第7話 白き翼
「では手筈通りに爆弾を配置しろ!」
研究所に入ってしまえば、もう勝負はテロリストのもの。
彼らの、想像を超える高性能爆弾によってあっけなくゲートは突破され、散り散りになった騎士団によって蹂躙されて行く。
そんな中、それ紛れて研究所侵入に成功した銀次郎は、新型FRA細胞の安置所を求めて駆け回っていた。
テロリストはこの施設の各所に爆弾を設置して一気に起爆。研究所を破壊することが目的らしい。
銀次郎のように爆弾を持たずに入った者の役割は護衛。機動隊もすぐに騎士団を追って中に入ってくる。それらから爆弾設置役を守ることが仕事なのだ。
「しかし、どこにあるんだ……」
研究所はそれなりに広い。どこにどの細胞があるかなどわかるはずもない。
「こうなったら研究員を一人でも見つけて問い……」
「女風情が、粋がるなよッ!!」
「えっ!?」
銀次郎は建物の陰から現れた白衣の男に気づかず、ナイフで突かれる。
「馬鹿っ!!」
だが、その間に入った騎士団のうち一人によってそのナイフは弾かれ、逆に抜かれた短刀によって研究員とみられる男は心臓を貫かれた。
吹き出す血が、銀次郎に降りかかる。
「油断するな!相手が機動隊だったら死んでいたわよ!!」
「な……なに、してるんだ……?」
「は?」
「殺すなよ……」
「あなた、なにを言って」
「殺すなよ!!!!」
だが、銀次郎は驚いていた。
こんなにも簡単に人を殺せるのか?人の命って、もっと重くないといけないんじゃないのか?
これがテロリスト。故にテロリストなのだ。
「……私たちが、平和に生きていける世界を作る。そのためには、必要なことでしょう?」
「あ……」
「覚悟がないのにこんなところに来たの?本当は今すぐにでも返してあげたいけど、もう時間もないわ」
女はベルトについていたポーチから爆弾を取り出し、かがみこんで地面に設置した。
「さ、早く逃げるわよ。このままここにいたら私たちもろとも……」
「あ、ああっ……うわああああああっ!!!!」
「あ、ちょっと!!」
銀次郎は逃げ出した。
わかってしまったのだ。
彼らは、自分たちのことをテロリストだなんて思っていない。
これは彼らにとって正義の戦い、いわば聖戦。その名のもとにはどんな行為も正義のためと言えてしまう。
そして、それは悲しいくらい自分たちと同じ、都合のいい解釈だ。
事実、さっき銀次郎自身が子供センターを守る、人質を守る、なんていう正義を
掲げて、その正義の邪魔になる者を排除したじゃないか。
本質的には何も変わらない。結局、自分のことしか考えていないことに、変わりなんてなかったのだ。
「うわっ!!」
銀次郎は何かに引っかかり、転んでしまった。
もうそろそろこの施設は爆破される。生きるためには、一刻も早くここから出ないといけないのだ。
「もう、いいか……」
だが、ここから出ると言うことは、すなわち男に戻ることを諦めると言うこと。
見つかって、虐げられて、殺される。女として騎士団に紛れて逃げたところで、その先に何がある?
いいじゃないか、利己的でも。
女は負けたんだ。生存競争についてこられなかったものが勝者の食い物にされるのは、いつの世だって変わらない。
今回はそれがたまたま民族という括りではなく、肌の色、目や髪の違いでもなく、男女という差であっただけの話。
そうして、いつまでも劣っているということを認めずに、正義を掲げて戦うなど、自然のルールに反している。
なんだ、やっぱりテロリストは、悪なんじゃないか。
————ならば、中途半端な今の自分は?
「死のう。もう、ここで」
ポツリ、誰もいない研究所の無機質な廊下で呟く。
不意に足元を見た。
すると、先ほど自分の足を引っ掛けたものが、取っ手のような形をしていることに気がついた。
一度注意踏まないと存在にすら気づけない仕組み。まるで創作に出てくる古代遺跡の仕掛けみたいだ。
銀次郎は不意にその取っ手を引いてみた。
すると隠し扉であったようで、地下へと続く階段が見えたのだ。
「なんだろう、これ」
そのまま階段を降りていく。すると、さらにもう一つ扉があった。
そして、扉に手を触れようとしたその時。
ズシン、と、地面が揺れた。上を見上げると、赤色がものすごい勢いでこちらへと向かって来ていた。
「い、いや……」
それを見て、銀次郎は思ってしまった。
「死にたく……ない……」
哀れ、死のうと決意したにもかかわらず、いざその直前まで至ると我が身が恋しくなる。
「開いて!開いてくれ!!」
惨めにも扉を叩く。だが、特別なセキュリティーが働いている様子で、暗証番号認証すら出てこない始末。
「嫌だ!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダ嫌だ嫌だあああっ!!!」
赤は、もう目前に迫る。
『認証:euphoriaを感知。入場を許可する』
「え……?」
だが、銀次郎が諦めかけたその時、扉が勢い良く開いた。
慣性によって彼の体は扉の奥に飛び込む形となり、入室と同時に扉は閉まった。
そして、扉の奥からはゴウ、という爆音が響き、地面は激しく揺れる。
だが、閉じられた扉は壊れることなく、力強くそこにあり続けたのだった。
