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TS戦記  作者: 無糖
first『the knights of rose』
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第11話 自由の獣


「……はぁ」


3号艦に戻ったところで、銀の心は少しも安らがない。

平等なんて、あるわけがない。だから、人間は争わずにはいられない。

そうだ。このテロリストたちが行なっている行為、テロも争いの一つ。

それを行わなければ彼女たちの求める平等が手に入らないと言っていることこそが、平等など存在しないと言うことの証明である。


……でも、どうして……


「ただいま……って、ここは帰る場所じゃないんだけどな。ってあれ?」


居住区に入り、船室に入っても、そこにたまの姿はなかった。


「たま……いないのか?」


が、シンプルな部屋だ。隠れる場所も死角もない。


「っ……」


それを確認した時、気づけば彼は走り出していた。

心を蝕む恐怖。海の真ん中で、周りは知らない、武装した女ばかり。

自分の状況はこんなにも絶望的なのだ。たまの存在が、それを忘れさせてくれていただけなのだ。


「はっ……はぁっ……」


階段を駆け上り、広場に飛び出す。

すると、そこには……


「お姉ちゃん、すごーい!」

「それどうやってるの?」


紅がさっき座っていた噴水前で、3人ほどの子供と戯れているたまがいた。


「バランスに気をつければ簡単だよ?」

「そんなの無理だよ〜!」


屈託のない笑顔を見せ、サッカーボールをリフティングするたま。

こんな楽しげな顔を、銀は見たことがなかった。

そして、それが何より、今の銀の気に障った。


「たま!!」

「あ、ご主人さ……」

「何やってるんだよ、こんなところで!!」

「……あ」


こんなにも恐ろしい思いをしているのに。今にも吐き出しそうなくらい緊張していると言うのに。

自分の家隷であるたまがこんな風に楽しんでいるなんて、あまりにも不平等。

強く感じたその思いは怒鳴り声となって、たまに打ち付けられる。


「僕がどんな思いで……どんな……」

「すみま……せん……」


たまはさっきまでの笑顔が嘘であったかのようにうつむき、こうべを垂れた。


「お姉ちゃん、泣いてるの?」

「……なに?」


すると、さっきまでたまと一緒にいた小さな子供3人が、銀のスカートの裾を掴んで、心配そうに見上げていた。


「だ、誰が泣いてなんかっ……」


その時初めて、銀は自分が泣いていたことに気づき、目をこすった。

誰かを怒鳴りつけることなんて、今までしたことがなかった。それにこの状況が、銀の涙を誘ったのだ。


「たまお姉ちゃんすごいんだよぉ?ボール蹴り、すっごくうまいの!」

「お姉ちゃんもやってよ!」

「髪真っ白だよ?綺麗!」

「〜〜っ、こんな……こんなぁ……っ」

「ご主人様……」


たまは銀の近くに歩み寄り、膝をついて見上げた。


「ご主人様が元のお姿に戻られるまでは、決して私はいなくなったりしません」

「たま……」

「そして、私はずっとご主人様と一緒です。その体でいる時間も、ここにいる時間も、そう長くありません。

なら、歩み寄って、知ってみても……いいんじゃないでしょうか?」

「歩み寄る……僕が、女に……?」

「争いをなくす、と言うことは難しいでしょう。でも、そのヒントが、ここで見つかるかもしれません。そう、私は思ったんです」


たまの言葉は自分の言葉。

彼女に知識を与えたのも、思考を教育したのも、銀である。そんなこと、初めから分かっていた。


「わ、かった……今日は、もういい」


銀は背を向け、階段を下ろうとする。

その時……


トス、と、銀の頭に何かがぶつかってきた。


「…………おい」

「あそぼーよ、お姉ちゃん!」

「あそぼー!」

「おーい!」


銀は、その小さな生き物たちを睨みつけると、ボールを拾った。


「待てーーーー!!!!」

「わー怒ったー!」

「逃げろー!」

「きゃー!」

「……ふふ」


たまは、その光景を優しげな、そしてホッとしたような目で見つめる。

小さな少女相手に本気になる元男の18歳など、あまりにも滑稽なのだが、それは置いておくとしよう。

銀自身、たまが言うことを受け入れたわけではない。理解しても、納得できるわけではないからだ。

ただ、知ってみようと思った。軍に戻った後長く戦い続けることになるであろう、女という生き物についてを。

それはきっと、悪いことではないはずだと、考えられたから。




————三日後。




「違う!リフティングっていうのは先端じゃなくて全体で……」

「銀お姉ちゃん分かりにくい!」

「たまお姉ちゃん教えてー!」

「できないよぉー!」

「こ、このガキ共……」


なんだかんだ、銀はこの環境に慣れ出していた。


「たまちゃん、子供達が呼んでいるわよ?」

「え?あ、えっと……はい」


たまはというと、広場で子供達の様子を見に来た中年女性たちとの会話を楽しみながら、そんな銀の様子を見つめていた。


「……ご主……銀さん、どうされましたか?」

「僕の説明じゃ分かりにくいんだとさ。このチビ女たち、僕に教えてもらっていることの光栄さがわからないんだ」

