searching bracelet
一つの短編小説のような一場面を一気に読んで、陽菜は小さくため息をついた。陽菜も西の魔法使いと同じような感想を抱いていた。
ここに出てくる子供たちがうらやましい、と。
この男の子は魔法使いになるという目標もあるし、ちゃんと愛されている母親みたいなお師匠様もいる。おまけに好きな女の子が2人もいるみたいだ。
私は、といえばマンションからパジャマで逃げ出しているし、お母さんのブレスレットを勝手に取ってきている。スニーカーは走ったせいか汚れてしまった。まだクラス替えがあったばかりだからわからないけど、クラスに好きな男の子なんて出来たことがない。完全に何にもない。
陽菜は教科書の中の男の子がうらやましかったが、それ以上に心を惹かれたのは、教科書の中で師弟の会話に出てくる、黒髪の女の子だった。
お兄ちゃんに教わった歌と、童話が好きなよその世界からやって来た10歳の女の子。陽菜も歌は好きだし、童話はそれよりも輪を掛けて好きだった。どこか自分と似たところのある教科書の中の女の子に、陽菜は軽く嫉妬した。
私もこの世界で魔法使いを目指したい。
そして、友達に私の好きなことを話してすごいねって言ってほしい。
絶対に叶わない願いを教科書に向けて思うと、陽菜は教科書から目を離してブレスレットを触った。
母親が特注で購入した、というブレスレットは8色のパワーストーンがついており、1色ごとに白いパワーストーンが違う色の間に入り、調和を保っていた。ブレスレットは月の光に当てるとキラキラと光り、月の光を帯びたブレスレットはとても綺麗で、子どもの陽菜にとっても魅力的に映った。
右手を挙げ、ブレスレットを月の光にかざす。4月の月は三日月ではあったが、雲にも隠れずに真っすぐ光を届けていた。ウサギは見えたことはないけれど、月って綺麗だなと陽菜は思った。月を見ていると、今日あった嫌なことがすべて忘れるとは言えないけれど、綺麗なものを見ると、とても気が紛れるような気がした。
不意に、ブレスレットが強い光で輝き始めた。それは夜空の月よりも強い輝きだった。あまりの光の強さに、陽菜は目を開けていられず目を閉じた。目を閉じても強い光は消える様子はない。目をもう一度開けると、光が色を次々に変化していく様子が見えた。赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫と7色に光り輝き、その光は虹色だった。虹そのもののようだった。
最後に、すべての光が消え、真っ暗になった。強い光に目が疲れた陽菜は、思わず両目をこすった。右手で目をこすると、再びブレスレットが光り始めた。今度は白い、太陽の光のような強い光だった。陽菜は思わずベンチに置いていたリュックサックを握りしめた。
光は収まるどころか強さを増し、荷物を握りしめた陽菜を教科書の中へと引き寄せて行った。陽菜がスニーカーの足を踏みしめ、踏ん張ろうとしたが、もちろんそれは無駄な努力で、陽菜の身体は教科書へと徐々に吸い寄せられていった。
「わぁっ!」
思わず悲鳴を上げた瞬間、光とともに陽菜は荷物ごと教科書の中へと吸い込まれて行った。光が収まると、ベンチには誰も何もおらず、ベンチのそばに植えられた桜から、花びらがひらひらと舞い散っているだけだった。
再び、東黒島公園に薄暗い沈黙が訪れた。誘蛾灯に群がる虫は相変わらずじじじ、と愚かな音を立てていたが、聴く者は一人もいないのだった。
公園の時計が、23時を示して鳴り響くのだけが聞こえた。欅がゲームセンターに飽きて、公園のそばを通るまであと10分程度の時間があった。