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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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33.バステト

 雪もすっかりとけ、春の陽気に浮かれ始める頃合い、火の月の中頃。

 私は作業に行き詰まって机の上で溶けていた。


 都合七つ目の不出来なペンダントトップを作業机の上に転がして、何度目かになる深いため息を吐いた。

 そもそもそういったものを制作する知識のない私にとって、見よう見まねで作るには敷居が高すぎたというのもあるかもしれない。


「まいったなぁ……私こんなに不器用だったか……」


 考えてみればクラフター系の職はほぼ手をつけていなかったな、なんてことを思い出す。

 一つでも取得していればもう少しなんとかなっただろうか。

 ステータスを考えれば破格の器用さがあるだろう私だが、ものづくりと言うのは根本的にものが異なる。

 頭の中のイメージを形にして出力する経路というものは、単純な手先の器用さだけで補えるものではないのだと痛感している。


「これはもう、私が彫金するっていう選択肢は諦めるか……あるいはどこかで習うかだな」


 せっかく道具を揃えた手前、スキルを手に入れると言うのは魅力的である反面、こういう時代の職人ギルドでは技術は限られた人にしか伝えられない可能性もある。

 習うというのは難しいだろう。

 あるいは身内であれば可能性もあるかとは思うが、ポエットは技術職であるものの傾向が違うし、グランさんは鍛冶師であって彫金師ではない。

 これはおそらくゴルディオスも同じだろう。

 アテがないなぁ……。


(まあ、彫金出来るような人に今のところ出会ってないから仕方ないんだけども)

『それでしたら姫、ロジックロックの彼を訪ねてみてはいかがでしょう』

(シルバークロックの二人? うーん……)


 気が進まないなぁ。

 兄の方はまだいいけど、弟がねぇ……気まずいというか。

 ああ、でもいずれちゃんと返事しにいかないといけないのか……有耶無耶にして逃げ出したい。


「考えて引きこもってても仕方ないか、ちょっと気晴らしにいこう」

『どちらへです?』

「んー……神樹の森ソロとかも楽しそうだけど、すっかりご無沙汰だしゴルディオスのほうに顔出してみるかな」

『ふむ、長距離でしたら永祈に任せたほうが良さそうですな』


 自分の出番はなさそうだと判断したのか、エリアルは少々残念そうだ。

 エリアルは乗り心地としては馬に近いため、長時間・長距離である場合確かに永祈に分がある、長時間座っているとお尻が痛くなるのだ。

 その分、小回りがきくという強みがあるのでどちらが優れているとかではないのだけどね。


 適当に荷物をインベントリに詰め込んで、外へ出る。

 放し飼いにしてある永祈を呼び寄せるべく、指笛を大きく吹き鳴らせば、程なくして巨大な翼が飛来した。


 ピュウウウゥゥゥゥゥルルルルルル!!!!!!


 高らかな換気の雄叫びとともに、降り立った永祈が声を上げる。

 その大きさたるや、村の方まで聞こえるぐらいだろう。

 最初の頃は騒ぎになったものだが、最近は村人も慣れてきたのか反応は薄い。

 たまに外からやってきている旅人だの行商人だのが飛び起きたりするらしいが、そこまで配慮していると流石に行動が制限されすぎるのでそこはこの村特有の景色ということで……。


「いつ見ても大きいわねあんたは」

「ピュゥ?」


 甘えるように頭をすり寄せてくる永祈だけれども、馬鹿でかいロック鳥ということもあり、頭のサイズだけで車ぐらいあるんだよね。

 ちょっと頭を動かされたら簡単に転がされてしまうんだけれども、そのへんはわかっているのかおとなしいものだ。

 わしゃわしゃーっと撫でてやると嬉しそうに喉を鳴らすのだから、鳥が好きで飼うという人の気持もなんとなくわかるというものだ。


「よーしよしよしー」


 ひとしきり首もとあたりをもふもふしてやると、どうやら満足したのか短くピィと鳴いて落ち着いた。

 ゲーム時代とは違うスキンシップを堪能したのでとりあえず私も満足である。


「永祈、以前行ったフローズヴィトニル建造地、覚えてる?」


 こくこく、と頷くあたり言葉は通じてるんだよねぇ。

 なんで永祈だけ統一言語(オムニスルーン)で翻訳されないんだろうかと少し首を傾げる。

 とはいえ、それを気にしていても始まらない。

 気には止めておくけれど今は別の話なのだ。


「ひとっ飛びお願いできる?」

「ピュイッ!」


 ばさっと翼を広げて大きく羽ばたき……まあ、多分承諾してくれたのだろう。

 翼をスロープのように差し出してくるあたり、ここから乗れってことなんだろうと判断してよじ登る。

 どうにも飛び乗られるのはお気に召さないらしい。

 首を回して私がしっかり捕まったことを確認して、永祈は空へと飛び立った。




 かれこれ顔を出すのは半年ぶりぐらいになる気がする。

 空から見下ろすフローズヴィトニルは記憶にあるよりもかなり建造が進んでいるようで、遠目からその姿がはっきりと認識できた。

 あんな馬鹿でかいものがほんとに飛ぶのか、少し不思議な気がするが、一度見ているから信じないわけにはいかないよね。


 少し離れた開けた場所に降りて、永祈を召還する。

 放しておいてもよいのだが、なんとなく一緒にいたほうがいい気がしたのだ。

 以前とは比べ物にならないほど整備された道を抜けると、武器を持った一団と出くわした。

 察するところにミスティルテインの戦える組なんだろうけれど、なぜが全力で警戒態勢なんだけどなんでだろう?


