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生命の箱舟 リリン  作者: 胸毛ボルサリーノ将軍
終わりの始まり
28/45

魔獣の大攻勢:市街地への到達

どれくらいの時間寝ていたのだろうか。空はまだ暗く、建物の窓からは月明かりが顔を覗かせていた。深い微睡みの底にいたマルスはミッターマイヤ―に叩き起こされた。周囲が騒々しい。張りつめた空気の水面下では、何か得体の知れない恐怖が蠢動を始めていた。それは夜の澄んだ空気のせいではなかった。視界に入る人々の顔はどれも余裕がなく、誰しもが慌てたように走り回っていた。自分の顔を覗き込むミッターマイヤ―の顔にも余裕の色はない。



「アイマール君!魔獣だ!吹雪の向こうにガルム種の大群がいる!!起きなさい!!」



魔獣、という単語にマルスはハッとする。その言葉は微睡みの底から彼を力強く引き上げた。彼の身体は緊急稼働を始める。心臓が忙しなく拍動することで、冷えかけていた手足には急速に血が巡り、頭はハッキリと覚醒へ導かれる。



「すいません!行きましょう!」



ミッターマイヤ―は持っていたスキー板と銃をマルスに渡す。彼はそれを肩に掛けた。二人は建物の外へ走り出す。既にデイン、アイビー、アンデルセンが二人を待ちかまえていた。そして彼らの向こうには無数の小さな赤い光が見えた。それは全てガルム種の瞳だ。それらは獲物を見定めるかのように街を、人を凝視していた。



「遅いよ坊主!ミッターマイヤ―、ルーカス達は先に出ていったよ」



アイビーの怒号が飛ぶ。マルスはそれにすいませんと答えた。ルーカスは街の正面で機動戦を行う部隊の指揮を任せた老兵の名前だ。彼らが出たということは既に魔獣は目と鼻の先にいるはずだ。ちょうどその時、小規模な爆発が起こり、赤い光が散り始めた。



「始まったみたいだな。私達も行くぞ!作戦はさっき話した通りだ!出来るだけ時間を稼ぐんだ、いいな?」



一同は黙って頷く。彼はついてこいと言い、スキーで一気に加速した。アンデルセン達が後に続く。マルスも遅れないようにその背中を追った。


街を出てすぐのところでルーカス達が戦闘を行っていた。その姿はまさに銀の矢のようで、目にも止まらぬ速さで雪上を縦横無尽に駆け回る。敵の数は非常に多かったが、吹雪に紛れて素早く動く彼らの動きを捉えられないようで、ガルム種は一方的に殲滅されていた。


周囲には息絶えたガルム種の死体がその身を横たえている。死体の側の雪はどす黒く染まっていったが、そこにどんどん雪が積もり、すぐに元の真っ白な地面に戻る。ここで死んだら雪解けまで発見されることはないのだろう。冷たい雪の棺で眠るのはごめんだと彼は感じた。


ルーカス達の脇をすり抜け、一行はジャイアント種の下へと急ぐ。鈍足なそれは未だ戦闘区域に到達していないはずだが、街が攻撃範囲に入ってからでは遅い。出来るだけ迅速に彼らは進む。


ガルム種の姿はまばらになり、目の前にイエティ種の集団が見えた時、ミッターマイヤ―からテレパシーが送られてくる。



(我々は上昇してジャイアント種の下へ向かう。私にタイミングを合わせる必要はない。各自のタイミングで上昇せよ!)



それを言うか否かのタイミングでミッターマイヤ―は地面を蹴って上昇する。一呼吸の間もなくアンデルセン達がそれに続いた。ワンテンポ遅れてマルスも飛び立つ。


上空に上がると、先ほどよりも吹雪は激しさを増していることが分かった。強い風の打ち付ける頬は既に寒さを感じなくなっており、銃を握る手は悴んで感覚が無くなっていく。


周りを見回すと、雪が仄かに燐光を放ち、灯りが無くても朧げに周囲を確認することが出来た。眼下の闇の中を蠢く影は次第にその輪郭を大きくしていった。どうやらジャガーノート種などの大型個体がいる位置にまで進出したようだ。それらの赤い瞳がマルス達の姿を追うのが吹雪の中でも分かった。彼らはそれを尻目に先へと進む。そして吹雪を切り抜けた先にそれは待ち構えていた。


