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生命の箱舟 リリン  作者: 胸毛ボルサリーノ将軍
終わりの始まり
33/45

魔獣の大攻勢:巨人

あれから二日経った。魔獣は順調に駆除され、ゲルマニア討伐隊も群れの後方を捉えた。グレースはベルマンと協力し、両側から一気に攻勢を仕掛ける作戦を練っていた。その折で二人は報告にあった巨人のような魔獣について話し始めた。



「そちらでもまだ報告にあった魔獣は見つかっていないのですね?」


「ああ、よく似た魔獣は見るが、私達が遭遇したムルナウを壊滅させた魔獣より一回り小さい」


「あれでムルナウが壊滅したなどと言われたら、私はフリードリヒ元帥の罷免を求める報告書を議会に提出せざるを得ませんよ」


「全くもって正しい。私もあれにムルナウがやられたと言われたら辞任してしまう」



二人は通信機ごしにため息をついた。ムルナウを襲った未知の魔獣は跡形もなく姿を消してしまっていた。それもまるで霧のように。報告にあったような大きさの魔獣が隠れられる場所など、このアルプスですら無いはずなのだ。連日のように偵察を行わせているが、その痕跡すら見つけられていない。



「本当に霧が晴れるように消えましたね。見つけられない以上、兵を退くことも出来ません」


「そうだな。今頃無能のレッテルを貼られていないか心配だよ」



ハッ!とベルマンは鼻を鳴らす。その件についてはグレースも悩みの種であった。求心力を失った将ほど無力なものはない。彼女は本作戦の可及的速やかな解決を望んでいた。


「まあそれは置いておいて、先ほどの作戦で良いかな?」


「ええ、これはこれでキッチリ終わらせましょう」


「了解した。それでは」


「ええ」



そこでベルマンとの通信が途切れた。彼女は通信機を置くと机に突っ伏す。彼女の頭の中は姿の見えない超大型魔獣のことで一杯だった。日に日に物資は減り、兵士は疲弊していく。長期戦など経験のないグロリアスにとって、今回のような日を跨ぐ作戦になると、必要な補給物資が倍増することは初めての体験であった。兵士達が必要とする物資は着々とインスブルックに届けられている。だがそこから先が問題なのだ。既に住民は避難し街には兵士しか残っていない。それでもアドリアが用意した補給線では兵士全員分の物資を送り届けることが困難となっていた。


グレースは髪をグシャグシャと掻き、広間に待機していたイザベラを呼ぶ。彼女はすぐにグレースの目の前にやってくる。



「イザベラ・リサルディただいま参りました」



彼女は足を揃えて敬礼する。その顔はいつも通り硬質な仮面を被っているようだった。疲労の色は見えないが、無理をしていないかグレースは心配だった。



「兵の一部をアドリアに戻します。ここには一個師団程度の人員を、セ―フェルトとテルフスに守備隊を残し、残りは撤退するよう指示を。残る人選は任せます」


「お言葉ですが大佐、敵は我々の戦力が退くのを待っているということは考えられないでしょうか?確かに魔獣の群れはほとんど処理しました。しかし肝心なアルビオン種がどこかに潜伏したままです。兵の数を減らせば、またムルナウの二の舞になりかねません」



彼女は背筋をピッと伸ばして言う。彼女の言う事はもっともである。グレースもそうすべきと考えているが、現実はそれを容認してはくれない。物資が不足すれば兵の士気が下がる。



「その通りです。しかしここは決戦に向きません。当初の予想を大幅に超える補給物資の量、貴女も目にしたでしょう。食料だけではありません。武器弾薬や医薬品、衣類の替えや日用品、嗜好品に至るまで、一度でも不足すればどんどん不足分が増えていくのです。こんな場所へ大量の物資を輸送するのは困難ですから、一度決戦しやすい場所まで退くべきなのです」


「ならば一斉に退却すれば良いのでは?段階的な撤収はそれこそ相手の襲撃を招きます」



イザベラの疑問は正鵠を得ていた。部隊の分割後の各個撃破を恐れているのだから、段階的な撤収はまさにその部隊の分割に他ならず、余計な損害を出しかねなかったのだ。彼女の鋭い眼光は、その表情からグレースの本心を垣間見ようとしているようにも見えた。



