第18話 逃げれば勝ち
「だあああっ!!!!」
キン、という鋭い音が鳴り響く。
今は何時だろうか。空は茜色に染まり始めたにもかかわらず、血痕の上に血痕を塗り重ねるように戦いは続く。
「あはは……あっはははははははははははは!!!!」
「うわああああっ!!」
悲鳴。
グシャリ、ブシャリと音はグロテスクに響く。
これだけの時間戦っているにもかかわらず、その集中力、精神、殺意はとどまることはない。
狂ったように、男を切り裂き続けていた。
一方銀はというと、若干消耗気味。
基本スペック自体は。実は銀の方が上である。装置の出力も高い分、戦闘力にも差が出る。
しかし、それは一瞬での最高出力の話。
白には、強い意思がある。男を駆逐するという、強い意思が燃えたぎっているのだ。
だから、彼女は倒れない。
「ひゃあああははっ!!!!」
「ぎゃああああ!!!」
容赦もない。
銀のような中途半端な戦いとは違う、獣のような戦いぶり。
銀よりも、はるかにおそるべき相手である。
心なしか、兵たちも銀と白から遠のいっていっているような……
その時、銀は、士官学校時代の教書を思い出した。
「白っ!!」
「……え?」
銀は白に飛びかかると、押し倒した。
「何?」
白が意味不明そうな顔をすると、その真上を砲弾が通り抜けていく。
凄まじい速度で打ち込まれたそれは、大地に接触すると同時に爆発し、その場を塵に変えた。
あら^〜とか言って百合の花を生やしている場合じゃない。
「まさか……っ!!」
銀はその砲弾が飛んできた方向を見る。
するとそこには……
「若き海兵諸君、今までよく持ちこたえてくれた」
「大政……泰造っ!!」
陸軍大将、大政泰造。
戦略家として有名で、若きして陸軍のトップに上り詰め、そのまま一回もその席を譲ることなく君臨し続ける、陸軍界の星である。
そんな彼が、陸軍の大群を引き連れてやってきたのだ。ランデの絶望は、想像に難くない。
「なんだ、これだけしかいないのか?本隊と聞いていたというのに……どういうことだ?」
大政は戦場である港を見渡し、ため息をついた。
「獲物は少ない!!貴様ら、功績を上げよ!!」
「「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」」
銀はその様を見て内心舌を打つ。
元々、銀は大政のことが好きではなかった。
だが、彼の戦闘は実に合理的。部下の心を掴み、的確な指示を飛ばす。
敵に回るとなると、これ以上に恐ろしい敵はいない。
「ここまでか……」
ここまで時間を稼いだのに、至らなかった。
銀が死んだら……こんな姿では、誰も悲しんでくれないだろう。
そうして、圭太は銀の帰りを待ち続け、両親は帰らぬ息子のために食事を作り続ける。
「……だ」
「銀?」
「そんなのは……」
白の気配を背後に感じる。神経が研ぎ澄まされていくのがわかる。
「——————嫌だ!!!!」
最後の最後、その一瞬まで、みっともなく足掻こう。
銀の背中には、たくさんのものが。たまが、いるのだから。
銀が再び銃を、剣を握り直す。
一瞬の静寂の後、終わらない銃声と爆音の海に放り出される。
でも、負けない。負けるわけにはいかない。
「総員、撃てえええええええ!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
雄叫びには、雄叫びを。いや、女なんだけど。
最終決戦が始まる……かに思えたその時だった。
「ぎゃあああああああああっ!!」
「空だ!!」
上空に現れる、赤と黄色、紫の三色をした戦闘機たち。
爆弾を放り込み、敵陸軍の砲台を破壊した。
『白!!』
「紅……っ!!」
白の嬉しそうに弾んだ声が聞こえる。
「なぜここに……?いいや、それはいい!!あいつらを逃すんじゃない!!」
紅たちを見て驚いた大政だったが、さすがに大将。
すぐに冷静になり、状況を的確に判断する。
だが、もう何もかも遅かったのだ。
『飛べ!!』
インカムから流れてくる声。
白と銀はそれに従って全力で港から海に飛び込んだ。
すると、低空飛行で飛んできた戦闘機がロープを垂れ流してきた。
『手を!!そして掴め!』
「無茶を言う……」
横をちらと見ると、白が手を上げて待ち構えていた。これは銀も覚悟を決めるしかない。
その間には、黄色の戦闘機……おそらく黄の組であろう機体が機銃を使って他の敵兵を抑え込んでいてくれている。
「起動!!
ランデの叫びに呼応して、装置が反応する。
集中力、精密さは格段に上昇し、ランデは手を食うに向けて伸ばす。
あと、ほんのコンマ数秒……
「ふっ!!」
銀は手を握る。
その中には確かに、ロープの感触があった。
「う、うわああああああああああっ!!!」
だが、油断などできるはずもなかった。
時速100キロを超えて動く機体に、ロープでつられている。相当趣味の悪いバンンジージャンプのようなものだ。
だがそれで、ついに艦隊、花園に戻ってくる。
銀が1号艦の上に降ろされると、その瞬間潜水艦は動き出した。
だが、こちらこそどうしようもない。
ここまで本土に近づいて、さらに援軍、陸軍大将まで来ているんだ。逃げることなんてできるのだろうか。
「追って……こない?」
だが、敵の軍艦も、戦闘機すら出てくる気配がない。すると、隣に、背の小さな黒髪ロングの女性が現れた。
彼女は通信機に向かって言い放つ。
「敵戦闘機、そして軍艦の無力化は成功。直ちに潜行し、全速力で脱出されたし」
『了解』
翠の声が通信機から聞こえ、途絶えた。
「何してるの?そんなボロボロで……早く医務室に行きなさい」
「今、なんて……?」
「?早く医務室に……」
「その前に!」
「敵の戦闘機と軍艦を無力化した、って……」
「ああ、それね」
彼女は扉を開けて笑った。
「私が全部、片付けて来たわ」
「は?」
潜水艦の中に入る彼女。
「早く入って。水が入ってくるでしょう?」
「あ、えっと……」
とりあえず銀も中に入って、扉を閉めた。
「じゃあ、一緒に行きましょう?私も、あなたも聞きたいことがあるはずよ。新人さん?」
「も、もしかして僕のこと……」
「ええ、知ってたわ。団長のお気に入りですもの」
「団長って……一体君はどういう……」
指令室の前に立つと、その小さな少女は言う。
「青組組長、蒼よ」
ランデは、ゆっくりと視線を下に落とした。
「今、私のことをちっちゃいくせにと思ったわね?」
「いや、ぜんぜん……」
中に入ると、主要な騎士団メンバーは総結集していた……といっても顔はしならいが、数の少なさからして全員組長クラスだと思った方がいい。
「蒼、お疲れさま」
「もうごめんです、団長。それより、成果の方は?」
蒼は期待の篭った目で紅を見る。
だが、その当の本人、紅は口を噤んで俯いてしまった。
「紅……?」
白が心配そうに彼女の顔を見る。
すると、紅は少し笑ってから、また無表情で銀と蒼を見た。
わかっている。こういう連絡をするときは、必ず悪い話だということを、銀はよくわかっていた。
「……紫が死んだわ」
「え……?」
その場の全員が凍りつくのが、銀には手に取るようにわかった。