幕間-春よりも早い訪れ
「それじゃあ、しっかり捕まってなさいよ?」
「……さえない絵面だよなぁ」
呼び出したクロウの背にまたがり、後ろに乗り込んだゼフィアにそう声をかける。
フェンリル狼用の鞍と手綱をつけてあるためにだいぶ乗りやすくなったものの、タンデムを想定されたものではないためにその辺小回りが効いていない感じだ。
ゲーム時代にタンデムの概念がある騎乗ユニットなんてごく一部だったから仕方ないんだけどね。
ノフィカの案により村の中央で見世物よろしく顕現されてクロウは若干すねていたが、新規参入組への牽制という意味ではどうやら大きな効果があったらしい。
村の真ん中で人を丸呑みにできそうな契約獣を軽く呼び出しているというのは、戦う力をほとんど持たないものからすれば畏怖して余りある。
それが私の命令に忠実に従っているのだから、萎縮もするだろう。
私としてはあんまり好ましい形ではないのだが、この際とりあえず落ち着いてくれればいいや、という感じである。
それはさておき、ゼフィアはちゃんと私の腰に腕を回してしっかり体を固定したようだ。
小手が若干つめたいけども、まぁそこは仕方ないね。
見送ってくれるノフィカや村人たちに軽く手を振って、クロウの首元をぽんぽんと叩いてやるとそれに合わせて走り始めた。
一面の雪景色のお陰で吐く息は白いし寒いしだが、そんなものをものともしないのがフェンリル狼である。
雪煙を上げながら駆け抜けること半刻ほど、ゼフィアの指示に従って進路を変えながら慎重に進む。
調査予定の洞窟は動くわけではないが、移動時間に対して移動距離が大きく違うというのは感覚が狂いやすいのだ。
更に今は雪景色に変わっており視覚もことなる。
迂闊に動けばそれこそ遭難……は、心配ないだろうけど目的地を見失うことは十分にある。
「どう? 場所見失ったりしてない?」
「正直自信がないな。雪景色ってのもあるが、足の速さが違いすぎて距離感が狂う。岩肌の露出してる場所にまだ出てないから行き過ぎてはいないと思うんだが……」
「ふむー、んじゃもう少し進んでみようか。クロウ、少しゆっくりで」
『承知しました』
その後数度の進路の修正を経て、なんとか目的の洞窟……裂け目を発見するに至った。
時間は半日ほどなので、探索がすぐに済めば夜までに村に戻るのも可能だろう。
クロウを一旦憑依状態に戻し、裂け目の奥を覗き込んで見る。
「とりあえず長続きする明かりがいるわね」
「一応松明は持ってきてあるが……」
「今は私がいるんだから魔術で代用しましょう」
そう言って刻印を描き、指先を一つ鳴らすことで詠唱の代替えとして、光球を召喚する。
特定の動作をすることで、特定の詠唱の代替とする略式魔術は体に覚え込ませるまでが大変だが、それを抑えれば所作だけで高い制御を可能にする、私の研究成果の一つだ。
もっとも、まだこうした基礎的な刻印魔術の代替えまでしか習得できていないのだけれど……。
(実用性が今ひとつなのよね、戦闘規模の魔術を略式化するには相応の破壊が必要になっちゃうし……それまでにかかるコストも問題)
そんなことを考えながら裂け目の奥へと踏み込もうとしたら、ゼフィアに制されて足を止めることになった。
「明かりもらえるか? 俺が前に行く、こういうのは不慣れだろ?」
「じゃあお願いするわ。気をつけてね」
そう言って明かりをゼフィアの少し前あたりに位置取るように固定し、前を進む彼について進んでいく。
幸いにして、いきなり切り立った縦穴になっているとか、足場がもろく崩れると言ったことはなさそうだ。
縦ではなく、横に裂けている感じである。
緩やかに下っていくそこは虫の楽園か、色々と生息しているようだった。
極力見ないようにしてゼフィアについていくと、やがて奥が徐々に広がり始める。
奥の方は大空洞になっているのか、私の生み出した光球では光量が足りず次第に天井も奥も見渡せなくなってくる。
「こりゃ、なかなか大冒険になるかしらね?」
「どうだろうな……この手の広くなる洞窟は見たことがないが……」
「鬼が出るか蛇が出るか……明かり強いやつ出すわよ?」
「おう、頼む」
ぱちんと鳴らした指の音、その後に空洞を見渡せるほどの光量が生み出されてその闇のヴェールに隠された場所が明らかになると、お互いに息を呑んで立ち尽くすことになってしまった。
奥深くへと続くその道のあちこちに、色とりどりの光が反射する。
「マジかよ……」
「これって……」
そこにあったのは、様々な宝石たちだ。
ものはよくわからないし、価値も詳しくないけれど、少なくとも見える限りで一財産になるであろう、豊富な鉱床がそこには広がっていた。
「ど、どうする?」
「いや、サンプルとして採取して帰りたいけど……扱い方わからねぇ」
「だよねぇ……」
普通に結晶を砕いて持ち帰るってのも、ううん……。
「いいわ、ちょっと地盤ごと砕きましょう。そしたら私が持ち帰るから、変に傷つけるのもったいないわこれ」
「いやいや、採掘道具がそもそも無いだろ?」
「はい」
「……いや、まぁいいけど」
インベントリの中に突っ込んであった採掘用のツルハシをほいと手渡して、手頃な鉱床を探す。
大きなものはそれこそ私達二人よりも大きなものすらある始末だが、こんなものいきなり持って帰ったら大騒ぎである。