「ええ、ですから一個師団規模なのです。段階的な撤収の理由は、帰還する体力のある兵士から帰還させたいからです。ここの兵士の数が減れば、それだけここの環境が改善されます。そうすれば徐々にここにいる兵士の士気も回復し、動けるようになっていくでしょう。しかし全ての兵士を動かした場合、体力の残っていないものは道中で力尽きてしまうのではないかと考えるのです」



イザベラはグレースの甘さを感じていた。兵士のことを第一に考えてくれる将がいたら、それは兵士にとってありがたいことこの上ない。しかし同時に、それが勝利を第一に考える将ではない証左になってしまう。グレースは非情になり切れない人間のようだった。その甘さがいつか彼女自身の身を滅ぼすとイザベラは感じていた。



「大佐が兵を思う気持ちは分かりますが、今は踏ん張りどころなのではないでしょうか」


「ベラ、兵士も守るべき民の一人なのよ。彼らを待つ家族がいるのだから、誰一人として無駄に死なせるわけにはいかないわ」


「承知しました」



イザベラは全てに納得していないながらも彼女の指示を受け取る。そのまま彼女はグレースの居るテントを後にする。


外は相変わらずの雪景色だ。幸い吹雪は収まり、今は真っ白な空と山肌が視界一面に広がっている。街中では非番の兵士達が焚き木を囲んで談笑している様子が見て取れた。アドリアでならたるんでいると一喝するかもしれない。しかしここでは別だ。ただでさえストレスの掛かる環境なのだ。少しくらい気の休まる場所はあってもいいはずだ。


心のどこかでそう考える自分もグレースと同様甘いではないかと考えつつ彼女は歩みを進めた。向かっているのは教会だ。そこにアドリア遠征軍の本部を設置してあるのだ。


彼女が教会の扉を開くと、中にいた兵士達が一斉に立ち上がって敬礼する。イザベラは敬礼で返し、グレースからの伝言を伝える。



「そういうわけで軍の一部を残して一時後退だ。明朝には出発させる」


「了解」



下士官がイザベラに答えた。彼女は任務を終えると再度外へ繰り出す。



「はぁ……」



兵士達に疲れの色が出ているのは先ほどの話通りなのだが、それはイザベラも例外ではなかった。彼女も神経を張り続けていたせいか、身体の不調を感じ始めていた。


彼女は気分転換にと外を歩く。ミッテンヴァルトの街並みは依然健在であり、その芸術性の高い壁画も見ることが出来た。彼女は背の高い家の屋根まで飛び上がる。そしてそこに腰掛け街を見下ろした。


白銀に覆われた小さな街は美しく、そして孤立していた。どの方角を見ても雪しか見えず、おおよそ人の生活圏とは言えなかった。イザベラは息を大きく吸って吐く。冷たい外気を肺一杯に取り込み、それが刺激になって彼女の頭は少しだけ身体の疲れを忘れることが出来た。


街から少し離れた場所では雪煙が上がっていた。イザベラは何事かと目を凝らす。雪煙の中に灰色の何かが見えた。イザベラのいる場所からは遠すぎて、彼女にはそれが何か判別出来なかったが、すぐに確認する必要は無くなった。


ジリリリリリリ!!と警報が街全体に鳴り響く。イザベラはハッと飛び上がると、一目散に教会へ走りだす。くるぶしほどにまで積もった雪を蹴り上げて彼女は走る。勢い良くその扉を開けると、既に中ではグレースが指示を出し始めていた。



「遅くなり申し訳ありません!」


「いい。ベラはただちに第二師団と近衛第一分隊を率いて迎撃に当たりなさい」


「了解!」



くるりと踵を返して彼女は外へ向かう。そしてすぐさまテレパシーで通信を開始する。



(第二師団は迎撃に出る。第二師団の連隊長はただちに教会前まで集合)