「……なんなんだ、ここ」
状況をようやく冷静に把握し始めることに成功した銀次郎は周りを見渡す。
部屋は暗く、何も見えない。
そのまま立ち上がり、手で探りながら電源を探す。
「ん……なんだ?」
そして銀次郎は何かつるつるとした物体に手を触れた。
その感触はやっぱり無機質で、ガラスのようだった。
すると、突然目の前に照明が灯る。
「わ!?……え?」
銀次郎が触れていたのは、円柱状で縦に置かれた、薄水色に怪しく光るポッドであった。
そしてその中にあったのは……
「女……子供か?」
目を閉じた、裸体の少女だった。
歳は大体14といったところで、体のあらゆるところにチューブをくくりつけられている。
こんな明らかに隠されていた地下施設。謎の認証、そしてこの少女。
電気が次々と灯っていく。
そうして見えたこの部屋の全貌。
それを見て、銀次郎は確信した。
「人体、実験……」
部屋は長方形で、その長辺に沿ってそれぞれ10ずつ。合わせて20体の少女たちが同じポッドの中に入っていた。
こんなに外が騒がしいのに、まるで時が止まったかのように静かに目を閉じている少女たちはあまりに不気味で、銀次郎は後ずさった。
そして、その時だった。
『————あは』
「誰だ!?」
突然聞こえた、少女の笑い声。
どこからか聞こえたその声の主を探そうとあたりを見渡すが、誰もいない。
『あは、あははははははははは』
『あははははは』
『あははははははははははははははははははははははははははは』
だが、鳴り止まないその笑い声を聞いて、銀次郎の直感が告げた。
ここにこれ以上いるのはやばい、この場所は何か異様だ、と。
そのまま扉を開く。瓦礫にふさがれているのか、扉はなかなか開かなかったが、どうにか力技で開くことができた。
外は予想どおり爆弾によって砕かれた研究所の瓦礫が残るだけで、廃墟と化していた。
もう彼らのことをテロリストといって侮るべきではない。薔薇騎士団は、予想以上の兵力と技術を持っているのだと、改めて理解した。
だが、研究所がこんな有様では当然新型FRA細胞など残っていないだろう。
もう、銀次郎に行き場などない。
これから一体、どうすればいいのか、わからなくなった。
「動かなきゃ……逃げなきゃ……」
そうしなければ、殺される。
そんな、先ほど芽生えた死への強い恐怖心だけが銀次郎の足を前へ、前へ動かしていた。
「待、てよ……」
「っ!?」
瓦礫の陰から出てきたのは、男であった。
その黒い装備からして、機動隊員の一人だろう。
「お前ら……テロリストが……っ!」
「ちがっ……僕は……」
「黙れ!!お前らのせいでみんな……みんな死んだんだ!!」
機動隊員は拳銃を向け、発砲してきた。
「死ねっ!!」
「っ、話を……」
だが、余裕などない。
銀次郎は慌てて瓦礫に隠れた。
「どうした!?こんなことをしておいて、いざ向き合うと怖いのか!?」
「だから僕はテロリストなんかじゃ……」
「これだから、女ってやつは最悪なんだ!!」
「い゛っ!!」
物陰を回って機動隊員は銀次郎を撃ち抜かんとする。
このままではまずい、運動能力的にも、技術的にも、経験でも、機動隊員に勝てるわけがない。
「逃げるな!向かってこい!!」
いつまでもここにいると、きっと他の機動隊員が来てしまうだろう。
もう、生き残るためにはなりふり構っていられない。
この、目の前にいる男を、倒すしかないのだ。
だが、それに必要なのは、一か八かの賭け。勝率は低い。でも、やるしかないのだ。
「————起動」
装置に解除コードを送り、認証。
高速で熱せられたエネルギーは銀次郎の体内を循環し、その身の稼働率を底上げする。
「うあああああっ!!!!」
銀次郎は瓦礫から飛び出て、機動隊員に向かって走りだす。
「バカめ!鉛玉を食らわせてやる!!」
機動隊が引き金を引く。
飛び出した銃弾は銀次郎の目前に迫り、直撃————
***
「何をしたんだ」
「何も。ただ、走っただけ」
「嘘をつけ。人間に、しかも体力で劣る女にあんな速度が出せるわけがない」
銀次郎はひれ伏した機動隊員に向けて銃を突きつけていた。
「どうした、殺さないのか?」
「僕は……僕は……っ!!」
「殺せ!女などに情けをかけられたとあっては一生の恥だ!!」
「っ!!」
そのあまりにもの物言いに、銀次郎も銃を握る手に力がこもる。
もし、自分が男の立場であったら、きっと同じことを言ったであろうことを、理解しながらも。
「撃て、ません……」
「なに?」
「僕には……撃てません!!」
でも結局、銀次郎は正義感の強い“男”であった。
それに反したことは、どうしたってできようもなかったのだ。
「なら、お前が死ねよ」
「っ!!」
機動隊員が銀次郎の拘束から抜け、銃口を向ける。
あ、死んだ。
さっきまではあんなに死を恐れていたというのに、なぜか酷く冷静に自分の死を受け入れられた。
だが、目を閉じても、決して銃声は聞こえなかった。
死んだのかな、と思い、目を開ける。すると、そこには……
「お、お前は……!?」
「君、大丈夫?」
見覚えのあるフード付きローブを着た、真っ白な長い髪の少女が、手を差し出して着ていた。