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生命の箱舟 リリン  作者: 胸毛ボルサリーノ将軍
終わりの始まり
25/45

魔獣の大攻勢:作戦会議

ミッテンヴァルトの街は雪に覆われていた。東側に聳えるアルプス山脈にも雪化粧がされ、そこはさながら真冬のようだった。旧人類の戦火を逃れていたため、当時の建物がいくつか残されている。建物の壁には美しいフレスコ画が描かれており、メインストリートは美術館のような外観をしている。そんな街の景観は観光地として人気となっており、夏には多くの観光客が訪れる。


そんなミッテンヴァルトの北口には簡易的な防衛線が構築されつつあった。既に魔法で浅い堀が築かれており、魔獣の第一波くらいは凌げそうな規模になっていた。マルスはその様子を見て回る。


彼はこの作業を指揮している者を探していた。作業には街の人間が総出で参加していた。やらなければ死が待ち受けているのだからある意味当然だ。そうなるとここの市長辺りが音頭を取っているのだろうか。マルスは近くにいたその事を青年に尋ねる。



「すいません。私はアルプス防衛軍の者なんですが、この作業を誰が指揮しているのか教えて頂けませんか?」


「あれ?アンタ夜中に運ばれてきた生き残りの?もう目が覚めたのか。これはここの市長が指揮を執ってるよ。あそこのでっかい建物にいるはずだ」



彼が尋ねるとその青年は驚いたように言った。彼が指差した先には長細い塔のような建物があった。周囲の建物よりも頭一つ分飛び抜けているため、雪を被っていても視認しやすい。


マルスは青年に礼を言うとその建物へ向かった。そこは昔、何か祭祀を行う場所だったらしく、中に入ると豪華な飾りつけが目に飛び込んで来た。そこには天使を象った金色の像が見事な絵画と共に並べられ、その飾りつけは天井にまで伸びていた。建物は白い岩で作られており、飾りとの鮮やかなコントラストを作り出していた。圧巻と言わざると得ない光景にマルスは息を呑む。



「おや?それはグロリアスの。目が覚めたのかい?私はここの市長をやっているコルネリウス・ミッターマイヤーだ。騒がしくてすまないね」


「お構いなく。私はアルプス防衛軍所属、訓練兵のマルス・アイマールです。少しでも力になれればと思い馳せ参じました」



ミッターマイヤ―は髭を生やした初老の男性で、金色の髪は少し白髪交じりになっていた。彼はワイシャツにジーパンというラフな格好をしており、寒くないのかマルスは疑問に思った。彼はマルスの顔を見ると少し悲しそうにため息をつく。



「君みたいな若い子まで戦わせなければならないのが残念だ」



彼は目を伏せて呟く。先ほどの青年もそうだったが、街の防衛にはまだ若い者も駆り出されているらしい。彼らはこのあと魔獣の矢面に立つことになるのだろう。それを彼は嘆いているのだ。



「私はこの道に志願したのですから、哀れんでもらっても困ります。彼らはそうもいきませんが……」


「ああすまない、その通りだな」



マルスが働いている青年の方を見ると、ミッターマイヤ―が謝罪する。彼は不用意な発言をしてしまったことを反省しているようだった。



「ミッターマイヤ―さんに率直に申し上げたいことがあります」


「何だろうか」


「あの魔獣の群れは異常です。今から防衛線を築いたところでどうにもなりません。別の策を講じるべきだと思うんです」



ミッターマイヤ―は彼に向き直る。そして服を正して問いかける。その眼差しは真剣そのものだった。



「我々はどうすべきかね。実際に遭遇した君の意見を聞きたい」


「あの群れは単一種で構成されていません。ガルム、イエティ、ヘビーアーマー、ジャガーノート、それと見たこともない巨人がいました。あまりに激しい吹雪の中だったので、私もその全貌を確認したわけではないのですが……。この巨人はあらゆるものを一撃で破壊していきます。あの程度の防衛線はないも同然です。しかしあれは足が遅い。あれをどうにか街まで到達しないように出来れば、何とかなるかもしれません」



ミッターマイヤ―はふむ、と考え込む。彼は一般人であり軍属ではない。このような作戦の提案をされても理解出来ないのかもしれない。マルスはより作戦の実行可能性を高めるために、彼に自分が指揮を執ることを提案しようとするが、それよりも先に彼が口を開く。



