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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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41.空に茂る森

「なんだか浮かない顔してるわね」


 飛翔船の甲板から目指すエウレカ島を眺めていたら、後からやってきたアラクネにそんなことを言われてしまった。

 確かに、今の私はそんな顔をしているのだろう。

 サンドラから聞いたシエルズ・アルテ国内のごたごたのことで、なんとなく気持ちのやり場がなくなってしまっていたのだ。


 かつての……ゲーム時代のシエルズ・アルテは、果てのない空を目指して飛び立つ冒険者たちで溢れた、希望の都だった。

 かの世界は、ある閉ざされた世界から、無限の空へと向けて手をのばす。

 軛のある小さな世界から、主人公たちが新たに開いた世界から持ち帰ったものとともに、世界が次第に拡張され、都が大きくなり、世界がどんどん拡張されていく……そういうコンセプトのもとに始まったのだ。

 私も空を自由に飛び回れるというのに心惹かれて手を出した。

 目まぐるしく流れていく景色が爽快だったことを、今でも覚えている。

 まぁ、私の三半規管には少々負担が大きくて続きはしなかったが……。


 だからこそ、現実となったからこそのしがらみが、それらを侵食しているというのがどこかやるせない。

 まあ、だからといって私が何かしら手を出すというつもりはないのだが……。

 それにもう一つ……。

 

「シエルズ・アルテに来て、自由に空を翔べないとは……お預け食らってる気分だわ」

「あなたはエリアルと永祈がいるんだからいいじゃない……」


 苦笑しつつアラクネがいう。

 その声色は、私が飛翔術を習得できないことを拗ねているとわかってのものだろう。

 私が、新たな技術や術式を手に入れられないことを残念がっているのだと、多分理解してくれているのだ。

 しかし──


(なんで違う系統の魔術が覚えられなくなるんだろう……? ていうか、世界の成り立ちを考えたら魔術系統がそんな多岐にわたっているのはおかしくない?)


 神様については、マギカを中心にして再編成したと確か言っていた。

 だとしたら、魔術体系についてもそうした編纂は行わなかったのだろうか?


『姉様のそういうところは変わらないわね』

(いや、だって楽しいじゃない? なんでそうなるのか、それがわかった時って気持ちいいし、最高のご褒美だとおもうんだよね)

『まさしく読解者(プロフェッサー)って感じだわ。さすが姉様!』


 無邪気に褒めてくる御鏡に苦笑しつつ、確かに私の性分というか、本質に適した職業だったなと思いつつ、思考は更にめぐる。

 そもそも、魔術の源流っていうのはどこに在るんだろう?

 マナ、だろうか?

 確か、世界を生み出した魔法の模倣……劣化した魔法こそが魔術って解釈がなされてたはずだけど、だとすると大本の源流は同じものなのかな?

 だとすると、源流から力を取り出すための過程が違うのだろうか?

 そもそも、魂に刻む刻印っていうのは一体なんなんだ?

 

 そんなふうに思考なかに沈み込みそうになっていたら、アラクネに頭をこづかれた。


「ほら、もうすぐ離陸するわ。いつまでも腐ってるなんて、あなたには似合わないわよ?」

「むぅ、そう言われると……」


 途中からは腐るというか、全く別の考え事に思考が泳いでいってしまっていたけれど、確かにいつまでもそうしていても意味がない。

 それより今は目の前の冒険に目を向けるとしましょうか。

 改めて前へと目を向ければ、まさに準備が終わり三隻の軍用飛翔船がまさに飛び立つところだった。

 私が乗っているのは旗艦なので、その全容をひと目で捉えるのは難しい、だが順次動いていくところを追うだけでも十分に心が踊る。


 左右に2つずつ、空へと伸びていた4つの姿勢制御翼がゆっくりと左右へ倒れるように展開される。

 限界点でがたんと振動が船全体に伝わることで、その巨大さを実感することができるだろう。

 そして巨大な機構に支えられた船体中央の七つ回転翼が一つ、二つ、三つと順に回転を始める。

 この回転翼自体が浮力を生み出し飛行するわけではないらしく、あくまで力場を展開するための機構の一つらしい。

 飛翔船のコアが生み出す魔力、それを全体に行き渡らせるためのフィールド装置だとか。

 これがなくては飛翔できないという意味では大切なものには変わらない。

 以前の移動に使った輸送船とは異なり、今度の飛翔船は甲板に立って戦闘することを想定されている、そのため視界に映る迫力は桁違いだ。


 しばらくすると船体が僅かに揺れ、次第にその高度を上げ始めた。

 いよいよって感じで、この瞬間はわくわくするねぇ。

 飛行機とか乗ったことないけど、こんな感じだったのかなぁ?


