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出会い

3回くらいで終わる予定です。ハッピーエンドを目指します。

冷たい空気の下で、言葉を交わすと白い息がふわふわと私たちの周りに浮かんでは消えていく。

たくさんの話せば次から次へと目の前にあらわれる、その様を楽しみながら当時女子高生だったましろと私はずっと話していた。

ここ最近までのんびりした高校生活を送っていたが、2年の半ばも過ぎると、受験の足音がどかどかと日常の中に入り込んで来ていて、落ち着かない日々が始まっていた。


けれど、この日は始業式を明日に控えた冬期講習会の最終日で、この後、家で大量の宿題を解いたり、塾でメモを取ったところの見直しもしなくていい、そんな解放感に包まれて私たちは少しハイになっていた。


足先も寒さでしびれて来たのに途切れることなく会話は続いていて、きりがつかない。

そうやって、しゃべりながら私が乗るバスが来ては去っていくのを横目で見送っていった。


しばらくして周りがうす暗くなってきて駅や店のネオンが付き、存在感をましてくる。


「ましろ」


電車が到着したのか、ばらばらと駅から吐き出された人並みの中にいたのだろう、

低くて聴き心地のいい声と同時に大人の香りが私の周りの空気を換えた。

私は声のする方に顔を向けた。


背の高い、マフラーを巻いて、厚手のコートを着た男性が立っていた。

社会人の・・・おそらくましろの兄だろう。

もう暗くて顔がはっきりとは見えなかったがすっきりした雰囲気だ。


「母さんから電話があった、お前、携帯に出ないから心配してたぞ」


「あっ、しまった、マナーモード解除してなかった、じゃあ、あゆみまた明日ね」


「あ、うん、バイバイ」



もう一度、ましろの兄らしき人の顔をみる。目が合うが頭を少し下げたが、彼は何も言わなかった。

まるで私の存在はどうでもいいみたい、そう感じて私は鈍い痛みを感じた。

ましろは慌てた様子で携帯を操作しながら、さっさと歩きだす彼についていった。


ひとり残されたようになった私も自分の乗車するバスの停留所の列に向かっていった。

ばかみたい、こんなことで。

みんながみんな私を認めるわけじゃない、こんなことで傷ついてどうする?

自意識過剰な考えは捨てなさい。


そう考えながら私はため息をついた。

どうも、人間関係は苦手だ。


翌日、学校でましろに聞いたらやはり彼はましろの兄で、悠司という名前だった。

あの日彼は仕事が早く終われて本屋でも行こうとしとしていたら、母親から電話があり妹がなかなか家に帰ってこないと言われ、まっすぐ家に帰ったのだと言っていた。

自分と長々と話していたせいで迷惑をかけた、と思うと彼の態度が妙に冷たかったもうなずけた。




その人に再び会ったのは、その数日後の日曜日、両親が終日遠方の親戚の結婚式に出ているからと、

ましろに誘われて彼女にうちに遊びに行った時の事だった。



駅から携帯のナビを使って彼女の家に歩いて向かう。10分位歩くと古い石垣と白塗りの壁が見えてきた。

祖母の代から住んでいるという彼女の家だ。

門から家を覗くと瓦屋根の重厚な木造建築の家が建っていた。

インターフォンを鳴らすと、ましろの「入ってー」という声がスピーカーから聞こえて、

私はキーっと乾いた音を出す鉄の門扉を開けて中に入った、門から玄関まで石畳みのスロープを歩いていくと家のドアの鍵をがちゃりと開ける音がして、重そうなドアが半分開いた。

