魔獣の大攻勢:待望の時
風が凪ぎ、銀雪もひらひらと舞い落ちる程度に収まった。視界の悪さはかなり改善され、敵の姿がハッキリと見えるようになった。だがそれは相手も同じであった。魔獣の攻撃は激しさを増してきており、マルスの顔には焦りの色が浮かんでいた。
そんな中、ミッターマイヤ―の下へルーカスから緊急通信が入る。
(すまねえ二人やられた。雪が止んできたからか、魔獣どもが俺達を無視して街へ向かい始めた。今追撃しているが、敵の数が多すぎてどうにも間に合いそうにない。そっちはどうだ?)
(こっちも限界が近いが作戦の進行は順調だ。ジャイアント種はやり方さえ工夫すれば倒せることが分かった。もし人手が足りないならデインとアンデルセンを向かわせるが?)
(住民の一部が応戦してくれているが、出来れば彼らに戦わせたくない。応援を頼みたい。あと南の空に小さな太陽みたいな灯りが見える。もしかしたらアドリアからの援軍かもしれない)
ルーカスからの報告を受けて、ミッターマイヤ―は南の空を見る。確かに何か明るい球体が浮かんでいるのが見えた。彼はそんな魔法を見たことがなかった。
(こちらでも確認した。あれはアドリアのものだと信じよう。仮に違ったとしてもどうしようもない。それと応援の件は了解した。すぐに向かわせる)
(ああ、よろしく頼む)
ルーカスの報告を受けた彼は、二人に街へ戻るよう指示する。
吹雪が止んでから戦場の旗色が悪くなりつつあった。アドリア遠征軍が到着するまでの辛抱ではあるが、彼には事態が逼迫しつつあるように思えた。彼は視界の端で街へ引き返す二人を見届けると、次のジャイアント種に目標を定めた。視界が通るようになったことから、残りの個体数も明らかになっていったが、これは彼らにとっては不幸な知らせでしかなかった。
見渡す限りに魔獣が蠢いている。ミッテンヴァルトからゲルマニア側へ下る谷で、それらは隙間なく犇めきあい、こちらへ向かってきていた。この光景にはミッターマイヤ―やアイビーも腰を抜かした。ここで諦めるということも出来ないため、彼らは武器を取る。マルスは一度この光景を見ているが、まだ大量の魔獣が残っていると思うと嫌気が差すのだった。
「アイマール君、魔力はあとどれくらい残っている?」
「順調に出来た場合はあと二体分です」
彼らは空中戦を仕掛けているため、飛んでいるだけで魔力を消費していくことになる。従って帰る分の魔力を残しておく必要があるのだ。彼の口ぶりから察するに、ギリギリ二体と戦闘する分の魔力が残っているということなのだろう。
(アイビー、魔力残量は?)
(そろそろ補給しないとマズイねえ……)
(分かった。一時撤退し、魔力の補給を行う)
二人はミッターマイヤ―に続いて街へ引き返す。街の北口には少数の人間の死体と夥しい数の魔獣の死体が放置されていた。戦闘は現在も続いており、交代制で戦闘を行っているようだ。街の一部に魔獣が侵入しているらしく、アンデルセン達がその対応に追われていた。彼らは建物の間を縫うように飛び、上空から魔獣に襲い掛かっている。
彼らを通り過ぎ、三人はあの目立つ建物へ向かう。中に入ると、いくつかの食料品が並べてあるのがマルスの目に入った。ミッターマイヤ―とアイビーは一番近いところに置いてあったものを適当に掴み、口に押し込んでいた。マルスも彼らの真似をして適当なものを口に詰め込む。彼が取ったのは何かビスケットのような固形物だった。モサモサした感触が口の中に広がる。味はほんのりと甘く、食べやすかったため、彼はそれを次々に口へ運ぶ。小腹が満たされた彼に向かってアイビーが包み紙に入った何かを手渡してきた。
「グロリアスでも採用している高エネルギー食品だよ。魔力が枯渇しそうな時に食いな」
そう言って彼女は同じ物を自分の上着のポケットに忍ばせた。見ればミッターマイヤ―も同じようにしている。言われてみれば同じようなものが訓練用の背嚢にも入っていた気がする。
マルスはアイビーからそれを受け取り、二人を真似てそれをポケットに突っ込む。
ちょうどその時、ルーカスから再度テレパシーが入る。
(ミッターマイヤーもう持ちそうにない!急に奴らの勢いが――――――!!!!!!)
