魔獣の大攻勢:可能な限り迅速に
グレースは歩兵に合わせて微速前進する輸送車両の中で揺られていた。偵察に出した兵から「ミッテンヴァルト健在」の報が入り、出発予定時刻になったアドリア遠征軍は再度進軍を開始する。人工太陽が照らしてくれるおかげで、将兵たちの足元は昼間のように明るく照らされていた。弊害として雪が解けてしまうため、所々泥濘地帯になってしまっている。故に行軍速度は全力とはいかなかった。ミッテンヴァルトの市街への予想到達時間は4時間後だった。兵たちの士気は高く、足取りも軽い。戦端が開かれる前に到着出来るかもしれないとグレースは希望を抱く。
「間に合ってほしいものね……」
「ミッテンヴァルトに守備隊はいませんが、何人かの退役軍人がいることが判明しています。任期を満了したベテラン揃いですから、アルプス防衛軍より質の高い戦力がいるはずです。彼らを信じましょう」
イザベラは資料に目を落としながら言った。彼女の手元にはミッテンヴァルト在住の予備役リストだった。資料によれば一個中隊ほどの人数がいるはずなのだ。それもあのアルプス防衛軍全盛期の構成メンバーだ。現地入りした際は彼らの助力を請う事になるかもしれない。顔と名前を覚えておきたいのだ。
「彼らには出来るだけ穏やかな日々を過ごしてもらいたかったのですけどね」
「事態が事態ですからね。彼らも自分の家族や友人が魔獣に襲われそうなら戦わざるを得ないでしょう」
「グロリアスは何をしていたのか、と責任を追及されることは覚悟しておきましょう。再建中の軍隊が攻撃されるなんて運が悪いと言えばそれで終わりですが、人々がそれで納得するとは思えません。即戦力を駐屯させていなかったベルマンと私の責任でしょうね」
イザベラは何も言わなかった。それは無言の肯定なのか、はたまた判断しかねているのか。どちらにせよグレースにはどうでもよいことであった。そんな彼女達の車両へ一人の兵が息を切らして乗り込んでくる。
「何事か!」
イザベラの鋭い言葉に兵士は背筋をシャキッと伸ばす。
「失礼しました!偵察部隊より緊急の入電です!読み上げます!ミッテンヴァルト北部にて魔獣の大群を確認!群れはガルム種、イエティ種、ヘビーアーマー種、ジャガーノート種、そして正体不明の巨人のような大きさの魔獣によって構成されている模様!既に市民が自衛戦闘を行っているとのこと!」
「市民が戦闘を?間違いないのか?」
「こちらからも確認を取りましたが、間違いないとのことです。グロリアスの制服を着た者がいるため、アルプス防衛軍の生き残りではないかと推測されるとのこと」
その報告を受けてグレースが立ち上がる。彼女はイザベラに指示を飛ばす。
「イザベラ!ただちに近衛を集めなさい!少数でも効果的な戦力である我々で先行します!」
「了解!」
「そこの貴方はロバチェフスキーへ指揮系統を一時的に委譲する旨を伝令しなさい!」
「はっ!」
伝令役の兵士はまたも駆け足で部屋を後にする。イザベラはそれを咎めることもなく、すぐさまテレパシーで近衛を上空待機するように指示する。グレースは車両の中に無造作に置かれていた軍刀を二つ手に取り、片方をイザベラに投げてよこす。彼女らが持っているのは試作参式軍刀魔導機関内蔵モデルだ。試作段階だが、制式配備されている兵器よりも強力になっている。その特徴は剣に埋め込まれた紫色の巨大なマギアニウムの封じ込められたガラス玉で、これが魔力を増幅する装置として働くため、少ない魔力で強力な魔法を発動することを可能にしている。マギアニウムは常温では気化してしまうため、このように何かに密閉しておくことが一般的だ。この武器は遠征に際して人工太陽の使用許可と共に送られてきたもので、それ故にグレースも初めて使う代物だ。彼女はそれを腰に留め、イザベラと共に車両の外へ出る。
外では既に近衛たちが集合しており、車両の上空に陣取っていた。彼らは彼女が姿を現すと一斉に敬礼する。イザベラも途中で止まり、グレースに注視する。グレースは敬礼を返すと口を開く。
「迅速な集合ご苦労!たった今ミッテンヴァルトで戦闘が始まったと報告が入った。戦っているのは一般市民だ。我々はこれを良しとしない。従って、ただちにミッテンヴァルトへ向かい、一般市民の保護及び本隊の到着までに戦線を構築することを目的とした作戦を実施する。作戦名はオペレーションフレッチャビアンカ。現時刻をもって発令とする。分隊は私とリサルディ中佐の二つの班に分ける。人選はリサルディ中佐に任せる」
「はっ!アンジェラ、シンディ、ヒルデ、リオネロ、リカルド、以上5名は大佐の班へ。残りは私の班だ」
イザベラがそう告げると、グレースは空へ飛び上がり高速飛行を始める。招集された近衛は、どれも精鋭であるため彼女の後を追って高速飛行を始める。このスピードであれば市街地到達まで30分と掛からない。
彼女らは人工太陽の庇護の下を離れて初めて気が付いた。彼女達は夜闇の中へ繰り出したが、いつの間にか吹雪は止み、地平線からは薄明が差し込み始めていたのだ。好機だ、とグレースは感じた。吹雪の中の戦闘に不慣れなアドリア兵が少しでも本来の力で戦える戦場を作り出せるかもしれない。彼女の中で胸のしこりとなっていた、兵を思う気持ちからくる不安は、少し和らいだのだった。




