第16話 彼の軍は進撃す
————30分前。
ズン、と大きな音と衝撃が艦隊を襲った。
海軍、空軍の全力で攻撃なのだ。こうなることは、きっと白自身よくわかっていたはずだ。
「ご主人様、これから……」
「ごめん、少し……黙っていて」
銀は目を閉じて考える。
あとどれくらいでこの艦は沈められる?ここの船の戦力は?
「違う……」
そうじゃない。
もうとっくに落とされてもいい頃なのだ。
それなのにまだこの艦は生きている。必死で抵抗を続けられている。
そして白の発言。彼女の仕事は海軍の目をこちらに引きつけておくこと。
ならば、これは時間稼ぎ?
だが、これだけの艦隊をなんの時間稼ぎに……これだけの艦隊?
これだけの艦隊が攻めて来たら、相手はどう動く?自分が連邦側の戦士だったらどう考える?
————こちらが本隊、か。
「そうか……そういうことか。なら、今頃」
「ご主人様、何かわかったのですか?」
「たま、この広場でみんなと一緒にいてくれ」
「そんな!ご主人様は!?」
銀は立ち上がり、腰につけた装置に触れた。
紅は、元からこうするつもりだった。
だからこんな危険な、かつ高度な技術力で作り出してあるものを没収するでもなく、銀の手の中に残しておいたのだ。
食えない女だ。だが、その策略に今は乗ってやろう。
「きっと帰ってくる。死んだりなんかしない。だから……待っていて」
「あ……」
たまの頭を優しく撫で、銀は走り出した。
階段を駆け上がり、外に出る。
空は戦闘機。隣には軍艦。
海では銃声と大砲が放たれる爆音で波を生まれ、湯だった釜のように銀を待ち構えていた。
空から戦闘機が銀を発見し、機銃を放たんと接近してくる。
だが、それこそパイロットの運の尽き。
「消えた……?」
パイロットである空軍の青年は突如消えた、潜水艦の上に立っていた少女の姿を見失い、下を見つめた。
海にでも落ちたのか。そう思い、再び視線を前に戻した時、彼はいつのまにか日が雲に隠れていたことを知る。
————否。日は、銀色の髪に隠された。
銃弾が窓を割り、操縦席は血に染まる。
担い手を失い、墜落していく船から飛び降り、降り立ったのは1号艦。最強の戦闘艦である。
扉を開け、中に入る。
緑のローブを着た騎士が驚き銃口を向けてくるが、女性であることを確認して銃を下ろした。
だが、血染めされたスカートまでは隠せない。
「どうしたんだ、その服は?」
言い訳をする時間ももったいない。
銀は兵士の胸ぐらを掴んで銃口を突きつけた。
「今すぐ司令室に案内しろ。死にたくなかったらな」
………………
作戦司令室の扉が勢いよく開いた。
「何事!?」
翠は振り返り、扉を見た。
そこには銃を突きつけられた兵と、先日白が拾ったという女性が立っていた。
銀は兵を解放し、翠の元へ歩く。
「待て!貴様何者だ!?」
「黙っていろ!」
銀は取り巻きの親衛隊を睨みつけ、翠を睨みつけた。
「ここの責任者だな?」
「私に何か用?」
緑に彩られたローブを着ている戦士たちの中、白いスカートを血で染め、覇気を放つ銀は明らかに異様であった。
「ここに敵戦力は集まってきているのか?」
「……何?」
「この艦隊を主戦力に見せかけて、収容所にいる騎士団の包囲を緩め、本当の処刑場に向かわせる。そういう作戦だったんじゃないのか?」
「っ……どうしてそれを?」
「なんだ、やはりあたりか」
銀の様子を見て、翠は銀を探るように見つめた。
「団長に繋いでもらえないか?」
「貴様、いい加減にしろ!!」
「いい。あなたたちは引き続きデータを探して」
翠はいきり立つ団員を窘め、銀に通信機を投げた。
「いいわ。話しなさい」
「話が早くて助かる」
銀は通信機に向かって話しかける。
「紅さん」
沈黙。しばらくすると、砂嵐が入った。
『紅だ。翠、情報が……』
「私です。銀です」
『……ほう。そうか』
なぜだか通信機の向こう側で笑っている気がしたが、銀は気にしない。
「海軍士官学校」
『……何だって?』
「処刑場は海軍士官学校です。座標は後でデータで送ります」
『なるほど。翠がいくら探しても見つからないわけだ』
「信じてくれるんですか?」
『信じるとも。君ならね』