「ふむ、君は参加してくれるのかね?」


「ええもちろんです!」


「ならばよし。実は私も昔グロリアスの治安維持機構に勤めていた時期があってね。同僚が何人かこの街にいるんだ。そいつらを集めて作戦を決行しよう」



そう言って彼はどこからか階級章を取り出す。そこには一つ星が書かれていた。これは准将の階級を差している。グロリアスでは、例外として元帥が存在するが、現役の階級は大佐までで、それ以上は退役時に勲章代わりに貰える階級となっている。故にミッターマイヤ―は元アルプス防衛軍のトップということになる。恐れ多くも意見を具申してしまったことにマルスは焦る。



「し……失礼しました!准将閣下とは知らず……!!」


「閣下はやめてくれよ。もう退役したんだ。今の私はただのミッターマイヤ―さ。それより作戦の件を進めよう。今から戦友を呼ぶから少し待っていてもらってもいいかい?」



そう言ってミッターマイヤ―はテレパシーを飛ばし始めた。テレパシーを使う時は外見に特徴は表れない。しかしブラックアーツであれば誰でも感じることの出来る魔力の波を発するようになるのだ。そのためブラックアーツ同士なら、今テレパシーを使っているのか否か判断することが可能だ。


しばらくすると彼らの下に数人の男女が集まってくる。どの顔もとても軍人とは思えないほど庶民的で、中には皺くちゃになった老人もいた。



「ようミッターマイヤ―!お前からのラブコールを待ってたぜ!!そこのあんちゃんは隣町から生還した生き残りか?」



その中の一人、小太りの男性が手を挙げてこちらに挨拶してくる。



「はい!マルス・アイマール訓練兵です!」


「老いぼれと訓練兵か!!こりゃ傑作だな!!生き残ったらドキュメンタリーになるぞ!」



老いぼれ達はどっと笑う。その様子から陽気な人たちのようだと彼は思った。総勢31名。市長から主婦までいる。全員が手入れの行き届いた得物持参していた。ある者は剣を、またある者は銃を持っていた。どれも軍のお下がりで、マルスが持っているものよりも旧式モデルではあったが、この状況下で一つでも多くの武器があることは嬉しいことだった。


彼らは円になって作戦会議に入る。マルスもその中に混ざっていた。ミッターマイヤ―は街とその近郊が書かれた地図を広げる。



「それでは作戦会議を始める。アイマール訓練生が持ち帰った情報から、敵には巨人のような図体をした強力な個体が混じっていることが分かった。これらが防衛線に到達した場合、戦線の崩壊は免れないそうだ。吹雪が強いため外部との連絡が取れないが、事前情報ではムルナウに守備隊がいたことが分かっている。それを突破してこちらへやってきているのだから、正規兵を倒すほどの相手であることは肝に銘じてほしい。本作戦ではこの個体をジャイアント種と呼称する」



正規兵を打ち倒したという言葉に、その場にいた全員の顔が引き締まる。彼らからしてみれば若い兵はひよっこかもしれない。しかし正規兵を壊滅させるほどの魔獣は、先日アルプス防衛軍が壊滅するまで出現したことがなかった。未経験の脅威を前にして、敵をあなどれるほど彼らも慢心していないのだろう。彼らに刻まれた皺の一つ一つから刺すような殺気が放たれているようだった。



「そこで我々はこの強力な個体を街へ近づけさせないために、敵の分断及び遅滞戦闘を行う。作戦はこうだ。部隊は二つに分ける。一つはジャイアント種を街へ近づけさせないために敵集団へ突撃する部隊。こちらは少数精鋭にするため、5人ほどを想定している。もう一つが街の近くで機動戦を仕掛ける部隊。こっちはいつも通りやれるよな?まず両隊とも街の北門から出発して、突撃部隊は飛行しながら敵集団の真上を通り過ぎる。この時散発的に攻撃を加えてこちらに気を惹く。これで群れ全体が方向転換してくれれば万々歳だが、そう上手く事は運ばないだろう。突撃部隊はそのまま群れの奥へ飛行を続け、目標のジャイアント種が見えたら散開、四方から集中砲火を浴びせる。その場に留まってくれれば出来る限りその状態を維持する。もし街へ向かってしまった場合でも、攻撃の手はやめないこと。街の近くで機動戦を仕掛ける部隊は飛行せず、魔力を出来るだけ攻撃へ回すためにスキーで移動すること。地形的に可能であれば敵集団の中を突っ切っても構わない。出来るだけ敵の先頭が街の方向へ向かないようにしろ。先頭が乱れれば後続も乱れる。一度隊列を乱してしまえばあとは乱戦だ。前に進む速度は格段に落ちるだろう。作戦は以上だ。決め手に欠ける作戦で嫌になってしまうが、アドリア遠征軍が到着するまでの辛抱だ。一日もすれば到着するだろう。作戦目標は一日戦線を維持することだ。何か質問は?」


