第10話 理想と理念
「どうしたの?鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。私の顔に何かついてる?
それとも、どこかで会った?」
「いえ、別に……」
動揺していた。
いずれ連邦側に戻った時のため、いつか団長の容姿なども見ておきたいと思ってはいたが、こんなにもすぐに出会えるとは。
先ほど見た白の騎士団ローブではなく、普通の無地のティーシャツを着ており、赤髪で高身長のその姿は、過去でいう遊んでいるお姉さん、という感じだった。
「ねぇ紅お姉ちゃん!遊んでよ!」
「ん?ごめんね、私これから少しやらなきゃいけないことがあるの」
「えー!遊んでくれるって言ってたじゃん!」
「ごめんって。また今度ね?」
周りには、まだ見た目小学生、またはそれ以下の子供が集まり、彼女に楽しそうに話しかけている。団長としてのリーダーシップだけでなく、子供からの信頼も厚いようだ。
「紅、なにしにきたの?今日は研究室にいるって……」
「うん、その予定だったんだけど、研究するものが手に入らなかったからねぇ……」
「ご、ごめんなさい……」
「責めているわけじゃあないのよ?軍はどうせ来ないと思って、機動隊ばかりを攻撃させてしまった私が悪いの。まさかあんなところにあなたに勝つくらいの兵がいるだなんて、誰も思わないわ」
「負けてないもん!」
「はいはい……って、どうしたのあなた。そんな青ざめた顔して」
「い、いえ、なんでも……」
もしかしてわざとなんじゃないかと思わなくもないが、もし銀の正体がその兵だとわかっていたら、ここにくる前に殺されているはずだ。敵にわざわざ本拠地を教えるような真似はするまい。
「で、私が来た理由、だったわね?」
「うん」
「ちょっとレーダーに気になる反応があったのよ。本当に小さな反応だったから止めはしなかったけど、念のため確認をね?」
紅は銀の腰のあたりを見る。
「ベルトに、何をつけていたのかな?」
「っ……」
銀が持っていたベルトは今は外して、装置自体は今スカートのポケットの中にある。
これがバレるのは相当にまずい。だが、これを手放したら生存にかなり影響する。よって、なんとか隠さねばならないのだ。
だが。
「今はポケットにある、それのことだよ」
「…………」
バレていた。こうなっては仕方ない。
相手の様子を見るに、この装置がどう言ったものなのか、彼女はすでに知っているのだろう。
「これのこと、ですか?」
銀は諦めて、ポケットから装置を取り出す。
「これ……!」
「やっぱりか」
すると白は目を見開き、紅は納得したように装置を手に取った。
「凄まじい技術だ。私たちには到底ここまでの小型化はできそうにないよ」
紅はそれを恍惚とした目で見つめ、笑った。
「銀、と言ったね?ちょっと一緒に研究室まで来てくれるかな?」
「え?」
「とは言ってもそれは明日だ。もう潜行の時間だからね。早く京都にいかなきゃ、黒に怒られてしまう」
「京都……それってまさか」
「ああ、私たち騎士団の総本山だよ」
「そ、それは……」
知っていた。だが、本当にそこまで行ってしまえば、連邦に戻るのは非常に困難になってしまうだろう。
「ただ、それはこの3号艦と、その護衛につく2号館だけ。後の3隻はこのまま太平洋で待機する」
「なぜですか?」
「東京周辺にすぐ動ける勢力がないと、襲撃に困るだろう?」
「ああ、そういう……」
つまり、残るのは戦闘艦だけと言うことだろう。
それは、京都行きを免れるには騎士団の戦闘員にならなければならないと言うことだろうか。冗談じゃない。これ以上男と戦うなど、銀はごめんだった。
「うん、やはり来て良かったみたいだ。じゃあ白、1号艦に戻ろう。今回の損害を踏まえて、今後の方針を固めていきたいからね」
「はい」
「それでは私たちは失礼するよ」
紅は銀に背を向け、歩いていく。
「明日、楽しみにしているよ」
「っ……」
姿が見えなくなった時、銀はやっと肩の力が抜けるのを感じた。
この緊張感。日常の中でもそのカリスマ性が見て取れる。
だが、何よりの問題は。
「これ、だよな」
その手にある、装置であった。
「ご主人様、それは……?」
「ああ、たまは知らなかったのか」
隠すべき代物だが、相手はたま。話しておいたほうが言い訳を一緒に考えられるだろう。
「これは政府が特別に作ってくれた………………
***
「政府が……作った?」
「ええ、まぁ」
「銀の……女のために、わざわざこんな代物を?」
「ええ、まぁ……」
「君の主人はどんな人だったんだい?」
「軍人です」
「軍人……ついに男どもは女を兵力にしだすのか……?」
「えっと、まぁ、その、そう言うことなんじゃないかなぁ……」
潜行を終え、朝、水面に姿を現した潜水艦たち。
1号艦に来るように言われた銀は、ボートを使って移動した。
ボートを止めると、待ち構えていた紅に手を引かれ、薄暗い大きな部屋に連れ込まれた。
そして今、彼女は銀の装置を見ながら一人考察にふけっているようだ。
「まさか、こんな小さなものが原子炉だなんて誰も思わないだろうね」
