第9話 紅い薔薇
クジラをはるかに凌駕するほどの黒鉄。
その鋼鉄の移動要塞軍、『花園』
その中の一つ、三号、避難民艦の中に、銀とたまはいた。
「遠くから見ても大きいと思ったけど、実際中に入ってみるとより大きく思えるな」
「うん。ここ、避難してきた一般人が多い。だから少しだけ他よりも大きくて、防御性に特化してるの」
「なるほど」
ヘリで降りてから中に入り、白は艦内を案内してくれていた。
「居住区はここだから」
「案内ありがとうございます」
白が扉を開ける。
すると目の前には10本もの廊下が400メートル近く続いており、それぞれに大量の船室が連なって、まるで超巨大マンションのようだ。
「なんか、色々と潜水艦の規模を超えているような」
「要塞だからね。こっち来て」
白は右から3番目の廊下を進み、奥へ歩いていく。
「これ絶対500人以上入るでしょ」
「製造者が決めた安全ラインなんて、到底あてにならないものさ」
「これ、沈んだりしないですよね」
「それは安心していい」
歩いていると、部屋から出てきた女性と何人か遭遇し、その誰もが白に向かってお辞儀をしていた。
「白はどのくらいの騎士なの?」
「私?私は組長。白組のね」
「もしかして結構地位高かったり?」
「私と同じ立場の騎士は5人。上には二人、かな?」
「それすごく高くないですか!?」
「急に敬語になったね」
「いや、なんか癖で」
軍人の、と言いそうになって、口を閉じる。
女の姿になっている自分がそんなことをいうのは幾ら何でもおかしすぎる。
「はい、ここが君たちの部屋」
案内された、無数にあるうちの一つ。
中を開けると、二段ベッドと机と椅子しかない、本当に小さな部屋だった。
「ごめん、狭いよね」
「あ、いえ」
顔に出てしまっていたかと焦る銀。
確かに今まで銀が過ごして来たマンションと比べれば、たまが生活していたベランダほどの広さしかない空間ではある。が、ここは本来敵地。わがままなど言っていられるはずもない。
「じゃあ、そこにある服に着替えて?」
「え?」
「そんなボロボロで血がついたような服着てちゃ、他の人が怖がる」
いや、確かにそれもそうだ。
何より銀自身こんな格好でいつまでもいたくないし着替えたい。
だが、机の上に置かれた服は、長めのスカートとシャツ。それに、女性用パンツとブラジャーであったのだ。
「あの、銀さん……」
「わ、わかりました。白さん、そしてたま。ちょっと部屋を出てもらえますか?」
「女同士なんだし、気にすることないよ」
「ぼ、僕は気にするんです!」
すると、たまが白の肩を叩いた。
「銀さんは男に飼われていた時のトラウマで、人前で着替えができないんです」
「そうだったの?」
「え?あ、は、はいそうなんです!!」
「それはごめん。今すぐ出ていくよ」
白は申し訳なさそうに部屋から外に出た。
たまはそれに続いて出ていく前に、苦笑いを銀に向ける。
どうにかうまくごまかせたようだった。
「はぁ……」
誰もいなくなった船室。
服を脱ぎ、鏡を見る。
胸には確かにふくらみがあり、知識でしか知らないが、男性器の代わりに女性器の存在も確認できた。
わかってはいても、事実こうして向かい合うとかなり精神にくるものである。
腰のベルトを外し、装置に触る。
「熱っ!」
が、やはりまだ熱かった。手のひらに収まるくらいの小さな箱状で無骨な鉄の装置。これは銀の身体能力を著しく上昇させることができるが、代わりに不便な点も多々ある。その一つが、使用後熱がなかなか引かないところでもあった。
が、ここからが問題。
丁寧に畳まれている服たちを見て、ため息をつく。
「これ、着れるのかな?」
***
「長い」
「そ、そうですね……」
「敬語なんて使わなくていいよ。銀にもそう言っておいて」
「は、はぁ……」
たまは正直、自分から言いだしたものの白と二人っきりという状況に困惑していた。