彼女が指示を飛ばすと、すぐさま4人の兵士が現れる。



「よし来たな。防衛戦だ。概要を説明する」



そう言ってイザベラは綺麗に折りたたまれたミッテンヴァルトの地図を広げた。地図には3本の線が赤で引かれている。



「この赤い線が今作戦の防衛線になる。街北西の敵正面には二重の防衛線を敷く。ここには第一、第二連隊、そして我々近衛を当てる。そして次に西の丘陵地帯を突破する敵がいると想定して、ここに第三連隊を当てる。最後に街の北から東にかけて、あの高い山の中腹辺りに第四連隊を配置する。流石に山を越えてくることはないと思うが、万が一のためだ。とはいえ兵を遊ばせておく必要は無い。長距離射程の武器を多めに持っていけ。周囲に敵影が無い限りは前線を支援せよ。ここまで問題ないか?」



イザベラの問いに連隊長達は無言で頷く。



「よし、では続きを説明しよう。敵戦力が不明な以上、ただ防衛しているだけではこちらは損耗していくばかりだ。従って効率よく敵を殲滅する必要がある。そこでだ」



イザベラはペンを取り出し、第三連隊の防衛線から矢印を伸ばしていく。その矢印は丘陵地帯を突破し、敵側面へ回り込むことを指し示していた。



「恐らく敵は戦力の大半を正面に叩きつけるだろう。小型種が大半であればその限りではないが、今回は大型の魔獣が非常に多く見られる。それらでは木々に阻まれてしまい、著しく侵攻速度が落ちてしまうからだ。従ってこの方面には小型種しか出現しないことが予想される。そのため連隊規模の集団の相手ではない。敵の第一波を防衛線で受け、これを殲滅したのちただちに前進。敵の側面へ回りこめ。もし大型魔獣がこのルートで侵攻してきた場合は防衛線で食い止めることに専念せよ。基本的には敵に悟られないよう迅速かつ隠密裏に動く必要がある。だが天候急変の際はその限りではない。吹雪の中を何の道標も無しに雪中行軍することは困難だ。従って予備の人工太陽を渡しておく。部隊の進軍が困難になると考えられる場合に使用を許可する。なお件のアルビオン種が出現した場合は我々近衛が先陣を切って突撃する。第一、第二連隊はこれを支援せよ。質問はあるか?」


「正面の防衛線が抜かれた場合はどうしますか?」


「正面の防衛線は敵に飲まれる前に段階的に後退する。死守する必要は無い。ただし市街まで後退する必要がある場合は第四連隊を前進させる。もし第三連隊が側面を取ることに成功していれば三方向からの攻撃が可能になるはずだ。そうでなくとも二方向からの攻撃が出来る。いくら敵の数が多かろうと、ここで食い止めることが出来るはずだ」


「了解しました」



他の兵士の反応をイザベラは待つ。途中で質問を投げかけた兵士以外は特に無い様子だったため、イザベラはただちに行動を開始するように指示を出した。彼らの後ろ姿を見送った辺りでグレースが現れる。いつものドレス姿とは違い、今日はちゃんと軍服を着用していた。



「たった今連隊長達に指示を出し終わったところです」


「ご苦労様。また私も出なきゃいけなさそうね」


「あの程度の魔獣であれば大佐が出るほどではないと思いますが」


「いいえ、ついに来たわ。この前のとは違う魔獣が一体紛れ込んでいる」



イザベラは驚いて敵の方へ視線を向ける。しかし彼女の目には先の戦いで現れた種と同じものが群がっているように見えた。



「そんなものどこに……」



そう言いかけた彼女の視線の先で何かがにゅっと顔をもたげる。そしてそれは立ち上がった。ジャイアント種よりもふた周りほど大きいそれは、最早山そのものが動いていると表現するべきだろう。あり得ない大きさのそれはゆっくりと顔を上に向け、「グオオ!!」と一声、雄たけびを上げた。鼓膜がビリビリと震えるほどの大音響に、前線の兵士達が震え上がっているのが分かった。その場に居た全員がポカンと口を開けて空を見上げるしかなかった。アルビオン種はそれほどまでに巨大だった。



「……ムルナウの守備隊が壊滅したのも頷けますね」


「そうね。私も出る準備をしなきゃ」



グレースは教会へ走って行った。イザベラは自分も前線に向かおうと足を踏み出そうとするが、肝心の身体はガタガタと震えて動かなかった。常識外れの存在を前にして、彼女の心は一周回って落ち着いてしまっているが、身体はそうではなかったのだ。イザベラは自分の頬を二度バシバシと叩く。



