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生命の箱舟 リリン  作者: 胸毛ボルサリーノ将軍
終わりの始まり
27/45

魔獣の大攻勢:奇策

マルス達は極寒の吹雪の中をスキーで移動していた。頬を痺れるような冷気が切り裂いていく。ミッテンヴァルトを出て三十分ほど経ったはずだ。まだ魔獣の群れの姿は見えない。しかし魔獣の立てる足音や鳴き声はどんどん近づいてきており、邂逅するのもそう遠くないと予想された。マルス達は予定通り5人で偵察兼破壊工作を行う。メンバーはミッターマイヤ―とマルス、そして小太りな男と黒ぶちメガネを掛けた男、白髪の男の5人だ。



先頭を走るミッターマイヤ―がテレパシーで話しかけてくる。



(さあ見えるぞ!全員飛翔!)



彼の怒号が飛ぶと同時に、全員が地面から飛び上がる。地面から離れると同時にパッと雪が舞った。



(突撃陣形!!)



彼の掛け声に合わせて5人はミッターマイヤ―を先頭に楔型の陣形を取る。すると眼下に狼のような外見をしたガルム種が姿を現す。その数は初めはまばらだったが、奥に進んでいくと地表を埋め尽くすほどの数に膨れ上がっていった。次第に大型の魔獣が散見されるようになる。



(ヘビーアーマー種、ジャガーノート種確認。とんでもない数だな。アイマール訓練生がいなかったら悲惨なことになってたかもしれんな)



ヘビーアーマー種は分厚い外皮に覆われた丸い形状の魔獣だ。外皮にはあまり攻撃が効かないため、外皮のない部分を狙うのが定石である。ジャガーノート種は5mほどの大きさをした岩のような魔獣で、こちらは防御が堅い上に攻撃も非常に強力である。通常これらが群れを形成することはないため、これほどの数が一斉に襲い掛かってくるのは非常に脅威である。


しかしまだジャイアント種の姿が見えなかった。マルスが遭遇した時も群れの中でもかなり後ろの方にいたことから、まだ先に進まなければならないだろうと彼は思った。


一行はどんどん奥へ進んでいく。眼下は既に魔獣で犇めきあっており、万が一落下することがあれば助からないだろうということが分かる。


そしてそれはついに姿を現した。吹雪の向こう側に大きな物が聳えたっているのが見えた。それは山ではない。何故ならそれはズシンズシンと足音を立てて進んでいたからだ。マルスには老兵達が息を呑むのが分かった。彼の脳裏には無残に破壊されたガルミッシュ=バルテンキルヒェンの街並みがチラつく。そう、この化け物が多くの人命を奪った元凶、災厄そのものだった。


彼我の距離は瞬く間に縮まっていく。目の前にその青い肌が見えた頃には、その化け物の全長は彼らの頭上を優に超えていた。彼らはこれが雪崩では止まらないことを悟る。しかもそれは一体ではなかった。奥にいくつも同じ影が見えるのだ。それはまるで山が胎動するようにゆっくりと歩みを進めていた。高さは40-50mはあるだろう。そんな相手に高々数mの雪崩をぶつけたところで、何の障害にもならないのは明白であった。


それらは図体が大きすぎるからか、周辺で飛び回るマルス達の存在には気が付いていないようだった。ここからではその顔すら見えない。



(作戦は予定通り行う。デインとアイビーは向こう側を頼む。俺達は南側だ、ついてこい!)



ミッターマイヤ―は作戦の続行を指示する。ジャイアント種を止められないのは明白なのに何故だろうか。マルスは彼にテレパシーを送る。



(ミッターマイヤ―さん!あれに雪崩をぶつけても……!一旦引き返しましょう!!)


(アイマール君。ジャイアント種が止められなかったとしても小型の魔獣の頭数を減らしたいんだ。雪崩で数が減れば時間稼ぎもしやすくなる。どうせ引き返すなら、それからでも遅くない)


(分かりました!作戦通りに!)



ミッターマイヤ―の言いたい事はよく分かる。確かに小型の魔獣が減らせた方が後が楽になる。しかしそれは根本的な解決にはならない。これでいいのだろうか、と思いながらも彼は作戦を続ける。


方向転換をすると、すぐに爆破目標の山の尾根が見えた。この山の谷側の斜面を順次爆破していくことで雪崩を起こすのだ。ミッターマイヤ―は左手を挙げて静止を指示する。



(アンデルセンは下段を、私は中段をやる。アイマール君はありったけの魔力を山頂付近にぶつけてくれ。タイミングは君に任せる。ちゃんと帰りの魔力は残しておくんだぞ!それでは各自作戦行動に移れ!)



