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TS戦記  作者: 無糖
first『the knights of rose』
6/19

第5話 新少女の現実

 

「一体どういうことだ……?気持ち髪の毛も柔らかくなった気もするし、体の傷もなくなって……うっ!?」


 立ち上がった瞬間、心臓が痛み胸を抑える。すると……


「……ぬ?」


 なんていうかその、柔らかかった。

 触ったことのない、未知の感触。両手で揉みしだく。


「お、おぉ……」


 もちろん触れたことなどない。ないのだが、銀次郎の心の奥底にある何かが、その手に触れた“アレ”に感嘆の声をあげる。


「って、なんで僕の胸が出てるんだ!?」


 ここでこの概念はないが、あえて言おう。Cカップである。大サービスだお。


 とりあえず胸の不調も治ったことで、銀次郎は隠れていた影から顔を覗かせ、外の様子を探る。


「……誰もいない」


 だが、近くにテロリストのいる様子はない。

 まだ気を失ってから時間が経っていないためか、銀次郎が隠れたところまでは探りが及んでいないのだろう。

 体に異変が起きたことはわかるが、それよりもまずここからどう動くか考えなくてはならない。

 戻ってたま達を助けに行くか?だが、今の自分に何ができる?

 なぜだか体は前より動きが鈍くなった気がするし、応援に駆けつけてくれているはずの軍の足手まといになるのが関の山だろう。


 逃げる。これが現状もっとも妥当な策だ。

 そんなこと、誰に言われるまでもなく銀次郎自身が一番よくわかっていた。

 今見つかっていないだけでも、命があるだけでも奇跡なのだ。それを……


「っ!!」


 でも、彼にとってたまは大事な家族(ペット)なのだ。

 見捨てて、自分だけ助かるなんて、自分の正義感が許さなかった。




 ***




「さぁ、この空車に乗って」

「あの、私は……」

「いいのよ、今まで辛かったでしょう?」

「えっと……」


 子供センター前の広場で、たまはテロリスト、薔薇騎士団の連中4人に空車に乗るよう誘導されていた。

 他の人質は体を縛ったままセンターに置き去りだが、たまは女だ。彼らにとっては保護すべき同胞なのだ。


 だが、たまは主人の行方が気になったし、追っ手が向かったのも知っている。そんな状況で、自分は自分を保護してくれる連中について行くなど、彼女の思考からしてできるはずもなかった。


「私、本当にいいんで……っ!!」

「ああ、かわいそうに。洗脳を受けたのね」

「…………」

「っ!?」


 だが、その一言を聞いて、たまの脳は一気に沸点へ達する。

 視線は凍てつき、肩に乗せられていた手を振りほどこうとして……


「なに、あれ?」

「え?」


 勢いよく走ってきた、一人の少女の姿を目にする。

 そして、何より騎士団の目を惹いたのは。


「うおおおおおおお!!!!たまをはなせぇええええええ!!!!」


 その、あまりにもあんまりなちんちくりん具合であった。

 身の丈に合わない大きめの服はボロボロに破け、所々から肌を露出させている。

 中には目を覆うものもいた。


 まさかこれが、先ほど一部隊を壊滅に追い込み、騎士団最高戦力とも名高い「白」でさえも倒した男、生駒銀次郎だとは、誰一人として気づけなかった。


「うわっ!」

「あ」


 何せ、意気込んで走ってきたくせに何もないところで転けるようなものが、強者だなんて、誰も考えつかないものである。


「ちょっと、なんか可哀想になってきちゃった」

「わ、私も……」

「ちょっと、様子見に行きましょうか。あ、あなたは空車に乗っておいて」

「え、いや、ちょ……」


 彼らの興味は完全にたまから銀次郎に移り、そばに駆け寄る。


「くっ……なぜだ……いつもと歩幅やら何やらが全て違う気がする……」

「ねぇ、あなたどこから来たの?」

「ぐっ……」


 囲まれてしまった。正義のために、なんて意気込んだもののこの始末。

 殺される……と、銀次郎が思ったときだった。


「そんな格好、寒いでしょう?」

「……は?」


 コートを、かけられてしまった。

 テロリストというくらいだ。男という種族を見たら見境なく襲ってくるもののはず。なのに、この対応はなんだ?