「……よし」



ようやく身体が言うことを聞くようになった。イザベラは背筋をピっと正して堂々と前線へ赴く。前線には幅2mほどの深い掘と、その先に土砂を積み上げて作った壁、及び高台がある。壁から敵の様子を伺う兵士はおらず、武器を持つことはおろか、壁の内側でガタガタと震えるだけの兵士ばかりであった。そんな彼らを無視してイザベラは壁の上に立つ。


前方は見渡す限り魔獣の群れで埋め尽くされていた。ここにはドスドスと彼らが立てる足音が聞こえ始める。イザベラは魔獣との交戦経験は少なくないが、これほどの数と対峙したことはない。最初の戦闘の時よりも数は多くない。だがアルビオン種が一体いるだけで、その数は関係ないように感じられていた。思わず肩に力が入る。



「緊張しているんですかぁ?」



少し間の抜けた声が背後から聞こえた。声の主が誰だかイザベラは良く知っていた。彼女は振り向かずに言葉だけを返す。



「するさ。あんな化け物がいるんだ。リオネロはどうなんだ」


「まあ、あれだけ足が遅いんです。いざとなったら逃げればいいんですよ」


「そうか。そうだな。それで? 全員揃ったか?」


「はっ!第一近衛分隊、全員集合完了しました!」


「よろしい」


イザベラが後ろへ身体を向けると、そこには一列に並んだ第一近衛分隊のメンバーが並んでいた。全員イザベラと同様に堂々と立ち、手にはそれぞれが得意とする武器が握られてた。皆がイザベラの目を見ている。彼らの瞳は恐怖に怯えておらず、ただイザベラからの指示を待ち望んでいた。その様子を見てイザベラは少し安心する。ふっと軽い笑いが口から漏れた。



「周りを見ろ。何がある?」



イザベラはあごで隊員の一人をしゃくる。指名された隊員は短く「魔獣がいます」と答える。



「そうだ。倒さなければならない魔獣がいる。他には?」



イザベラはまた別の隊員を指名する。今度は「街があります」と返ってくる。



「そうだ。我々の背には守らなければならない街がある。他には?」



再度別の隊員を指名する。その隊員は少し考えてから「他の兵士がいます」と答えた。イザベラはその回答に満足そうに頷く。



「そうだ。他の兵士がいる。だが見てみろ。彼らは戦える状態なのか? 私にはそう思えない。壁の内側で震えているだけでは魔獣は倒せない。どうすれば戦えるようになると思う? リオネロ」



リオネロと呼ばれた男性は胸を張って堂々と答える。



「我々が他の兵士の模範となり、その勇姿をもって彼らに兵士としての有り方を示すことが必要です!」


「……まあいいだろう。今必要なのは私達がついているという安心感を与えることだ。それが出来なければ士気は崩壊し、壊走することは免れない。ならどうすべきか」


「あのデカ物をブチのめすべきです!」



リオネロとは別の隊員が答えた。彼の発言に他の隊員達が賛同の声を上げる。隊員達のボルテージが盛り上がったことを確認したイザベラは手を挙げてそれを静止した。彼女の口元には満足げな笑みが浮かぶ。



「その通り!喜べお前達!あのデカ物に突撃する一番槍の役目を我々は承った! 一気呵成に仕掛けるぞ!」



隊員達からは歓声が上がる。一番槍、しかもここまで連敗を重ねてきた相手へのものだ。これほどの名誉はない。周囲の他の兵士達は近衛達を見ていた。どこか縋りつくようなその表情から、自分達にどれほどの期待が掛けられているのか考える必要もなかった。イザベラは再度敵の姿を見据える。上空の分厚い雲に届きそうな大きさだ。恐らく低階級の魔法は通じないだろう。そこで彼女は一気にケリをつけようと考える。



「聞け。名誉なことだが簡単な仕事ではない。上級魔法で一気に片をつけたいところだが、まずは敵の情報収集だ。相手の皮膚の硬度、攻撃手段、弱点、これらを調査してから決め手を考える。だからそれまでは無理をするな。ただし最初に一度だけ派手な魔法をぶつけるぞ。いいな?……よし。それではこれより突撃を開始する!」



