40.飛翔者連盟
バステトの紹介で入ったのは、なるほど高かろうという感じの個室に分かれた料理店だった。
いわゆる高ランク冒険者のための内密な会話に使われたりもするのだとアラクネが教えてくれた。
「一応、現在編成されてる隊は4つ……旗艦一隻と、その補佐に護衛艦二隻。それから単独飛翔可能な冒険者による遊撃隊だにゃ。あたしは旗艦にのるけど……」
「それなら私達も旗艦のほうがいいけど、今からでもそこに編成してもらえるかしら?」
「まぁ、そこはあたしから口添えしてみるかにゃ」
アラクネの言葉にそう答えながらバステトは運ばれてきた饅頭のようなものにかぶりつき、熱っつ! と悲鳴を上げていた。
猫舌ですか、私もです。
「飛翔かぁ……単独飛翔可能な冒険者っていうのは、何が違うの?」
「基本的には魔術の系統の違いよ。こちらで主流の術式は触媒魔術だから」
「触媒魔術では飛翔できるけど、刻印魔術ではできない……ってこと?」
私の問いに対してアラクネは少々困った様は表情を浮かべる。
なんとなくだが、この手の表情をされるときは私の規格外さが彼女の表情の原因だというのはわかってきた。
つまりはそこにヒントがあるのだろうが……。
「簡単に言うと燃費の違いね。触媒魔術は、触媒さえ用意できれば多分この大陸で最もマナ効率のいい魔術系統だわ。それに加えて、ポーステイル群島……空に浮かぶ島々があった結果、長時間の維持を要求され、そうした方向性に発展していったのよ」
「なるほど……確かに、ウィルヘルムやスプリングファーミアの方ではそういうのは必要なさそうよね……」
どちらも、空を飛ばなければならないという必要性は薄い地域である。
魔術にもお国柄というか、地域性みたいなものはあるんだなと感心してしまった。
「じゃあ、空を飛ぶには触媒魔術を覚えないとダメなのか」
どうすれば学べるかな、と考えていると、バステトが訝しげな目でこちらに視線をやっていた。
「アラクネ、こいつ……術士の常識が欠けてにゃいか?」
「……たまに基礎中の基礎みたいなのが欠落してるとは自覚してたけど、リーシアの場合特例すぎるからあながち否定もできないのが怖いのよね」
「私……また何か言っちゃった?」
「まあ、そうね。リーシア、現在における魔術研究の基本原則として"一人一系統"というのがあるわ。基本的に、どれかの魔術系統に属した時点で、他の魔術系統習得の道は閉ざされる……それが魔術研究界隈における大原そ……いや、そんな悲しそうな顔されても……」
なんてことだ、この世界にある魔術系統全部網羅しようという私の密かな野望は潰えてしまった……。
あらゆる魔術系統を使いこなす魔法職……誰もが憧れるだろう夢への道は閉ざされていた…… いや、今はそういう話をしてるんじゃなかったわ。
「つまり、刻印魔術の体系に属している私やアラクネは、別の手段を探さないとダメなわけね?」
「そうなるわね」
「あたしも一応翔べないからにゃ?」
ちゃんと頭数にいれるにゃ、という感じで自己主張してくるバステトがなんかかわいい。
真面目な話、空にある島に向かうというのなら独自に飛翔する技術は身につけておきたいところである。
とはいえ時間的に無理か……。
「じゃあ、私も旗艦に乗せてもらおうかな」
「まあ、それが無難ね」
話がまとまったところで、食休みも終わりにして切り上げることとなった。
なお、お店の支払いは銀貨で十枚近かった。
シエルズ・アルテ国軍の臨時冒険者受付窓口でバステトの仲間であることを伝えると、思いの外あっさりとリストに載せてもらうことができた。
今までのバステトの積み重ねた信頼が伺える。
出発が明後日であるため、そのまま国軍の宿舎の部屋を借りられることになった。
バステトの仲間であるということで彼女がそれまで使っていた個人部屋から、四人部屋へと変更してもらうことになったそうで、一人初対面の冒険者と一緒になるらしい。
……相手さん、居づらくならないだろうか?
