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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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幕間-静かな冬




 私が氷樹を生み出す前……それまでのエウリュアレ村の冬がどのようなものだったか、私は知らない。

 だから、私にとってはこれが当たり前の"エウリュアレ村の冬"だった。


 天の月第一週五日目。

 冬の盛りとも言えるこの時期、エウリュアレ村は結構な雪に見舞われる。

 海から吹き込んだ湿り気のある風を、氷樹が強く冷却してしまうからだろう。

 幸いにして、家が潰れるほどの豪雪というわけではないのが救いだが、やはり雪かきは必要となるし、私の家は少し山の奥まったところにあるものだからすっかりと雪に閉ざされてしまう。

 出歩くのも一苦労なわけなのだが、そんな山の中へと珍しくノフィカが訪ねてやってきたのだ、ゼフィアを連れて。


 家の前で衣類に降り積もった雪を払っている二人をドアを開けて迎え入れ、薪を多めに暖炉に投げ込む。

 とりあえず暖かい飲み物を淹れて出してやるとふたりとも人心地ついたように大きく息を吐いたのだった。

 引きこもれるからと思っての立地だったが、訪ねてくる人からすればこれは迷惑な話だったかもしれないなぁ。


「それで、こんな雪の日にわざわざどうしたの?」


 何か食べ物でも用意してあげなければ割りに合わないだろうと、昼時であるのをいいことに三人分の昼食をこしらえる。

 冬の時期は保存食が主体となることが多いため、私が用意出来る鮮度の落ちていない肉類などは結構なごちそうだと思う、この二人だし気兼ねなく振る舞えるというのもあるが。

 分厚めの肉をハーブと一緒に焼いて、菜園で取った野菜で簡単なサラダを作り塩を振る。

 何か手頃なドレッシングを開発してもいいかもしれないね。

 パンは私が時間をかけて精製した小麦なので村で食べているものより膨らみ方も良い、これも二人には好評なものだった。


「すみません、ごちそうになってしまって」

「へへ、半分これが楽しみでついてきたようなもんだから俺は遠慮せず喰うぞ!」

「ゼフィア、あなた……」

「いいのいいの、こんな辺鄙なところまで越させちゃってるしね。それに見てて気持ちいい食べっぷりだしねぇ」


 私の食の基準が現代な所為もあるのだが、私の作るものはだいたいこの時代においては美味の類いになるらしい。

 その為もあってかふたりとも本当に美味しそうに食べてくれるので作りがいがあるんだよね。


「それで、今日はどんな用事なの? お昼を食べてお茶しにきた、ってわけじゃないんでしょう?」

「むぐ? むふむぐ……んっくっ」

「あー、食べてからでいいわよノフィカ」

「すみません、このパンが本当に、信じられないぐらい美味しくて」


 まあ、村で作ってるのはふすままでまとめて粉にした全粒粉のパンだからね、食感は違って当然だろう。

 全粒粉もそれはそれで味わいあって好きだとはおもっていたけど、時代や品種が違うとだいぶ違い、言ってしまうと膨らみが悪くて硬いパンになっちゃうんだよね……。


 話は二人が一通り食事を終え、食後のお茶を楽しみながらのこととなった。


「実はですね、村でちょっと問題が起きました」


 切り込み方は至極端的である。


「実はですね、去年から……冬が大雪に見舞われるようになりました」

「はい、私が原因ですね」

「……まぁ、そうなんですが、山奥の方もなかなかに大雪になっているようでして――」

「読めた」

「はい?」


 これ、あれだろう。

 現代でも山間部の村なんかでしばしば問題になってたヤツ。


「山の冬の食料が少なくなって、飢えた獣や魔物が村の方まで降りてきてるんじゃない?」

「あ、はい……その通りです。それで、村の方で会議が行われたんですがなかなか解決案がでませんで……それで」

「新しく村にやってきた人たちが、賢者様の智慧を借りよう、みたいなことをいい出したと」

「……知ってらっしゃったんですか?」

「予測の範疇ね」


 大体この状況になっている時点でおおよそ何が起きたかの予想ぐらいつく。

 賢者がいるというのなら頼ればいい、というのがおそらく"普通の人々"の感覚なのだ。