蒼い肌をした巨人が彼らの前に立ちふさがっていた。まるで彼らの到来を待ちわびたかのようにそれらは山をも揺るがすような咆哮を上げる。あまりの音の衝撃に、空中を飛んでいたマルスは体勢を崩してしまう。かなりのスピードで飛んでいた彼の視界には、あっという間に地面が迫っていた。幸い踏み固められていない雪のようで、落ちてもそれほどのダメージは負わないだろう。しかし問題は落下することにある。ジャイアント種の周りには他の魔獣がいないのだが、少し進めばそこにはジャガーノート種やヘビーアーマー種がいる。思わず歯を食いしばる彼の身体は、寸での所で何者かに受け止められる。



「ひぇ~びっくりしたぜ!あんちゃん大丈夫か?」



彼の身体を受け止めたのはアンデルセンだった。彼はあの音の衝撃で耳をやられたのか頻繁に耳に指を突っ込んでいた。マルスはアンデルセンよりも後方に居たため。聴覚に異常はきたしていなかった。



(おい1アンデルセン!アイマール君は大丈夫か!)


(大丈夫だ!ミッターマイヤー!!後ろから来てるぞ!!)



アンデルセンに言われて見上げると、燃えさかるような怒りの色を湛えた赤い瞳がギラリと光っていた。それは彼ら目掛けて巨大な腕を振り下ろしていた。腕はゆっくりと近づいてくるように見えたが、徐々に視界の隅々にまで広がっていった。ミッターマイヤ―達は素早く離脱したが、マルスを助けるために対応の遅れたアンデルセン達には逃げ場がないことを悟る。



「嫌だ……こんなところで終わりたくない……」



彼に抱えられ、死を悟ったマルスの口から情けない言葉が漏れる。アンデルセンは彼の身体を一層強く抱きしめる。



「バカかおめえは!!ベテランなめんじゃねえ!!見てろよ!!!」



アンデルセンはマルスを叱咤すると地面に向かって急降下する。腕はどんどん彼らの背後に迫っていた。さらに彼は別の魔法を行使する。マルスにはそれが何か分からなかったが、見ると落下地点の地面に丁度二人が通れそうな穴が空いていた。穴の中は暗く、どこまで続いているのかは分からなかった。アンデルセンはそのままの速度でその穴へ突入する。


間一髪だった。背後で大きな衝撃音が炸裂する。腕が叩きつけられた衝撃で、マルス達も穴の底へ落ちてしまうが、柔らかな土がクッションとなって、擦り傷程度で済むことが出来た。



「い……生きてる」


「ぺっ!ぺっ!これがベテランの意地ってもんよ」



穴の中は光がなく、ほとんど何も見えないため自分たちがどのような状態なのかはよく分からなかった。アンデルセンは口から砂を吐きながら答える。



「ありがとうございます。アンデルセンさんがいなかったら……」


「感謝されるにはまだ早いぜ。こんなものを街に行かせるわけにはいかねえ」



アンデルセンは指の先に魔法で小さな火を灯す。彼はその微かな光で穴の入り口を照らした。そこには青い色をした何かがあった。それはあの巨人の腕の色と同じだった。ゆっくりと地面を擦るようにそれは動いていた。もしかすると、ジャイアント種は身体が重いため素早く動けないのではないかとマルスは考える。腕はほどなくして引き上げられ、穴の入り口から微かな光が差し込んでくる。外も夜間のため暗かったが、穴の中よりは明るく感じた。逆に穴の中より明るいため、先ほどよりも視界が良くなったように感じたほどである。


上空ではミッターマイヤ―達がジャイアント種に銃撃を加えていた。的が大きいため確実に命中するものの、あまりの大きさのためビクともしない。外を覆う皮自体も分厚いらしく、少量の魔力しか込めていない攻撃は通用しないようだった。



(アンデルセン!こいつ第五階級以下の魔法は通用しないぞ!気を付けろ!)



二人にはミッターマイヤ―の声が聴こえた。確かに上空で炸裂する魔法の多くは第五階級以上の規模だった。彼らは空を駆けながら、それらの魔法を連射していた。マルスが同じことをしたら即座に魔力切れを起こしてしまうような戦闘が行われていたのだ。


残念ながらマルスには第四階級までしか扱えない。ミッターマイヤ―の告げた事実は、ここで彼に出来ることが少ないということだった。マルスは悔しさに歯噛みする。彼を尻目に隣ではアンデルセンがボヤく



(おいおい、ちったぁ心配しろよな)


(ハッ!お前があんなので死ぬタマならとうに死んでるだろ?とっとと戻ってきな!)


