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生命の箱舟 リリン  作者: 胸毛ボルサリーノ将軍
終わりの始まり
17/45

魔獣の大攻勢:出撃前

男子寮は二棟ある宿舎のうちの西側だ。二つの建物は連絡通路で繋がっているが、そこを行き来することは少ない。セオドールにはその最上階の隅の部屋が割り当てられている。彼が来るまでは空き部屋だったので、ルームメイトはいないようだった。


クリスが彼の部屋の近くまでやって来ると、彼の部屋から一人の女性が出てくるところに鉢合わせる。



「む、お前はクリス・レイフィールドだったか?」


「どうもこんにちは。まさか知ってるとは思わなかった」



イザベラは彼の姿を見つけると足を止めた。初対面のはずだが、どうやら彼のことを知っているようだ。イザベラはメガネをかけた黒髪の女性で、クリスが見た中で最も女性軍人らしい人物だった。



「ああ、もちろんよく知っているとも。貴様がグレース大佐に卑猥な下着を付けさせて遊んでいる不埒な輩だとな!」


「はぁ!?お前それ信じ込んでんの!?」


「冗談だ。しかしクリス。貴様のその口の利き方は良くない。来週から軍属になるのなら直すように心がけろ」


「ああ、分かったよ」


「申し訳ありません。以後気を付けます、だ」


「も……申し訳ありません。以後気を付けます」


「よろしい。引き留めて悪かったな」



そうして彼女は立ち去ろうとする。しかし何か言い忘れたように足を止めた。



「あ、そうそう。噂がもし事実であった場合は私が鉄拳制裁をくれてやるから、くれぐれも変な気は起こさないように」


「安心しろ……してください。お前……ベラ中佐にやられる前にグレースに消し炭にされますよ」


「フッ、違いない。それと私の名前はイザベラ・リサルディだ。最初に名乗らなかった私が悪いのだから、今のは聞かなかったことにしてやる」



グレースがいつもベラと彼女のことを呼ぶものだから、クリスは彼女がベラという名前なのかと思っていた。彼女のことをベラと呼んだクリスを見て、彼女はニヤッと笑うと、挨拶代わりに片手を上げ、そのまま廊下の向こうに消えていってしまった。


一人残されたクリスはセオドールの部屋へ入る。彼は荷物をまとめ、グロリアスの制服を着ているところだった。村にいた頃とは違い、彼の部屋の中は男臭く、彼自身も身体が引き締まったように感じた。ここへ来る前より男前になったのではないか、と彼は思った。



「なんだクリスか。どうした?男の着替えをジロジロ見るような趣味があったなんて知らなかったぞ」


「待て待て違う違う」



以前から彼にはその疑惑をかけられてしまっているため、クリスは全力で否定する。その必死な様子を見てセオドールはクスクスと笑う。



「お前……初陣なんだろ?その……なんだ、グレースがちゃんと挨拶しておけって言うからさ」



上手く言い出せない彼を見てセオドールはニヤっとする。



「おいおい縁起でもねえ!第一今回俺は後方支援だよ。そう心配すんな!」



そう言いながら彼はクリスの肩をバンバンと叩く。心なしかいつもより力が強いように感じた。



「……そうか。ちゃんと帰ってこいよ。あと、フゥラにもよろしく言っておいてくれ」


「おう。あ、でもよろしく伝えるのは断る。自分で言ってこい」


「えっ!?ああ、まあそうだな。そうする。フゥラは女子寮か?」


「知らん。でもたぶん女子寮だろうな。ほれ、これあいつの部屋の番号」



セオドールは部屋にあった紙切れに彼女の部屋の番号を書き込む。そしてそれを彼に手渡す。当然と言えば当然なのだが、クリスは女子寮に入ったことがなかった。フゥラとは駐屯地内で会うことも多く、わざわざ彼女の部屋に行くことがなかったのだ。部屋番号自体は以前彼女に教えてもらっていたため、男子禁制というわけではないのだと思われる。



「一応聞いておきたいんだが、女子寮は男が入っても大丈夫なのか?」


「当たり前だろ。まあ用事もなくふらついているとリサルディ中佐にぶっとばされるけどな。結構痛いぞ」


「ぶっとばされたことあるのかよ……」



一体彼が女子寮で何をしていたのかはさておき、リサルディ中佐ならやりそうだとクリスは感じた。それにしても当たり前とはどういうことなのだろうか。どうやらクリスが想像していたより男女間の交流が盛んなようだ。



「まあそうこともあるってことさ。あ!ちゃんと部屋のノックはしろよ!」


セオドールは茶化して言った。

クリスは彼に別れを告げて女子寮へ向かう。彼らが出発するまで残り四時間を切ったところだった。空には雲が出始め、薄暗くなりつつあった。彼らがここを発つ頃には雨が降っているかもしれない。