ドアノブにはクリーム色のニット地のセーターを着た腕が見えた。

男物のような服だったからそうかと思っていたが、ドアを支えてくれていたのは兄の悠司だった。


ああ、この人はどうも苦手だ。そう思いながらも「こんにちは」と言った。

相変わらずだんまりして返事もなくこちらを見つめている。

こうやって昼間の明るい場所で彼を見ると、やはり彼は端正な顔をしているのがわかった。

自分がモテるのがわかってるタイプだ、だから、必要のないときは愛想をよくしない。

余計なことをして下手に騒がれたら面倒だからだろう。

そういう人って、個性が見えない。どういう人か分かりにくい。

一見、クールに見せてるってことはわかる。

でも、ほんとに見たままの人なんだろうか。

切れ長の瞳を見つめながら考える、薄い唇やすっとした鼻梁はきれいだけど、性格が今までの印象のままなら私は彼を好きには慣れないかも。


そんなことを考えていたせいで不自然なくらい長い時間、彼の顔を見つめていたらしい。


「あゆみー、どこー」


ましろの声に我に返った。ぱっと空気が変わった気がした。


「こっち」


彼はそういうとさっと奥に入って行く。


「お邪魔します」

そういいながら、私は玄関で靴を脱いで中に入っていった。


ましろは台所にいてお茶の準備をしていた。

クッキーの甘い匂いがして、焼いてくれたのだ、とわかる。


「うーん、いい匂い、クッキー焼いてくれたの、嬉しい」


「簡単な奴だけど、広島のほら、からす麦のクッキー再現してみたの」


「お土産にもらったやつ、すごいじゃん」


「いや、同じにできてるかはわかんないけどね」



いつもと違って部屋着を着ているましろは少し幼くて可愛らしい。

普段はあまり履かないジーンズに編み目のつまった細糸のニット姿だ。

髪をシュシュで一つにくくってお皿にクッキーを並べていた。


「私もお土産」


「エーデルだ」

うちの家から歩いてすぐそばにあるドイツ菓子の店の箱をましろに渡す。


「アップルパイなの、あとチョコレートのとナッツの」


「たくさん、ありがとう・・・兄貴も食べる」


奥のシンクのそばでコーヒーをマシーンからマグに注ごうとしていた悠司さんに声をかける。


「・・・余ったのでいい」


彼はそういうとマグをシンクの横に置いて、傍にあったガラスの扉の食器棚から華奢な作りのケーキ皿を人数分、取り出し始めた。

その皿と同じデザインのコーヒーカップとソーサー、その棚の引き出しからスプーン、フォークを次々と取り出す。

私はましろが用意していたランチョンマットに皿やフォークを並べ始めた。

悠司さんは自分の分のマットをどこからか取り出して引くと、コーヒーをカップに注ぎ始める。

クッキーの入った皿と新しくケーキを乗せた大皿をテーブルの中央に置いて準備を終えると、席について

いただきます、と言って食べ始めた。

彼とはミルクや砂糖のことくらいの会しかしなかったが、私とましろが勢いよく話し出すと興味はあるのか食べながらも私たちの話に相槌を打っていた。


「これ、うまかった」


「兄貴、アップルパイすきだもんね」


「シナモンが効いてる」


しばらくして、アップルパイを食べ終えたお兄さんは「ごゆっくり」といって部屋に戻っていった。



「イケメンさんだね」


「うん、まあ、そうかも、私にはわかんないけど・・・あゆみのタイプ?」


「うーん、かっこいいけど、あんま話さないから性格がよくわからない」


「まあ、知り合いじゃないと愛想ないしね、家族にも昔ほどはしゃべらなくなったけど・・・悪い奴じゃないよ」


「ましろはやっぱり藤木くんが好きなの?」


クラスメイトの男の子の名前をあげる。

スポーツ万能で気さくでさっぱりした男の子だった。

ましろともよく話すけど、他の娘ともよく話すからなんとも気持ちをつかみにくい。

ましろは2学期に席が隣になってから彼のことが急速に好きになっていた。


「あいつは逆にしゃべりすぎて何考えてるのか、よくわかんないよ」


ははっと心ない声でましろは笑った。


学校ではこそこそとしか話せない彼女のコイバナな学校では表立って話せない情報にで盛り上がって何時間も話し込み、気が付いたらもう夜になっていた。


ましろの両親が電話があり、もうしばらくで家に帰ると話していた。

電話を切るとましろはリビングの外へ出て悠司さんを大声で呼ぶ。

階段を下りてくる音がして、悠司さんがまたリビングにやって来た。


「何?」


「おふくろが30分後に車で迎えに来てッてさ」


「私も、もう帰らないと」


「兄貴、今からなら車であゆみを送っても間に合うよね」


「家どこ」


「森の坂」


「ああ、近いね、上着取ってくる」


「いいの、ご迷惑じゃ」


「ついでだからいいの、もう暗いし、どのみち駅までは私も送るつもりだったから」


「おまえは家で片付けといたほうがいいんじゃないか、散らかってると帰って来た時、母さんうるさいぞ」


「ああ、そうだわ、あゆみ遅れなくてごめん」


悠司さんはコートを羽織り、鍵をポケットに入れて、行こう、と私に声をかけるとさっさと外へ出た。


庭に一緒に出たましろに一緒に片付けられないお詫びと、お邪魔したお礼をいい、車の助手席に乗る。


若い男の人の運転する車の助手席に座るのはなんだか緊張する。

車で送ってくれる男性なんて父親くらいしかいない。


「住所、教えて」


私の言った住所をナビに登録する。

車が走り出してしばらくするとポツリと彼が言った。


「仲良いよね、長い間、あんな寒空の下で」