 エウリュアレ村に元から居た住人が精神的にずっと自立しているだけである。


「なにか、良い智慧などないでしょうか?」

「うん、マジでなんか頼む。このままだとこの冬中俺らが出ずっぱりになっちまう……」

「うーん……結構まっとうな問題できたなぁ」


 どうしたものかね、と首を傾げてみるが。

 村の周囲に大規模に柵を張り巡らせるとしても、魔物によってはそんなもの破るに造作も無いだろう。

 魔物も野生生物の延長であるものがほとんどだから、氷樹の攻撃対象にはならないんだよね。


「所でノフィカ、なんか機嫌悪そうだけどなにかあった?」

「……いえ、なんでも」

「いや、怒ってるだろ」


 ゼフィアの言葉にむぅ、と膨れるような顔をしてそっぽを向くあたり、これは何かしらあったこと確定である。


「あの新しく来た人たち……あんまり好きではありません」

「まあ、利益を求めてやってきた連中で、この村の主目的をあんまりわかっちゃいないからな、そこはしつけ直すとして――」

「そういうことではありません!」


 突然ノフィカの大声に私もゼフィアも圧倒されて完全に聞く側に回された。


『随分お若いようですが仮にも賢者の称号を携わるような方ですし、何かしらの役にはたっていただけると思うんですよね』

「じゃないんですよ! 失礼にも程があります!」


 あー……まぁ、好意的に思ってもらえてるとは思わなかったけど、うん、まぁ予想を上回ったね。

 とはいえ、何か良い解決策があるかと言われると無いので、これは舐められること請け合いだね。


 でもこれは正直分岐点だろう。

 ここで私が何かを示せるかどうかは、そのまま村の先行きに直結しているのだ。


「そういう人には言わせておけばいいわよ。それよりも村の問題をどう解決するかよね」


 ぎし、と椅子を軋ませるように深く腰掛けなおし、ゆっくりと思考を巡らせる。

 だからといって解決策があるかと言われると疑問だ。

 元の世界において、現代ですら解決できていなかった問題なのだから。


『お嬢様、我々が狩って回りましょうか?』

『一月もあればここら一体、狩り尽くせるかと思いますが』

(生態系が壊れるでしょうが……)


 狩り尽くすとかしれっと恐ろしいことを言うエリアルに内心で苦笑しつつ、それが確かに現状で出来る最も手っ取り早い事かもしれないとも思う。

 連中の前でエリアルとクロウを召喚して見せてやれば威圧にもなるかもしれない。


 ……でも、それは少し違うか。

 クロウとエリアルに頼った解決というのは、そのまま私の存在に頼った解決方法ということになる、それは今後のためにならないだろう。


「ナナフシジャコウソウを焚いておく、ってのじゃ無理なのよね?」

「ああ、そうでした。それも相談しようかと思っていたんです。実は――」

「収穫量が減少でもした?」

「それもあるんですが……この雪のせいで焚いてもすぐに湿って火が消えてしまうんです」


 後に響くなぁ……色々と。

 まあ、普通はそうか。

 自然っていうのは様々な要素が複雑に絡み合って特異なバランスを取ってなりたっている。

 それを大きく捻じ曲げてしまったんだから、それに付随する問題は私の責任だろう。


「ユナさんは何か言ってた?」

「ナナフシジャコウソウについては村の畑を広げて栽培することを視野にいれるべきだと。それからむき出しの篝火で炊くのではなくて、専用の屋根を付けた台座を用意するべきと」

「なるほどね……私もそれは当座出来ることとして適切だと思う」


 ただし、それは今後に向けての方針であって、目の前の問題をどうにかするものではない。

 ナナフシジャコウソウの栽培は長期の計画でしかないのだ。


「とりあえず確認したいんだけど、ナナフシジャコウソウの栽培については目処はたってるの?」

「一応、ユナさんが今まで色々と調べてはいたみたいですが、大規模な栽培となるとまだ実験段階だそうです」

「なるほどね……」


 私も個人で少し調べてみるか。


「それで、ゼフィアの方は何かある?」

「あー……今回移住してきた連中が、ちょっとなー……」

「なによ、歯切れが悪いわね」

「いや、あいつら賢者の庇護があるからって他の開拓村から……言い方は悪いが逃げてきた連中みたいなもんでな。護身程度すら剣を扱えない感じで、一応稽古をつけてるんだけども……怪我人が増えるだけな気がしてなぁ」


 私の存在が村にとって足手まといを呼び込んだってことか?