宿舎の中を移動する間、すれ違う国軍の兵士を万物の叡智でのぞき見するが、以外なことに半数ぐらいが単独飛翔ができない人員だった。
こそっとそれをアラクネに耳打ちすると、それに対しての答えを返してきたのはバステトのほうだった。
「もともと、シエルズ・アルテの国軍に単独飛翔可能なやつはあんま居ないにゃ」
「そうなの?」
以外な答えに続きを促してみると、バステトは周囲を伺ったうえで、手だけで「あとで」と示して部屋への移動を優先した。
あまり周りに聞かれたくない話なのだろうか……。
少し早足になって割り当てられた部屋に移動してみれば、すでに先客が居た。
赤いセミロングのくせっ毛に、緑と紅のオッドアイ……。
物憂げな顔でブレスレットに触れていた彼女は、ドアの開いた音に少し遅れて反応してこちらへと視線を向けた。
一瞬だけ、先日市場で出会った男の人を思い出したが、今目の前にいるのは私と同じか少し上ぐらいの……どこからどう見ても女性だ。
二段ベッドの下に腰掛けて、向けられた目が合った瞬間彼女の目が見開かれ──
「リーシア……!」
またも知らない人から名前を呼ばれるという事態に遭遇したのだった。
それにつられてアラクネとバステトの視線も私へと集中する。
「おまえの知り合いかにゃ?」
「いえ、私は記憶にないわね……でも、先日あなたと似た印象を受ける人にも名前を呼ばれたわ……あなたの関係者かしら?」
「あ……えっと……」
しまった、とばかりにバツの悪そうな表情を浮かべて彼女は視線を泳がせる。
先の一瞬だけ浮かんだ快活さのようなものは一瞬で鳴りを潜めてしまった。
バステトは状況に首を傾げているだけだが、アラクネは若干表情が険しくなっている。
多分ギルドでのあの謎の記録と、関係があるんだろうけど……またトラブルの予感がするねぇ。
とはいえ、このままだと話しが進みそうにない。
とりあえず彼女の隣に腰をおろし、アラクネとバステトにも同じように促す。
座っている彼女を三人で囲むような構図では、萎縮させるだけだろうしね。
少しだけ嬉しそうな顔をする彼女が印象的だった。
「一つ……いえ、二つだけ確認させて。あなたは私の敵?」
そう私が聞いた瞬間、彼女は表情を一転させた。
悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔で……
「私があなたの敵になるなんてありえない!」
そのまま押し倒されるんじゃないかという剣幕で両腕を掴まれた。
少しして我にかえったのか、小さく謝るとまたうつむいた様子に戻ってしまう。
少なくとも、演技のようは見えない。
「じゃあ、もう一つ。あなたは、今は何らかの事情で話せない事がある?」
「……うん」
「そう、ならいいわ」
ぽんぽんと軽く頭をなでてやると、また涙目で私を見つめてくる。
この子がうつむいているのは、多分その話せない事への後ろめたさなのだろう。
それが早く解消されるといいんだけど……まあ、時間の問題かな?
「アラクネ、何がいいのかわかったかにゃ?」
「さっぱりわからないわね」
うん、蚊帳の外にしちゃってごめんなさい。
「とりあえず自己紹介しておきましょうか。私はアラクネ、こっちがバステト。あなたは? まさか名前も話せない、なんてことはない……わよね?」
「あ……サンドラ、です」
「サンドラか……よろしくね」
とりあえず、ふたりとも変に警戒する状態にならなくてよかった……。
「あ、そうだ。バステト、さっき言ってたシエルズ・アルテ国軍に単独飛翔可能な人はほとんどいないって、どういう事?」
「あー……それにゃぁ、この国にはもともと飛翔者連盟……今の冒険者ギルドの前身があったんだけどにゃ、単独飛翔可能なら国に属するより仲間と冒険に出るほうが実入りが良かった時代が長かったんだにゃ」
「なるほど、個人の能力がものを言ってた時代なわけだ……」
「そういうことだにゃ、特に長時間の飛翔を維持できる術者ってのはそれなりに数が限られてくる。それに対して国が出せる対価が弱かったんだにゃ。別に連盟所属の冒険者が暴利を貪ってたってわけじゃにゃいけど、役人の態度にも問題あったみたいだにゃー」
それで研究開発が急がれたのが飛翔船技術なわけか……。
あれ……?
