第14話 第二戦線
————横須賀港。
「殲滅とかは、私の領分じゃないんですが……賛成してしまった手前、嫌とは言えない」
青い団服を身にまとう集団。その先頭に立つ小柄な彼女は、長い黒髪を振り払い、目の前に立つ海兵たちを睨みつける。
「さぁ、長生きしようじゃないか、諸君」
小さな指を目の前に向けて指し、苦笑いする。
「どうして……全軍収容所に行ったんじゃないのか?」
圭太は目の前に降り立った敵に銃を構え、震えそうになる手を必死に抑え込んでいた。
日南少佐は舌打ちをする。
「何かがおかしい……上層部め、何か隠していたな」
だが、にらみ合いばかりで終わるほど両者ともにおとなしくなどない。
「全軍!!」
「突撃!!!!」
両指揮官の叫びとともに、一気にその地は戦場に戻る。
騎士団青組と、海軍の直接対決が始まったのだった。
***
「今すぐ止めろ!!このままだと全滅に……」
「もう遅いッ!!脱出不可能よ!!」
「お前それが言いたかっただけなんだろそうなんだろ!?」
まさかの陸地に向けて急発進。いくら戦闘の用意がある潜水艦だからと言って、非戦闘員を多く積んでいる艦隊を突入させるなど、あまりにも無謀、いや、自殺と言っても過言ではなかった。
「そろそろ待機している海軍の軍艦とぶつかる」
「は!?」
これは驚きではなく、そんなわかりきったことを言ってどうする、という意味である。
だからこの状況はまずいんじゃないか。
今に魚雷がこの潜水艦めがけて飛んでくる頃のはず。
銀は目を閉じ、静かに祈る。
「…………………………」
「……………なんで目をつぶっているの?」
「…………………………………」
「あ、通り過ぎたっぽい」
「…………………え、今なんて言った?」
「通り過ぎた。今、上を」
「何が?」
「軍艦」
「んな、バカな……」
だが、構えていても攻撃を受けたらしい爆発音は聞こえない。浸水も当然ない。
仮に、白のいうことを真実とすると、だ。
「まさか、気づかなかったのか?連邦海軍が?」
「当たり前。ここでバレるくらいなら、もうとっくに沈んでる」
「……そう言われれば……そうだけど……」
海上では消えた騎士団を探して捜索が行われていたはず。こんな巨大な潜水艦、今まで見つからなかった方がおかしいのだ。
銀の知る限り、海軍は衛星から録画した映像やレーダーを使って敵の痕跡を追うとマニュアルに書かれていた。
だがそれが行われていないということは、それらすべてをすり抜けたということ。
この女という生き物は本当に男女大戦で敗北し、圧迫を受けているのかがわからなくなってきた。これほどの技術、男は持っていないというのに。
「いや、だからこそ……なのか」
「……銀さん?」
たまが心配そうに銀の顔を見つめる。
だが、自分を主人というたまだって、同じ女性だ。
これだけ強力な可能性、力を持った女性だからこそ、男は約35億の数を500万人まで減らし、核の炎によって日本以外の大地を焦土にしたのだ。
自分はなんてバカだったのだろう。侮っていた。男にできて女にできないことはないと思っていたが、現実はどうだ。
男が完全に安全な世界を作り出すには、女は生かしてはおけない。
残しておいてはこの騎士団のような危険分子が必ず現れ、男を滅びの危機に晒すだろう。
思わず銀は息を飲んだ。
一方白はというと、通信機を片手に何やら話している。
「翠、準備は?」
『本当、白がおかしいのはわかっていたけど団長もこんな作戦許可するなんて……』
「文句は聞いていない」
『……準備完了。いつでも浮上できるわ』
「じゃあ、浮上して」
『なんであなたに命令されなきゃ……もういいわ。緑組のみんな!!浮上!!』