「姐さんじゃないっすか!」

「おやベイレス、ラヴァータも、久しぶりねぇ。元気にしてた?」

「ええ、そりゃもう……あ」

「ん?」


 何かに思い至ったのか、ベイレスとラヴァータは声を上げたあと顔を見合わせる。


「姐さん、ここまではどうやって来ました?」

「永祈で飛んできたけど?」

「「…………」」


 おや、なんか嫌な感じの沈黙。

 その後何やら話した後、二人を遺して一団は撤収した。


「さっき見えた巨大な影は姐さんの永祈だったんすね、敵じゃなくてよかったっすよ」

「ああ、それで警戒させちゃったのね……今度からもう少し離れた場所に降りるか」


 一応気を使ってはいるんだけども、どうやらまだ足りないらしい。

 難しいものだねどうも。


 ベイレスにラヴァータ、それからポエットは紆余曲折の末にフローズヴィトニル建造のお手伝いをしてもらうという形におちついた。

 二人はたまにギルドの方に顔を出して仕事をしながらの生活を続けているらしい。

 ポエットはゴルディオスの指導の元技師としての腕を磨いているそうだ。

 鍛冶師としての技能こそないものの、技師としての基礎はあったらしく水を得た魚みたいだとラヴァータは言う。


「そう言えば、二人は細工物とかって作れたりする?」

「細工はちょっと……」

「ベイレスは不器用だから絶対に無理ですよ」

「お前だって似たようなもんだろう!」


 まぁ、狼とうさぎだしなぁ、なんてことを思いつつ二人の案内のままに周辺の森を抜けて建造地へとたどり着く。

 周囲は作業をしているものたちで賑やかだ。


 ポエットやゴルディオスはどこだろうかと見回してみるが、どうにも見当たる場所には居ないらしい。


「そう言えば、アラクネは居る?」

「アラクネさんなら中でポエットやゴルディオスさんと作業をしてるはずっすよ」

「そっか、探してみるわ」


 そういって二人と別れ、フローズヴィトニルの中へ足を運ぶべく木組みされた足場を頼りに中へを上がり込む。

 以前来たときは大まかな骨組みぐらいだったそれは今は床、壁などが作られてはっきり船らしくなってきていた。

 移動拠点という性質上か、一部屋あたりの広さもそこそこあるうえ、すでに完成した部屋に至ってはすでに住居として使われ始めているようだった。

 入り口を抜けると正面、左右への通路が進んでおり、正面は柱を軸にした階段が作られている。

 作業をしているのはどうやら階下らしい。


 たどり着いてみれば、アラクネが糸を使って木の板を持ち上げ、それを固定していくという、なんともな現場に遭遇した。

 アラクネの武器は本当に便利だね……。


「だいぶ進んだわねえ」

「あら、リーシア」

「あ、あねさん!」

「なんでえ、リーシアじゃねえか、久しぶりだな。ちょうどいいし休憩にするか」


 三者三様の反応に軽く手を上げて返しつつ、釣れられて場所を動かすことになった。




 インベントリから出したお茶とお茶菓子、それにお昼がまだということでサンドイッチを振る舞って、今は作戦室になるであろう場所に腰掛けている。

 ある程度の話し合いをする時などにすでに使われているらしい。


「来るなら事前に言ってくれればよかったのに」

「いやぁ、思いついたのが今朝方だったから」

「嬢ちゃんのフットワークの軽さは流石だな」


 まあ、この世界においてはチートみたいなもんですからねえ。


「それで、今日はどんな要件だ? わざわざこっちに出向いたってことは、なんかあったか?」

「いや、たまには顔だそうかなってのと……あとあれね、世間話と……相談?」

「結局なんかあるんじゃねえか」

「いや、まぁ……ちょーっと私の手に余る頼み事されちゃってさぁ」

「リーシアの手に余る?」


 アラクネが怪訝な顔をしてこちらを伺ってくるけども、私そんななんでも出来るわけじゃないからね?

 とりあえず作った細工物の一つを見せてみる。

 安請け合いした私も私なんだけど、彫金っていうのは意外と難しいのだと思い知ったわけである。

 

「ペンダントトップ……だよな? にしても作りがめちゃくちゃだな」

「あー、やっぱり?」

「生憎だが俺は彫金に関しては門外漢だぞ?」

「ポエットはどう?」

「歯車とかそういうものなら作れますけど、そういうのはちょっとむりっすね」

「ぬあー」


 アテが潰えた。


「アラクネとかはどう? 結構器用そうに見えるけど」

「そういうのを作る趣味はないわね。バステトなら得意でしょうけど……」

「バステト?」


 聞き覚えのない名前の登場に首を傾げてみせると、何故かアラクネとゴルディオスは揃って腕を組み首を傾げる。

 そういえばそいつがいたな、という反応だけれど、どちらかというと困っているような、そんな様子である。

 ポエットは知らない名前のようで首を傾げるだけ、ということはかなり古参で最近顔を見せていないということか。


「えっと、誰?」

「私と同じ獣人族――彼女は猫なんだけれど、リーシアが来るまでは間違いなくミスティルテイン最強の戦力だった子よ。ちょっと癖があるんだけどね」

「あいつは確かに器用だしそういう細工物好きだから、協力を仰ぐにはうってつけだろうよ。問題はそう気安く話を受けてくれるかどうかって所だがよ」


 二つ返事をもらえるような相手でないというのはよくわかったが、どっちにせよそのうち会うというのであれば試しに会ってみたいものだが……。


「ちなみにその、バステトっていう子は今何処にいるの?」

「あいつは飛翔船の核を作ってもらうって条件で今傭兵に出ててなぁ、シエルズ・アルテで調査隊に加わってんだ。この前連絡がきたときは、次の大きなヤマが終われば契約満了って話だったが……」

「ふむ……一応会っておきたいわねえ」


 そう、なんとなしに思ったことをつぶやいたのが話の始まりであった。

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