「それにしては、国軍だけで動くって形じゃないのね?」
「さすがの役人どもも、身にしみたんでしょうね……」
「なにかあったの?」
バステトの説明に、途中からアラクネが口を挟んだ。
「飛翔船完成直後に、国は飛翔者連盟の活動を一度差し押さえようとしたのよ」
「……はぁ?」
「ポーステイル群島の資源を大量に持ち帰れる飛翔船があれば、もう飛翔者連盟所属の冒険者が持ち帰る僅かな資源なんて必要ない。そう思って、国として連盟に圧力をかけたのよ」
それ、かける必要あったのかな?
相場をコントロールできるのは大量の資源を握ってる方だと思うんだけど……。
「あの……そこからは私が……」
「そうね、この国の冒険者のほうが事情をわかってるわよね、お願いできる?」
おずおずと手をあげたサンドラがあとを引き継ぐ。
「飛翔船の建造が完成を迎える、おそらく半年ほど前に、国は飛翔者連盟に圧力を欠けて活動を停止させました。国の許可なく空を飛ぶことを禁じたんです。連盟と国はにらみ合いの末、国内で戦争を起こすわけにはいかないと連盟が活動を凍結しました」
見切り発車なのか……今回の件といい、わりとこの国の上が心配になるが、そう言えばゲーム時代のシエルズ・アルテって冒険者の自治都市だったし、それが無理やり国家になろうとしてるのなら歪んで当然なんだろうか……?
「空を飛ぶ人が居なくなって半年、国の威信をかけた最初の飛翔船、アルタイルが完成。式典が行われ、国民たちが見守る中、軍人と技術者たちを載せた船がポーステイル群島の最初の島へ向かって進みました」
「……空を飛ぶ人が居なくなって、半年?」
それ、ヤバいんじゃないの?
「半年の間、飛翔者という外敵のなかった空の魔物たちはかつての勢力を取り戻していました。飛翔船アルタイルは魔物にあっという間に群がられ墜落。生存者は一人もいませんでした」
「それで、飛翔者連盟が必要だとわかってめでたしめでたし?」
「……国は飛翔者に協力を要請しましたが、今度は連盟がこれを拒否します。連盟結成以前の扱いと、飛翔船建造におけるいざこざ、連盟員はもう国への信用をなくしていましたから。ことが済めばまたいいようにされると警戒していたんです」
泥沼ってるなぁ……。
「結果として、国が強権を振りかざそうとするわけですが、飛翔者連盟はこの時すでにアールセルム大陸のギルド連合に属していました。こうして、状況は逆転します」
「なるほど……それで、相応の条件で手打ちか」
「いえ、そうはなりませんでした」
「これ以上こじれるの!?」
大丈夫かよシエルズ・アルテ……いや、ダメか……。
「国の条件を拒み続けた飛翔者連盟あらため冒険者ギルドに業を煮やした国王は、もう自分でなんとかしてやる! と国庫に秘蔵されていた宝剣を持ち出して、魔物を掃討するべく二隻目の飛翔船に乗って出陣します」
「わぁ……で、どうなったの?」
「近衛騎士団、及び国王は帰らぬ人となり、宝剣は失われました」
宝剣もったいないな……。
しかし、これってここ二十年ぐらいの話だよね?
国の内部ぐちゃぐちゃなままじゃないのこれ?
「そうして王の座に新たについたのが王の息子だったのですが、こちらは幸いなことに聡明で話もわかる人物でした。飛翔者連盟と国との間に折り合いがついたのは彼の手柄です」
「ふぅん、それにしては……今回の遠征も極端から極端に振ってない?」
船が幾つも落ちた後に大軍団みたいな有様になってるけど。
「それは、今の王に不満を持っている一派が邪魔をしているせいですね」
「はぁ、なんていうか……大変だね」
そりゃ、国軍に属そうとする飛翔者はよほどの変わり者だろう。
出発を前に、なんとも嫌なことを知ってしまった気分だ。
どこの国にも多分、こうした時代はあるんだろうなぁと思っています。