「風が気持ちいいわねぇ……!」


 回転翼が生み出す風と、高度が上がることによって強くなる風に吹き荒らされながらも、その感覚がまたたまらない。

 これはなにかに騎乗した上で受ける風とはまた違うのだ。

 スカートがめっちゃ舞うけど!


「リーシアはやっぱり楽しそうにするんだな……」

「おっ?」

「む……」


 なんだか苦笑とともに聞こえてきそうな言葉に振り返ると、そこには見覚えのある赤毛の青年が立っていた。

 改めて見ても、サンドラと雰囲気が似ている気がする。

 特に警戒するでもない私とは対象的に、アラクネは一定の警戒を持って距離を測っている様子だった。


「おお、赤毛ちゃんじゃない」

「赤ちゃんみたいな呼び方やめろよ!?」

「だって名前知らないし?」


 うぐ、という声が聞こえるようなうろたえ方をした赤毛の青年は、なんというか、悲しそうというかもどかしそうというか、そんなよくわからない表情を押し隠すようにしばしの間うつむいていた。

 話すべきなのか、まだ話すべきではないのか、そんなことを思案しているようにも見える。


「で、自己紹介はしてもらえるのかしら?」

「……時期が来たら、な」

「ふぅん?」


 概ね予想した通りの答えが返ってきたので、それで良しとしておこう。

 多分、そう先の話じゃないだろうし。


「飛翔者部隊、展開! 旗艦を中心に警戒陣形!」


 何やら旗艦の先頭で指揮をとっているのが叫んでいた。

 そう言えば名前も知らないけど、まぁ指揮官なんだろうね。

 彼の指示に合わせて飛翔能力を持ったシエルズ・アルテ所属の冒険者達が一斉に飛翔船の周辺に展開していく。

 これがファンタジーの空戦か……。

 触媒にしているものはそれぞれだけど、いやー……これはいいですよ。

 あー、私もあっちに参加したかったなぁ…………ん?


「……ねぇ、あなたはあっちに参加しなかったの?」


 そう言って赤毛の彼に飛翔者部隊のほうを指差してみると、彼は首を横に振って「こっちに居なきゃいけない理由があったんでね」なんて口にした。

 その発言に、アラクネが何故か更に警戒を強めた様子で、なんとも微妙な居心地になってくる。

 悪意のある相手じゃないと思うんだけどなぁ。


「アラクネが面白い反応してるにゃー」

「バステト……どこ行ってたの?」

「厨房のほうからうまそうな匂いがしてたから肉を拝借してきたところだにゃー、ほいリーシアの分」

「あ、ありがとう」


 ぽいと渡された袋を開いてみると、中に入っているのはどうやら揚げ物らしく、一口かじってみると、骨を取り除いた肉を3~4割ほど潰して歯ごたえを残したまま整形して揚げたもののようだ。

 体に悪そうな量の油が溢れてくるけれど、これは美味しいわね。

 隣ではすでに食べ終えてしまったアラクネが指についた油を舐め取っていた。

 ……一瞬どきっとしてしまったぜ。


 軍用飛翔船は進路を維持したまま、特に問題も起きない。

 エウレカ島までの距離は……あとおよそ2,000メテルほどだろうか?


「おかしいにゃぁ……」

「どしたのバステト?」


 隣で一緒に島影を望んでいたバステトの目が徐々に細く鋭くなっていく。

 手合わせをしたからこそわかるが、彼女の纏う気配は臨戦態勢のそれだ。


「いつもならこれぐらい島に近づけば、島を根城にしてる飛行系の魔物どもが迎撃しに出てくるはずなんだけどにゃ……なんだか、キナ臭いにゃぁ」


 バステトの尻尾がせわしなくぱたぱたと振られる、その尻尾の毛もやや膨らみ気味だ。

 今までの調査を失敗に終わらせてきたという島に、一体何があるというのか……。

 距離は刻一刻と近づいて、すでにエウレカ島の全貌を視界に収めるのは難しいほどの距離まで近づいたところで、変化があった。


 無数の蔓と枝が、まるで島からあふれるように私達の方へと増殖を始めたのである。

 好意的に考えるのならば、それは私達の船を受け入れるための桟橋のようにも見えた。

 だが、その桟橋の先を歩く島の支配者らしき姿を見て、それが好意的な受け入れだと思えるものはいなかっただろう。

 バステトもアラクネも、毛を逆立て臨戦態勢。

 そうした、いわゆる殺気や殺意といったものに疎い私ですら肌で感じ背筋の冷える、濃密な害意とよばれるものが、じわじわとまとわりついてくる。


 そして何よりも、周りにいる皆が感じるのとは別の意味でも、私は恐怖を感じていた。

 この世界では決して出会っては行けないようななにかに出会ってしまった、そんな漠然とした不安が私の体を霜のように覆い尽くしていく。


 草木の桟橋の先を歩くその姿は、獣だった。

 その体の形状は狼に似ているが、その大きさは氷狼フェンリルたるクロウの最大値を遥かに凌ぐ。

 クロウがせいぜい、最大で顕現して4トントラック程度の大きさだ。

 けれどあの獣の大きさは、そのクロウをひとのみにできそうなほど……。

 尾が二本、額に縦についた禍々しい赤い目、左右で四本ある後ろ足、体毛は全体的に固くなっているのかまるで鎧のようで、そもそもあの巨体の毛皮では殆どの武器はそも刃がたたないだろう。

