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無言の帰還

分厚い雲を突き抜けた先は雨の降る市街地であった。時刻は夕暮れ時を周り、街の灯りはまばらに点灯しつつあった。海は漆黒の色に染まり、その身を大きくうねらせている。その様子は嵐の到来を予感させた。


クリスがアドリア駐屯地に降り立つ頃には雷もなり始めた。それは最寄り避雷針に直撃し地面を響かせる。駐屯地ではローゼンスタインが出迎えに現れていた。無論クリスを出迎えたわけではない。隊長のミケーラが一歩前に出て報告を行う。


「ミケーラ以下100名、捜索任務を完了しました!」


「うむ。ご苦労。それで件の少女は……?」


「こちらに」


ミケーラはまだ10代前半の少女を前に押し出した。インスブルックに立ち寄った際に調達したワイシャツとスカートを着た少女は、長い水色の髪を揺らす。


「ふむふむ……確かに似ているが……本当に君がグレースなのか?」


ローゼンスタインは訝しむように少女の顔を覗き込んだ。対する少女の態度は年齢に見合わず堂々としたもので、彼から顔を背けたりすることはなかった。


「そうよ。私がグレース。この地方の司令官」


発見当初こそ彼女には記憶の混濁が見られたが、現在はハッキリと自分がグレースであると主張している。だが遺体が見つかっている以上、その主張には懐疑的にならざるを得なかったのだ。シンディの証言も不可解な点が多く、魔獣の新たな攻撃かもしれないと上層部の会議では言われている。


ローゼンスタインは暫定的なアドリアの司令官として今回の一件に当たることになっていた。故に連れてこられた少女への疑心は誰よりも強かった。彼はジロジロと彼女の全身を舐めまわすように凝視する。


「うーん!分からん!姿を変える魔法があるなんて聞いてないぞー!」


……が、彼は取り調べが得意な人間ではない。少しの辛抱も無く、彼はグレースと関わりの深かった人々へ助けを求めることになる。無論、クリスもその一人となる。


取調室は簡素な机と椅子だけが存在する殺風景な空間だ。そこに手錠を掛けられた少女とローゼンスタイン、そしてローラ、クリスが呼ばれていた。少女以外は思い思いにリラックスした姿勢で、何とも締まりのない取り調べとなりそうであった。


「こほん、それではまずは君の言い分を聞こう」


ローゼンスタインは椅子に仰々しく座り少女に尋ねる。少女は淡々と答えた。


「私はグレース。アドリア地方のトップ。階級は大佐」


「私の知っているグレース大佐はもっと背の高い人物でした。君みたいなちんちくりんな女の子じゃないんだよ。遺体も見つかっている」


困ったとでも言いたげにローゼンスタインは頭を掻く。首から上が無いとはいえ、遺体が見つかっているのだ。なのにその真横で死人を騙るのだ。騙そうという気概があるのなら、もう少し上手くやるはずなのだ。彼は視線を、少女の瞳から髪、髪から頬へと移していった。


「瓜二つであるのは認めるが……。まあいい。一体どうしてこんなことになっているのか説明は出来るのかな」


「分からない。私は首を刎ねられた……けどその後の記憶が無いの。私はアルビオン種と戦闘をしていて……」


少女は上級士官にしか共有されていない具体的なグレースが死亡直前に取っていた行動をどんどん言い連ねていく。ローゼンスタインはその正確さに驚きつつも、同時に疑念を抱きつつあった。


「(彼女がグレース大佐本人であると仮定すれば、この証言の正確さにも頷ける。だが殺した張本人の可能性もある。シンディ一等兵を操った人物が成り替わっている可能性は捨てきれない)」


「……どう?私しか知り得ないことを喋ったつもりだけど、信じるには足らないかしら」


「足らない。どれも誰かが知り得る事実ばかりだ」


「なら魔法を見せてあげるわ。とびっきりすごいのを」


グレースと名乗る少女は指をパチンと鳴らす。するとみるみるうちにクリス達の吐く息が白く染まる。窓は結露を始め、床には氷が張り始めていた。同時にグレースの掌には眩いほどの光が集中し、見るだけで熱さを感じるほどの熱量を放ちつつあった。それは周囲の温度の低下に比例して凝縮、高熱化し、終いにはプロミネンスを伴う小型の太陽のようになった。それが危険なのはその場の誰もが理解していた。ローゼンスタインの頬を粘ついた汗が伝う。


