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魔獣

 三人は関所へ向かった。幸い関所までの道のりで例の魔獣に会うことはなく、無事に関所にたどり着くことが出来た。


 関所は小高い丘を越えたところにあり、そこを越えると遠くにシルポートの街並みが見える。いつの間にか顔を覗かせた太陽がシルポートの街を照らし、白く輝く美しい港町の様相を作り出していた。


 だが、そんな景色に似つかわしくない悪臭が関所周辺に立ち込めている。不安そうにフゥラは尋ねる。



「ねえ、これ何の臭い……?」


「……二人とも離れるなよ。何かがおかしい」



 質問への解答を持ち合わせていないのだろう、セオドールはただ離れるなと言う。アランは関所に衛兵がいると言っていたが関所に人の気配はなく、本来実施されている検問も行われている気配がない。


 三人は立ち込める悪臭に違和感を覚えながらも歩みを進めた。その異様な雰囲気に自然と会話もなくなる。そして関所の建物の前まで来て、全てを理解した。関所は大きな門の脇に小さな石造りの建屋が併設されており、通常はその建屋の窓口で衛兵が検問を行っている。本来なら衛兵がいるはずのそこには、衛兵の残骸のみが残され、建屋の中は死臭で満たされていた。



「この悪臭の原因はこれか……」



 セオドールが呟く。関所の門は破壊され、壁には爪で引っかかれたような大きな跡が残っており、魔獣の仕業であることは明らかだった。そしてその周りに人間だったと思われる肉塊が散乱しており、一部の壁は犠牲者の残骸が塗りたくられ、真っ赤に彩られていた。血はまだ黒くなっておらず、肉片も瑞々しいままであることから、ついさっき襲撃されたことは明白である。関所周辺に漂う悪臭の原因はこれだったのだ。


 あまりの惨状に呆然と立ち尽くすクリスだったが、不意に建物の中から聞こえた物音で我に返る。微かだが、確かに布がズズッとこすれる音が聞こえた。セオドールにもその音は聞こえたようで、ゆっくりと腰の剣を抜くのが見えた。


 しかしフゥラはショッキングな光景を視界に入れたくないのか頭を抱えてうずくまっており、明らかに無防備だった。セオドールは手でフゥラの方に居ろと合図すると単身で物音のした方へ近づいて行った。音は門に併設された詰所から聞こえた。割れた窓から見える限り、その中も血と肉片で彩られているのが分かる。



「誰かいるのか」



 セオドールはその窓へ近づき部屋の中へ呼びかける。すると鉄が軋む音を立てて奥のロッカーが開き、中から茶髪の少女が出てきた。服は血で汚れており、顔は焦燥しきっている。恐らくこの惨劇の一部始終を目撃したのだろう。



「あ…………」



 少女はセオドールを見つけると、言葉にならない声を上げ、一目散に彼のもとへ駆けだした。



「ほらおいでおいで」



 少女は言葉を発することもなく、ただ一心不乱に何かから逃れるように走ってくる。割れたガラスや散乱した書類を踏む音が周囲に響き渡る。


 セオドールの伸ばした腕が少女へ届くか届かないかの距離になり、少女の顔に一筋の安堵の表情が零れたその時、少女の真後ろの空間がグニャリと歪んだ。空間が歪むという現象は魔法でも作り出すことは困難であり、どうしたら歪むのか、どのような状態が歪んでいるといえるのか定かではないが、それは歪んでいるとしか表現のしようがなかった。


 そしてその歪みから、クリス達の見たこともないような悍ましい化け物が姿を現す。それはアランの言ってたように、一見してゴリラのように見えたが、大きさが倍以上あり、その皮膚はだらしなく垂れ下がっていた。衛兵たちが抵抗したからか体中傷だらけで、紫の体毛に覆われた身体の至る所から、膿のような黄ばんだ液体を垂れ流していた。


 化け物は少女を見つけると、獲物を見つけたと言わんばかりに残忍な笑みを浮かべ、少女の背中に素早く這いよる。セオドールには後ろから迫りくる化け物の姿が見えていたため、手を掴んで引きずりだろうとしたが、彼の動作を遥かに上回る速度で化け物は少女へ近づいた。そしてその口に並べられたアイスピックのように鋭く長い牙が、深々と少女の足へ突き刺さる。



