第8話 決意
「ねぇ、聞いてる?」
「え?あ、ああ!だ、大丈夫……」
銀次郎は今、女の姿をしている。だから先ほど死闘を繰り広げた相手だとは微塵も考えられていないのだろう。
「ひっ……」
「危なかったね」
そして、銀次郎は自分に銃を向けていた機動隊員が首なし死体となり、首が自分の隣に転がっているのを見て吐き気を催した。
「早く戻ろう?」
銀次郎の手を引いて持ち上げてくれる少女。その容姿は整っているが無表情。人形のようだ、と言う表現がとてもよく似合う。
間違えようもないあの体型、そしてフード。
さっきはずっとかぶっていたため顔がよく見えなかったが、その姿、先ほど戦った強敵であることは疑いようもない。
「僕は……いいよ」
「……どうして?」
「僕に生きる価値なんて……もう、ないんです」
銀次郎の敵であり、この自体の元凶の一つでもある彼女にこの場を助けられてしまったことは不本意ではある。
だが、結果として仲間であるはずの機動隊員を死なせる結果にしてしまった。この責任は、取らなくてはなるまい。
仮に、あのポッドに入っていた少女たちのように人体実験の道具にされようと、構わないとすら思った。
その時、少女は銀次郎の髪に触れた。
「な、なにを?」
「綺麗な髪」
「あなたも、同じような髪じゃないか」
「私のは白。あなたのは、銀」
「……もう、いい」
この会話に意味などない。
もう戦う気力もない。早く、目の前からいなくなって欲しかった。
「あなたのこと大事に思ってくれる人は、価値を与えてくれる人は、きっといるよ?」
「え?」
「ほら、例えばあそこに」
フードの少女は瓦礫の向こう、小さな白と黒のメイド服を着た少女が駆け寄ってくるのを指差した。
「……どうして、帰れって言ったのに……」
たまは銀次郎のそばに来ると、急に抱きついてきた。
「わ、ちょ、たま……」
「よかった……よかったですっ!」
「苦しい、苦しいって!」
「あ、も、申し訳有りません!!」
銀次郎がたまの背中をぱんぱんと叩くと、ハッとしたように彼女は離れた。
「あ、安心しちゃって……だって、急に大爆発するし、機動隊はボロボロだし薔薇騎士団はみんな撤収していくし……」
目にうっすらと涙を浮かべながら、たまは銀次郎にすがりついた。
「ねぇ、二人に質問があるんだけど」
「な、なんでしょう」
「二人がどう言う関係なのかって言うところも気になるんだけど、そもそも何者なの?」
「ぼ、僕らは騎……」
「騎士団に君たちみたいな人は見たことがない。メイドさんの方はしているけど、首輪もしていない。
そして、何より不思議なのはさっきの戦い」
「戦いって、僕はあなたに助けられただけだよ」
「私は、あなたと機動隊員との戦いも見ていた」
「っ……」
まずい、説明がつかない。
このままでは、やがて銀次郎が男だったと言う結論に至ってしまいかねなかった。
「私と、えっと……銀さんは家隷で、この騒ぎに乗じて逃げてきただけです!」
「逃げてきた……まぁ、それなら首輪がないのは納得できる。
けど、結局どうしてあんな戦いができたのか教えてもらってないよ?」
「そ、それは……」
「僕のご主人様は軍人で、いつか機会があった時脱出するために、訓練していたんです!」
「そ、そうなんです!私たちは互いの主人が近所だったおかげで交流があって……」
我ながら苦しい、とは思った。
きっと疑いを強めてしまったであろう上目遣いでフードの少女を見つめる。すると……
「そうなんだ、わかった」
「え、わかったの?」
「どう言う意味?」
「あ、いや、分かってもらえて嬉しいです!」
なんと、納得してくれたようだった。
「私の名前は白。
「そろそろ最後の輸送機が来る。一緒に行こう」
「行こうって、どこに?」
「僕たちの根城。潜水艦『花園』だよ」
そうして、成り行きで銀次郎とたまは、薔薇騎士団の根城に向かうこととなってしまったのだった。
***
「そっか、家隷……大変だったね」
「そんなこと。労働者の方々に比べれば……」
「ううん、男は女のことを人間だなんて考えてないんだ。
ロボットか、おもちゃかと言うくらいの違いしかないよ」
「……そう、ですね」
たまは銀次郎の手前、話しにくそうに白と会話する。
今は上空5000メートル、ヘリの中である。
垂らされたハシゴを登って乗り込んだ内部は結構快適で、座席は柔らかく、会話なども普通にできた。
「で、僕たちはこれからどうなるの?潜水艦についた後、何をすれば?」
「うん、花園にはたくさんの解放女性が暮らしているから、そこで仲良くしていてもらって構わない」
「そ、そっか……」
「でも」
「え?」
少し安心しようとして、その逆接に再び警戒する。
「君には、一緒に戦ってほしい」
「…………………」
「えっと、白さん。銀さんは素人ですよ?そんないきなり……」
「誰もが素人から始める……けど、彼女には才能、あると思うんだ」
正直、あの機動隊員との戦いをすぐに助けるのではなく、様子を見てから助けたと言う事実から、こう言った自体になることを想定はしていた。
あの時、自分は測りにかけられていたのだと。
薔薇騎士団に入るに値するか。テロリストとしての才能があるか、と。
「そういってもらえて嬉しい……けど、断らせてもらいます」
「……どうして?」
「見てたなら、わかるでしょう?」
「…………」
「僕、人を……殺せないんだ」
もちろん、人をと言うのは男を、と言う意味だ。
「そう。わかった」
「……すみません」
だが、白は意外なほどあっさりと、銀次郎のことを諦め、そっぽを向いた。
「ああ、あと」
「なんでしょう?」
「たまは君のことを銀さん、だなんて呼ぶけど、名前は銀でいいのかな?」
「あ、えっと……うん、大丈夫です」
「そっか。わかった」
それだけ言うと、本当に窓の外を見つめるだけになってしまった。
本当に無表情が崩れない、雪のように白い少女である。
しかし、銀。
両親がそれなりの意味を込めて、男らしい名前をつけてくれたと言うのに、そんな名前は贅沢だねという頭に白い玉ねぎを乗せた魔女のごとく名前を縮められてしまったようだ。
さすがに銀次郎とは名乗りにくいものである。
「そろそろだよ」
不意に声をかけられ、外を見る。
しばらく乗っていたので、もうどこを見ても水平線だ。
だが、そんな中で大きな存在感を放つ鋼の艦が、いやでも視界に飛び込んでくる。
「で、デカすぎる……」
「す、すごい……」
二人揃って語彙力のない感想しか浮かんでこない。
潜水艦、『花園』。その全長は長さだけでいえば300メートルかそれより少し大きいくらい。
可能収容人数は500人。それが5隻集まって、一つの群となっていた。
「じゃあ、降りるよ」
死のうと決意した。でも、自分のことを心配してくれる人がいるんだと言うことを、たまに教えてもらった。
だから、何としてでも生き延びて、父さん、そして父さん。
何より、愛する圭一の元に戻ってみせる。
生駒銀次郎改め、銀。
彼の戦争が、今、ここからついに始まるのだ。