37.対人戦前夜
都合十七本目の武器をインベントリから取り出して並べたところで、アラクネは、まだあんのかお前は、と言いたそうな大きなため息を付いた。
刀に小刀、短剣長剣織り交ぜて、そのいずれもが特殊なエンチャントのついた、この世界で言うなら業物の一振りばかりだ。
こうしてみると、ゲームの世界というのは現実に換算するとおおよそトチ狂ったような冒険者環境なのかもしれないね。
「頭が痛くなってきたわね、あなたの……インベントリだっけ? 全部露天に並べれば国だって買えそうだわ」
「あー、流石にそういうことはしないよ。私は無駄に波風立てたいわけじゃないから」
「あなたが野心にあふれる人間でなくてよかったわよ」
アラクネは椅子に腰掛けてそれらのうち一つを手に取る。
彼女が手にとったのは、荒覇刃鬼とよばれる……なんだっけ、何かのイベントクエストの報酬だったはずの短剣だ。
鞘から抜けばぬらりとした光沢の刀身が姿を表し怪しく光を反射する。
それを見てアラクネは悪寒でも感じたのか、そっとそれを鞘に収めると元の場所へと戻した。
ちなみに荒覇刃鬼の特性は不意打ちを10%の確率で回避というものだ。
バステトというのがとびきりの速さの持ち主であるのなら、初手はほぼ不意打ちに近いだろうし効果が見込めるかもしれないとリストアップしたものである。
とはいえ、初手をなんとか凌いだとしても二撃目で制圧されてしまっては意味がない。
継続的な戦闘を展開するという意味では、候補から外れるだろう。
「あんまり気は進まないけど、完全武装するべきかなぁ……」
「ちょっと待ちなさいリーシア。あなたまさか、まだ隠し玉があるの?」
「今の時代に溶け込む努力と言ってほしいわね」
現状、私の装備はローブ系の上下一体型衣類と二刀流、つまり剣二つ。
それから帽子と靴。
だけなのである。
そう、つまり私は装備スロットの大半を埋めていないのだ。
当時のゲームによる設定であれば、あと腕輪一つ、指輪が二つにイヤリングとネックレス。
頭部中段装備、頭部下段装備、ベルトが空いている。
気づいたのはエウリュアレでしばらく過ごしたあとのことなのだが、その頃にはもう、ノーマルスペックでもやばいということが確定していたので今までつけていなかったのだ。
流石にこれ以上装備を削るのは防御面でも不安があるし、見た目的な問題もあって装備している。
それで命を拾っている可能性を考えると、ちゃんと装備した上で手加減できるようになるべきなのだろうけどね……。
戦闘速度向上系の装備を並べ、どれがいいかとしばらく首をひねり、結局の所かつて愛用していた装備に落ち着いた。
ゲーム当時私が愛用していた、紫電竜セット一式。
これは攻撃速度、移動速度、詠唱速度の全てに30%の補正を加える、ボスドロップ素材を使用したアーティファクト装備だ。
紫色をした、鍔広のとんがり帽子はビロードのリボンが二重に巻かれ、ちょうちょ結びにされている。
ローブはやや体に合わせたタイトなもので、腰を二本のベルトで交差するように支え、そのベルトにはいくつもの小瓶、薬品、ポーション、花束などが装備できるスロットが用意されている。
ローブの裾は腰辺りまで深いスリットが入っており、それがただの詠唱職装備ではないことを物語っている。
二の腕に巻かれたベルトポーチには、刻印符と刻印針を仕込み、武装を怠らない。
そして紫電竜の皮と鱗を使って作られた編み上げのハイカットブーツ。
全身紫っぽい色になってしまったが、そこはそれ、そこかしこにあしらわれた宝石群が差し色の役割をして雰囲気を整えてくれている。
作るのも大変だったなぁと、当時の仲間をふと思い出してぼんやりとそれを眺めていると、アラクネが興味深そうに覗き込んできたよく見せるように差し出す。
