34.シエルズ・アルテ
シエルズ・アルテ。
アールセルム大陸の西方に位置する、ロジックロックとの技術交換により飛翔船技術を確立させた空を駆ける国家である。
元となったゲームでは、空に無数に点在する島を飛行ユニットやユーザーギルド単位で運用する船によって探索してまわるという、インスタンスダンジョン生成型コンテンツを中心としたファンタジー、だと思われる。
最初の方でフライングユニットをもらいすぐに空へは飛び出せるのだが、360度めちゃくちゃに動き回れる世界は爽快だった反面、画面酔いのひどかった私はそう長くプレイせずにやめた記憶がある。
浮島群の名はポーステイル群島。
現在、その一つに開拓拠点を作る作戦が進行中で、バステトはその拠点作成のための開拓団に身を寄せているらしい。
シエルズ・アルテにおいて、国力に直結するであろうポーステイル群島の開拓は国是とされており、新たに登録されたグループであっても一定の条件をみたすことで一番小さな飛翔船が貸与されるほど、新規開拓に力を入れているという。
そして、バステトが参加しているのは国が先導する大掛かりな……三度の遠征に失敗した作戦であるという。
「三度に渡る開拓団派遣はすべて壊滅に終わり、危険度が高いって理由から見送られてた計画だったんだが……とびきり腕の立つバステトに白羽の矢が立った、って所だ」
「でも、正直彼女の手にも余るかもしれないとおもってるのよね」
ゴルディオスとアラクネの言葉に、状況を軽く見立ててみるが、私もアラクネの言葉に賛成だった。
仮に、そのバステトというのがどれだけ腕が立つ人物だったとしても、国が主導し国是とする行為が三回に渡り失敗しているというのは意味が異なるだろう。
一度目は偵察程度かもしれない、しかしそれが壊滅したのなら二度目は本腰を入れる。
"少なくとも"生還者が出る程度の戦力は投入しなければ情報が得られない。
それを、国が見誤るというのはなかなかに難しいだろう。
場末の小国ならまだしも、シエルズ・アルテという国は大国に分類されるという。
その国が本腰を入れて一度目はともかく更に二度壊滅。
何の情報も持ち帰れていないとなると、危険度はどれだけ高く見積もっても高くつくということはないはずだ。
なんとなく、嫌な匂いも感じる。
「――それなら、誰か増援を送るべきじゃないの?」
「本人直々に断られてるのよ……」
曰く、足手まといが出張ることじゃないにゃ、黙ってすっこんでろにゃ。
だそうで、取り付く島もないらしい。
島に取り付く話のはずなんだけどな。
「でも、リーシアが居るなら話が変わってくるわね。あの子も新しい仲間との顔合わせということなら、そこまでは拒まないんじゃないかしら?」
「その後は?」
「作戦への参加はまず拒否されると思う」
「それじゃあ意味はなくない?」
作戦に参加して、成功に導き、被害を出さない、これが増援の目的のはずだ。
それが成立しないのでは……。
「そのままならね。でも、その前に必ず起きるイベントがあるわ」
「イベント?」
アラクネの言葉に首を傾げつつその視線を追うと、私を見てにやりと細めて返してくる。
「戦闘狂……とは、少し違うんでしょうけど、強さに固執するところがあるの。あの子は必ず貴方と勝負するって言い出すわ。そしたら、貴方があの子を……まぁ、勝てないまでも追い詰めてやれば、収まるところには収まるんじゃないかしら?」
「行き当たりばったりすぎない?」
もうちょっとこう、理論だった筋道のたてかたとかあるとおもったんだけど……。
そもそもそれ以前に、その作戦には完全に穴がある。
「それともう一つ、私がそのバステトって子に勝てるとは限らないわよ?」
「それは確かにそうだな。その辺どうなんだアラクネ、見込みはあると思うのか?」
太い腕を組み椅子を盛大に軋ませて、ゴルディオスはアラクネの言葉を待つ。
私に至ってはあったことすら無い相手だからなんとも言えないのだが、少なくともアラクネとカルバリウス以上の猛者であるというのなら勝てない可能性を視野にいれるべきなのだ。
なにより、私の能力は相手を殺さずに制圧することには長けていない。
アラクネもその点は理解しているのだろう、暫くの間長考の構えに入ったまま目を細めていたが、やがて口を開く。
「純粋な戦闘能力……総合力でいえば、リーシアに軍配が上がるとは、思うわ」
「歯切れの悪い言い方ね」
「そうね。……一対一の、純粋な戦闘技量の勝負でいうのなら、間違いなく軍配はバステトに上がるでしょうね」
最初の歯切れの悪さとは裏腹に、こちらだけは確信を持ってアラクネは口にする。
それが現状における私と彼女――バステトの差ということだ。
「まあ、考えてもしかたないか」
若干重くなった部屋の空気を払拭するべく、少し大げさに口にする。
どのみち、そのバステトという人にはいずれ会う必要がある。
つまりその"手合わせ"も避けて通れるものではないということで、あとに回してもさして意味は無いだろう。
「勝算はあるの?」
「なるようにしかならないでしょ。そもそも知らない相手に対して勝てるなんて宣言できない」
