36.過去からの手紙
「なにか掘り出し物はあったかしら?」
市場の端で合流したアラクネは開口一番にそんなことを聞いてきた。
……こういう時、何が変わったか気づくのがいい人の条件だってなんかの本で見たことがあるきがするぞ。
特に髪飾りが増えたとか、服が変わったということはない。
そもそもアラクネの装備は一張羅なのだから、変わっていれば嫌でもわかる。
そうでなくてもこれからのことを考えれば相当の出物でもない限りそんな選択はしないだろう。
尻尾はいつもどおりのモフモフっぷり……いや、ちょっと艶が増している。
以前言ったことを気にしてケアを始めたのだとしても、市場を見ている程度の短時間で変化があるとも思えないしこれは私が今まで気づいていなかっただけだろう、不覚。
「……リーシア、そんなに何処か変わったのかってじっくり観察してくれなくてもいいのよ?」
「む、タイムオーバーか……」
時間をかけすぎてもダメ、全体をさっと見て違いに気づく、というのはなるほど、なかなか難しいね。
「正解はブーツ」
「……ああ、確かに。今まではレースアップだったのに今はサイハイね」
「こっちの方は森歩きが多くなるから、それ向けのものを見つけたから変えてみたの」
大人っぽさ二割増し、と言った感じだろうか。
今まではコートの重さで重心が上に寄っていた感じがあったのだが、今はそれが整っているように思える。
「なるほど……うん、よく似合ってると思うわ。かっこいい」
全体的にきれいとかかっこいいが形容詞になるんだよね、アラクネは。
美人なのもあるけれど、可愛いよりは綺麗よりだ。
そんな事を言うとアラクネは少し困ったように顔を赤らめて視線をそらした。
不興を買っちゃったかな?
「そ、そんなことより、ギルドへ行くんでしょう?」
「そうだったわね、じゃあ行きましょうか」
アラクネと一緒に不案内な街中を歩いていく、この時間はなんとなく好きだった。
いつか仕事とかではなく、純粋な旅行として何処かへ赴きたい気もする。
もちろん、彼女が了承してくれればの話だけど。
そんなことを考えていたら、彼女が小さく鼻を鳴らした後少しジト目でこちらの様子を伺っている様子が見えた。
「……ねえ、リーシア。この匂い、なに?」
「ん? ああ、もしかしてこれかな?」
ポケットの中から少しだけ火を付けて香りを確かめ、そして火を消した葉巻を取り出す。
前世のときの紙巻たばことは違い、こちらは火をつけた後の香りもとても良いものだった。
「……意外ね、貴方って煙草を吸うタイプには見えなかったけど」
「これは貰い物でね。、味見だけしたんだ。アラクネはこの匂い、嫌いだった?」
私の言葉に、彼女は少しだけ考え込むように目を伏せる。
流れていく街並みを背景に、彼女の言葉の続きを待つ。
やがてぽつりと、アラクネは「あまり好きでは無いわね」とだけ口にした。
シエルズ・アルテのギルドはかなりの混雑具合で、まさに発展途上の国というのはこういうものなのだろうと思わせた。
整理券を受け取り、ギルドへの登録を行うために書類に記入してしばらく、受付から返された返答は、許可でも不可でもない、私達の想像の範疇から外れたものだった。
「リーシア・ルナスティア様、所属はエウリュアレ村。職業は読解者、間違いはありませんか?」
「ええ、書いたとおりだけど?」
困惑した様子の受付嬢は、しきりに私の顔とつい先程記入した書類と、分厚い原本を交互に見返す。
「少々不審な所がありますが……リーシア様の登録は、飛翔者連盟当時の記録から引き継がれて記載されています……」
「どゆこと?」
「登録はすでに完了しているということです……こちらの筆跡同じものですよね? 登録日付は今から二十年前……失礼ですが、お幾つですか?」
そう言って受付から見せられた登録表を見て、私もアラクネも絶句した。
そこにはたしかに私の書いた文字が残されていた、二十年という歳月を経て色あせた紙の上に……。
「リーシア……あなた本当にシエルズ・アルテに来たことはないの?」
「いや、本当に初めて来たんだけど……なんだろ、自信なくなってきた」
神使いが年を取るのか、という問題はさておいて、二十年前といえば私はこの世界にまだ存在していないはずだ。
私がこの世界に現れたのは十年ほど前、それも、目覚めたのはつい最近というおまけ付であるし、それ以前の問題として、二十年前となるとエウリュアレ村も存在しないはずだ。
「活動記録はないのかしら?」
アラクネの言葉に、受付嬢が資料をめくる。
そこにあったのは資料一枚に、短く二行だけ記載がされていた。
「登録日と、調査に出発した記録のみですね。帰還記録はありません……出発先は、エウレカ島」
「エウレカ?」
知らない名前だなぁ……と思っていたのだが、なんだかアラクネの表情が険しくなった。
「……確か、今度バステトが調査に行く予定の島がそんな名前だったわね」
「それはなんというか、嫌な符号だねぇ」
バステトに同行できるにせよ、できないにせよ、今回の調査はなにか起きることが確約されていそうだ。
とりあえずギルドですることを済ませた私達は、狐につままれたような気持ちのままそこを後にした。
今は宿に向かって足を進めているわけだけども、考え事をしながらなせいか若干彼女の足取りが不安定。
私からすると時間旅行だとかその手の概念で説明が出来るといえば出来るのだが、そういった考え方が浸透していない世界においては受け入れがたい、あるいはたどり着けない概念なのかもしれない。
幸いなのは、私を疑うという方向の反応を彼女が取らなかったことだろうか。