(へいへい)



アイビーが彼を茶化す。彼はマルスを離すと空へ上がっていく。マルスも後に続いた。


空ではミッターマイヤ―達が戦闘を続けていた。一匹のジャイアント種に対して3人がかりで応戦している。ジャイアント種自体は複数いるのだが、彼らは動作が緩慢なため、戦闘の一匹がいる場所に辿り着けていない。その距離は徐々に近づきつつあった。



(アイマール君!君は第五階級以上の魔法が使えるかい?)


(いえ、すみません。第四階級までです)


(気に病むことはない。君にはあの化け物の目を狙って攻撃して欲しい。そこなら多少威力が弱くても通るだろう)



彼はそう言ってジャイアント種の攻撃を避けるため、宙がえりしながら上を指差す。その先は吹雪で見通すことが出来なかったが、赤く光る瞳だけは視認できた。彼はあれを攻撃しろと言うのだ。確かに目であれば皮膚より攻撃が通りやすいだろう。だがそのためにはあのジャイアント種の目の前に飛び出す必要がある。当然攻撃は自分に集中することになるため、死のリスクが高まることになる。


だが彼に今やれることはそれだけだった。彼は迷うことなく、ジャイアント種の肌に沿って上昇を開始する。岩のようにひび割れた肌は天の果てまで続いているように見えた。とにかく大きい。彼は一定の速度でそこを駆け抜ける。


そうして赤い瞳とすれ違った。その刹那、ジャイアント種の瞳がギョロリとマルスを凝視した。ほんの一瞬の出来事なのに、彼の背中に冷たいものが走る。彼は止まらずにそのままそれの頭上を飛び越えた。


寒いのにも関わらず彼の背中は汗でグッショリと濡れていた。眼下ではまだ仲間たちが戦闘を続けているのが目に入った。赤い瞳の興味は既にこちらになく、その目は蠅のように飛び回るミッターマイヤ―達に向けられていた。



(安心しろ少年!私達がついている!)


(危なくなったらまた助けてやるよ。思いっきり行っちまえ!)



デインとアンデルセンが立ち尽くすマルスの脇を通り抜けながら叱咤激励する。実際彼らがあの化け物目玉を刳り抜いてやってもいいのだ。それをしない理由は一つ。マルスに経験を積ませたいのだ。これ以降、後続のジャイアント種が追いついたらもう彼らはマルスに構っていられる余裕がなくなる。彼には自分で自分の身を守ってもらわなくてはならなくなるのだ。そのため余裕があるうちに少しでも経験を積ませたいのだ。



(すみません!援護お願いします!)


(待ってたよ!その言葉!)



マルスの言葉を引き金に、アイビーが軍刀を振り抜き、ジャイアント種の脇腹に突き立てる。その刀身にどんな魔法を付与しているのか不明だが、彼女の刃はパンケーキを斬るように硬質なジャイアント種の肉を引き裂いていく。そのジャイアント種は、予期せぬ激痛に咆哮する。ジャイアント種のヘイトはそのままアイビーに向けられる。彼女はあり得ない飛行線を描きながら化け物の背後を取ることを繰り返し、その興味を引き続けた。



(今だ!男見せな!)



アイビーの言葉に尻を蹴られ、マルスは勢いよく赤い瞳へ突進する。彼は銃の下に格納されている刀剣型の刺突爆雷を展開する。これはナイフの形をした魔力点火式の爆薬で、これを突き立てた後に切り離し、離れてから魔法で爆破することで、装甲の内側から敵を攻撃可能な優れものである。中型以上の魔獣は強固な外皮を持つ場合がほとんどのため、グロリアスではこういった装備が標準配備されている。なお、爆破威力は投入魔力量に依存せず、どれだけの魔力を込めても一定の破壊力である。


チャンスは目を見開いた瞬間だ。あの巨人はまだこちらの存在に気が付いていない。マルスはその時を伺う。アイビーがまたしても後ろへ回り込んだため、巨人はこちらへ振り向いた。その目の真ん前にマルスはいた。



「おりゃああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」



マルスは刺突爆雷をジャイアント種の目玉に突き立てる。目玉は思っていたより硬く、異物の侵入に一瞬抵抗したが、グズッ……という気持ち悪い音を立ててその内部に侵入を許した。それを確認したマルスは爆薬を切り離し、目玉を蹴って離脱する。


ジャイアント種は苦しみ悶えながら手で目を抑えるが、もう遅かった。十分に離れたマルスは刺突爆雷の起爆信号を魔法で送る。


ドンッという鈍い音と共にジャイアント種の動きが止まった。それは手の隙間から緑色の液体をぼたぼたと垂れ流していた。そしてそのままゆっくりと膝をつき、大音響を立てながら地面に崩れ落ちる。もうその怪物は動くことはなかった。


どうやらあの化け物も人間の構造を同じで、目の奥に脳のような器官があり、それを破壊することで動きを止められるようだ。ヘビーアーマー級のような魔獣は頭部がないため、コアと呼ばれる中心核を壊さなければならないのだが、この魔獣は違ったらしい。



「やるねえ!この調子で次行こうぜ!」


「いえ、皆さんのサポートがあったおかげです」



アンデルセンが彼の肩を叩いた。ミッターマイヤー達も微笑を浮かべている。彼らのサポートありきとはいえ、大きな敵を倒せたことは彼に自信を与えた。彼の魔力消費量はごく僅かであったため、このまま次の上手くいくだろうと彼に予感させた。



「次からはツーマンセルで行動する。アイマール君は私と、あとアンデルセンとデインの二人、アイビーは一人でも大丈夫だね?」



ミッターマイヤ―は一行に指示する。



「おい小僧、誰にそんな口利いているんだい?」


「ははは……悪かったよ」



アイビーは自信ありげに胸を張り、軍刀を肩に担いだ。どうやら彼女はミッターマイヤ―よりずっと強いらしい。



「魔力不足になったら即座に撤退すること。分断さえ出来れば、敵は想定していたよりも遥かに弱い。確実に数を削っていく作戦に変えよう」



一同は了解!と応え、散開する。マルスはミッターマイヤ―の後に続いた。ミッターマイヤ―は一番手前にいたジャイアント種に狙いを定める。



(アイマール君!先ほどのように目を狙え!いいね?)


(はい!)



短い言葉のやり取りを終えると、ミッターマイヤ―は即座にジャイアント種へ近づき牽制を掛ける。美しい円形の軌跡を描きながら、彼はジャイアント種を中心にらせん状に上昇する。彼が銃から炸裂弾をばら撒くと、派手な音と煙、そして少しの衝撃波が発生する。ジャイアント種の目を惹くには十分だ。狙いを定めたジャイアント種の目が一際妖しく光る。そしてその真っ赤な目はミッターマイヤーを捉えた。彼は迫りくる腕を避けながら目立つような攻撃を繰り返す。


その一方でマルスは少し離れた地点から一気に上昇し、ジャイアント種の知覚範囲外から近づく。巨人の頭部まであと少しという距離で、息を合わせたようにミッターマイヤ―がマルスのいる方角へ舵を切る。彼を追うジャイアント種は当然そちらの方向を見る。そして目を向けた先にはマルスがいる。先ほどと同じパターンだ。魔獣同士連携を行うこともなければ、情報伝達のためのコミュニケーションを行うこともない魔獣は、単純な作戦に何度も引っかかる。これはその好例だ。


すれ違いざまにミッターマイヤ―が人差し指と中指をこめかみに当て、何かをこちらに投げるようなハンドサインを送った。マルスはそのサインが何なのか分からなかったが、恐らく「幸運を」とかそんなところなのだろう。マルスは先ほどと同じようにジャイアント種の眼球目掛けて飛ぶ。今度も刺突爆雷は問題なく刺さった。彼は先ほどと同じように離脱し、それを起爆する。このジャイアント種も緑の液体を噴出しながら地面に倒れる。


周囲を見るとアンデルセン達やアイビーも一体仕留めたらしく、それらが地面に倒れる派手な音が鳴り響いていた。彼はミッターマイヤーを見る。彼は余裕の笑みを浮かべていた。訓練生では相手にもならなかったが、熟練兵となるとここまで実力が違うのか、と彼は痛感するのだった。ふと気が付けば吹雪は勢いを弱めていた。


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