「いやああああぁぁぁ!!!やめてええええぇぇぇぇ!!!!!」



 少女の絶叫が響き渡る。柔らかな肌を鋭い牙が貫き、傷口から鮮血が溢れ出る。その声にフゥラがハッと頭を上げる。少女は半狂乱になりながらセオドールの腕を掴み外へ出ようとする。セオドールも少女の腕を掴み外へ引っ張り出そうとするが、化け物の牙は少女の足に深々と食い込み離れない。彼の頬を嫌な汗が伝う。


 クリスは少女の叫び声を聞いてセオドールの下へ駆けつける。そして少女の足に食らいつく化け物を見て思わず声を上げた。



「おい!なんなんだこれは!!」


「分からん!クリス!フゥラ!手伝ってくれ!」



 クリスの問いに対して彼は的確な答えを持っていなかった。

 彼はなんとか化け物を引きはがそうとするが、少女が暴れているため窓から攻撃を加えることは難しく、剣を振るえずにいた。場所を動くことも出来ないため、満足に魔法を使うことも出来ないようだ。


 クリスは化け物の異質な姿に一瞬立ちすくんだが、今なお懸命に少女を助けようとする彼を見て、咄嗟に化け物の真横にある別の窓へ向かう。クリスは、ガラスの破片を魔法で高速で撃ちだしたら、あの化け物も驚くはず、と考えたのだ。



「何が起こっているの!?」


「分からないって言ってるだろ!!フゥラは周辺警戒を頼む!」



 セオドールの怒声が飛ぶ。フゥラはまだ状況が飲みこめていないようだ。それでも異常事態であることは理解しているらしく、言われた通りナイフを構えて周囲を見回していた。


 その間に化け物の真横の窓へ到着したクリスは、それをナイフの底で割る。ガシャーンと派手な音を立ててガラスが飛び散る。化け物はギョロリと目を動かし、一瞬クリスへ注意を向けたが、またすぐに少女の足に夢中になる。クリスはその破片に向かって魔力を込める。そしてこれから起こることを頭の中で鮮明にイメージする。


 この破片は宙に浮き、その鋭い断面を化け物の方に向けたまま、目にも止まらぬスピードで突き進む。そしてその皮膚へ次々に突き刺さり黄色い膿を周りにぶちまける。


 クリスはそのイメージ通りに動くように、ガラスの軌道上に魔力を込める。魔力で構築されたチューブの中を破片が進んでいくような感じだ。このチューブを加速させたい方向へと順次活性化させていくと、それに合わせて中の物もそちらへ進んでいく。これは初歩的な運搬魔法の一つだが、一瞬で活性化を行うことで、超高速で物を撃ちだすことも出来る。旧人類も同じような原理で動く兵器を持っていたのだとか。


 彼はその作業を瞬時に済ませ、一気にチューブを活性化させ、ガラスの破片を射出した。慣れたことではないため、大半は上手くチューブを作れず化け物には当たらなかったが、そのうちの一つが目のようなものに刺さった。化け物は痛みで叫び、その拍子に少女の足が拘束から外れた。

 彼は叫ぶ。



「セオドール!」



 セオドールもそれを見逃さず、渾身の力で少女を引き抜く。そしてそのまま腕でその身体を抱きとめる。少女は無事窓から引き抜くことが出来たが、その足には向こう側が見えるほど大きな穴が幾つか空いていた。少女の下へ駆け寄ったクリスはその凄惨さに生唾を飲み込む。


 傷口からは大量の血が溢れ色白な少女の肌を真っ赤に染めていた。素人目で見ても出血量は尋常ではなく、早急な止血が必要であることは一目瞭然であった。遅れてフゥラも駆けつける。そんな彼女に向かって少女を抱えたセオドールが叫ぶ。



「フゥラ!この子に止血をしてやってくれ!それが終わったら逃げよう!クリスは俺とそれまで時間稼ぎだ!」



 これからあの化け物から逃げなければならないのに、その足で歩けるとクリスには思えなかった。彼女は3人の中で最も戦闘力が高いのだが、焦っているのか彼は彼女に止血を頼んだ。フゥラは泣き叫ぶ少女を受け取り、