女子寮は男子寮とは異なり、香水や化粧品の匂いで充満していた。男子寮はなんとも言えない男臭さが充満しているため、それよりは幾分かマシだ。クリスは挙動不審になりながら女子寮へ入るが、不思議なことに周囲の女性は男性がいることに違和感はないようだ。フゥラの部屋は二階の一室だった。セオドールが言っていたように、用もなくふらふらしている方が不自然だ、早く彼女に会おう。クリスはそう考え、部屋の扉をノックする。「開いてるよー」と中からフゥラの声が聴こえる。返事を聞いて彼は扉を開ける。



「よう」


「うわ!クリスじゃん!女子寮入る度胸があるなんて思ってなかったよ!」



彼女は既に制服に着替えていた。元々使用人の制服を着ていることが多かったが、グロリアスの制服もなかなか似合っていると彼は思った。グロリアスの制服は男女共に煌びやかな装飾が施されている。これは人類が戦争をやめたことで、軍服が機能性や迷彩を重視する必要がなくなったことが大きい。いくつも戦闘服を用意しなくて良くなったことで、防衛費が削減され、その分一つの制服が豪華になったのだ。


制服は白を基調としており、右肩から心臓の位置にかけて金の飾緒が二本付けられている。左胸には勲章が付けられ、グレースにもなるとその数は左胸では収まらなくなり、右胸にまで付けている。腕には階級章が縫い付けられており、フゥラのものには、くの字が一つ描かれていた。グレースのものには四本の直線が描かれていたと思う。

黒い布地で作られたベルトはハイウエストで締められ、その銀のバックルにはグロリアスの国旗が描かれている。


男性用の制服は下がストレートズボンになっているが、女性用の制服はタイトスカートになっている。それに加えて女性は黒いタイツを履くことになっている。靴は黒いブーツで統一され、歩くたびにザッザッと音が鳴る。


グロリアスの制服はこのように少しも運動に向かない代物だ。国威発揚だとか、盛大なセレモニーのためだけにあるような制服なのである。これらの制服は特に男性からは好評で、退役したら記念に貰っていく者が多い。なお、男性用女性用と銘打たれてはいるが、どちらを着ても問題はない。そのため女性でもストレートズボンを履いている者がいるし、男性がスカートを履いていることもある。


どうやらフゥラはスカートタイプの制服を選んだようだ。相変わらず素肌はほとんど見えないようになっているが、使用人の服よりもお洒落になっていた。



「どうしたの?もしかして見惚れちゃった?」



そう言って彼女はくるりと一回転し、胸を強調するような決めポーズを取る。この決めポーズはセオドール曰く「ご主人様に甘える時のポーズ」らしく、セオドールの父に何かねだる時に使っていたらしい。初めてそのポーズを見せられたセオドールの父は卒倒し、育て方を間違えてしまったと大いに嘆いたという。彼女はそのことを悩殺したと思い込んでおり、嘆いていたことはつゆほども知らない。



「あ、ああ。似合ってるよ。初陣って聞いたから来たんだ」


「えへへ、褒められちゃった。そうだよ。困っている人がたくさんいるから助けに行くんだ。まあ後方支援だけどね」



決めポーズに軽く引きながらも彼は彼女を褒める。彼女はまるで花が咲いたように笑った。その姿は随分誇らしげだった。彼女がやりたいことをやるのだから、ある意味これは彼女の晴れ舞台なのかもしれない。心配するなど無粋の極みなのかもしれない、と彼は思った。ちょうどその時、彼女の背後から別の声が飛んでくる。



「なんだフゥラ、いつもとは別の男じゃん。ってぇ!お前それソムリエじゃん!!」



その声の主はフゥラより長身の女性だった。赤いショートヘアのその女性は、彼を見るなり叫ぶ。なんと失礼なやつだろうとクリスは思う。



「え?ソムリエ?クリス料理上手いの?」


「おい!!そこのお前!!余計なこと言うんじゃねえ!!」



反射的に怒号が飛ぶ。どうやらフゥラは彼にまつわる噂を知らないらしい。彼をソムリエと言われてもきょとんとしている。



「いやいや!お前は女の敵だから!フゥラに近づいたら張り倒すよ!」


「女の敵……?クリス一体何をしたの……?」



その赤毛の女はフゥラを引きはがすように抱き寄せた。フゥラの目が疑惑の色に染まっていく。


「こいつはグレース大佐の情夫で、毎日のようにいやらしい下着を大佐に着せて遊んでいるんだよ。きっと何か弱みを握っているに違いないよ!」


「え……!?」



フゥラは絶句する。赤毛の女の口から放たれた呪詛は非常に強力だった。それは彼女の心を揺さぶり、思い切った行動を起こさせる。彼女は赤毛の女の手を払うとクリスに詰め寄る。