何の事はない、私もわりと行き当たりばったりなのだ。
アラクネの準備を待って、翌朝にシエルズ・アルテへと向けて出発することになった。
永祈は空襲と間違われるという可能性のため陸路である。
建造地の最寄りの街であるロズウェスタから東、シエルズ・アルテへと続く街道は主要の街道であるために最低限、道としての機能は維持されている。
けれど現代のような整備された石畳ではなく、むき出しの地面は結構あるきづらいものがある。
「エリアルも駄目かー」
「行けばわかるとおもうけれど、シエルズ・アルテもロジックロックと似て技術の国なのよ。飛行系の幻獣は居るけれど、かなり稀少なの」
「目立つってことね……」
「そうでなくても貴方は目立つんだから、少しは世情を知っておきなさい」
どうにも、距離感についても大いに間隔が乖離していると訝しまれた結果、あろうことか徒歩移動となったわけだ。
「ちなみにシエルズ・アルテまでの距離は、ロジックロック―ロズウェスタ間の倍ぐらいってところよ」
とのアラクネの説明を、メートル法で説明されてすら感覚がつかめるかどうかは曖昧だな、と思いつつ歩いている。
こうして二人きりの旅路というのも久しぶりなものだけれど……さて、何かしら話題がほしいところだね。
「それでアラクネ、そのバステトってどんな人なの? 猫の獣人で、細工物の心得がある女性、ってことぐらいしか私はまだ知らないわけだけど」
「んー、そうねぇ……リーシアと、少し似てるかもしれないわね」
「私と?」
自分と似たタイプっていうのが、ちょっと想像つかないんだけども。
「私達獣人種族は、身体能力に特化したタイプが多いの。ベイレスやラヴァータだったわね、彼女たちみたいなのがスタンダートなのよ。バステトの場合それが特に顕著で、速さにことさら秀でているわ。貴方と同じ、速さで圧倒するタイプね」
「私とどっちが速いかな?」
「普段であれば、バステトのほうが上だと思うわよ。貴方の場合は刻印魔術による強化があるから、その後なら互角か……上回れるかもね」
「初速は不利か……それは、たしかに相当ね」
"リーシア"のステータス配分は速さと知力が同等ぐらい、カンストほどではないものの、相当特化しているはずなのだ。
それを相手に、"能力値増強式"を使っても互角というとそれはもう、異常としか言いようが無いのではないだろうか?
「毛色は金色がかった茶色、尻尾は二本。綺麗な翠色の瞳をしてて、武器は双鉄爪。素手でも並の鎧ぐらいならたやすく引き裂ける程度の能力は持ってるわ」
「素手で鎧を引き裂くって……なんか無茶苦茶ね」
どうやっているんだろうか。
握力が凄い、とかいうわけじゃないんだよね?
「そう言えばリーシアは私達のことも多分よく知らないのよね?」
突然のアラクネの言葉に頷いて返すと、彼女は私に手を差し出してきた。
見た限り、自分の手と何ら変わらないもので、獣人種族の手がみんなこうだというのなら、素手で引き裂くというのは本当に理解しがたいのだけれども……。
「爪を出すと、こうなるの」
そうアラクネが言った次の瞬間、指先に半透明の力場が現れた。
指との間は一セテルほど、
「これは魔術、じゃないわね……もっと原始的な、マナそのものを実体化してるような」
「古くは体の一部だったらしいけれど、マナを扱えるようになってから分化したって考えられているわ」
「なるほどね……つまり、バステトって子は相当な魔力の持ち主でもあるってことね」
「ええ、魔術は修めないで、持ち前の魔力を全部身体能力強化につぎ込んでいるわ」
原始的なマナの使い方だが体内で完結しているゆえにロスが少ない、それが出力の高さというところだろうか。
「確かに似ているのかもしれないわね」
両手に武器を構え、身体能力強化を交えての戦闘スタイル。
こうして聞いている限り親近感が湧く相手のようだがさて……バステトはそう思ってくれるだろうか?
「性格としては、ちょっと飄々としてるというか、自分勝手というか……」
「へぇ、そっちの方はだいぶ私とは違うのね」
「……貴方の自己認識は一度確認しておいたほうがいいわね」
「どゆこと?」
なんとなく不本意なことを言われた気がする、私は別に自分勝手では無いと思うんだけどな。
「あとは若干、奔放なところがあるわね。どことは言わないけれど」
「それは否定できない、かなぁ……」
「いえ、事それに関しては絶対に似てないと思うわ」
なんのこっちゃ?
何か違うものを考えていたんだろうと言うのはわかるけれど、一体何に対して奔放だというのだろう。
「でもそういうことなら、手合わせするのにこれは向かないわね、風羽とソードダンサーか……んー、装備に悩む」
「意外とやる気なのね」
「まだ会ったことはないけど、仲間なんでしょう? なら、一人で危険に放り込むような真似はしたくないかな」
そのためにはバステトと相応以上に立ち回らなくてはならない。
視界の端にインベントリを開き、手持ちの装備から何が最適かを考えながら、シエルズ・アルテまでの道をゆく。
ちょっと、長旅になりそうな予感がした。