「分かった!…1分だけ時間をちょうだい!って何それ!?」



 と叫ぶ。フゥラはその時見えた怪物の姿に驚きながらも自分の服の一部を破り、冷静に止血を始める。セオドールは「知らん!!」と答えるが、それに対しての返答はなかった。クリスはその女の子を見捨てて逃げればいいのに、と心の隅で思った。どう考えても足手まといになるし餌として置いていけば自分たちが逃げ切れる確率は大きく上がることだろう。


 それでもセオドールやフゥラを見捨てることはしないだろう。クリスには分かっていた。そしてクリスはそんな彼らを見捨てることは出来ない。クリスが選ぶべき選択肢は決まっていた。



「クリス!化け物から目を離すなよ!何もないところから攻撃してきた!」


「はあ!?それよりどこへ逃げるんだ!」



 何もないところから攻撃とはどういうことなのだろう。そんな意味の分からないことよりも今後の方針を決めるべきだとクリスは考えた。その問いかけに対し、彼は一瞬考え込む。



「街は…ダメだ!アランのところへ逃げよう!」



 セオドールは街はダメだと言う。確かにこんな化け物を街に持ち込んだら住民の被害は甚大なものとなるだろう。しかし化け物は今手負いだ。いくらこの化け物が強いからと言って、複数人でかかれば倒せないことはないのではないか。むしろ3人でどうにかすることこそ無謀ではないのか。クリスはセオドールの意図が読めなく、咄嗟に返事を返すことが出来なかった。その様子を見たセオドールが歯切れ悪そうに付け加える。



「アランはこの化け物が南の灯台に出たと言っていた。つまり南からこの化け物は来たんだ。…その道中にはシルポートがあるだろ」


「シルポートが全滅しているとでも言いたいのか!?」



 シルポートは軍事拠点ではないため駐屯している兵士もそう多くはない。しかしそれは住んでいる住民の数に対しての話しであり、街の中心部には大隊規模の守備兵が駐屯している。大隊といえば1000人ほどの集団だが、それが一匹の獣にやられるなど現実では考えられない。現にアランは南からやってきたではないか。関所の惨状だけを見ればないと言い切れないが、あの化け物は関所の人間を蹴散らすだけで弱っている。強敵だが街が壊滅しているとは考え難い。



「それにシルポートよりアランを追いかけた方が近いはずだ。シルポートまではまだ一時間くらい…」



 セオドールが言い終わらないうちに、少女を引きずり出した窓から化け物が姿を現した。化け物は巨体を揺らしながらゆっくりと建物から出てくる。アランはゴリラみたいな魔獣と言っていたが、歩く姿はまさに巨大なゴリラだった。その姿を見てセオドールも剣を構える。剣術の稽古を受けているだけあって構えだけはしっかりしている。


 どうやら化け物は空腹らしく、クリス達を見つけると舌なめずりをした。心なしか、これから犠牲になる哀れな餌を嘲笑うかのように見える。窓から見た時はその全容をハッキリと目視出来なかったが、窓から出たそれは、人より二回りは大きく、その腕には大きく鋭利なかぎ爪が生えていた。裂けたように大きく開く口にはアイスピックのような鋭い牙が並んでおり、それが少女の足に穴を空けた張本人であることは明白だった。


 噛みつかれたら終わりだ、そう思うとクリスは無意識のうちに後ずさりしてしまうのだった。


 先ほどは勢いに任せて一撃を加えることに成功したが、改めてその全容を直視してしまうと死にたくないと本能的に感じる。彼はナイフを構えるが、その腕が微かに震える。どうして逃げないのかと身体が問いかけるがそれを理性で押さえつける。


 少なくとも先ほどの攻撃はあの化け物にダメージを与えることが出来た。つまり倒せない敵ではないのだ。どうやら手負いのようで、聞いていたような強さはなさそうなうえこちらは3人だ、チャンスはある。そんな根拠のない自信で自分の心を奮い立たせた。


 化け物はそんな彼の心の隙を見逃さず、前にいるセオドールは無視してクリスに飛びかかってきた。化け物のかぎ爪がクリスの左肩目掛けて振り下ろされる。咄嗟にナイフで防ぐが、飛びかかってきた勢いでその体勢のまま押し倒されてしまう。その衝撃でナイフが彼の手を離れる。



