表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生命の箱舟 リリン  作者: 胸毛ボルサリーノ将軍
終わりの始まり
13/45

古戦術

時刻は午前八時、グレースは定例会議へ赴く。赴くと言っても、通信機を使った会議のため、会議室へ向かうだけである。広い会議室に一人、ちょこんと彼女は座っていた。定刻になると、会議室のモニターに他の地方を担当する上級士官やグロリアスの統括部長など、様々な役職が顔を揃える。


その中で一人だけ大きく表示されているのは、今日の司会進行を務めるベルマン元帥だ。ゲルマニア地方及びその周辺地方9つからなる領域を統括する人物だ。今年で五十三歳になる。冷酷な人間と言われ、その鋭い眼光で睨まれるとグレースも少し緊張してしまう。



今日の議題は、先日アルプスからアドリアに渡って確認された、人語を解する魔獣についてだ。基本的にはアルプス地方の担当士官と、アドリア地方の担当士官であるグレースの報告を聴くだけの場である。


定例会議では、話すべき内容は既に書面で通達済みであり、合意すべき内容も既に根回し済みであることを前提に話が進められるため、合意の最終確認が主目的となる。今日もそれだけ消化試合のはずだった。



「――アルプス駐屯地からの報告は以上です」


「それでは、次の報告へ参りましょう。アドリア地方より件の魔獣討伐について。グレース大佐」



ベルマンの口から彼女の名前が呼ばれる。彼女は短く返事をし、立ち上がる。



「アルプス地方より侵入した魔獣の数は計18体。先日の戦闘以降捜索を続けさせておりますが、その存在は確認されておらず、全て討伐された可能性が考えられます。民間人による戦闘が2件発生したことはご承知の通りですが、この際に高出力の魔法が行使されたため、死体ごと消滅してしまった可能性があり、残存個体数が不明確化してしまいました。この民間人は既に我々の保護下にあり、一人を除いて軍属として編入しております。今回のような民間人による魔獣討伐のケースについてですが、彼らは我々軍属と比較しても非常に戦闘能力に優れており、イレギュラーなケースとして捉えるべきだと結論付けました。特に、第四階級までの魔法を扱うことの可能な人物の活躍によって複数の魔獣が討伐されており、これは通常のケースとは考えられません。現実問題として、我々の戦力の一部は件の魔獣によって撃滅されており、戦闘に不慣れな民間人の犠牲が増大する危険があります。従って、このケースのような事態にならないよう、襲撃に備えた都市計画の必要性、及び新たな戦闘計画の策定、高度な魔法を扱える人材の確保が急務だと考えます。アドリア駐屯地からの報告は以上です」



報告を終えると彼女は席に着く。それを見届けるとベルマンが再び口を開く。



「今グレース大佐から提案された3点のうち、都市計画と人材確保に関しては我々の管轄ではないため、都市計画省と魔法省に協力を打診してあります。人材確保に関しては皆さんもご存じの通り、徴兵令として施行されました。しかし戦闘計画の策定に関しては我々の管轄であります。早急に新規戦闘要綱をまとめ上げる必要があります。そこでリュー・シャンラン(劉 香蘭)女史を中心としたチームを結成します。女史、自己紹介を」



ベルマンが席をはずし、代わりにリュー・シャンランと呼ばれた女性が現れる。グレースはこの女性のことをよく知らなかった。彼女は軍の制服ではなく、普通のビジネススーツを着ており、黒緑の髪にはほんの少しショッキングピンクのメッシュを入れていた。彼女が頭の角度を変える度、メッシュがキラキラと光る。グレースはその美しい髪を羨ましく思う。映像から匂いが伝わることはありえないが、彼女からは甘い花の香りがしそうだと感じた。



「初めまして、私はリュー・シャンランと申します。中華地方のフーナンというところにある大学で、古戦術学の教授をしております。古戦術学は、古いの古に戦術をくっつけて、古戦術と呼んでいます」



グレースは古戦術学という分野を初めて耳にした。文字通り考えるなら、旧人類文明が駆使した戦術を研究する学問なのかもしれない、と彼女は考える。



「古戦術学は文字通り古い戦術について研究する学問です。今日において、戦いにおける戦術の重要性は皆無と言っても過言ではありません。重要なものであったら、今頃この会議は開かれていませんからね!」



彼女のちょっとしたジョークに一同は笑う。グレースも少し笑ってしまった。しかし同時に、単なる自虐ネタではなさそうだとも感じた。



「そのため今日において、戦術は戦争ではないところで応用を続けられています。特に組織運用等の平和的利用がいい例なのですが、今日は割愛させていただきます。貴方たち軍人ですら、戦術は基礎中の基礎しか教えられていないと思います。それほどまでに戦闘における戦術の必要性はありませんでした。しかし、先日の事件によって魔獣が相互に連携した動きを見せるようになりました。これに対抗して、私達人類も効率よく集団戦闘を行う必要性に駆られていると思います。そこで私達に白羽の矢が立ったわけですが、私達は貴方たち軍隊の実情を知りません。それ故に実情を知る人物を提供して頂きたいと考えています。私は私達と貴方達の双方から人材を拠出することで、より実現性の高い戦術を生み出せるのではないかと思います」



ここまでの内容は事前に通告されていなかったため、グレースは少し驚いていた。軍隊側からも人材を拠出した方が、実現性が高い戦術が生まれる、ということには同意だが、そんなことが得意な人材がいただろうか、と彼女は頭をひねる。



「リュー・シャンラン女史、ありがとうございました。今回は公募という形を取らせて頂きますが、皆様におかれましては、積極的な参加を呼び掛けて頂けると幸いです。それでは本日報告については以上になります。以後は内容についての質疑応答の時間とします」



そうベルマンが締めくくると、やはり何人かの士官の手が挙がる。順番にベルマンが指名していく。



「ペルシャ地方を統括しているナーセル・ジブリール・イブラヒムです。リュー・シャンラン女史のチームは参謀級の人材を求めているのでしょうか。もしそうでないのなら、どのような人材を求めているのか具体的に教えていただけませんか?」


「参謀の方に来ていただけるのなら、それは非常に喜ばしいことです。しかし欲を言うならば、参謀級の人材と前線指揮官級の人材の両方が集まってくれることが望ましいと考えています。これは日ごろから大域的な戦場を見ている人材と、局地的な戦場を見ている人材が必要だからです」



この後も何度か戦術に関する質問が飛び交うが、グレースの頭にはあまり入ってこなかった。誰が適任か考えていたのだ。非常に惜しい人材だが、ローゼンスタインはこのプロジェクトに参加してもらうことになるだろう。あとは前線指揮官だが、候補に上がりそうな人物が多すぎて絞り切れない。


あれこれ考えているうちに定例会議は終了する。この会議は反対意見がなければ基本的に全て承認されたことになる。従ってリュー・シャンランの提案も承認されたということだ。それ自体に問題はないのだが、人選は苦労しそうだと彼女は思うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