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TS戦記  作者: 無糖
first『the knights of rose』
2/19

第1話 当然の正義

 

「…………んあ?」


 晴天。

 さっき見たものと同じ。と言うことは、どうやら生きてはいるらしい。


 さて、ゆっくりと体を起こした少年……ああ、少年は一つの疑問とぶつかる。

 どうしてこんなところにいるのだろう。


 近代的なビルに取り囲まれたその場所は裏路地と言えるようなところであったが、どうしてこんなところで意識を失ってしまっていたのか。

 と、ぼんやりとだが、遠くの空が赤いことに気がついた。

 煙も上がっていることから、火の手が上がっていることは明白だった。


 ……どうも、意識がはっきりとしない。一体全体、どうしたと言うのだ。


 そうして立ち上がろうとした時。

 彼の脳裏に、ありえるはずがない思考が駆け巡った。

 いつも足を動かす時、当たり前のようにそこにあったアレが、ない。

 無くしてから初めて気付く大切なもの……とかいう冗談で済まされる話ではないというか……


「ない……?」


 普通の男児がそれをなくすと言うのは、特に今のこの世界ではほとんどありえないことというか……




「…………ち◯こが……ない……ッ!?」




 ***




「うわ、遅刻だよこれ!」


 時は遡り、ここは東京都、品川区。

 とある1LDKマンションに住む、どこにでもいるような普通の家庭。


「まったく、ちゃんと目覚まししたのかよ?」

「したって!でも誠一父さんも起こしてくれたっていいじゃないか!」

「あ?自分で自分の時間を管理できないような奴は、軍でやっていけないぞ?」

「くっ……ぐうの音も出ない正論……っ!」

「さっさと飯食って出ていけ!外できっと圭太のやつが待ってるぞ?」

「……ぐう」

「それ、面白いと思ってるのか銀次郎」


 そんなこんなで、朝食を目の前にしながら再びの睡眠に入ろうとしているのは『生駒銀次郎(いこまぎんじろう)』。18歳である。彼の特徴は何と言ってもその雪のように真っ白な、名前の通りの少し長めの銀髪だった。