紫電竜の牙を用いた対のイヤリング。
鱗と腱を用いて作られたブレスレットに、竜の珠と呼ばれる宝石をあしらったネックレス。
指輪はこの三つを装備してとある職人NPCに話すとフラグが立ち製作可能になるご褒美だった。
指輪は材料のレア度自体は大したことなかった、数がアホほど必要だったけど。
「これ……素材は何?」
「紫電竜っていう、高位の竜種だったわね。めちゃくちゃ早くて攻撃を当てるのが大変でさ、ブレスなんて見渡す限り全域攻撃で回避のしようもなかったからとにかく耐えるしかなくて」
一番耐久力のなかった、当時のギルドマスター、"四元の理"ルア・フィルネがまっさきに転がってたのよね。
デスペナ繰り返しながらの戦闘だったなぁ。
当時そこまで強いボスではなかったけど、人気はあった。
装備性能のおかげで。
「……あなたの過去の経歴が怖いわ」
「いやいや、私も今相対したくはないわよ」
かつての仲間も居なければ、リスポーンもなにもないだろうしね、デスペナ覚悟の戦闘なんてもうお断りですわ。
夜遅くまでかかった装備の選定もなんとか終わり、二人して寝床につく。
隣にアラクネが潜り込んでくるところも、気づけば日常のようなものになっていた。
だいぶ眠気も強くなっていて、このままさっさと眠りに付きたいところに、アラクネの青い瞳と目が合った。
そういえば、さっきのアクセサリーのあたりから、少し様子が変だったような気がしなくもない。
なにか、思うところでもあったのだろうか?
そんなことを考えていたら、彼女の手が私の手に重なった。
そのまま、手をしっかりと握ってくる。
じんわりと感じるぬくもりがが心地よい。
「時々……あなたがとても遠くに感じるのよね」
「すぐ手の届くところにいるじゃない」
「……ええ、そうね」
もぞ、と更に近づいて、アラクネは背中に手を回してくる。
寂しいのだろうか?
「いきなり居なくなったり……しないわよね?」
「そんなつもりはないわよ。今の私の居場所はここだもの」
生まれ故郷は違えども、今の私の故郷は間違いなくこの世界だ。
少なくともよほどの心変わりがない限り、私はエウリュアレ村に戻るだろうし、ミスティルテインのメンバーと連絡を断つこともないだろう。
今、隣りにあるぬくもりを手放すこともだ。
……自分にも執着心てものはあったんだな、なんて、少し驚いた。
「私は……」
「うん?」
途中で途切れてしまったアラクネの言葉を促してみるけれど、彼女は黙ったまま、ただ腕の力だけを強くする。
逃さないとでも言うような、そんな確かさだ。
「ううん、なんでもない」
結局、その後すぐにアラクネは腕を離して背中を向けて寝息を立て始めた。
私はというと、彼女が一体何を言おうとしていたのか気になってしまい、なんとなく寝づらい夜を過ごすことになるのだった。
大広場の大樹の下。
それが、バステトから提示された待ち合わせ場所だった。
この大樹、シエルズ・アルテができる前から存在したらしく、神木のように扱われているらしい。
宿を出て歩く道々露天で買った、ボンテと呼ばれる──まあ肉と野菜を刻んだものを皮で包んで蒸した……これアレだよね、肉まんだよ──軽食を食べつつ待ち人の登場を待つ。
さてさて、そろそろ約束の時間に差し掛かろうかという頃合いだけれど……。
「意外と人間、先に来ている相手には鈍感になるもんだにゃ」
「そうねぇ……」
どこからともなく聞こえた世間話よろしく話しかけてくる声に、なんとなしに相槌をうち、もう一つボンテを取り出しかぶりつく。
「待ち人はあとから来る、というのは待つ側の人間の普遍の真理ってことだにゃー」
「なるほど。一理あるわね」
「……」
待ち人は後からやってくる、それは確かに待つ側の視点だ。
いや、待つ側でいるつもりの人間の傲慢というべきだろうか?