「うっ!?」



 間髪を入れず、化け物はもう片方のかぎ爪をクリスの首に突き刺そうとする。それを阻止するためにセオドールが背後から化け物に切りかかるのが見えた。



「おりゃあああ!!」



 その攻撃は深々と化け物の背中を切り裂いた。化け物はうめき声を上げる。その時一瞬の隙が生まれるが、化け物は非常に重く、クリスの下半身を押しつぶしていたためその状態を脱することは出来なかった。押しつぶされているといっても、ミンチになっているわけではないので動かすことは可能だ。


 セオドールは次の一撃を加えようと再び剣を振りぬくが、化け物はそれを爪で受け止めた。カキンッ!と快音が響き、セオドールの剣は弾かれてしまう。どうやらあの爪は鋼鉄と同じかそれ以上の強度があるようだ。



「くそっ!離れろ!こいつ!!」



 一瞬、化け物の意識がセオドールに向く。その隙を突いてクリスは魔法で化け物を突き飛ばそうとする。精神を集中させ、魔法を行使した結果を頭の中に思い描く。そしてその結果を実現するための力を放出することで、魔法は実行される。その光景を鮮明に思い描けば描くほど魔法の力は強まり、より自分の想像通りの結果を引き出すことが出来る。しかしこのときクリスは半ばパニック状態になっていた。



「どけ!!どけってんだよ!!!」



 クリスは化け物が吹き飛ぶ光景をうまくイメージ出来なかった。そのため魔法は十分な威力を発揮せず、化け物を揺らすことすら出来なかった。クリスは魔法の行使に失敗したことに酷く動揺する。反射的に拳で化け物の顔を殴りつけるが効果は薄いようだ。その分厚い皮膚の感触が彼の拳に伝わる。彼の感情の変化を感じ取ってか、化け物は口角を上げた。そして低くしわがれた声で一言



「アワレダナァ……」



 と言葉を放った。一連の化け物の行動から薄々感じ取ってはいたが、この行動からこの化け物には知性があることがハッキリと分かってしまった。


 元来魔獣は人間より遥かに強力な力を持っている。しかしマトモな知性を持っていないため集団戦の可能な人間なら容易に勝つことが可能だった。クリス達も村を守るために何度か魔獣と対峙したことがある。それらは単純な罠に引っかかり、彼らでも仕留めることが可能だった。この魔獣はどうだろうか。少なくとも言葉の意味を理解し、使っているように見える。そして何より言葉を使うということはコミュニケーションの相手が恒常的に存在したということだ。それが人間であろうとなかろうと、クリス達の味方ではない可能性が高い。その話し相手は近くに潜んでいるかもしれないし、どこか遠くにいるのかもしれない。今この化け物だけでもピンチなのにさらに敵が増えたらひとたまりもない。


 敵は一体ではない、それに気がついた時、形容しがたい恐怖がクリスの身体を駆け巡る。脳は判断を停止し、身体は思考から切り離され自分勝手に暴れまわる。一心不乱に逃走を図るその姿はまるで肉食獣に捕まった小鹿のようだった。


 化け物の声はフゥラにはよく聴こえなかったようだが、セオドールにはハッキリと聴こえてしまったようで、剣を振り上げたまま硬直して動けなくなっている。


 もしセオドールとクリスの立場が逆だったら、クリスは迷わず彼を見捨てて逃げるだろう。セオドールも自分だけなら迷わずクリスを助けただろう。だが今は負傷した少女と化け物の脅威を知らないフゥラもいる。もしクリスもセオドールもやられてしまったら?化け物は次に無防備なフゥラに襲い掛かるだろう。セオドールもその可能性だけは現実にしたくないだろう。それほどまでに魔獣が知性を持つということは恐ろしいのだ。



「クリスから離れろ!!」



 セオドールは剣を振り下ろした。一瞬硬直していたものの、彼は逃げることより戦うことを選んだ。だがその迷いで錆びついた一撃は化け物の左腕にあっさりと弾かれた。それどころか逆に相手に隙を見せることになってしまう。



「セオドール!」



 ハッと我に返ったクリスは思わず叫ぶ。化け物は空いている右腕でセオドールの首目掛けて突きを繰り出す。セオドールは咄嗟に剣の腹で受けるが、化け物は間発入れずに次々に突きを繰り返す。そしてトドメと言わんばかりに大きく振りかぶった一撃を繰り出した。その一撃で正面から何度も衝撃を受けた剣は真っ二つに折れてしまった。彼はそのまま二メートルほど後ろへ弾き飛ばされていく。