 そして、そんな彼を呆れ顔で見つめる金色ボサボサな短髪をもった、40台前後といった感じの男、生駒誠一。


「ただでさえ弱っちぃ物腰なんだから、卒業式くらいちゃんと出ろよ」

「……僕、やっぱり前に立って話さなきゃいけないのかなぁ」

「ま、そりゃそうだろ。主席なんだから」

「緊張するよぉ……誠一父さん代わってよぉ……」

「何なよなよしてんだよ気持ち悪い……そういうのは、春彦に言えよ」

「え〜、だって……」

「だって、なんだい?」

「げ、起きた」

「朝起きてからいきなり息子に『げ』とか言われたんだけどどうすればいい誠一?」

「面倒クセェなぁあんまり春彦を拗ねさせるなよ?」

「…………」


 さっきも言ったが、ここは1LDKマンション。部屋が分けられていないため、寝室もリビングも当然同じ部屋。

 起き上がったのは、黒髪に長髪の、色白で美形な男。

 見た目からそうは見えないが、これでも誠一と同じ、アラフォーである。


「全く、失礼だな銀次郎は。僕、士官学校主席だったんだよ?」

「知ってるよ。春彦父さんの自慢話は聞き飽きた!……誠一父さんから」

「あ、て、てめぇ銀次郎!そういうこと春彦の前で言うなよな!」

「ふふ、なんだい誠一、そんなに僕のこと、よく言ってくれていたんだね……?」

「僕の前でそういう風にいちゃつくのやめてくれない?複雑な気持ちになるんだけど」

「「べっ、別にいちゃついてなんかいないんだから、勘違いしないでよねっ!」」

「うわぁ、このセリフ一作品に一度は入れる気だよこの作者」

「何の話してるんだ?」

「別に、こっちの話」


 いやこっちの話とかなんの話でしょうさっぱりわからないですねぇはい。


「とりあえず銀、早く行きなよ。圭太が窓からすごい目で睨んできてるから」

「え!?」


 銀次郎がキッチンに取り付けられている小窓を見ると、そこには思いっきり中を覗き込んでいる、はたから見たら犯罪者丸出しの男がいた。


「やっば、また機嫌悪くさせちゃう」

「あ、おい銀次郎!ちゃんと餌やってからいけよ!?」

「わかってるって!」


 窓の向こうにいる少年……圭太に窓越しに両手を合わせて見せてから、ベランダに走る。

 本日は快晴。朝日と、春の訪れを感じさせつつも、少し涼しい風が銀次郎の頬を撫でた。


「たま、ご飯だぞ?」


 そして、ベランダの主のように寝転がっている“それ”に手を触れ、揺する。


「ん……ふぁ……」

「朝だよ、たま」

「…………ご主人……様?」

「うん、おはようたま」

「……………………」


 一瞬の思考停止。

 ぼやけたまなこで、銀次郎を見つめる『たま』と呼ばれた存在はやがてだんだんと意識をはっきりとさせていき……


「はっ……ああああ!!!!」

「ん?どうしたの?」

「す、すみませんご主人様!わ、私なんてことを……ご主人様に起こしてもらうなんて……」

「ああ、いいよいいよそれくらい。ほら、ご飯?」

「こんな……こんなのもらえません……」

「いいんだよ、ほら」


 銀次郎は、皿に乗った温かなホットドッグを差し出し、受け取らせる。


「父さんたちはきっとあの分じゃ今日もデートだろうから、掃除とかお願いね?」

「はい、承知いたしました」

「うん、じゃあ、圭太が待ってるからもう行くね?」

「は、はい!いってらっしゃいませ、ご主人様!」


 優しくたまの頭を撫で、立ち上がる銀次郎。


「あ、待ってください!!」

「ん?」


 そのまま玄関に向かおうとする主人の名を呼び止め、真っ赤な髪に寝癖をつけたその“少女”は、身につけたメイド服のスカートを持ち上げて一礼した。


「ご卒業、おめでとうございます。僭越ながら、お祝いの言葉を言わせてください」

「……たま……ありがとう、今日は早く帰ってくるからね?」

「いえ、お気になさらずに。斎藤様とお過ごしください。卒業後もお忙しい身なのですから、今日くらいは……」

「………………」

「はっ!よ、余計なことを……」

「ううん、いいんだよ。ありがとう。たまは……優しい子だね」

「そんな……」

「今度こそ、もう行くよ」

「……はい」


 そんな会話が終わり、ようやく銀次郎は外に出た。


「遅い!!」

「ご、ごめんって……」

「ペットなんかがそんなに大事か?」

「ペットって、そんな犬みたいな言い方……」

「じゃあ実際扱いが違うのか?家の手伝いをしている分、犬とか猫よりも不自由かもな」

「…………そう、かもね」

「行こうぜ、あんまり余裕ないんだから」

「うん、行こう!」


 斎藤圭太。

 短い茶髪にくるくるした

 彼は幼い頃から銀次郎の友人であり、今は……


「っと、その前に」

「んっ!?」

「……遅刻した……罰だ」

「キスしておいて、照れないでよ」


 恋人、であった。


 二人の少年はマンションに付属されたスカイバイク置き場に向かい、乗り込んだ。

 スカイバイクというのは、形としては数百年前のバイクという乗り物からタイヤを取り外し、下底を楕円状にしたような乗り物で、この時代では当時の自転車に乗るような感覚で乗る代物だった。

 そして、この乗り物の何よりの特徴は、飛べること。

 銀次郎がエンジンを入れると、ゆっくりと高度が上がって行き、空に浮く。磁石の原理をしようしているため環境にも優しい優れものなのだ。

 空にはエアラインという光の線が引かれており、道路を示したり、色で速度制限の役割を果たしたりする。


「よし、じゃあ飛ばして行くか!」

「圭一、ここ30キロゾーンだよ?」

「んなこと言ってられるか!100キロは出すぞ!?」

「え、ええ……」

「おらああっ!!」

「ちょ、待ってよー!!」


 まぁ、その制限は過去の自動車と同様、正しく守られることは少ないのだが。


 この乗り物が急速に普及したのは、ここ70年くらいの話。

 日本列島の人口が以上増加したことにより、居住区の拡張などが必要となったため、それまであったアスファルトによる道路を大幅に縮小、及び撤去することが取り決められたのだ。

 また、それに伴い一軒家という概念は、今ではもうかなりの金持ちだけの代物となった。

 街の大半は商業施設かマンションといったものがほとんどで、4階以下の建物の存在など、本当に滅多に見られないものである。

 だから、あまり階層が多くないのにもかかわらず、巨大な敷地を誇る工場のような建物は当然目立つわけで。


「……今日の蒸気の量からして、今朝は10人ってところかな?」

「うっわ、銀次郎そんなのわかるのかよ?」

「まぁね、好きなんだ、あの施設」

「俺にはわかんねぇなぁその感覚……ガキの頃一回見たけど、トラウマ級にグロかったぞ?」

「あれこそ生命の神秘じゃん!それに、生まれた瞬間のあの感動……それに、女が見れるし」

「あーあーはいはい。銀次郎の女好きにも困ったもんだよまったく。ってか女って言っても、生まれた直後じゃ見た目はほとんど変わらないだろ。ち◯こがついているかついていないかってくらいの差だよ」

