずかしそうにするグレースは、その表情とは対照的に力強くクリスを見つめていた。クリスは心の中で覚悟を決める。


「付き合いましょう。私達。何事もチャレンジだと思うの。まあほら、何だかんだ言って私も好きだし、クリス君のこと。これから矯正していくという意味でも、付き合っていくべきだと思うの」


「ツッコミどころはたくさんあるが……」


「ちょっと!?これでも必死に考えたのよ!?」


しきりに髪の毛を弄りながら、照れ隠しを述べるグレース。そんな彼女の瞳が数度泳いでから、再びクリスに向けられる。クリスは大きく息を吸い込んだ。身体中の血液が目まぐるしく入れ替わっていくのが分かった。物語の主人公のようにカッコよく告白するなんてことは、もうグレースに先手を取られてしまった時点で出来ない。だから今できる精一杯の返事をすべきだと彼は考えた。


「分かってるよ!だからってわけじゃないけど……俺で良ければ、よろしくお願いします」


何のひねりもない。ただそれ故に誠実だと思ったのだ。クリスは少しだけかがんで片手で握っていた彼女の手を両の手で包み込む。


「ふふ……クリス君らしい返事。ありがと」


「どういう意味だ……って!んんっ!」


行きつく暇もなく次の展開は訪れる。少しかがんだくらいでは背が足らなかったのか、グレースはクリスの胸倉を掴むと強引に自分の顔の側まで引き寄せる。そしてその唇にそっと口づけをした。柔らかい彼女の唇の感触が、羽箒のように優しくクリスの唇に触れた。キスはほんの一瞬だけだった。何が起こったのか理解が追いつかないクリスをよそに、彼女は今度は彼の唇に人差し指をビシっと突き付ける。


「こほん……、思ったよりも恥ずかしいから、キスは私が求めた時だけにすること」


「そりゃこんな公衆の面前でするからだろ」


「そうね!周囲の目も気になるからさっさと行きましょう!」


先に一歩を踏み出したのはグレースであった。彼女は握り合った手を引き、細い路地をどんどん駆けていく。少女の者とは思えない怪力で引っ張られるクリスも、前のめりになりながら彼女の後を追った。

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