「ミッターマイヤ―、アレ使えばそのジャイアント種って奴も俺達のこと無視できなくなるんじゃないのか?」



一人の男性が声を上げる。マルスにはアレとは何なのかさっぱり分からなかったが、他のメンバーには伝わっているらしく、顔を揃えて「うーむ」などと言っている。



「確かにかなり雪は積もっているが……麓に到達するほどの量があるだろうか?」


「真冬でもこんなに吹雪かないしねぇ。もしかするとうまい具合にドバァーっと行ってくれるかもしれないよ」



元兵士達は口々に何かのことを言っている。アルプス育ちのマルスは何について話しているのか何となく想像がついていた。彼らは人工的に雪崩を起こすつもりなのだ。確かに雪崩が群れを飲みこんでくれれば、魔獣には甚大な被害を与えることが出来るうえ、ジャイアント種もこちらを無視出来なくなるだろう。マルスはなんて名案なんだろうと思うが、老兵達の受けは五分五分と言ったところだ。



「まあやらないよりやった方がいいだろう。雪崩なら街からでも起こせるだろうしな。雪を一気に気化させちまえばいいだろ?」


「小規模のものならそれでも出来るかもしれないが……麓まで届かせるとなるとかなり大規模のものになるぞ?連鎖的に雪を崩していかないといけなくなる。俺達もその規模のはやったことないだろう。無駄に消費出来る魔力はないんだ」



彼らは黙り込んでしまった。実戦で様々な経験を経てきたからこそ、ここで悩むのだろう。何の経験もないマルスはさっさと実行に移せばいいじゃないかとしか思わなかった。故に彼は雪崩作戦を後押しする。



「さっきミッターマイヤーさんも決め手に欠けるって言っていましたし、作戦の前段階として実行するのはどうですか?こちらから先手を打ちに行くんです。一度街へ帰投すれば魔力の問題もないはずです。今どこに群れがいるのかも分かるので一石二鳥ですよ」



マルスの提案に一同は顔を見合わせる。彼らはああでもないこうでもないと一通り議論した後、ミッターマイヤ―が口を開くのを待つ。視線を集中されたミッターマイヤ―はたじろぐことなく話をまとめる。



「なるほど、偵察を兼ねて、ということか。ならば遠くにいた場合はそのまま雪崩作戦を実施しようか。近くにいた場合は信号を送るから、さっきの作戦で行こう。それでどうかな?」



一同は再び顔を見合わせる。彼の問いかけに反対する者はいない。



「よし、それでは今から三時間後に作戦決行だ。陽も落ちるから夜闇に紛れることが出来るはずだ。全員防寒対策は怠らないように。それでは解散!」



ミッターマイヤ―の一声で、元兵士達はガヤガヤと騒ぎながら出撃の準備へ向かって行った。マルスも続いて行こうとしたが、ミッターマイヤ―に呼び止められる。



「アイマール君」


「はい、何でしょうか」


「君、スキーは出来るのかね?もし出来るのなら君用のスキー板を持ってくるが、どうかね?」


「もちろん滑れます。しかし一体どう使うのですか?」



アルプス育ちの彼は幼い頃からスキーに親しんでいた。滑りやすい場所ばかりではないが、適当な山の斜面を使ってよく遊んだものだ。先ほど元兵士達もスキーで移動すると言っていたが、どう平地でスキーをするというのだろうか。



「ああ、飛ぶ時と同じ要領で自分を平行に撃ちだすのさ。訓練でまだ教えてもらっていないのか。まあ飛べるんだから大丈夫だろう」


「はあ」



そう言うとミッターマイヤ―はスキー板を取りに出ていってしまう。確かに、飛ぶのと同じ原理と言われればやれそうな気がしてくる。


外に出てみると吹雪は一段と強さを増していた。空まで雪で白く染まり、街の東に聳えるはずの山もほとんど見えない。陽は見えないが、どうやら傾き始めたようで、徐々に暗くなっていくのが分かった。


そして無情にも遠くから魔獣の遠吠えが聴こえ、それは一時の休息の終わりを告げた。


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