「ちょっと、それ本当なの?大佐のこと脅してるの?」



彼女は軍服を着ているからか、いつもより高圧的に思えた。背も年も自分より低い女性に凄まれているにも関わらず、彼女からは妙なプレッシャーを感じた。クリスもこんな彼女は初めて見た。



「いや!違う!誤解なんだ」


「誤解?じゃあやっぱり“何か”したんだね。クリスが違うっていうなら私は信じるから、ちゃんと私の目を見て答えて?」



彼女はクリスの目を覗き込む。完全にとばっちりなのに、何故自分はこんなに窮地に立たされているのだろう、と彼は心の中でボヤく。何故か今の彼女にはどんな嘘も通用しないような気がした。別段秘密にすることでもないため、彼は事実をそのまま述べる。



「俺はグレースの雑用係だから、身の回りの世話もしなけりゃならないんだ」


「“身の回りの世話“ね。続けて」


「やましい意味じゃないぞ!?朝は起こさなきゃならないし、着替えも俺が持っていくんだ。当然洗濯も俺で……」


「へえ、下着をエッチな物にすり替えることなんて簡単だね」



どんどん彼女の表情が無機質なものへと変貌していく。事実を述べているだけなのに何故こうなるのだろうか。



「そんなことしたら殺されるわ!……元々グレースの下着が際どかったんだよ」


「それ今度会った時に大佐に聞いてもいい?」


「もちろん!むしろ聞いてくれ!ちゃんと説明してくれるはずだから!」



貴方の下着は際どいんですか?などと問いかけて、グレースが正直に説明してくれる保証はないが、そこまで意地の悪い人ではないはずだ。嘘はついていないのだから、むしろ彼女に直接聞いてくれた方が助かる。フゥラはしばらくクリスの目を見続けたが、何かを悟ったように顔を引く。



「……信じてくれるのか?」


「信じるも何も、クリスにそんな度胸あるわけないし、誰かが勘違いしたんでしょ」


「えっ!?フゥラ何言ってるのさ!?」



クリスのことを信じると言った彼女に対し、赤毛の女は驚いているようだ。そんな彼女に対し、フゥラは説き伏せるように話しかける。



「アンネ、大丈夫だよ。あいつ私より弱いし度胸もないから。そんなおかしなことする奴じゃないよ」


「信じてくれるのは嬉しいんだが、もう少し肯定的に説得してくれないか」



初めてここに来た時もそうだったが、フゥラの言う事にはいつも棘がある気がする。特にクリスに対してのみ。



「それで何しに来たの?パンツ盗りに来た?」



彼女は舌を出して笑う。これはデリケートな話題をバットで叩くような行為だ。これでは本当に信じてくれたのか不安になってしまう。



「盗らねえよ。お前孤児院にいた頃俺に洗わせてただろうが。今更盗るかよ。……今日が初陣だってグレースが言うから、ビビってないか様子見に来たんだよ」


「心配してくれてるんだ?えへへ、それは嬉しいかも。でも大丈夫。むしろ早く出発したくてウズウズしてるよ」



彼女の様子からは、怯えや緊張といった感情を読み取ることが出来なかった。それを隠しているだけなのかもしれないが、少なくとも隠すだけの余裕はあるのだろう。自分の予想以上に強い精神力を持った彼女にクリスは感心する。



「そうか、なら何も言う事はないな。ちゃんと仕事してこいよ。それじゃ」


「うん、任せて」



フゥラが平常運転なことを確認したクリスは、部屋をあとにしようとする。するとアンネと呼ばれた女がそれを引き留めた。



「ま……待ってくれ!」



その表情は甲羅に引きこもる亀のように、どこかおどおどとしていた。これにクリスは驚いたのだが、まさか彼女が口を開くとは思っていなかったのか、フゥラも驚いた様子だった。アンネは軍服の裾をぎゅっと握り、クリスに向き合う。



「あ……あのさ、なんかその……疑って悪かったな!酷いこと言っちゃってホントごめん!」



彼女は顔の前で手を合わせ、クリスに謝罪した。あまりの態度の変わりようにクリスは面食らうが、それも彼女の真摯な感情からくるものなのだろう、と彼は彼女に対する認識を改める。



「分かってくれればいいんだ。出来れば周りの誤解も解いて欲しいけどな」


「それで許してくれるならそうするよ!任せて!!」


「あ、ああ……」



彼女は食い気味になって言う。クリスとしては分かってくれたのならそれ以上何かする必要はないと思うのだが、彼女なりに罪滅ぼしがしたいのなら止める理由もない。上手く事が転がってくれれば彼の疑いが晴れることにも繋がる。


クリスが彼女を責めなかったためか、フゥラがニコっと笑った。



「じゃあな。武勇伝期待してるぜ。アンネもな」



クリスは二人に別れを告げ、部屋を後にした。窓の外ではパラパラと小雨が降り注いでいた。その空模様は一体誰の心を映していたのだろうか。


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