「クリス君、窓を開けて」


「は、はい」


クリスは突然指名され心臓が飛びでそうなほど驚く。口から飛び出しそうなほど高鳴る心臓を抑えて、クリスは取調室の窓を開いた。その向こうには今は誰もいない訓練所が広がっている。少女は小型の太陽をそこへ放つ。すると閃光がさく裂し、視界が真っ白に染まった。視界が戻って来ると、真っ黒な煙が地面からもうもうと立ち昇っていることが分かった。特大のクレーターと共に。


「……なるほど、君の力は分かった。上層部に報告するから、しばらく牢屋で待っていてくれるだろうか」


「ええ。分かったわ」


険しい顔でローゼンスタインは言い放つ。少女は瞑目し、短くため息をついた。そのまま彼女は兵士に連行されて行った。その背中はグレースのものにしては小さく見えた。




クリスはローゼンスタインに呼び出され、ローラと共に取調室に残る。二人の上級士官に挟まれ、クリスは一抹の居心地の悪さを感じていた。ローゼンスタインはいつになく真剣な面持ちで沈黙を貫いていた。ローラは気だるげに髪を弄る。そんな重苦しい空気はローゼンスタインの一声で破られる。


「んあああああああ!!意味分かんないよお!!」


「も~、叫ばないの」


ローゼンスタインは情けない声を上げた。はぁ、とクリスもため息をつく。彼の心情は察して余りある。


「だってぇ!!無理だよぉ!!え??あれ本人か魔獣かなんて五分五分でしょお!?分かんないよお!!」


「参謀長なんだから泣き言言わないの~」


「うわあああああん!!!!」


宥めるローラの姿はまさに母親であった。そして叫び散らすローゼンスタインは子供にしか見えない。地獄だ。クリスはそう思った。


「あの……俺、席外した方が良いですか……?」


「待ちたまえ」


クリスが退席を申し出ると彼は急に真面目な表情をする。切り替えが良いのかギャグでやっているのか、今のクリスには判断しかねた。見定められるわけでもないが、クリスは目を細めた。


「クリス君にはやって欲しいことがある」


「何でしょうか。赤ちゃんプレイならお断りします」


「それはベレッタ元帥にお願いするから君には頼まない」


彼はそう真面目な顔で答えた。


「は……はあ」


「君に頼みたいことはあの少女の身の周りの世話だ。簡単だろう?」


「男の私がやるのは問題があるのでは?」


「君はしばらくの間グレース大佐の身の周りの世話をしていた。だから本人かどうか見定めることも出来るはずだ。君以外にそんなことが出来るのはイザベラくらいだ。だが彼女はまだ負傷したままだ」


「まあ……それは理解します」


結構とでも言いたげにローゼンスタインはうんうんと頷く。隣のローラは複雑そうな顔をしていた。


「万が一魔獣の間者だった時、クリス君が危ないわ。心配ね~」


「俺も昨日から兵士なので大丈夫です」


「あら正式入隊したの。それなら大丈夫なのかしら」


彼女は驚いたように目を丸くする。クリスにはそれが子供の巣立ちを見る親鳥のような顔に見えた。


「ま、そういうわけだから。よろしくね」


「よろしくって……具体的には何をすればいいんです?」


「彼女が困っていそうな事は全て」


ニヤっとローゼンスタインは笑うと、一枚の紙を取り出し、ペンをカリカリと走らせる。そして魔法で焼き印を押すと、それをクリスに手渡した。


「正式な辞令だ。クリス・レイフィールド訓練兵。件の少女の監視・調査を命ずる」


受け取ったその紙は手触りが良く、上質なものであると分かった。クリスは辞令書をクルクルとまとめて部屋を退室した。

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