一瞬酷いノイズが流れて彼からのテレパシーは途切れる。ミッターマイヤ―もアイビーも表情を強張らせていた。
「……ルーカスはやられたみたいだね」
「すぐに戻ろう。ジャイアント種より先に小型の魔獣討伐を援護するんだ」
そういうと彼は早足で建物を飛び出して行く。マルスも建物から出る。すっかり吹雪は止んでおり、空が白み始めていた。そして波のような魔獣の群れが北西の方角からこちらへ向かって来るのが見えた。散発的に戦闘は続いているらしく、時々爆発音と共に雪が舞い上がる。
ミッターマイヤ―とアイビーの二人は雪を巻き上げながら猛スピードで群れに突っ込んでいく。
(坊主!死にたくなきゃこのスピードを維持しな!一列になっていると後ろは狙われるから、敵に突っ込んだら散開するんだよ!いいね!!)
この状況下で懇切丁寧にアイビーは説明する。群れはすぐそこに迫っていた。他の兵士の姿は見えないが、恐らく群れの中で戦っているのだろう。群れは一直線に街に向かっているわけではなく、ジリジリとその距離を詰めてきているようだった。だが魔獣は質量に押されるようにどんどん数を増やし、既に数十人の兵士では止められない数になっていた。
ミッターマイヤ―は軍刀を抜き放ち、器用に回転しながら群れに突入した。彼の描く剣筋が両脇にいた魔獣が血のダンスを踊る。そのまま彼は後ろ手に飛び、空中で一回転する間に銃に持ち替えると、それを落下予定地点へ向けて放つ。放たれたのは榴弾で、着弾地点付近の魔獣を爆風で蹴散らす。彼は勢いを殺さず安全になった場所に着地すると、別の方向へ切り込んでいった。
アイビーは彼とは対照的に敵の少ない場所を縫うように動き回り、すれ違い様に魔獣を斬りつけていた。そして彼女はジャガーノート種の集団の前に踊り出る。ジャガーノート種の集団がその無骨な腕で彼女に襲い掛かる。
ジャガーノート種の動きはジャイアント種とは比べものにならないくらい速い。その拳は音速を超えていると言われ、回避するためには事前に相手の動きを予測していないと難しいと言われている。
だが彼女の動きの方が速かった。彼女は残像を残して一つのジャガーノート種の後ろへ周りこむ。マルスには何をしたのかサッパリ分からなかった。彼女は刺突爆雷をジャガーノートの身体に突き刺すと、驚くほど滑らかな動きで背後の魔獣集団の中へ消えていった。そしてジャガーノートに刺さっていた刺突爆雷が炸裂する。ジャガーノートは下半身を失い、力なく地面へ倒れ込む。周囲には魔獣の内臓と血が飛び散った。
彼も意を決して魔獣の群れに突っ込む。目の前にはガルム種が待ち受けていた。彼は銃でその眉間を撃ち抜く。しかしそれはあっさりと避けられ、側面から噛みつかれそうになる。彼は咄嗟に刺突爆雷でその喉笛を掻き切り上空に逃げる。彼は一旦群れの外へ着地し、遠目から魔獣を撃つことにした。
「無理だ……どうしたらあんな風に出来るんだ……」
マルスは思わず弱音を吐く。魔獣の群れはミッターマイヤ―達の登場によって混迷の渦の中に捕らわれていた。今やどこが先頭なのか分かりもしない。その乱戦に中にマルスが入っていくのは容易なことではなかった。
今彼がその中に勇敢に吶喊したとしよう。彼は瞬く間にガルムの餌食になって、活躍らしい活躍は出来ないだろう。無駄死にというやつだ。マルスは死ぬのが嫌だった。それ以上に、そんな弱い彼ですらこの戦場では貴重な戦力だった。彼は出来る限り自分の力を発揮出来る方法を使って戦うべきなのだ。彼はそう判断して少し離れた地点から魔獣の狙撃を始める。
彼はポケットからスコープを取り出し、銃に取りつけた。そしてそれを覗き込んで魔獣に狙いを定める。幸い多くの魔獣は群れの中を縦横無尽に滑るミッターマイヤ―達に釘付けで、そちらに向かって静止状態であった。彼はそれを容赦なく撃ち抜く。