「ってあなた、首輪してないの!?」

「首輪?」

「こんなところ男共に見られたら命が危ういわ!早く空車に乗って!」


 手を掴まれ、空車の方に連れて行かれそうになる。


「は、離せ!」

「可哀想に……もしかして、脱走して来たの?」

「もう大丈夫よ?安心して?」

「お、お前達いったい何が目的なんだ!?」


 体はおかしくなるし、女どもはやけに優しく接してくるし、もうわけがわからなかった。


「っ、こっち!」

「わわっ!」


 そこへたまが走って来て、銀次郎の手を取る。


「あ、ちょっとあなた達!」

「戻りなさい!捕まってしまうわよ!!」


 背後からそんな声が聞こえるが、止まるはずもない。


「たま!他の人質達は……」

「みなさん無事です!なので、今は逃げることに集中してください!」

「そ、そっか……」


 そして走ること5分。


「ひぃっ……ひぃっ……ちょ、たま、もうきつい……」

「え?あ、じゃあ、物陰で休みましょうか」


 こんなに体力がなかったっけか、と、疑問に思ったが、それはいい。

 建物と建物の間に入り、身を休める。


「でも良かった……たま、無事だったんだな」

「はい……まぁ、私は」

「それにしても、なんだったんだろうさっきのテロリスト達は。

 たまのことは女同士だからそうだとしても、僕なんて見られた瞬間襲いかかってくるものと思っていたけど」

「ご主人様……」

「まぁでもなんだか体の調子がおかしいみたいだし、その気まぐれに救われたというかなんというか……」

「ご主人様」

「……な、なんだよ」

「女だからです」

「……は?」

「もう、本当はお気づきになっているんじゃないですか?」

「な、何言ってるんだよ!」

「見てください」


 たまが指差したのは、ビルの窓ガラス。

 銀次郎が見ようと思えばいくらでも見れたのに、決して見ようとしなかったものであった。


 そこに写っていたのは……


「なんだよ、これ……なんなんだよ、これ!?」


 身長は160センチほど。髪の毛はボサボサショートカットの銀髪。瞳の色さえ、灰色だった。

 その体つき、顔は、まるで女のようで……


「ご主人様は、女になってしまったのです」


 たまは隠さない。銀次郎が必死に逃避しようとしていた現実を、あえて叩きつける。

 銀次郎はゆっくりとたまを見る。

 その瞳に映る自分が、どう見ても女の子にしか見えないことを、受け入れたくない。けれど、そこにはどうしようもない現実だけがあって。




「あっ……ああっ…………うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」




 ひどく、恐ろしかった。


「————大丈夫ですよ」


 でも、そんな彼を、変わり果ててしまった銀次郎を、たまは優しく抱きしめる。


「私が、なんとかしますから!」

「たま……」

「だから、泣かないでください。ね?」

「うっ……ううっ………ぇぐっ……」

「怖くないですよ。大丈夫。大丈夫、大丈夫、大丈夫」


 これが、家隷として飼われてきた女性の持てる心だろうか。

 そう。実は、たまは少しだけ嬉しかったのだ。

 高いところにいた彼が、自分と同じところまで降りてきてくれた。そんなふうにさえ思えて、そんな自分に幻滅する。

 複雑な、でも心からの優しさであった。




 ***




「落ち着きましたか?」

「うん……ごめん、たま」

「いいんです。こんなことならいくらでも」


 銀次郎が落ち着いた、10分後のビルの隙間。


「でも、これからどうしよう。とりあえず家族に……」

「いえ、ダメです。今のご主人様は首輪をつけていない女性の身で、その……」

「さっきあいつらが言っていたように、男に見つかったら殺されてしまう、ってことか……」

「最悪の場合、ご主人様のお父様と戦う、なんてことにも」

「それは、本当に最悪だな……」


 銀次郎の両親は退役軍人であり、誠一は元陸軍の、春彦は元海軍のエースだ。勝てるわけがないし、殺されるのも嫌だ。


「でもこれじゃあ政府に行ってもどこに行っても、結果は変わらないんじゃあ……」

「それなんですが、ご主人様は新型のFRA細胞を摂取してその姿になったんですよね?」

「そうだけど」

「なら、きっと同じようにFRA細胞を調整すれば、元の姿に戻れるんじゃないでしょうか?」

「そ、そうか!政府がどうしてこんな細胞を作っていたのかはわからないけど、女になってしまう薬があるなら、同じように男に戻れる薬も作っているはずだもんね!」

「はい。ですから、これから向かうのは」

「中央科学研究所……」

「はい。急ぎましょう」

「え、でも研究所に忍び込もうとするんだったら、かなり用意しないといけないものがあるんじゃ……」

「いいえ、その前に早く行かないと、最悪の事態になりかねません」

「……どういうこと?」

「言うのが遅くなって申し訳ありません。先ほどの騎士団員が話していたのですが……」


 たまは、黒い通信機を懐から取り出した。実はさっき隙を見て、薔薇騎士団の通信機を一機くすねていたのだ。


「次に彼らが向かう場所も、中央科学研究所、らしいです」



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