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TS戦記  作者: 無糖
first『the knights of rose』
3/19

第2話 薔薇の紋章

 

「ごめん!!」

「え、ええ〜……」


 卒業式も無事終わり、これから各自学生最後の日を過ごす……といったところで、銀次郎に伝えられた悲しい報告。


「だって、圭一が今朝終わったらデート行けるって言ったんじゃないかー!」

「本当にごめん!どうしても行かなきゃいけない用事ができたんだ!」

「なにさ、その用事って……」

「いや、まぁ、ほら、別に……」

「怪しい……まさか他の男と……?」

「違うって!もうこういうホモいのを控えて行かないとノンケの皆様がついてこれなくな……」

「メタい発言でもすれば許されると思っているのかこの浮気男!」

「だから違うって!」

「もういい、僕は帰る!」

「あ、ちょ……また後で連絡するから!」


 銀次郎は、圭一の必死の言い訳にも耳を貸さずスカイバイクに乗り込んだ。

 なんだかんだ、最近はこの先の配属先についての書類を整理したりと忙しく、あまりデートをしていなかった二人。

 それを、自分から誘ってきたくせに断られたのだ。こう言う態度にも出たくなると言うもの。


 高速で飛ばし、帰宅。

 案の定誠一のスカイバイクも春彦のスカイバイクもなかった。

 若者であるはずの自分がこうして真昼間から帰宅し、退役軍人である両親が仕事もせずにデート……何だか無性に腹が立つことを感じつつ、自室の前まで登った。


「ただいまー!」


 1拍。


 どたどたどたどた。


 2拍。


「おっ……おかえりなさいませ!」

「うん、ただいま」

「随分とお早……」

「ん?何かな?」

「な、何でもないです……」


 その時、たまが銀次郎のどんな視線を受けたのか、誰も知らない。

 部屋の様子を見るに、どうやら今は掃除の途中だったらしい。


「ごめん、邪魔だった?」

「いえ、そんなこと。ただ、掃除には音が出てしまいますので、少し騒々しくなるかと……」

「いいよ、そんなの全然。静かになると気が滅入りそうだし」

「……………………」

「………………………………」


 銀次郎はソファに座り、そんな彼を、たまは見つめる。

 やがて、根負けしたかのように小さくため息をついてから、彼女は口を開いた。


「何が、あったんですか?」

「聞いてよたまー!」


 まるで青狸にすがるメガネ少年のごとき情けない声を出しながら、たまの元に寄る銀次郎。

 なんと言うか……これ、戦記だっけ?