『『『『『了解!!』』』』』
浮上。確かに通信機から聞こえた声を、銀は聞き逃せない。
「正気か!?ここで浮いたりなんかしたら一斉砲撃ですぐに落とされちゃうよ!!」
「銀、少し、うるさい」
「っ……」
「聞こえたでしょ?これは作戦なの。そしてなにより」
白は銀の背中を指差す。
振り返り、その指の先を見ると老若女女、その全てが決意のこもった真剣な目で白と銀を見つめていた。
「騎士団が負ければここもおしまい。みんな死ぬ。京都も攻め滅ぼされる」
「それを……みんな受け入れているの?」
銀の声に、全員が頷いた。
「敗北は許されない。だから、勝つために最善のことをする。
そのためなら、助けた同胞でさえ盾にして銃弾の雨の中を進んで行く。
それが戦争。私たちが解放されるための、唯一の手段」
この場で覚悟ができていないのは、つまり銀だけだったということ。
もう物理的にも、精神的にも、銀にこの艦を止めることはできないらしい。
「じゃあ、私はそろそろ行く」
「……え?」
「私の仕事は、横須賀港に駐留している海軍を引きつけること」
「な、何言ってんだよ!?だいたいここに残っているのって……」
「白組……と言っても、私を含めて5人しかいないけど」
「な……」
「銀は見ているだけでいいよ」
ガタ、と、再び潜水艦が大きく揺れた。
浮上が開始されたようだ。
「そこで、何もしないで、震えていればいいよ」
「……っ」
「ごめん、なんでもない」
責められたのかと思った。
能力を持っているのに、こうして縮こまって動かない銀は、騎士団から疎まれても仕方ない。ましてや白なんて最たるものだろう。
だからこそ、彼女の焦ったような目が、銀の心に強く刺さった。
***
————東京、作戦本部。
「作戦は滞りないかね?」
陸軍大将大政は、一つの丸机を囲うように座った、目の前の二人の男と茶を飲んでいた。
「もう空軍の仕事は終わりだ。あとは陸軍と機動隊がなんとかしてくれればいいさ」
席を立とうとする長身で白い髭に白い髪の初老の男こそ、空軍大将、浜崎典之である。
「まぁ、最悪の事態というのもある、座っておきたまえ、浜崎君」
「雛月にそれを言われるとは……あなたは無茶な作戦で知られる名将でしょうが」
「それとこれとでは別問題だよ」
そして、海軍大将、雛月慎吾。そのブロンドの長髪をかき分け、ため息をつく。
「雛月閣下!!電報です!!」
「ん、わかった」
すると、若い海兵が入室して、雛月に電報を渡してきた。
「なんだ、何年ものが入ったのかね?」
「祝勝会はどこでやろうか」
そんなのんきな会話をしている間に、雛月の表情はどんどん硬くなっていく。
「どうしたね、雛月く……」
「大変だ……すぐに連絡を回し、横須賀港に兵を派遣しなくては!!」
「だ、だから急にどうして……」
「で、出たんだよ……」
「……何が?」
雛月は二人の大将を見て、電報に書いてある通りの内容を伝えた。
それは……
『敵主力と思われる超巨大潜水艦5艇、横須賀港付近に現る』
***
————1番艦、司令室。
「ああもう、すっごいたくさん敵戦艦きてるじゃない!!」
「翠、静かに」
「なんでそんなに落ち着いていられるのよ!!」
「早く、司令」
「っ……わかったわよやればいいんでしょう!!」
翠は司令室で管制する緑組に命令する。
「横須賀港及び接近してくる敵戦艦に向けて砲撃!!弾を使い切るつもりで戦うように!!」
「「「「「はっ!!!!」」」」」
白は管制室にかけてあったローブに袖を通し、フードを被った。
「行くの?」
「うん」
翠はその小さな背中と白い髪を見て、ため息をついた。
「死なないでよ」
「……わかった」
そうして、白は司令室から出て行った。