まずたま自身、女性と触れる機会などほとんどないに等しかった。
家隷になっている女性がいる家が近所にはなかったのだ。
それにこの白という女、歳はまだ17、8といった感じの少女なのだが、表情に全く変化がない。
口数が少ないというわけではないのだが、まるで喜怒哀楽を失ったかのように無機質な顔、無機質な声。これではどうコミュニケーションを取ればいいのかわからなくても仕方ない。
「あ、ちょ、これどうなってんだ!?」
「……?何やってるんだろ、銀」
「あ、私が聞いてみますね?」
銀は何か苦戦している様子なので、たまが扉をノックした。
「大丈夫ですか?」
「このブラジャーってやつ、つけにくいぞ!?」
「あ、あぁ。それはその……中に入ってもいいですか?」
「……ごめん、手伝って」
「わかりました」
結局たまも一緒に船室に入り、着替えることとなった。
————そして、10分後。
「おまたせしました」
「ん、じゃあ広場に案内するね」
「広場?」
着替えた銀と、色違いの服を着たたまが白のところに行っても特に怒った様子もなく、白は背中を向けてついてこいと告げた。
「なんかこれ、スースーするよ?」
「そうですね。私もメイド服を始めて着た時は変な気分でした」
スカートについての談義はともかく、銀たちは居住区を抜け、階段を上がる。
なんだか上は光が強く、目が痛くなった。
「ここが広場。潜水中外に出られない時にはいろんな人がここにいるよ」
「これは……なんだろう、すごいしか出てこない」
「はい……私もです」
階段の先には、陸用競技場分ほどの敷地に芝生が引かれ、中央には噴水、天井には人工太陽が置かれていた。
そして、おそらくは下の居住区の住民であろう人々も多く見られ、子供も楽しそうに遊んでいる。
「お、女しかいない……」
「ですね」
「当たり前だよ……って、あ」
「どうしたんですか?」
白は何かを見つけたように、噴水のあたりをじっと見つめている。
「何が……!!?」
その方向を見た銀は、体を強張らせた。
噴水のそばに座って、近くの子供と戯れている、一人の“赤髪の女”。
銀は彼女を知っていた。
昼の戦闘で、銀次郎からスーツケースを持ち去って行った女である。
「やっぱり騎士団だったのか……じゃなくて、あの人は?
ってあれ、白さん?」
銀が尋ねようとしてもその姿はすでにそこになかった。
「紅!」
「わ、なに?」
白はすでに赤髪の女の元へ走り寄り、抱きついていた。
さっきまでの態度との変貌っぷりに、銀だけでなく流石のたまも唖然としている。
「あら、白。帰ったのね?怪我はない?」
「ううん、大丈夫!してもすぐに治るし!」
「そう、良かった」
子供をあやす母親のように白の頭を撫で、銀たちの方を見る赤髪。
「たま、行こうか」
「あ、赤髪……私とキャラがかぶる……」
「たま?」
「でも私セミロングで直毛だけど、あの人くせ毛だし」
「たまちゃん?」
「はっ!そうですね、行きましょう」
敬語ヒロインが抱える業についてはさておいて、銀たちは白の元へ歩く。
「あなたたちが白が保護した二人ね?」
「はい。ここに住まわせてもらいます、たまです」
「同じく銀です」
「うん、よろしく」
初めて見た時の冷徹な空気感は鳴りを潜め、にこやかに接してくれる赤髪。
彼女は銀の体をジロジロと見つめてきた。
「あなた……」
「はい?」
「いいえ、なんでもないわ。ただ、いい身体つきだと思って」
「い゛っ!?」
「あ、そういう意味じゃないわよ?」
立ち上がり、銀に向かって手を差し出してくる。
「私は紅。薔薇騎士団の団長をしているわ」
「へぇ、そうですか。紅さん騎士団の……は?」
銀は握手をしようとした手を止め、紅を見つめる。
その手を、彼女は掴み、握手した。
「薔薇騎士団、団長よ。よろしくね、銀髪のお嬢さん?」
「なっ……ななっ!?」
紅は、テロリストのリーダーは、そう行って優しく微笑んだ。