「銀お姉ちゃん拗ねたー!」

「拗ねちゃ嫌だよめんどくさいよ!」

「あはははははは!!」

「ほらこんな風に!」

「あ、あはは……」


銀は完全に少女たちに舐められ、たまはそんな主人に苦笑いしか返せない。


「子供ってこんなに生意気なこと言えたっけ?」

「……女の子だから、でしょうか?」

「くそ、これだから女は……」


銀はヘソを曲げ、木陰に進む。

たまはどうやらものを教得ることが得意らしい。というか、元は銀次郎が教えたものだというのにどうして教え方に差が出るのかわからない。


「はぁ……こんなことをしていていいんだろうか」


翌日、2号、3号潜水艦は東シナ海を回って、日本海、そして京都へ向かう。

他はこの太平洋上に待機し、有事に備えるらしい。


「少しは、慣れた?」

「あ、白さ……」

「さん、いらない。敬語も。白でいいよ」

「そ、そっか」


いつのまにか隣には白が座っていた。

彼女もまた組長である。紅の言う通りだとしたら、彼女もまた銀と同じ特殊体質を持っている、と言うことだろう。


「じゃあ白、どうしてここに?1号艦にいなくてもいいの?」

「紅がこっちに来れないから、代わりに私が挨拶してって言われた」

「なるほど……」


相変わらず起伏のない少女である。

銀はやりにくさを覚えながらも、その白い髪を見る。


「どうしたの?」

「いや、その髪って、やっぱり……」

「そう。封印指定都市に入ったあと、生えてくる髪はみんな白くなっちゃった。

銀も、そう?」

「……聞いたの?」

「うん、紅が言ってた」

「まぁ、そうだよね。

うん、その通りだよ。僕は封印指定都市に入った後、髪の色が白に……」

「銀の髪は、銀」

「変わらないよ、白と」

「違うよ、私にとっては」

「……そう」


そんなこと、銀にはどうでもいいことである。


「明日、この艦は京都に出発する」

「うん、分かってるよ」

「本当に、騎士団に入ってくれないの?」

「………………」


できるなら、そうした方が圧倒的に近道だ。

けれども。


「僕はやっぱり、人なんて殺せない……」


自分の道は、揺らがせることができない。

それが、生駒銀次郎であるための最後の精神的砦であったのだ。


「だから……」

「嘘」


断る、とは言えなかった。

なぜなら、その前に銀は白に押し倒されてしまったから。


人工芝に仰向けにされ、白の顔が目前に迫る。

その時、銀の心に巻き起こった心情は恐怖でも、ましてや劣情でもない。


「あなたは私と同じ目をしている……」

「目、って……」

「正しさなんて本当はどうでもいい。ただ感情の赴くままに動き、そのためだったら邪魔者を平気で葬れる、冷たい人間」


嫌悪であった。

そしてそれは、彼女の言う通りの分類。


「認めちゃえばいいんだよ」

「認めるって、何を?」

「自分の、本当にやりたいこと。縛られない自由を、受け入れればいいよ」

「自由、だって?」

「銀を縛る男は、ここにはいないんだよ?」

「っ……」


ああ、これを同族嫌悪などと言うまい。

これは嫉妬だ。

彼女が何者にも縛られず、したいことをしたいように動いていると言う、彼女の有様が、苛立って苛立って仕方ない。


眼前の少女は、白く気高く冷徹な獣。

対し自分は去勢された獣。その差は歴然として突き刺さる。


「私は、紅みたいに理性的になれない」

「じゃあ、白は何を目指しているんだ?」

「……滅び、だよ」

「滅び?」

「私は地獄から自由を見た。そして、この地獄を作り上げた男を憎んだ。恨んで呪ってそして可能な限りを尽くして殺してきた」


本当は、あなたも同じ。

敵対するもの。邪魔なもの。その全てをなぎ払いたくて仕方がないんでしょう?

そう言われているようで、銀は耳を塞いだ。


「私は必ず、男を滅ぼしてみせる」


それでも聞こえてくる、あふれんばかりの怨嗟の声。

銀は目を見開き、獣を見る。

白は、やっぱり無表情のままで、銀の上からどいた。


「は……あっ……はぁっ……」


それと同時に堪えきれなかった冷や汗がどっと体を伝う。


「今はいい。でも、きっといつかその激情を抑えきれなくなる」

「……そんなこと……」

「私、戻る。でも、きっと銀は、私の隣で戦うよ」


白はローブを翻し、歩いて行った。

が、その姿が消えようとした瞬間、大きなブーブーという警告音が鳴り響く。


「襲撃……!?」


たまと子供達の元に駆け寄る。


『急遽潜行を開始する。騎士団組長は至急1番艦へ集まるべし。繰り返す。急遽潜行を……』


「なんだ、そんなことか」


銀が胸をなでおろすと、白が何か通信機で話している様子。

すると、たまが白の元に走り寄った。

何やら話し、その後白は走って階段を駆け上がって行った。


「たま、何があったんだ?」


その場で固まってしまったたまの元へ銀は駆ける。

顔を覗くと、随分と焦ったような顔をしていた。


「おい、たま!」

「あ、明日……」

「明日?」

「明日、前回のテロの報復として、女性収容所の女性を一斉に処分することが、報告された、と……」


それはつまり、10万人規模の処刑を行う、と言うことだ。

それが意味すること、即ち……


「戦争が、始まる?」



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