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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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幕間-冬の終わりに芽吹くもの

「それでまっとうにあたしのところに相談に来たってことかい?」

「本当ならユナさんが私の立ち位置にいる、っていうのは承知の上です」

「あたしゃあんたにさっさとその辺譲って隠居したいがねぇ」


 ずずず、と私の淹れたお茶をすすりつつ、ユナさんはそんなことを言うのである。


「実際問題、あたしゃ特に案はないよ。嬢ちゃんなら村まるごと包む結界の一つも張れそうだとはおもうけどもね」

「その解決法でいいと思います?」

「……目先の問題解決の手段としちゃ、ありかもね。だが長期的に見れば間違いなく悪手だろうさ」

「ですよね……」


 何もせずに恩恵だけを受ける、という状況は人を堕落に転がしやすい。

 だから少なくとも何かする余地は残すべきなんだよなぁ……。


「ろくに剣も扱えない人が行える何か、っていうと……なぁ」

「この村もそろそろあり方を変える時期かもしれないねぇ」

「それって、維持とか経済的な話です?」

「そうさね。今まで村の者だけで賄ってきたことも、今後は役割分担が細かくなっていくかもしれないって話さ」


 そういう中では新しい役割が生まれたり、今までの役割がお役御免になったりってことがあるんだよねぇ……。

 役割、新しい役割か……。

 一時しのぎには、なる……かな?