「あっこないだの事ですか、そうですね、なんか冬期講習終わってほっとしちゃって、つい」


ご心配おかけしてすみません、と伝えたかったが、なんとなくまだそこまでフランクに話せそうになくてついだまってしまう。


「来年受験か・・・どこ受けるの?」


「えっと第1希望はY大です、商学部」


「俺、Y大の法」


「そうなんですか・・・あっ、そういえば、ましろ、前にそう言ってましたね」


「前に俺と会ったことあったっけ?」


「さあ・・・ましろとは2年になって同クラになってから友達になったから、この数か月の間のことだとは思いますが、たぶんないんじゃないかと」


「そうか・・・中学は森中になるの?」


ナビの言うとおりにさくさく運転しながら、彼は話し続ける。


「はい、森小、森中です」


「あそこは1小1中だよね、友達で森中の奴いたよ。確か2クラスしかないんだろう?」


「そうなんです、だから高校では知らない人ばっかりでなかなか慣れなくて・・・」


「ああ、そんな感じだな」


信号で車が止まった。


君を見てるとね、そういいながら彼が私を見て微笑む。

その微笑みが今まで彼のイメージを一瞬で破壊した。

何がどうなったんだ、なんだこの対等な扱いは。

家にいた時までの彼の態度と全く違うので彼の話にどう答えていいのかわからなくなる。


戸惑っている先に、見慣れた景色が目に映った。


「あっあの角の家がさっきのケーキの店です」



「ここか・・・ねえ、アップルパイは好き?」


「はい」


家がもうすぐ先に見えた、ナビの案内が終わって、家の手前に来ると彼は車を路肩に停車させた。

かばんを手にもって、ありがとうございました、とお礼を言う前に彼が口を開いた。


「会社の近くにさ、評判の店があるんだ、アイスクリームが乗っててうまいんだよ、良かったらいかないか」


「・・・」


驚いて声が出なかった。


まさかのまさかだ。

いや、なんとなく車の中でそんな扱いを受けてる気がしないでもなかったけど・・・妹扱い?それとも興味があるだけ?

どういうつもりだろう、とじっと彼の顔をまじまじと見てしまう。


そんな私をみて、彼は言った。


「そんなにびっくりしなくても・・・今日パイ、うまかったからお礼にと思ったんだけど・・・」


途方にくれたような声だった。



帰り際にラインを交換して、土曜日の夕方に会社の近くの本屋で待ち合わせることになった。

最近は忙しいから土曜日も仕事に出ているらしい。


悠司さんに連れていかれたのはケーキ屋さんではなく、実はカフェバーだった。

昼はビジネスマン向けのランチをしていて、アルコールやおつまみの他にも、

夜も軽い食べ物とデザートを出してくれるらしい。

私はおすすめされたオムライスを頼んだ、悠さんはチキンバスケットとミックスサラダ、そしてビールを頼んだ。

高校生の私には少し場違いな暗めの雰囲気の店で、休日のせいか、人は多くはなかったが、お酒に酔った、達が少し不自然なくらい陽気な声で話している。たまに大声で盛り上がって拍手までしているグループまでいて、面白い。

家ではのんびりとしている自分の父親も、こういう店ではこんな風に話すのだろうか、観察していた。


「こういう店、珍しい?」


悠さんもお酒が入ったせいか、顔が少し緩んでいる。


「そうですね、まだ未成年ですから、お酒を出す店は行ったことがありませんでした」


「そう」


骨についた肉を綺麗に歯ではがしながら食べている。

やっていることは野獣っぽいのになんて綺麗に食べるのだろう、と感心していると、

目が合った。


「よく、見てるよね」


「・・・」


「周りのことも・・・ね、そろそろアップルパイ頼もうか、俺、お腹いっぱいだから食べられない、あゆみちゃんのひと口頂戴」


「あっはい」


コーヒーとアップルパイがテーブルに来ると悠司さんは自分のもとに皿を引き寄せてフォークを手に取った。

「この組合わせが、うまいんだよ」といいながら上手にアイスクリームとアップルパイをすくって私の前に差し出した。

一瞬どきりとしたが、このままではアイスクリームが溶けてテーブルに落ちてしまう。

私はぎこちないながら、口を開けると、悠さんが私の口の中にフォークを入れる。

なんとかこぼさずにすんだが、やはりパイの熱で少し溶けたバニラアイスが口の端についてしまたので、それを舌でそっと舐めとった。

それを見ていた、悠さんがニヤッと笑うと、もう一口分アイスとパイをすくい、私をじっと見つめながら自分の口の中にゆっくりと入れた。

その様がどうにもなまめかしくて、思わずうつむいてしまう。


「おいしい?」


「はい」


私がそういうと、「続きはどうぞ」と私にフォークを差し出した。

このフォークを使って食べるのか・・・今のを見たこの後で・・・ハードルが高すぎるよ。

なんか緊張で汗がでてきた。



その時、ふふっと彼の笑い声がして、

私の頭を彼がぐしゃぐしゃとまぜた。

「うわっ」と顔を上げて、抗議の目を向けると、彼は目をそらしてチキンバスケットに残っていたポテトを口に放り込んで知らないふりをしたから、


「もう」と怒りながら、アップルパイの残りを食べ始めた。


その後、私は悠司さんといろんな話をした。

悠司さんのことを知ることも、悠司さんに自分のことを話すのもすごく楽しかった。

もしかしたら、私はこの人と付き合うのかもしれない。

信じられないことだけど・・・


でもそんな信じられない関係はやっぱり長くは続かなかったんだ・・・

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