第17話 土煙
白。
彼女はただひたすら目の前に立つ男どもを切り倒す。
銃は、実はあまり得意ではない。と言うか、好きではないから練習をあまりして来なかった。
白にとって銃弾とは威嚇のための道具に過ぎず、その手には常に二本のナイフが握られている。
なぜなら、ナイフの方が、倒した相手の死が、手を通して伝わってくるから。
命を刈り取る快感こそが、彼女に残された全て。
他は、何もかも奪われてしまったのだ。
やがてその能力の高さから白組を任されるようになった……が、そんなものはお飾り。放っておけば暴走しかねない白を監視、制御するために組まれたものであることは、彼女自身よくわかっている。
だが、それでもいい。
紅のやることは白のやること。それに不満なんて持つはずがない。
彼女の世界は自分、紅、それ以外でしかなかったのだ。
けれど。
そうだとしたら、この胸の高鳴りは何か。
背中に戦う「銀」という名の少女のことは最初から気になっていた。
だから、普段はおとなしくしているのにその仮面を外して見たりした。自分の考えを、理解して欲しいと思った。
自分と同じ家隷という出身で、さらに封印指定地区に入り、不思議な力を持っておりながら、戦いを嫌い、男に復讐しようともしない、その存在が不可思議だったのだ。
そんな彼女が、今は後ろにいる。一緒に戦っている。
自分と一緒に戦えるほどの力を持った女が、共にいてくれる。
理解された気になりたい、ただの自己満足だとしても。
それが、白の気持ちを大きく昂らせた。
「化け物がっ!!」
「っ!!」
剣で襲いかかってくる海兵を察知し、銃口を向ける。
なんとか急所を外すことができたが、この戦い方もそう長くは持たない。
銀の体はやはり勘違いなどではなく、スピード、攻撃力、強度共に上昇している。加減という意味では、自分のスペックとは関係ない銃の方が逆にしやすいくらいだ。
背後で戦う白のことは見ないことにしている。
きっと彼女のことだ、容赦などしない。だが、それは仕方ないのだ。
男が刃を向けるなら、向けられる覚悟もしなくてはならない。どんな生物相手だってそれは同じこと。
銀自身、それを受け入れていたことを今更ながら気づいた。
心の裡で、以前の女性観が変わり始めていたのだ。
だが、依然として劣勢。
青組が有能であるからか、なんとか時間を稼いでいられている。しかし、そう長く持つものでもないだろう。
なにせ、相手の勢力はどんどん増えている。どんなに無力化していったところでキリがないのだから。
このままでは、負ける。
個体値の高さだけではどうしようもない、数という壁。
早く。どうか早く、救出作戦を終わらせてくれと願うしか、銀にはできなかった。
***
銃声が、怒号が、絶叫が、100年以上の歴史を誇る士官学校の校庭に響き渡る。
「なんて卑劣な……」
「黄、今は……」
「わかってるよ、団長。
黄色組!!!!ここにいる男は一人たりとも生かしておくな!!
蒼と白が今頃戦ってくれているはずだ!!早急にことを済ます!!」
へへ、と紅に笑って見せてから、先陣を走り抜ける黄。
紅はそんな彼女の背を見て、学校を見渡した。
「紫」
「なんですか?」
代わるように隣に来た紫を見て、通信機を手渡す。
「これは?」
「通信機。ここにいる全員とつながるわ」
「それってもしかして……」
「これよりここの指揮はあなたに任せるわ。私の部隊もね」
「……団長はこれからどこへ?」
紅は校舎のうち1棟を指差す。
「あそこに何か?」
「大事なことよこれからの私たちの戦いを左右するくらいに」
「……わかりましたよ。やるだけやってみます」
「ありがとう。それじゃ」
紅は紫と自分の部隊を置いて校舎に向かって走る。
「ま、なんか意味あるんだろうけど……」
「紫団長、これからの行動は?」
「団長はやめろよ、花」
花と呼ばれた、短い薄紫の髪を持つ少女に苦笑してから、紫は戦場を見る。
「とりあえず黄の援護。赤組は飛行機を護衛しつつ囚人を救出、って感じで」
「はっ!!」
紫はため息をついてから、空を見る。
彼女は幼少期、九州地方生まれた。
両親の顔は見たことがない。知りはしないが、子供が女だとわかった時の両親の顔は容易に想像できる。
物心着くまでは施設で家畜のように育てられ、その後は工場で労働奴隷として働いて来た。
それが当然だと思った。周りの大半がそうであったから、現状を疑うこともなく、ただひたすらに働いた。
そして、何年経ったか、隣で働く人間が何度変わったかわからない時に、紅率いる薔薇騎士団が工場を襲撃した。
もう自由だ、と言ってきた彼女たちを見て、初めは訳がわからなかった。
どこか別の場所に運ばれる中、次はなんの仕事をするんだろう、なんて考えたものである。
結局、自分には高い戦闘適性があるとかなんとかで騎士団に入ることが決まった。
仕事は変わらず辛かったが、たまに休みも取れたし以前よりはだいぶ暮らしはよくなった。
正義のためとか、男を許さない、滅ぼす、殺す、とかたいそうなことは考えていない。
ただ、目の前にあるものを維持するために戦うことは、彼女の義務であった。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
そんな時、彼女の目の前に現れれたのは、特になんの変哲も無い10歳程度の少女。
なぜこんなところに。それも陣の最奥である紫の目の前にいるのかはわからないが、おそらく囚人なのだろう。
「赤組の誰か、この子飛行機に連れていってあげ……」
「命令する人……お姉ちゃん」
「は?」
不気味な子供だ。あとは任せて自分は別の場所に行こう。
子供に背を向けて離れようとした時、背筋にぞくりと悪寒が走った。
「っ!!!!」
鉄製の鞭を取り出し、直感的に背後に打ち込む。
ギン、と鈍い金属音が鳴り響き、右手に短刀を持った少女は後ずさった。
「この……ガキ……っ!?」
「あれ、しっぱいしちゃった」
一斉に騎士団が少女を取り囲む。
その状況をまるで危機とは感じていないように、彼女は困ったように、媚びるように笑った。
「なんだ、お前」
「私は……幸福。幸福の、子供だよ?」
短刀を一振り。
動く。紫が感じた瞬間だった。
「相手は子供だ、早く殺せ!!」
「花!!」
嫌な予感がした。
花を急いで止めようとするが、凶弾は止まらない。
バシャ、という音がして、少女の脳漿が撒き散らされた。
「なにも……起こらなかったか」
脳を壊されれば、仮に紫のように回復力が高い個体でも復活できない。
だが、さっきの背筋を駆け上がるような不安は何か。
「じゃあ、作戦続行……」
なんにしても、子供を殺すのは気持ちが悪い。
きっと洗脳された少女なのだろう。相手を油断させるために、女の子供を送り込んで来た。
もう少し行動が早ければ、死なずに済んだのだろうか。
そんなことを思いながら、次の指示を出すために戦場を見る。
黄色組の奮戦のおかげで避難は進んでいるものの、依然として銃声は鳴り止まない。
だから、紫は気づけなかった。
————背後で何かが起き上がる、ざっ、という音に。