そもそも私の特殊な運搬能力は村の普通の人たちには見せていないから、その説明ができないようなサイズの代物を持ち帰るわけにも行かない。
結局少し端のほうにある手のひらサイズの鉱床を剥ぎ取ったのだった。
「村長とかユナさんなら、どれぐらいの価値かわかるよな?」
「大丈夫でしょ」
自分用にも少し欲しいところだが、これは村の資源となるだろうし村の方で処理してもらってから購入することにしよう。
私が作ったものでもないしね。
「それじゃあちゃっちゃと帰りますか」
「なあ、リーシア。石の見分けって、つくか?」
「石の見分け? しようと思えば出来るとおもうけど」
万物の叡智を使えばいいだけの話である。
今は面倒くさいからしていないわけだが。
「ここにさ、フローライトってあるか?」
「んー……?」
名前は聞き覚えが……ああ、そうか、ノフィカの巫女としての名前がフローライトだったっけ。
これは、ひと肌脱がないわけにはいきませんなぁ。
「な、無いならいいんだけど、よ」
「まぁ待ち給えよ」
あいにくと宝石に関しての見識はほとんど無いんだ。
見える所を片っ端から万物の叡智ていくが、どうやら目につくところには見当たらないようだ。
奥の方までは照らしきれていないことから、もう少し進んでみれば見つかるかもしれない。
「もうちょっと奥まで探索してみましょうか」
「お、おう……」
私の言葉の意味に気付いてか、ぎこちなく返したゼフィアはなんとなく居心地悪そうについてくる。
なんというか、可愛いものだねぇ。
「んー……アレキサンドライト、オパール、トパーズ……これも違うなぁ……」
明らかになんかおかしいような鉱床だとはおもうんだけど、まぁ異世界のことだし私の常識が通じない事もあるだろう。
あるいは宝石というものの生まれる過程が違うという可能性だってある。
時々足元に落ちている砕けた欠片だけ拾いつつ、もう少し奥へと進んだ所、巨大なアメジストの影に、フローライトの結晶が育っていた。
「あったわよ、これ」
「これが……フローライト」
感慨深そうに、一抱えぐらいの大きさの複雑な色相の前に膝をおろして、抱きしめようとしているように見えた。
それが何を意味してのものなのか私は知らないが、喜んでいるのは確かなようだ。
「条件があるんだ……」
「何の?」
「……宝石名を持つ巫女を娶るための条件」
「ほう」
細かいルールまでゼフィアは語らなかったけれど、これで話が進むというのなら良いことだろう。
彼がそれを採取するまでの間、そっと見守っておくことにした。
洞窟の外へと出てみれば、すっかり日が沈みきっており、流石に今日のところはここで野宿ということとなった。
結界を張れば別に雪の中でも快適にすごせるが、洞窟の中に引っ込まない理由はなく、適当に虫を払って結界を張っておく。
ある程度広さもあるし、風の通りもあるようだから酸欠になるということもあるまい。
インベントリから焚き木を出して魔術具で火をつけてやる。
火の暖かさと言うのは心地よいもので、それだけで一気に体が弛緩した。
「それでゼフィア、それを持って帰ったらめでたく祝言、って感じなの?」
私の疑問に対して、ゼフィアは改めて意識してしまったらしく、盛大に視線を泳がせる。
人によっては面白いおもちゃ扱いされそうな挙動不審さである。
まあ、そんなところもまた彼の魅力のうちなのだろうが……。
「いや、どっちかというとその後が重要で、守護石で作った装身具を送ることが正しい条件なんだ……」
「自作しないといけないの?」
「いや、そこまでじゃない」
まあ、だよねぇ。
宝石を調達してきて自分で加工してとか、どんなスパダリだよって感じだし。
「加工は頼んでもいいんだ。ようは、巫女を不自由させない程度の稼ぎがあることを証明する、みたいな条件なんだよ」
「ふむ? 自分で見つけてくるのって、その条件を満たしたことになるの?」
「自力で宝石を採取してこれるならそれだけで十分な稼ぎを出せるだろ?」
「ああ、そういう」
なるほどねぇ……この世界の宝石の価値って実は相当なのだろうか?
だとしたらこの鉱床、とんでもない代物かもしれん。
「それじゃあ、順当にいってグランさんあたりに依頼か」
「グランさんは細工物の心得は無いんだ」
「じゃあ、王都までいくの?」
「……いるだろ、そこに」
どこに?
「酔狂な賢者が」
「……私か!?」
「最近彫金をかじってるんだろ?」
「いや、かじってるけどさ……」
私はあいにくとクラフター系のキャラは持ってなかった。
だから完全に素人の手習いでスキルなんてものは無い、しいてあげるならこの世界の基準値を上回るであろう器用度だけである。
どれだけのものが作れるかといえば、正直怪しい。
「出来が多少拙くてもかまわないんだ。多分、あいつはそれが一番喜ぶだろうからさ」
「そこまで言われたら断れないわねぇ……けど、本当にいいのね?」
「できれば贔屓してやってくれると、俺としても安心できるかな」
「それは言われるまでもないけどね……。でも、本当に手習いだから、時間かかるわよ? それで、形状は? どういう装身具がいいの?」
私の問いにしばらく頭をひねったゼフィアは、少ししてわからんとさじを投げた。
「女の装身具なんてよくわからん、任せた!」
私も、詳しいわけじゃないんだけどなぁ……。
とは口にできず、仕方なしにその条件で引き受けることとなった。