 おそらく皮膚まで届かせることが困難だ。


 ────だけど、どこかで、どこかで見たことがあるような……

 

 そんなふうに考えていた私の思考を待ってくれることなどあるはずもなく、その獣は四本ある後ろ足でしっかりと体を固定すると、前足で姿勢を制御し……まるで自分は砲台であるとでも言わんばかりの口を大きく広げてこちらへと向けた。


 咄嗟に、アラクネとバステトを捕まえ、後ろの赤毛ちゃんの位置を確認する。


「ちょっと、リーシア?」

「なんで首根っこつかまえてくるかにゃ?」


 不服そうなバステトにも、困惑するアラクネにも答える余裕はなく、ただ本能的な警戒に従うままに獣の動向を注視する。

 私のその異常な警戒ぶりに気づいたのか、ふたりともそれ以上何をいうわけでもなく同じように意識をそれへと集中していた。


 次の瞬間、獣の背中から無数の触手が溢れ出しその体を地面に固定するかのように周囲へと突き刺していく。

 なにかの準備行動……私はこれを、見たことがある。

 どこで?

 なにで?

 大樹世界ユグドラシルじゃない、あの世界のことは私が知る限りパッチもコンテンツもほぼすべて網羅している。

 ここはシエルズ・アルテなんだから、だとしたらあの世界絡みか?

 でも私はあの世界はそれほど長くプレイしてない、ならどこで見た?

 ネットの情報なのは間違いない、攻略サイト? とーきんぐなう? ゆあびじょん? でぃすこねくと?


 ──ああ、そうだ!


「時喰らいの虚ろなる牙(ホロウ・トゥース)!!」


 思い出したのと同時、私はおおよそ考えられる限りの遮蔽魔術を前方へと展開していた。

 出力限界など考えず、周りにいる飛翔者たち全員までカバーできるように。


「おお! これは防御魔術か! 素晴らしい魔術師が乗り合わせているらしい! 皆のもの、我らの勝利はゆるg────」


 直後、その遮蔽をいともたやすく貫いて、虚ろな牙(ホロウ・トゥース)の時忘れの咆哮が私達の乗っていた旗艦の半分を、飲み込んだ。

 それを見ていたアラクネとバステトの目が見開かれるのを、どこか緩やかに感じている。

 咆哮に飲み込まれたものすべてが急速に老いて、あるいは朽ちていく。

 まるで膨大な年月を早送りされたかのように、それに巻き込まれたあらゆるものが塵のように空に溶けていった。


 程なくして、その咆哮は終わりを告げる。

 瞬時に展開された防御魔術、それを突き破り一瞬にして半身を塵にされた旗艦と、巻き込まれて消えた十数人の飛翔者部隊。

 何が起きたのか理解できずとも、それが危険すぎるものであるというのはその場の誰もが理解してしまった。



 蒼穹ノ空~シエル・ズ・イル~、1.79大型アップデート

 【忘失に響く聲なき咆哮】

 次の拡張パッケージへの最終コンテンツにして、特定アイテムを所持していないプレイヤーは即死という、実装直後に物議を醸したメインストーリークエストボス。

 それが、時喰らいの"虚ろなる牙"。

 そのものの発する咆哮、すべての時を喰らう。

 確かなる時を刻め、さもなくばあらゆるものは刻の狭間に消えゆくだろう。


 クエスト必須アイテムは、【時の確針】

 私のインベントリにも、入っているはずのないアイテムだ。

「とーきんぐなう」はリアルタイム更新型国産SNS、「ゆあびじょん」は動画投稿サイト、「でぃすこねくと」は小規模コミュニティ型チャットシステムです。

 リーシアはでぃすこねくとで交流のあるシエル・ズ・イル現役プレイヤーから、今回のクソボスを見ろ! と言われてゆあびじょんでそのボス戦を見たことがあります。

 ちなみに当時のゲームにおける時忘れの咆哮はマップ全域攻撃で回避不能、【時の確針】を持っていないプレイヤーは蘇生不可死亡状態とされます。

 カメラだけは残るので動画はアップされていました。

 ちなみにこのボスを抜けることで世界の真実を知らされてさらなる外の世界へと飛び出していく、というのがシエル・ズ・イルのストーリーラインです。


ちなみに【時の確針】は懐中時計型の装飾品で装備です。

なんとこの装備を常時装備にするためだけに装備スロットが一つ用意されていました。

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