「僕とデートの約束があったのに、圭一のやつ用事ができたとか言ってキャンセルして来たんだよ!」

「あ、あらら……」

「ねぇこれって浮気なのかなねぇそうなのかな!?」

「いや、そう決めつけるのは早……」

「あーあーあーもういいよ!しかも用事の内容だって教えてくれないし!」

「お、落ち着いてくださいご主人様!圭一様は理由もなく約束を破ったりするような方ではありません。

 何か、言えない深いわけでもあるのでしょう」

「そ、そうかなぁ……」


 この世界では、“女々しい”と言う言葉は、例えるなら人に“この豚が”と言うくらいの暴言である。

 よって、彼にそんなことを言う人間はいない。だが、あえて言おう。

 生駒銀次郎は、女々しい男であった。


「そうですよ」


 笑顔で、優しく手を握る。

 何せ10年来の仲。そんなこと、当然たまにもわかっている。だから、こう言ったときの対処法は心得ているのだ。


「うん……ありがとう。そうだたま、外に行こうよ」

「外、ですか?ですがまだ掃除などが残って……」

「いいよ、それはあとで僕も手伝うから」

「……わかりました。では、少しお待ちください」


 たまはベランダに出て、備え付けられた小屋の中から首輪を持って来た。

 そこに刻み込まれた番号17970。

 これが、たまに与えられた家隷番号であった。


「じゃ、行こうか」

「はい」


 この首輪をつけていない女性が外に出歩くことは禁止されており、違反者は見つけ次第即刻処刑となる。


「久しぶりだな、歩くのなんて」

「私のことはお気になさらず、スカイバイクをお使いになってもよろしいんですよ?」

「いいよ、今日はこんなに晴れてるし」


 もちろん、女性がスカイバイクに乗る権利を持っているわけがない。

 もう小道ほどしか残っていない舗装道路を歩くしかないのだ。


 春風、桃色、花吹雪。


 高い建物ばかりの中でも、美しい景色もある。

 銀次郎は普段、速いからとい言う理由でスカイバイクに乗っているが、実はそんなに散歩が嫌いではなかった。


「目的地は、いつもの?」

「うん、子どもセンター」


 …………そうして、たまに出歩いている親子と会ったりしつつ、子どもセンターに向かう二人。

 やがて先ほど見た、広大な敷地を持つ建物にたどり着いた。


「やぁ、こんにちは銀次郎くん。生憎だけど、今日誕生予定の子はもうみんな産まれちゃったよ?」

「保坂さん、別にいいですよ。ポッドを見に来ただけですから」

「そう?じゃあ、まぁゆっくりしていきなよ」


 正式名称、東京中央生殖援助開発施設。通称子どもセンター。

 現在生きている若者のほとんどはここ、および他地区の同様の施設で誕生を迎えている。


「ちなみにこの坊主のおおがらのおっさんは保坂。ここの施設長だよ」

「誰に話してるんだお前……ああ、そこのは入れるんじゃないぜ?」

「わかってますよ。たま、外で少し待っていてくれる?」

「はい、わかりました」


 受付の横にある扉を開くとアルコールのプールがあり、消毒を受ける。

 そして、その先には無数の水槽。胎児の段階別に、女性の胎内を模したポッドを割り当てられている。

 遠くから見たら水族館のようにも見えるかもしれないが、近くで見ると普通の人なら少し気分が悪くなるようなものだ。

 しかし、なぜだろうか。銀次郎にとっては、これら誕生前の生命たちは、とても美しいものに見えていた。


「今日は、士官学校の卒業式だったんだ。人前に立って話すのはあんまり好きじゃないんだけど、なんとかうまく言ったみたいだ」


 わかるはずもない。そもそも聞こえているはずもない。

 ピチャリという、微かな水温と、動き続けるヒーターの駆動音だけが支配するその空間。でも、孤独ではない。

 そんな不思議な空間こそ、彼の最も安心する空間。

 ベンチに腰をかけ、目を閉じる。

 すっと、意識が遠く。

 海の中に沈むように、安らかあ眠りに入ろうとした……


 ————その時だった。


「え!?」


 ズシン、という激震。そして、それに連なるように聞こえる爆音。


「一体何が……っ!?」


 とっさに顔の横に腕を構え、背後から横薙ぎに襲いかかる蹴りを受け止める。

 場所が場所だけに、状況を今すぐ確認したいのだが、それは突如現れた、赤い装束を纏った者によって邪魔された。


「らああっ!!!!」

「っ!?」


 だが、力量を見誤った相手の失態。

 銀次郎は、無数の士官候補生の中でも頂点に君臨する生徒。そんなものに、肉弾戦を挑んだ時点で敗北は決まっていたのだ。

 掴んだ足を思い切り引き上げ、地面に叩きつけた。


 そして、ようやく見た敵の正体、それは……


「薔薇の……紋章!?お前、女か?」

「っ……ぐっ……」


 先ほど学校で、銀次郎自身が言及したばかりのテロリスト、薔薇騎士団の印、薔薇の紋章が刺繍されたマント。間違えようもなかった。

 力強く後頭部を殴りつけ、気絶させる。もしかしたら何か情報を持っているかもしれない。あとで中央庁に連行するのだ。

 だが、今はそのことより、一刻も早く外の様子を確認しなくてはならない。


 勢いよく扉を開け、さっきの受付を見ると……




「……こんにちは、男諸君」




 ————赤い団服を着た女性たちの中、血まみれで、保坂が倒れているのが見えた。



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