マルスは吹雪を突き抜けて山より高い高度へ出る。眼下にボンヤリと黒い山の尾根が見える距離だ。彼はありったけの魔力を身体中からかき集める。そして山頂付近の斜面の広い範囲に狙いを定める。


彼はいくつかの爆破地点を間隔を空けて設定した。全長にしておおよそ1kmほどの範囲だ。これでも群れの一部分しかカバーすることは出来ていない。魔法の扱いに長けた者は物理法則を利用して、効率良く雪崩を起こすことが出来るらしいが、マルスにはこれくらいが限界だった。



(いきます!!)



マルスは深いところに埋もれた雪を一気に気化させる。ボンッという音と共に、気化した雪はその体積を一気に膨れ上がらせ、周囲の物質を押し退ける。その勢いで周囲の雪が揺り動かされる。ビキビキと地が割れるような音のあと、ゴゴゴという地鳴りが谷全体に響き始める。


そして次の瞬間山の斜面がシフトするように崩れる。それは一瞬山の斜面の形を保っていたが、瞬く間に崩れ雪の波へと変貌した。


そして間髪を入れず、次の爆発が起こる。見ればミッターマイヤ―がこちらに向かってサムズアップしている。ミッターマイヤ―が起こした爆発によって、さらに多くの雪が崩れる。そしてそれは勢いそのままに下に向かって行く。


下で再度爆発が起こった。今度はアンデルセンによるものだ。3段階の爆発によって崩された雪の量は膨大なものになり、ドォーッという轟音を立てながら山の斜面を次々と飲みこんでいった。木々が根こそぎ倒され、波の質量はどんどん増していく。


麓へ到達する頃には雪煙で地表は全く見えなくなっていた。谷の反対側の斜面も爆破に成功したらしく、激しい雪煙を上げながら両側から雪の波が魔獣へ襲い掛かる。魔獣の群れは大混乱に陥ったようで、至る所で雪に飲まれる魔獣の断末魔が響き渡る。小型の魔獣の多くは助からないだろう。雪煙が収まるころにはほとんどの魔獣の姿が見えなかった。


ただ、ジャイアント種を残して。


ジャイアント種も蹲ったり倒れたりしているものはいたが、所詮は膝の高さの雪崩が直撃したにすぎなく、身動き一つで雪の下から這い出てくるのだった。その様子にマルスは内心舌打ちをする。



(よし、撤退だ!作戦目標は達した!次の作戦へ向けて速やかに帰投せよ!)



ミッターマイヤ―が号令を出すと同時に反対側でデインとアイビーが離脱するのが見えた。こちらもミッターマイヤ―に続いて離脱を開始する。足の速い小型種の先鋒を叩くことに成功したため、街に群れが到達するまでの時間を稼げたはずだ。作戦は成功した。マルスはそう自分に言い聞かせてその場を離れる。彼の胸には背後で身動きするジャイアント種の存在が引っかかったままだった。




マルス達は無事街へと帰りつく。偵察の結果、最低でも4時間ほどの猶予が残されていることが分かった。到達予想時刻は午前2時から3時。雪崩で進行速度が下がっていればもっと遅くなる。肝心のジャイアント種には大した影響が与えられていないため、事態を楽観視することは出来ないが、彼らは次の作戦へ向けて一先ず休憩を取っていた。


夜遅くにも関わらず、昼間ミッターマイヤ―と出会った建物の中には様々な食事が並べられていた。これはこれから戦列へ加わる者達へ提供された食事だ。マルス達の分も残されていたため、彼らは空いた席に腰かける。すると街の住人が彼らの下へ料理を差し出してくる。



「出撃お疲れ様です。どうぞこれでも食べて下さい」



10代と思しき女性が差し出したプレートには焼きたてのステーキが乗せられていた。肉厚なそれから放たれる香ばしい匂いは彼らの脳内を犯していく。隣でアンデルセンがはしたなく舌なめずりしているのが視界に入った。