そう宣言すると彼女は地面を強く蹴る。地面が足から離れる直前に魔法で自身を空中に撃ち出したため、猛スピードで彼女は空へと上がる。その後ろを追うように近衛の隊員達が続いた。瞬く間に彼女らは敵の上空に到達する。幸い地上から空を狙える魔獣が居ないため、彼女達は安全に空を飛ぶことが出来ていた。


そしてすぐにアルビオン種が目の前に現れる。



(では強度測定その他諸々も兼ねて、皆思い思いの上級魔法で左足を狙って一斉に攻撃する。準備が完了次第報告せよ)



イザベラは魔力を両手に込める。これから行使する魔法は相手を構成する物質の一部を変化させ、爆発物にしてしまう魔法だ。非常に強力な魔法だが、その分消費する魔力も多く、この巨体相手では変換出来る部分は極微量に過ぎないだろう。だが相手の情報を得るためにはもってこいの魔法だ。イザベラの準備が終わった頃に他の隊員からも続々と完了報告が上がる。



(それでは……攻撃開始!!)



ドン!という衝撃音と共に一斉に左足から爆炎が上がる。考えることは皆同じだったようだ。どうやら内部からの爆発は通じるらしく、大きな音を立ててアルビオン種は左足からバランスを崩して倒れていく。損害の程は不明だが、少なくとも効果は認められた。



(効果アリだな。よし、一旦撤収だ。後は他の兵士達に任せても大丈夫だろう)


(了解!!)



イザベラ達は空中で宙返りして陣地へ戻る。背後ではズズン!という音と共にアルビオン種が地面に倒れた音がした。前方からは先ほどまで心の折れていた兵士達が歓喜の声を上げて彼女達を迎える。近衛の隊員の一人、リオネロは眼下の兵士達に手を振る。彼は短く切りそろえた茶髪の男性で、場の空気を変えてくれるお調子者だ。



(リオネロ。まだ終わっていないのだから、あんまり調子に乗るなよ)


(いやいや!これも士気を高めるためですよ!)


(物は言いようだな? ならお前達の士気を高めるためにアドリアに帰ったら特別メニューをご馳走してやろう)


(リサルディ中佐のおごりですか!?)


(ああ、私からのプレゼントだ)



プレゼントという単語に反応して、隊員達から「お?おお?」と期待する声が上がる。リオネロも期待に目を輝かせる。



(フレンチですか!?イタリアンですか!?)


(コース名を教えてやろう。地中海風フルコース、激しい筋トレを添えて、だ)


(ウス……)



死んだ魚のような目になって彼は答えた。イザベラの指すプレゼントがただのスパルタ筋トレ術だと気が付いたからだ。



(冗談だ。日本食をご馳走してやろう)


(日本食? 中佐も野菜を食べることがあるんですね)



不思議そうに尋ねたのはアンジェラという隊員だ。綺麗な金髪の髪をお下げにしている。



(グレース大佐に野菜を食えと言われたのでな。健康によさそうな日本食を私も食べてみたいのだ)


(それならいいお店を知っていますよ! 私の実家の近所に美味しい日本料理店があるんです!)


(ならそこにしよう。予約は任せたぞ)



そんな他愛の無い話をしているうちに教会に到着した。教会の前にはこれでもかと食料品が並べられている。イザベラは手近にあったビスケットとチョコレートバーを口にねじ込む。ビスケットはパサパサしており、口の中の水分を一気に奪っていった。それでもおかまいなしに次のビスケットをねじ込む。


どれも味は悪くない。むしろ美味しい部類だ。だが味わって食べている時間は無い。彼女以外の隊員も同様に口に入るだけねじ込んでいた。食べ方が汚いとか上品でないとかそんなことは誰も気にしない。イザベラが六枚目のビスケットを口にねじ込んだ時、前線の方がにわかに騒がしくなる。彼女は口をパンパンに膨らませながら隊員にテレパシーを飛ばす。



(始まったみたいだな。どうだ? 五枚は食べたか?)



全員が首を縦に振った。



(よし、十分後に再出撃だ。今度は他の兵士に混ざり、突撃してくる魔獣を討伐する)



了解、と隊員達はテレパシーで答える。誰しもが力強い声を返していた。その表情が頬を膨らませたものでなければ、きっと一層格好良く見えたのだろうなと、イザベラは水差しに映った自分の顔を見て思うのだった。


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