「……うん……その程度の、差なんだよね」

「なんだよ、お前仙台行きのチケットが欲しかったのか?」

「そういうわけじゃないって」

「でもお前、そういうことあんま外で言うようなもんじゃないぞ?」

「……そう、だよね。ごめん」


 少し落ち込んで俯く銀次郎。それを見て、圭太は慌てて取り繕う。


「ま、戦ってお前に勝てる奴なんてそうそういないだろうけど」

「はは、過大評価だよ」


 それは決して過大評価などではなく、本当のことなのだが、それは後述して行くとしよう。

 そうして、二人は目的地、横浜士官学校へと向かっていったのだった。



 ***




「答辞、卒業生代表、生駒銀次郎」

「はい」


 厳かな音楽が流れる中、銀次郎は体育館の壇上に立つ。

 眼下に広がるのは、5000を超える学生たちの群れ。

 その全員が、この生駒銀次郎という生徒に羨望を、そして期待を向けていた。


 この横浜士官学校始まって以来の天才。

 座学、戦術、戦略、全てにおいて勝てるものはない。

 だが、それをおくびにも出さず柔らかな物腰で、おまけに見るものを震え上がらせるような美形さに、誰もが心酔する。


「もう、ずっと前のことのようにも、また、昨日のことのようにも思えます」


 趣味は誕生を見ること。

 生殖施設では、結婚した二人の男性の精液を採取し、片方の精子の分列を高速復元補助細胞、『Fast Regeneration Auxiliary cells』……通称「FRA細胞」によって卵子に構造変化。もう片方の精子と人口的に結びつかせる。そうしてできた受精卵を胎児専用ポッドに入れて、最適な環境で育てるのだ。


「仲間や教官たちとの出会い。先輩たちとの別れ。本当に、様々な経験が、私たち卒業生の本当に大切な経験となりました」


 では、女性は?

 ここは士官学校……というのとは関係なく、この世界では、女性を見かけることが圧倒的に少ないように見える。

 が、それも当然だ。女性がこの時間に外を出歩いているはずがない。


「先の大戦による日本の異常な人口過密化、今もなお続く女性によるテロリズム、フェミニストたちの驚異……問題は山積みです」


 レイラ=スカーレット博士が発明したFTA細胞によって同性間での生殖が実現し、緩やかに男女は同じ人間という枠組みから、互いを必要としなくなる男女という区別がなされるようになった。

 そして、“違う”ものと見なされてしまった二つの間には、必ず軋轢が生まれる。

 争いは次第に激化。FTA細胞の開発先導権を巡った争いから端を発し、戦争に突入。

 戦闘、という行為にもともと特化していた男性だが、近代兵器によって想像以上に戦いは長引くことになった。

 最初に核を投入し始めた国はどこだっただろうか。まぁ、そんな議論は意味をなさない。どうせ、すべての保有国が使うことになるのだから。

 そして、もともとの武器をあまり保持していなかった日本列島のみを残し、全世界は核の炎に包まれ、焦土と化した。


「ですが私たちは決してそれらの悪に屈せず、ここで学んだ沢山の経験、教えを忘れることなく、それら諸問題に対する矛となり、盾となることをここに誓います」


 そうして成立した日本……というのはもはや形骸上のものであり、日本合衆国という世界でたった一つの国が成立した。

 100年の月日が経つ間に彼らは異民族同士でも結婚するようになり、もはや出身国による差別は消えた。

 皆が平等で、平和な世界。ある意味では、理想の世界と言えるだろう。




 …………ただ、その世界に女性が含まれていないということを除けば、だが。




 生き残った男性は500万人。それに対し、女性は100万人。

 男性は同性での生殖によって増えるが、女性には生殖の権利は与えられず、過剰な労働によってほとんどが死亡した。

 現代生きている女性はそのほとんどが男性同士から生まれており、性別が判明した時点で収容所送りとなり、様々な“教育”が行われる。


 教育を終えた女性の道は、第一に家隷……つまりは家の手伝いを任される奴隷となる。が、これは本当に運のいい場合のみの話だ。

 その他は工場などの重労働を課させられ、ほとんどは20を迎える前に死亡する。


「卒業生代表、生駒銀次郎」


 どっ、と拍手が湧き、銀次郎は自分の指定された席に戻った。


「随分なご高説だったじゃないか。女が大事なんじゃなかったのか?」

「……テロは、どう考えたっていいことじゃないでしょ?」

「まぁ、そうだけどさ」

「なにさ、圭一こそ仙台に行きたいの?」

「嫌だね、気色悪い」


 この日本には三つの勢力がある。

 第一に最大権力、連邦政府。日本連邦のほとんどを確保している。

 第二に異端、『フェミニスト協会』。「女性の価値」を訴えるごく少数派の男性によって組織された連中であり、仙台を拠点に自治を行なっている。

 第三にテロリスト、『薔薇騎士団(いばらのきしだん)』。女性解放を求め、各地で工場の爆破などテロリズムを行なっている。京都に本陣を構えるが、東京にも、北海道にも、沖縄にも現れる神出鬼没さには、連邦政府も手を焼いている。


「僕はさ……」

「ん?」


 テロリスト、そしてフェミニストに対抗するために立ち上げられた連邦軍。そこに入るための士官学校、それを卒業したものたちは、それぞれ海軍、陸軍、空軍に所属し、平和のために戦う。




「……みんなが幸せになれる世界を、創りたいんだ」




 ーーーー彼らにとっては、これらが、当然の正義なのだ。



かつて、これほど最低な始まり方をした戦記があっただろうか。

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