「なかなか豪華じゃないか。食べてしまっていいのか?」


「当たり前じゃないですか。おじさん達が働いてくれなきゃこの街全滅しちゃうんですからね?」



ミッターマイヤ―が恐る恐る尋ねると、少女は笑顔を浮かべて答えた。



「おじさん達だってよ!」


「ははは……」



アンデルセンがマルスの横腹を肘でつついた。まだ19歳のマルスは苦笑いする。彼の顔を見て慌てて少女は付け加える。



「あ!ごめんなさい!お兄さんもね!」



少女も申し訳なさそうに苦笑いする。彼らを尻目に老人たちは馬鹿笑いしていた。それからもどんどん料理は運ばれてきた。瞬く間に彼らのテーブルの上にはスープやサラダが並べられていく。料理も一通り出そろったところでミッターマイヤ―が立ち上がる。



「まだ全部終わったわけじゃないが、腹が減っちゃ戦えない。今は存分に食べよう!乾杯!」



ミッターマイヤ―が杯を掲げると、老兵たちも「乾杯!」と杯を掲げた。マルスも合わせてそうする。彼の音頭を皮切りに、老兵達は目の前に並べられた食事に食らいつく。


ミッターマイヤーの隣に座るアイビーは御年六十歳のご老体だ。見た目はまさにおばあちゃんなのだが、驚くべきはその身体能力で、年を感じさせない機敏で力強い動きが可能だ。先ほどの偵察でも最前線へ出撃しており、なおかつそれを難なくこなしている。彼女も男顔負けの勢いでステーキにかぶりついていた。ミッターマイヤ―は彼女が戦闘に参加することに否定的だったが、彼女の強い希望に押し切られて参加を許可した。


マルスがゆっくりとステーキを切り分けているとアイビーが話しかけてくる。



「坊主、アンタほぼ初陣だって言うのに逃げ出さなかったね。その根性だけは認めてあげるよ」


「ありがとうございます!」



老女はニッと笑ってみせた。すると横からアンデルセンが口を挟んでくる。



「根性だけじゃないぜ?こいつちゃんと第一段決めたんだよ!ビックリしたよ。こちとら坊主が失敗してもいいように準備してたってのにな!」


「え、そうなんですか?」


アンデルセンがガハハと笑う。そんな保険を掛けていたとは初耳だ。マルスはミッターマイヤ―を見る。彼は口に運んでいたサラダを下ろして困ったような顔をする。



「そんな目で見ないでくれよ。若者の尻ぬぐいをするのは年長者の役目だろう?」


「カーッ!物は言いようだねえ!」


「アイビー、実際に戦闘しているところを見たことなかったんだから仕方がないだろう。でもこれでアイマール君の実力が分かったよ。次からは馬車馬の如く使い倒すからね」



彼の弁解をアイビーが茶化す。そしてマルスはミッターマイヤ―から嬉しくない宣言を頂いてしまった。彼は困ったように苦笑いを返す。



「ところでミッターマイヤ―、娘さんは元気にしているのかい?そろそろ結婚を考えてもいい頃じゃなかったかい?」



アイビーが唐突にミッターマイヤ―に話を切り出す。ミッターマイヤ―に娘がいたことをマルスは知らなかった。



「ああ、元気にしているよ。今年で24さ。相手がいるのかどうかは私には教えてくれないね!」


「相手がいないならあの坊主を紹介してやりなよ」



アイビーは小声で耳打ちするが、元々彼女の声は大きいため、声を潜めたところで丸聞こえだった。隣のアンデルセンが笑いを堪えているのが分かった。マルスはミッターマイヤ―と目が合う。



「こらこらアイビー、アイマール君が困っているじゃないか。彼にだって心に決めた人がいるかもしれないだろう」


「お前はまたそんなこと言って!ほら坊主、これがミッターマイヤ―の娘だよ」



そう言って彼女は一枚の写真を取り出す。ミッターマイヤ―達の集合写真だったが、その真ん中に年齢の合わない女性が映っている。彼女はミッターマイヤ―に似て優しげな表情の女性に見えた。ボブカットの髪から覗く瞳は彼と同じ青色だった。彼はお世辞抜きに美しい女性だと感じた。



「どうだい?綺麗だろう?」


「ええ、とても綺麗です。ミッターマイヤ―さんと同じ目をしてますね」


「は……はは、そ……そうかね?」



ミッターマイヤ―は恥ずかしそうに赤面する。その顔を見て、アイビーが顎が外れそうなほど口をあんぐりと開く。



「なんだいアンタその顔は。いつもは娘の自慢ばかりしてくるくせに今更恥ずかしがるんじゃないよ!聞いておくれよ!ミッターマイヤ―ったら、この子がまだ小さい頃にね、娘が今日はこんなことをしたんだ!って自分の娘の成長を毎日テレパシーで報告してくるんだよ!アタシが何回“のろけ話は奥さんにしな!!”って怒鳴り返したかもう覚えちゃいないよ!」