ともすれば、待つ側の人間が待たれている可能性というのも当然存在する。
この世界、携帯型の時計は結構高価な代物であり、個人所有はあんまりない。
つまり、待ち合わせの時間というのは結構いい加減なのだ。
食べ終わって一息つき、帽子をかぶり直す。
お隣さんはさて、どんな人だろうと視線を向けてみると、そこには誰も居なかった。
「……おや?」
「おまえ……致命的にのんびりさんだにゃ……」
声の出処はやや上だった。
木の上にでも登っていたということだろうか、だとしたら姿が見えないのもしかたがないというものだ。
帽子の鍔をつまんであげて上を覗き込んでみると、はたして、上から下へ向けて上を向いている彼女と目が合った。
横に伸びる太めの枝、そこに上下逆さに腰を掛けている二尾の猫の獣人族女性。
ぺたんと寝た、いわゆるロップイヤーに加えて、金色がかった薄い茶色の髪。
じっとこちらへと向けてくる翠色の瞳は縦に鋭い三日月だった。
脚を木に引っ掛けてぶら下がっている……わけではないのだ、とひと目で分かる。
衣類も髪も、重力というものに逆らって私達とは反対方向へ、彼女の上下と私達の上下がとっちらかっている。
それが当たり前のように……。
「……へへ」
私の反応を楽しみに待つように、なんというかいたずら好きな少女のようにあどけない笑みをつくって、手を振ってくる。
そんな彼女の笑みにつられて、つい笑いながら手を振り返してしまった。
「……なんだか調子狂うにゃ」
待ち人と思われる彼女は、私の特に無いリアクションがご不満だったらしい。
ふわりと彼女が枝から落下──いや、この場合浮上だろうか?──したとおもったら、彼女は起用に上下を取り替えて私達と同じ大地に着地した。
「バステト、久しぶりね」
「アラクネ、こいつなんだにゃ? ここまで当たり前みたいな反応されたの初めてなんにゃけど?」
「リーシアにそのへんの反応を求めるのが間違ってるわね」
「つまらない……いや、いっそ面白いヤツなのかにゃぁ……?」
うむむ、と表情をしかめながら腕組みするところとか、そんなに気難しいタイプには見えないんだけども、はて。
「まぁ、とりあえず自己紹介といきましょうか」
必要あるかにゃ~?
なんて彼女の声を無視して、取り合えず私から切り出す。
「私はリーシア。リーシア・ルナスティアよ、あなたがバステトよね?」
「まあ、話の流れでわかってるとは思うけど、バステトだにゃ」
よろしくね、と手を差し出すとバステトは少し間を置いたあと、実体化した爪を私の手のひらに重ねてきた。
ふうむ、そも獣人族に握手の習慣があるのかとか聞いたことがなかったけど、そういうものなのかなとおもい、爪を握ってシェイクハンドしてみると、バステトは「うわぁ……」という露骨な表情をしてくれた。
何か間違っただろうか?
「アラクネ、こいつおかしくにゃい?」
「多分リーシアは威嚇されてることを理解してないわよ」
「えぇ~……」
愕然とするアラクネを前に、私も同じ気分である。
これ威嚇だったんかい。
「色々と調子狂うヤツだにゃぁ……とりあえず殴るかにゃ」
「手合わせといいなさい」
冷静なアラクネのツッコミに、なんとなく彼女の言われていた気難しさというものが理解出来てきた気がする。
いわゆる一般的な気難しさとは違うぞこれ……。
なんだろう……基本的に敵意はないのにいちいち余計な行動を挟んで反応を伺ってくるという、どっちかというとめんどくさいに分類されるタイプだ。
「どうせ承知の上にゃろ? さっさと場所を変えるにゃー」
こいこい、といって手招きしつつバステトは郊外へむけて歩き出す。
それが、私とバステトの最初の出会いだった。