「そうですか」
銀は翠を横目で見る。
信じられないものを見るかのような彼女の様子を見て、普段の紅がどんな人間なのか、なんとなくわかる。
「突破、できそうですか?」
『ああ、そちらが引き続きちゃんと敵の気を引いてくれればね』
そして、通信は途絶えた。
「ありがとうございました」
翠に通信機を投げ返し、銀は戦場を写したモニターを見た。
青色のローブと、一瞬稀に見える白のローブを着た兵士たちが、横須賀港で海軍と戦っている。
勢力は現状騎士団が有利。だが、慌てて引き返してくる東京に行った舞台たちが帰ってくれば、すぐに崩壊してしまうだろう。
だが、銀にできるのはここまで。撤退戦になら協力してやってもいいが、紅たちが包囲を突破し、囚人を救出するまでの時間稼ぎに付き合ってやることもない。
そう思い、司令室を出ようと思った直前であった。
一瞬、見覚えのある顔が、モニター越しに見えた。
そう、あれは名も知らぬ同期の誰か。
どうでもいい人間だ。
だが、銀の心拍数は一気に上昇する。
新兵が、この戦いに投入されているのだ。
士官学校を卒業したものには陸海空三つの選択肢がある。
それに、この場にいるわけがない。可能性はかなり低いはずだ。
無理やり自分に言い聞かせて、振り返ろうとするが、目線はモニターから離れてくれない。
いるはずない。
いるはずない。
いるはずない。
いるはずが……
「あ……」
いるはずが、なかったのに。
気づけば銀はその場に一枚だけかけられていたローブを手に取り、纏っていた。
「ちょ、どこ行くの!?」
翠の声なんて、もう聞こえてはいなかった。
助けなきゃ。
恋人に……圭太に白を合わせてはいけない。
直感が、本能が叫んでいた。
***
時は戻って、横須賀港。
間一髪であった。
白の凶刃は圭太の急所を確実に捉えていた。この時ばかりは銀も神とやらに感謝をした。
圭太に放った銃弾は全てギリギリ急所を外しており、命に別条はない。医療班に連れていけばなんとかなる程度のかすり傷だ。
「銀、後ろはあげる」
「任せた、とは言えないの」
「銀がいらないなら、あたしがもらう」
「…………」
獲物を狩るゲームをするがごとき思考にさすがに辟易とさせられる。
銀なら、殺すことなく無力化できる。
絶対に男を殺したりなんかしない。この戦場に立ったからといってその決意を無くしたわけではないのだ。
だが、圭太をかばってしまった。
ここに、女として立ってしまったからには、その責務を果たさずして戻ることはできない。
だから、今だけ。今だけは、男を敵とみなそう————!
「死ね!!この腐れ雌どもが!!」
「ふっ!!」
マシンガンを避けることなど、今の銀にはさほど難しいことではない。接近した銀の銃弾が将校の脇腹を貫く。
剣を構え切り掛かってくる者をいなし、カウンターを決める。
再び一歩戻り、白と背中合わせになる。
「多い……嬉しいなあ」
「囲まれてるんだよ?」
「銀、やっぱりいい動き……すごい。だから、あたしたち負けない」
「あたしたち、か」
獣のごとき殺気が背中越しにも伝わってくる。
こんなのが相棒だなんて、やはりとことんついていない。
「時間稼ぎだからね?」
「わかってる」
「嘘つきだな」
ここからどれくらいの時間がかかるだろうか。
だが不思議と、銀は負ける気がしなかった。
女になって非力になったはずなのに、なぜか装置を稼働してからの動きがさらに鋭くなったとか、そういうことではない。
背中を預けるという行為が、悔しながらもどうしようもなく、銀を安心させたのだ。
***
銃声は鳴り止まない。
処刑という名の虐殺が、未来の将校の学び舎で、正義の名の下に行われていた。
女を人間から乖離させ、別の支配されるべき生き物として見下してきた男たちが築く、一つの結果。
だが、彼らはまだ知らない。今、彼らこそが見下ろされていることに。
『全員配置につきました。遠隔操縦によって戦闘機もこちらに向かっています』
「そう」
今こそ反逆の時。
与えられた理不尽を覆す時。
この瞬間こそ、人類史が動く瞬間なのだ。
「薔薇騎士団、全軍突撃!!!!!!女性を救い!!男を蹴散らせ!!!!」