「そうですね……世界に一つしかないんじゃないでしょうか」
装置……超小型原子炉は、科学研究所が原子力に汚染された大陸を浄化するための研究中発覚した銀次郎の体質に沿って生み出された代物なので、他にあるはずもない。
「だが、これをどうして君が……出身はどこだい?」
「出身、って……神奈川ですが」
「それもそうか。そうだな……なら、封印指定地区には、行ったことはないかい?」
「封印指定地区……ですか」
封印指定地区。それは男女大戦中、日本で唯一原子力爆弾が使われた場所、大阪を指している。
そして銀は、過去に一度だけ、大阪に行ったことがあったのだ。
紅は封印指定地区と銀の体質に何か関連を感じている様子。誤魔化すよりも正直に話した方が良いだろう。第一、銀自身も自身の体質に興味があった。
「あります。それと、何か関連でも?」
問うと、紅は目を伏せ、考え込むように手を顎に当てた。
そのまましばらくの沈黙。何かまずいことを言っただろうか、と、銀が焦りだした頃、紅は口を開いた。
「封印指定地区に行った人間は、死ぬ。それはわかるね?」
「はい」
強力な核によって人間は愚か、生物など住める環境ではなくなってしまった。
何度か除染作業が試みられたが、作業員にすら死者が出るほどの猛毒。政府は大阪の復興を諦め、現在は封印指定土地と呼ばれるほどなのだ。
「だが、その土地に行って生き残る例外中の例外が、たまにいるんだ」
「…………」
「それが、君だったと言うわけか。どうして封印指定地区に……とは言うまいね。あそこは邪魔になった者の墓場でもあるから」
「墓場……ですか」
この地に放り込むだけで死に至る。
その単純さと容易さが故に、負傷し回復が見込まれない女性や、反抗心の強い女性などは大阪に捨てられることが多い。
紅は都合よく銀を捨てられた女だと思ってくれたらしい。
「封印地区を生き残れるものには、ある特徴がある」
「特徴、ですか」
「ああ。まず、傷の治りが早い。次に身体能力が高い。そして、それらは放射性物質を浴びることで上昇する、と言う特徴だ」
「知っているんですね。と言うことは」
「ああ、騎士団の組長は大体封印指定地区から生き残った者で構成されている」
「なら、あの白も……?」
「そういうことになるね」
どうりで銀が与えたダメージがすぐに消えるわけである。
それにしても、銀自身、何がきっかけでこの体質になったのかわからなかったため、この話はかなり興味深い。
「けど、なおさら惜しいね」
「……え?」
「君は恐ろしいほどの戦力になるはずなんだ。戦闘訓練も受けていたみたいだし、その小型原子炉もある。他の騎士は出撃前に浴びることで力を得ているけど、君の場合はずっと爆発的な力を出し続けることができるんだ」
「そんなに都合のいい代物ではありませんよ。燃料切れになれば動かないし、浴び続けると外部に悪影響が出ることもあります」
「それでもだ。君には騎士団に入って欲しいと、私は思うよ」
「…………申し訳有りません」
「そうか。それは、君の連れの、あの女の子のため?」
「違います」
「なるほどね」
この誘いは受けられない。
死ななければ挽回する機会はいずれ来る。だが、死んでしまってはどうしようもないのだ。
戦場で一番足を引っ張るのは弱者ではない。覚悟のない者である。
そして、男を殺す覚悟なんて、できるはずもないのだ。
「うん、わかった、ありがとう。3号艦に戻っていいよ」
「はい、わかりました」
だが、銀の胸には、何かがつかえたままで、気持ちが悪い。
「紅さん」
「ん?」
書類に目を落としていた紅は不思議そうに銀を見つめる。
「騎士団って、何が目的なんですか?」
「目的?」
「あんなテロのようなことをして、人を殺して……その果てに何があるんですか?」
聞きたかった。彼女の口から、女が悪であると言う証明が欲しかったのだ。
「私は、いえ、私たちは、すべての生きるものが平等に暮らせる世界を作るよ」
だが、優しく笑うこうを見て、銀の心はかき乱されただけであった。
似たようなことを、自分は願っていたはずなのに、自分の理想とはかけ離れた理念を感じた。
平等、だなんて……そんなの、ありえるわけがないというのに。
銀は耐えられず、研究室を出る。
「………………どこで得たんだ?euphoriaを……」
そんな呟きが、背中から聞こえた気がした。
***
『昨日、東京中央生殖援助開発施設がテロリスト、薔薇騎士団に襲撃され、胎児数百名と管理者ら多くの命が失われたとのことですが……』
ニュースを消して、ため息をつくのは春彦。
「銀次郎、帰ってこないね」
「ああ……」
「確か銀次郎って、子供センターに行くのが好きだったよね……」
「関係、ねぇよ」
「うん、そうだよね。そうに、決まってるよね」
春彦の肩を抱き、ソファから雨が降る空を見つめる。
「早く、帰ってこいよ。な?」
「……誠一、この書類だけど……」
「行かねぇよ。俺は、家で非行息子を叱らなきゃいけないんだ」
「そうだね」
春彦は持っていた書類を、テーブルの上に投げ捨てた。
その表紙には……
『収容所囚人、一斉処分について』
と、大きく印刷されていた。