 村の住民総出で氷樹の前にあつまって、これから何が行われるのかと興味津々な様子だった。

 その中には今年越してきたばかりの家族の姿もある。

 彼らにこそ見つけつけておくのが目的のため、ちゃんと来ているようで一安心だ。


 ユナさん、村長、ノフィカとゼフィアを交えての話し合いの結果、今後の村の運営方針は少し変わることとなった。


 今までは守護剣士を筆頭として、村の住人全員が戦える環境にあった。

 けれどこれが今後崩れることを見越して、新たな役割を用意する。

 これが今日の儀式によって新たに用意される役割、樹守人(きもりびと)である。


 これから、ちょっと派手に魔術で演出したりして、氷樹から株分けを行い、それを六ヶ所に植える。

 これを軸にして結界を張るという演出をするわけだ。

 無論、株分けした氷樹が枯れたら結界は消える、と言うわけである。

 これによって氷樹を世話する役割をやらせることで、仕事を用意しつつ村の人に「何もやってないやつ」認識されるのを避けようというわけだ。

 変な軋轢は無い方がいいからね。

 実際に張るのはそこまで強くない結界、樹守人も一番の軸に吸えるのは古くからエウリュアレに居る人にして、新しく村に入った戦えない人たちにはその下についてもらう。

 若干日和見な気もするけど、これで様子を見ようと思う。


 そして祝福。

 今まで村を守ってきた守護剣士と、これからも剣を使って村周辺の治安維持を行う人達への、授賞式……と言うとちょっと語弊があるけど、そんなものをやる。

 ガス抜きという意味もあるが、実際にステータスの上がる実用的なお守りである。


「リーシア様、準備はできていますか?」

「うん……それじゃあ、やろうか」

「ちょっと緊張してます?」


 そりゃあ、ねぇ……個人的なやり取りならまだしも、大勢の前に出るのはあんまり慣れていないのだ。

 ここまで来たらあとは度胸だろうけど。


「ま、上手くやりましょうか」


 私の返事にノフィカはくすりと小さく笑って、そして私を先導した。




「それではこれより、結界の要となる氷樹の株分けを行います。リーシア様、お願いします」


 ノフィカに促されて前に出ると、視線が私に集中する。

 大半の村人の視線は期待に満ちたもので、その中に少しだけ興味本位なものが感じられた。

 今の私の姿は儀礼用の白に金刺繍の"高位司祭の礼服"にやたら豪華な鞘に収められた"儀礼剣クレアシオン"である。

 どっちも見栄えだけで選んだので実用性は大したことないのだが、お陰で見せかけの効果は十分にありそうだ。


「――女神エウリュアレの名において、汝らの望みを問う」


 しゃらん、と儀礼剣を抜き放ち、剣先をノフィカに向ける。


「エウリュアレ村巫女、ノフィカ・フローライト。御身の問いに答えます――我らが村の守護を」


 刀身を閃かせ、ゼフィアに向ける。


「エウリュアレ村守護剣士、ゼフィア・エフメネシア。御身の問に答えます――我らが村の安寧を」

「相違はないか?」

「「ありません」」


 二人の言葉が重なるのを聞き届け、一拍。


「賜った。賢者、リーシア・ルナスティアの名においてこの村に庇護の種を授けよう。さすれど無償の庇護は無きものと心得よ。種は芽吹く、されど育てねば枯れるものと知れ」


 ごう、と大風。

 砂埃を舞い上げて、枯れ葉を散らすその中で、儀礼剣を空高く放り投げる。

 一度空に消えたそれは、長い時間対空した据え私の前に深々と突き立った。


「氷樹よ、今この場において、六つの種を産め」


 風切音とともに、氷樹の破片が降り注ぐ、都合――六つ。


「芽吹き、枝葉を育て、地に根付け。そして役割を成すが良い」


 突き立った氷樹の破片が芽吹き、根を這わせ苗木となる様に感嘆の声が上がる。

 それは程なくして一メテルほどの高さに育ち、枝葉を茂らせる。


 そして次の瞬間、私は晴天の空に雷鳴を響かせ、会場は白い光に包まれた。




「リーシア様、やり過ぎです」

「だめだった?」

「だめだった? じゃねぇよ! 大半がひっくり返ってたじゃねぇか!」


 村長の家に一旦引っ込んだ私は、盛大にダメ出しをされた。

 演出の都合上、最後に苗木に盛大に雷を落っことしたのだが、音と規模が大きすぎたために村の人達がひっくり返るという顛末を経て、今に至っている。

 怪我人もなく、マナはすべて氷樹の苗木に吸わせたから地形の破壊もなし、大成功だったと思うし、あれで嫌でも軽んじたりはしなくなると思ったのだが、盛大に怒られているというわけである。


「心臓がとまるかとおもったさね、ああいう事するなら事前に言っとくれ」

「えー、ユナさんまで?」


 その程度で止まるようなやわな心臓してないとおもうんだけどなぁ。


「嬢ちゃんにはもう少し落ち着きってもんを教えたほうが良さそうだね」

「たまに思いっきりズレるんですよね、リーシア様って」

「なんでだろうな、普段は比較的マシなのに」


 ひどい言われようである。


 とりあえず、苗木は全て新たに任命された樹守人によって植え替えが行われた。

 あとはこのまま毎日面倒を見てもらうのみである。

 まぁ、ちょっとやそっとのことじゃ枯れないと思うけどね。


「まあ、新しく来た人たちにはいい薬になったようですが」

「明らかに態度変わってたしなぁ」

「人を見た目で判断しちゃいけないっていうのがわかっただろうさ。まあ、嬢ちゃんももう少し普段からしゃんとしたほうがいいかもしれんけどねぇ」

「肩こりそうだからなぁ……」


 村に来るときだけはもう少しそれっぽい格好をするか……。

 年齢とかどうにもならん気がするけど。


「そういえばリーシア、また遠出の予定はあるのか?」

「今のところ予定はないけど……」


 ミスティルテインからの連絡は特になく、アラクネとの定期連絡も最近はこれといった話題がない。

 しいてあげるとするならば、あの三人組の話題が増えたぐらいである。

 まだ会っていないミスティルテインのメンバーがいるので、春になれば今度はシエルズ・アルテという大陸西武の街へ行く予定ではあるが、それも特に急ぐ話ではない。

 

「んじゃあ、今度ちょっと付き合ってくれないか? 調べておきたい場所があるんだ」

「なになに? なんか面白い話?」


 食いつく私に、別に面白いかはわからないんだけどな、と前おいてぜフィアは話を続ける。


「村から山の方に三日ぐらいの距離なんだけどな、山肌に裂け目があったんだよ」

「ダンジョンかなんか?」

「わからん、だから調べに行きたいんだけど、一人だと流石に危険かもしれないから今まで触らずにいたんだ。ついてきてもらえるとたいへん心強いんだが」


 村から離れられる人が少ないってのは、こういうときに不便だねぇ。

 ゼフィアの場合は背中を預けられるぐらいの、同程度の手合がいないのも問題かもしれないけど……。


「いいよ。いつにする?」

「収穫祭のあとでしばらくは忙しいからな……週明けでどうだ?」

「ん、わかった。準備しておくわ」


 その後は、私も行きたいといい出すノフィカに、駄目だといい始めるゼフィアの喧々諤々とした会話の声が続く。

 そんな二人を止めるでもなく見つめながら、小さく笑って手元のコップに口をつけるユナさん。

 そこだけを切り取れば、現代でもごくごくありそうな光景だ。

 人間というのは基本、いつの時代も、どこの世界も変わらないのかもしれない。

 今の時代が不安定だから、違うようにみえるけれど。


「平和、か……」


 力を抜いて椅子に体をあずけると、椅子がぎしと小さく軋む。

 私が考えても詮無いことだろうけれど、魔物も、アイゼルネの脅威もなかったら、この二人はどんな人生を歩んでいたのだろうか。

 ああ、でもそうすると私たちはきっと出会わなかっただろう。

 考えるのは、やめておこう。


「ところでさぁ……」

「なんだよ?」

「なんですか?」


 返事のタイミングまでほぼかぶるんだよなぁ、絶対に面白いと思うんだが。


「君たちいつになったらくっつくの?」


 こういう時代の男女ってもう少し速くことが済むものだと思ってるんだけどなぁ。

 あれか、ゼフィアがヘタレなのか、そんな感じするし。


「……あれ?」

「おや?」


 いつものような返し方がなくて、私とユナさんが首をかしげる。

 二人して赤くなって顔を背けるし……これは……ついに!


「ユナさん」

「なんだい?」

「祝いは何がいいですかね?」

「そうさねぇ、産着とかいいんじゃないかい?」

「気が早いからっ!?」


 冬の終わりに一足早い暖かさ。

 来年もまた、色々とありそうだ。

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