 化け物は相手が獲物を無くしたのを見て、またしてもニヤっとする。そして、メインディッシュを頂くようにクリスの方へ向き直る。この距離で殴られたら即死だ。化け物はニタニタと口を開き、胃から湧き上がる腐臭を嗅ぎとれる距離にまで近づけ、そしてそのままクリスに噛りつこうとする。



「や……やめろ!来るな!」



 まるで世界の温度が下がったようだった。恐怖で全てが鈍くスローモーションになる。手はガタガタと震え使い物にならない。最早反抗する気力も沸いてこなかった。このまま食べられてしまうのだろう。全てを諦めた情けない叫び声が喉元まで出かかったその時、鋭く走る白光が見えた。



「グワアアアァァ!!!」



 化け物は悲痛な叫び声を上げてよろめく。



「クリス!今のうちに!」



 その光はフゥラが魔法で加速させた小さな鉄球だった。その鉄球はしっかりと化け物のこめかみに相当する部分を撃ち抜き、周囲に鮮血をまき散らす。目を向けるとフゥラがいくつかの鉄球を彼女の周囲に浮かべ追撃の機会を伺っていた。


 化け物は新たな攻撃者の方を向き立ち上がる。今も自分の下敷きになっているクリスのことなどどうでもよく、自分に危害を与える可能性を持つフゥラを始末するつもりのようだ。その証拠にクリスにはほとんど力が掛かっておらず、身じろぎするだけで抜け出せる。


 だがクリスは動けなかった。何せそのまま自分のことを忘れていてもらえれば、この化け物は間違いなくフゥラの元へ飛んでいくのだ。そう、彼女を囮にすれば自分は助かるかもしれないのだ。フゥラはクリスよりも強い。自分には無理でもきっと彼女ならやってくれる。そんな気持ちがクリスの胸を満たしていく。彼は息も出来ないほど怯えていた。



「ヤッテクレタナ!コムスメエエエ!」



 クリスが心を決めるよりも早く、化け物はフゥラに向かっていった。彼女の後ろにいる少女が怯えたようにそれを見る。その間にフゥラが立っているが、彼女は一歩も退かない。彼女は正面に右手をかざすと周囲の砂から壁を作りあげる。一見脆そうに見えるそれは、魔法で圧縮され砂岩のようになる。彼女はその壁で化け物の突進を受け止める。ドンッと音がして化け物は砂岩の壁に激突する。それ自体のダメージは大したことがないようだが、激突した直後、その土壁が一部変形し槍衾のようになる。無数の槍は化け物に襲いかかる。化け物はその攻撃に驚きつつも避けることはしなかった。何せ土壁から出てきた槍もまた土だと考えるのが当然だからである。人間ならそれでもダメージを受けるだろうが、鉄を弾く化け物にとっては脅威でもなんでもない。フゥラを除いたその場にいる誰しもがそう思っていただろう。化け物も避けるどころか破壊しようと土で出来た槍に殴りかかる。だが現実は違った。



「グッ…!ナンダト……!?」



 無数の槍は化け物の身体に無数の傷を付けたのだ。化け物は苦しそうに呻く。



「その油断が命取りだよ」



 今度はフゥラが不敵に笑って見せた。見た目こそ派手だが、どうやら致命傷を受けるほどのダメージは与えられていないようで、化け物は怒りに吠える。



「コザカシイコムスメダ!」



 化け物はフゥラの作り出した土壁をもう一度力任せに殴る。今度は土壁はあっさりと砕けるが、その先でフゥラがナイフにありったけの魔力を込めて待っていた。ナイフはその刀身に込められた熱量に比例して赤く光り輝いていた。



「これで……終わり!!」



 フゥラの手からナイフが放たれ、化け物の眉間目掛けてまっすぐに飛んでいく。フゥラは圧縮した空気を利用して目にも止まらぬ速度で物を飛ばすことが出来るが、これはその応用である。ナイフは目にも止まらぬ銀閃となって、ゴリっという音とともに化け物の眉間を穿った。そしてそのまま後頭部を貫き、周囲には脳漿のようなものが飛び散る。その少し後に衝撃で折れてしまったナイフがカランと地面に落ちた。