「アイビーのところもか?俺のところにもそのテレパシー来てたぜ!もう本当に毎日だったよな!俺なんか嫁に浮気してると勘違いされてたんだぜ!?ミッターマイヤ―に浮気だぞ!?」



どうやらミッターマイヤ―は相当娘を溺愛していたらしく、その成長を周囲の人間に逐一報告していたようだ。その奇行の数々がアンデルセン達の口からどんどん出てくる。いつの間にかテーブルの上の皿は空っぽになっていた。食事が終わってもなお、ミッターマイヤ―の逸話は続く。



「極めつけはあれだな。街のプロモーションビデオに出してたよな」


「あったねえ。一時期街の広報のロゴが娘の横顔だった」


「その件については反省しているよ……。もういいだろう。ほら、そろそろ明日に備えてくれ!」



ミッターマイヤ―は追い払うように二人を家に帰す。明日と言っても集合は午前1時の予定だ。彼らにとっては束の間の休息でしかない。


しかし、老兵達を家に帰した後もミッターマイヤ―は帰る様子がなかった。疑問に思ったマルスは彼に尋ねる。



「ミッターマイヤ―さんは帰らないんですか?」


「ああ、私はここに泊まるよ。何かあったら私がいないと話にならないからね。もう妻に連絡も入れたよ」



彼は疲れた顔をしてため息をついた。彼はベルトを緩めて長椅子に寝転がる。その時、誰かがドアを開けて建物の中に入ってきた。それは金色の髪をした女性だった。その女性にマルスは見覚えがあった。



「お父さん?もう寝ちゃってる?」



それはミッターマイヤ―の娘だった。彼女の声を聞いてミッターマイヤ―が跳ね起きる。彼女は起き上がった彼を見て顔を綻ばせる。



「ドロシー。こんな夜遅くにどうしたんだい?」


「今日は帰らないっていうから、お母さんがこれを届けてって」



そう言ってドロシーは手に提げていた籠を差し出す。どうやら中には着替えや朝食が入っているようだ。ミッターマイヤ―はありがとうと言ってそれを受け取る。



「その人は?」



髪から覗く彼女の目がマルスを捉える。思いがけない邂逅に彼の胸はドキンと高鳴る。ドロシーは先ほど写真で見たままの美しい女性だった。建物の中に降り注ぐ暖かな光が血色の良い彼女の肌を照らし出している。



「彼はマルス・アイマール。私と共に戦ってくれる戦友さ。昨日倒れているところを運ばれてきた人がいただろう?あの人だよ。ほら、挨拶なさい」



ミッターマイヤ―に促され、ドロシーが柔らかな物腰でこちらへ歩みを進めてくる。彼女はマルスの前までやって来ると軽やかに一礼する。



「初めまして、私はドロシー・ミッターマイヤ―です。父がお世話になっております」


「どうも、マルス・アイマールです。私の方こそお世話になりっぱなしで……!」


「父がご迷惑を掛けたりしていませんか?すぐに私の事を自慢しだすとよく言われますの」



ドロシーは凛とした瞳でこちらを見ていた。彼女の言葉を聴いて、ミッターマイヤ―が「しまった」という顔をする。



「そんなことはありませんよ。むしろこちらがいつもお世話になっております」


「あら、そうでしたか。どうかこれからも父の事をよろしくお願いします」


「いえいえこちらこそ」



彼女の後ろでミッターマイヤ―がウインクした。そして声は出さず唇だけ「ありがとう」と動かす。ドロシーは踵を返し、ミッターマイヤ―の下へ戻った。彼女は父に別れを告げ、その頬にキスをして建物を後にしていった。



「いや~助かったよ。自慢話をしたことが娘の耳に入ると毎回怒られるんだ」


「さっきの反応を見てなんとなくそんな気はしてました。とても綺麗な方ですね」


「お?そう簡単に嫁にはやらんぞ?」



二人はしばらく談笑を続けたが、次の作戦があるから寝なさいと彼に言われ、マルスは床に着く。堅い長椅子の感触が彼の背中に伝わってくるのだった。彼が闇の底へ沈むのにそう時間は掛からなかった。


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