彼の扱う銃はグロリアスで制式配備されている魔導小銃だ。一般的に火薬を用いる銃とは構造が異なるため、一つの銃から様々な種類の銃弾を撃ちだすことが出来る。これとは別に狙撃に特化したモデルもあるが、この小銃でもある程度の距離を狙撃出来るようになっている。弾は魔法で作りだすため、弾切れや弾詰まりを気にする必要はなく、非常に使い勝手が良い。
彼が放った銃弾は次々に魔獣に命中した。狙撃の訓練は受けたことがあるうえ、的が大きく動かないため、当てるのは彼にとって容易なことであった。それでも彼が処理するスピードより、戦場に参入してくる魔獣の数の方がずっと多かった。
次第に彼がいるところまで魔獣は近づいてくる。数匹が彼の存在に気が付き襲い掛かってきた。ガルム種が5匹、今の彼が一人で相手をするのは少し厳しい。マルスはスキー板に推進力を与え、突っ込んでくる一団をかすめるような進路で進む。
先頭のガルムが大きく跳躍し、牙を剥いて彼に飛びかかる。彼は寸でのところでそれを避けるが、ガルムの鋭い爪が彼の左肩を切り裂いた。焼けるような痛みと強い衝撃で彼はバランスを失いそうになるが、横転するのをグッと堪えてガルムの横っ腹に散弾をぶち込む。
先頭のガルムはバラバラになって吹き飛び、その無残な亡骸を地面に晒す。残りの4匹はマルスとは進路が重ならない位置にあったため、急ブレーキをかけて方向転換を試みる。マルスは一時停止したそれらに榴弾を打ち込む。派手な爆発が上がり、土煙と共に魔獣の断末魔が聴こえる。
マルスはほっと一息つく。そして肩の傷口を確認した。傷口からは血が流れだしており、早急に止血を施す必要があった。しかし止血のための道具がないため、彼は魔法で傷口を塞ぐために、銃を左肩に掛け片膝をつく。
その時だった、彼が一瞬気を抜いた瞬間を狙って、土煙の中から仕留め損ねたガルムが飛び出してくる。それは一直線に彼に向かって飛びかかってきた。その口に並べられた鋭い牙がギラリと光る。
「しまっ――――!!」
彼は刺突爆雷で応戦しようとするが間に合わない。ガルムが再び負傷した肩に食らいつく。その鋭い牙が肉を切り裂き、あまりの痛みに息が詰まりそうになる。彼は一心不乱に刺突爆雷でガルムの首元を突き刺すが、噛む力は弱くなるどころか強くなっていく。ガルムはしきりに顔を振り、傷口を広げようとしてくる。その度にまるで魂が抜け落ちていくかのように、
大量の血液が身体から抜けていくのが分かった。見れば周囲の雪は自分の血で真っ赤に染まっていた。魔獣も首元をズタズタに引き裂かれていたものの、その出血量はわずかであった。
もうダメだ。
マルスはそう感じた。背中から伝わってくる雪の冷たさが身体全体に伝わり、まるで死者のように身体を冷やしていく。視界は徐々に色を失っていき、音はその認識が難しくなっていく。彼はまるで脳みそが冷えていくような感覚を覚えた。彼のすぐ側に死が迫っていた。銃を握る腕には力が入らなくなっていく。それは身体全体に伝播し、次第に呼吸する力すらなくなっていった。
勝利を確信したのか、ガルムは彼から口を離す。その口元は真っ赤に染まり、瞳には勝者の驕りが溢れていた。そしてガルムは彼の喉笛を噛み千切るために再びその口を開いた。
もう彼は抵抗しなかった。いや、抵抗するだけの力が残っていなかった。彼はただ定められた運命を甘受するだけの存在となる。水面を流れる木の葉のように、彼はただ流れに身を任せた。そうすることで気持ちが楽になった。必死に抵抗を続けると、その分滅ぼされる時の痛みが増すのだ。最初から抵抗しなければ痛みも少なくて済む。
冷えた頭の中がどんどん諦観で満たされていった。そしてガルムはマルスの首筋に牙を立てる。
その時だった。一条の光がそのガルムの頭部を撃ち抜いたのだ。バシャっという音がして、その穿孔から緑色の液体が噴き出す。
「大丈夫か!おいしっかりしろ!」
誰かの声が聴こえた。すぐに自分の顔を覗き込む黒髪の女性が見えた。一体誰だろうか。彼は朦朧とする頭で考える。そして彼女の服装を見て合点がいった。彼女はグロリアスの制服を着ていた。
そう、アドリア遠征軍が到着したのだ。彼はそれを確信すると、眠るように目を閉じた。