 なんというか、すごい複雑。

 何処にでもそういうメンタリティの人はいるんだろうけどねぇ。


「今後まだ増えるとなると、一部から不満が上がりそうでなぁ」

「ふーむ……」


 なんだか政治的な話だけど、治安維持も含めて考えなければいけない立場からすれば、当たり前のことなのだろう。


「なにか、アテはあるの?」

「そうだなぁ……人員による負担軽減ができないっていうのなら、装備の充実……とか、待遇だろうなぁ」

「装備、ねぇ……その方面なら何かしら協力できるかもしれないな」

「お、マジで?」


 スキルの一つ、"永続付与術式(エンチャントメント)"。

 これは武器に様々な効果を付与するスキルなのだ。

 システム上ユーザーに許されていた強化程度であるからその数値はそこそこ程度であるが、こちらの世界でなら大きな力になるかもしれない。

 無論、程度は確認した上でやりすぎないようにすることは必須だろうが……。


「武器にちょっと魔術付与(エンチャント)するぐらいだけど」

「それは……すげぇ盛り上がりそうだな」

「いきなりうっかりやらかすと危ないから事前にどの程度になるか確認したいし、グランさん所で幾つか買ってきて試すから、使ってみて意見を聞かせて」

「おう……程々で頼むな?」


 なんだねその、こいつならやらかしかねない、みたいな反応は。




 その日の夜、紙に考えついたことを書き留めながら、山から降りてくる魔物のことについて考えを巡らせていた。

 山の食糧事情を改善するだとか、問題を即時で解決する案はやはりない。

 そもそもとして山の事情に手を入れれば、今度はそれに付随する問題が発生するだろうことは想像に難くないわけで……。


『ただ問題を解決するだけなら、どうとでもなるのでは?』

「いや、そうなんだけどねぇ……」


 それこそ、力技ならいくらでも使いようがあるのだ……。

 村をまるごと囲むような結界を張ってしまってもいいし、クロウとエリアルを見張りとして放つのでもいい。

 村人の前でやって見せればそれなりの威圧にもなるだろう。


 でもそれはあくまで"私が居るから成立するもの"でしかない。

 

 私は村をよく離れる事があるし、何より依存するような形で成長して欲しくはないのである。


「必要なのは、村の人達だけで成せること、私の賢者としての立場を示せるもの、早くから効果を感じられるもの、長く有効であるもの、そんな条件(ルール)か……」

『無理難題では?』

「いや、何も一手で解決する必要はないから……少し条件を変えるか。時間を稼ぐ手段があるというのなら、即時で村の人だけでどうにかするなんていう無理難題に挑む必要はない」


 そう考えれば、時間のかかる方法が効果を表すまでの間、私が庇護すればいいということになる。

 その程度ならば過干渉とはならないだろう。


 となると、その時間のかかる方法をどうアプローチするか、だな。


「いやいや、まてまて?」


 迂闊に強力過ぎる速攻案を出しちゃうとそれに頼り切りになられる可能性はないか?

 エウリュアレ村初期の創設メンバーならそんなことは無いだろうが、新しく来た連中に関しては何を言うかわからんしなぁ……。


「この辺は心理学の分野、かなぁ……あいにくそういう知識はないんだが」

『ねえさま、心理学ってなに?』

「うーん、人が何をどういう風に考えるかの学問?」


 でいいんだっけ?

 なんか違うような気もするけど。


「ま、いいか。今はまだ一人じゃないから、年の功を頼るとしますかね」


一応予定では幕間四話です、あと二話ですね。

その後は……まだ行っていない場所に行きます!

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