「やったのか……?」



 セオドールが呟く。化け物は力なく崩れ落ち、膿のような血液を周囲に垂れ流した。フゥラはしばらく警戒を緩めなかったが、化け物に起き上がる気配がないと分かると二人に駆け寄ってくる。



「何とかなって良かった!二人ともケガは大丈夫!?」


「あ……ああ。フゥラこそケガはないか?」



 幸い二人には大きなケガもなく、歩くことに支障はなかった。フゥラはいつもとは打って変わって、甲斐甲斐しくクリスの傷を確認していたが、その間クリスは彼女に目を合わせることが出来なかった。



「しかしこれは……自警団に報告すべきだろうな。探してた獣ってこいつのことだろ。何なんだこれ?初めて見たぜ?」



 動かなくなった化け物を見てセオドールが呟く。彼は呑気に化け物の死体を調査しているが、クリスは一刻も早くここから去りたかった。何せこの化け物の仲間が近くにいるかもしれないからだ。



「そうだろうな。それよりとりあえず安全なところに移動しないか?ここは危険だ」



 クリスは平静を装いながら言った。何も出来なかったくせに二人に情けないところだけは見せたくないのだ。何と傲慢なプライドなんだろうと彼は心の中で自己嫌悪する。



「はぁ…そうだな。こいつは言葉を喋っていたし、仲間がいてもおかしくはない」



 セオドールは化け物のそばに落ちていた折れた剣を拾い、ため息をつきながら言った。彼はここから先丸腰だ。フゥラがいるから何とかなるだろうという漠然とした安心感はあるが、その胸中は不安で一杯だ。



「ホントだよね。まさか魔獣が喋るなんて思わなかった」



 彼女の言う通りだ。魔獣は喋らない。だからこそ魔獣は単調な攻撃しか出来ない野蛮な生物、というのは一般常識だ。高度なチームワークを取ることがないどころか、今まで他の個体とコミュニケーションを取っているところすら確認されたことがない。だが、言葉を扱える個体が出てきたということは、それらが覆される可能性がある。



「とりあえず化け物は死んだしシルポートに向かおう。あの子は歩けるのか?」



 セオドールがフゥラに問いかけた。化け物に噛まれた少女の足はとてもではないが歩ける状態ではなかった。化け物の口内が不衛生だったからか、もしくは毒を持っていたのかは不明だが、少女の足はドス黒く腫れ上がっていた。さらに緊張の糸が切れたのか、少女は意識を失ってしまい誰かが運ぶ必要があった。



「うーん、それは難しいと思う」


「ちょうどいい、俺の剣折れちまったからな!背負っていくよ」



 セオドールは無理に明るく言う。人を背負うとなると、機敏に動くことが出来なくなり、魔獣に狙われる危険も大きくなる。今の状況で得物を持たないセオドールが背負うのは合理的な判断だと言えるだろう。それでもフゥラは少し不満そうだ。彼の身を心配してか、それとも……



「ねえ、セオドール?そういう趣味じゃないよね?」



 少女の見た目はまだ十歳程度といったところだ。クリスの知る限り、セオドールはフゥラとイチャついているイメージしかないため、小児性愛を持っているとは思えない。もっとも、彼女の容姿が幼いというのなら話は別だが、彼女の身体の発育は良いためその評価は不当だと考えられる。



「オイオイ冗談キツイぜ!?この状況で余裕だな!?」


「だって私ならアレ倒せるし?それよりセオドールの異常性癖を問いただす方が有意義だと思わない?」



 などと余裕の笑みを浮かべて彼女は小さな鉄球を手のひらの上で転がしている。彼女を見てセオドールは困り笑顔を浮かべる。男二人は苦戦を強いられたが、フゥラは魔法であっさりと倒してしまったので、あの化け物を恐れていないのだろう。

 昔からフゥラはすぐに調子に乗る癖があった。それが後に裏目に出ることを、まだ彼女は知らない。


第一章の内容は既に書き終えているので、今後は一日一話ペースでストック分を吐き出していきたいです!こんな文章でいいのかなぁと、試行錯誤しながら校正の真似事をしていますので、気長にお待ちいただけると幸いです。

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