「ねえ、なんで私の言うこと信じてくれたの?」
「信じている、というと少し語弊があるわね」
「うにゅ?」
信じているのとは違うのだろうか、疑われては居ない様子だけども。
「登録して、出発して、消息不明。短期滞在しかしていないということなら、覚えていないか、他の理由である可能性もある。少なくとも活動の拠点にはしていないはずだわ、だって貴方長期滞在なんてしたら何かしらトラブル起こすでしょ?」
「……その認識はちょっと遠慮したい」
あんまり、嬉しくない方の信用――信頼?――だった……。
ギルドで紹介された宿屋はどうやら中堅冒険者向けの宿だったらしい、一泊の宿代はやや高めになっている。
多少高い程度でひるむようなことはない、その程度の実入りはある。
主に不労所得だけど。
事あるごとにアラクネが安い部屋を選ぼうとしてくるため、部屋代は私が奢るのがいつものことになっていた。
なんていうか、ある程度の支払いは安心料だと思うんだけどね。
部屋の鍵をもらい宿の中を移動していたら、風呂場への案内があった。
「……温泉」
「珍しい?」
「……珍しいんじゃない?」
こっちの世界では、という注釈がつくが。
しかし入ったことはないので行ってみたいなぁ。
「部屋についたらお風呂と夕飯を済ませて、それから準備にしましょうか」
「え、いいの?」
「いまさらでしょう。出発はまだ先だし、バステトにはまだ連絡をとってないしね。あの子のことだから前日だろうとフラフラ出歩いてくれるわよ」
半分あきらめが混ざったような感じだが、急かすのも良くないと判断したのだろう。
私としては久しぶりのお風呂とはじめての温泉、そして休息ということでちょっとテンションが上がるのだった。
部屋に荷物を置き、宿を出て裏手の林の中へ進むこと十数分、やや離れた山道ではあるが、管理はされているのか足元に不備はない。
次第に漂う鼻をつく独特の匂いに期待が高まる。
「そう言えばアラクネ、以前お風呂に行ったときは嫌がってた気がするけど温泉は嫌じゃないの?」
「私が嫌なのは水であって、お湯ではないわ」
「……おお、なるほど」
そう言えばエウリュアレのお風呂も嫌がってなかったわね。
つまりロズウェスタのときは店が悪かったんだな。
なるほど、と納得しつつ更に進むと、岩場に漂う湯気と、脱衣所が見えてきた。
……アラクネとのお風呂も、だんだん慣れてきたわよね。
最初こそ裸を見るのに凄まじい抵抗感というか、なんか申し訳ないというか、罪悪感みたいなものがあったのだが、もともと吹き飛んでいた自分がどちらの性別かという認識に加え、彼女が頓着せず、私自身が女性の体に慣れてきたためか、今では同性としての気恥ずかしさ程度に落ち着いている気がする。
もちろん、自分の認識の上で、だが。
ちょっと興奮してしまうのは、まぁ許してもらおう。
宿で渡されたバスタオルをさっさと体に巻いて、今日はゆっくり旅の疲れを癒やさせてもらうとしようでは……うん?
「どうしたのリーシア?」
そう言ってバスタオルを巻いて横目にこちらを見ているアラクネの姿。
エウリュアレ村とは違い、その露出は大幅に減少している。
彼女の健康的な褐色の肌と胸や腰、お尻のえがく蠱惑な曲線も今は封じられている、私に動揺する要素はない。
……はずなのだが、巻かれたバスタオルがしっぽに引っかかっておしりだけが覗く感じになっていて、全裸とも着衣ともまた違った誘惑を生み出しているのはどういうことか。
そうか、しっぽがあるとこういうラインを描くのか、と衝撃を受けずにはいられない。
鎖骨の少ししたあたりで結ばれたタオルが柔らかなラインを描いており、これはこれで破壊力が高いと言わざるを得ない……。
濡れると更に増しそうだ。
温泉、侮りがたし!
「ねえ、なんかアホなこと考えてるでしょう?」
「美人を前にした人間の誰しもが考えることしか考えてないわよ」
そんなよくわからない回答をしながら私は退散とばかりに温泉へと逃げた。
「シエルズ・アルテは森林地帯の中心に位置しているわ。この森林から過去に、空に切り離されたと考えられているのがポーステイル群島、結果として独自の生態系を築いたその島は未知の資源の宝庫というわけね」
島の大きさは様々だが、そのうちの一つがバステトが向かう予定のエウレカ島であるという。
件の島がなぜ調査対象になったのかと言うと、ある日突如として植物が急成長を始めるという異変が起きたからだという。
それまで特筆するべき場所ではなかったその島は、一夜にして大量の木々が生い茂り、そこから溢れ出した根が絡み合い大木のように大地まで突き刺さったという。
枝は濃密に絡み合いいくつもの層を生み出し、複雑な迷宮のような様相を呈するにいたり、調査が行われることになり、そして今に至るというわけだ。
私はと言うと、また称号付きの魔物案件かなぁと考えて気が重くなっているわけである。
「シエルズ・アルテとしては、何らかの遺物の暴走、あるいは魔物によるものと考えて行動しているみたいね。遺物であるならば回収か破壊、魔物であるなら討伐。今の所、魔物の線が有力らしいわ」
「まあ、調査隊が壊滅してるわけだしねぇ……」
顔を沈めるぐらい深く温泉に浸かりながら思考を巡らせてみるけれど、きいた話の限りでは肝心の情報が欠如しているから推測は立てられないなと判断する。
しかし、植物の急成長というのはどういうたぐいの能力なのだろうか……。
軽い解説を済ませたアラクネはちょうどよい形の岩に体を預けてすっかり弛緩しきった様子である、私もとりあえず今日は休むことに注力すべく、思考を放り投げることにした。




