29.おーぷん・ざ・げーと
「天井がだいぶ高くなってきたわねぇ」
上を見上げてみれば、木々の間から微かに漏れる陽の光以外、薄闇が広がっている。
高さは十五メテルぐらいだろうか?
周囲に生える木々はその間隔を広げ、それに合わせて幹も太くなり相当の樹齢が重なっていることを思わせる。
時折落ちている太い枝などは硬く乾燥しておりそのまま加工して使えるような立派なものが目立ってきていた。
素材の宝庫だなぁ。
「そろそろ、だとおもうんすけどね」
「何が?」
「昔の冒険者が作った拠点っす。通り道に作られてるはずで、更に深い場所の魔物がでてこないように巨大な門がつくられてるそうで」
「ふぅん……そんな古いんじゃ、その門壊さないといけないかもしれないねぇ」
「まあ、ポエットがいりゃ大丈夫っすよ」
ならお手並み拝見といこうかね。
そう思ってちらりと視線を送ってみると、何やら気張ったような様子だった。
今のところただついてきてるだけだしねぇ……。
「今日中にはその拠点につけそうなのよね? なら今日はそこで野営にしようか」
「使い物になるかはわからないっすけどね、何か残ってるかもしれないなら探索もしておきたいところっす」
もっとも、ちゃんとたどり着けたらの話っすけど、とベイレスは続ける。
そもそも地図が残っておらず、かろうじて残っていた昔話を頼りに手探りで踏み込んでいるのだからそれも仕方ないことである。
そも、地図が残っていたとして、数十年経った森を相手にそんなものが参考になるのかという問題もある。
「魔術で探索してみようか?」
「姉さんがいると……すごく、ダメになる気がします」
ひどい評価である。
まぁ、最初から答えが全部わかっちゃったら経験にならないか、切羽詰まった状況でもないし任せることにしよう。
「あねさんあねさん」
「ん? なにポエット」
「気になったんですけど、いつも野営のときになにしてるんです?」
「今そこを聞くかー」
いや、別にいいんだけどさ。
そもそも野営になると疲れ切ってすぐうとうとし始めるポエットは今ぐらいしか話すチャンスがないのかもしらん。
「ちょっと加工の練習をね」
「ご自分で、ですか?」
「まぁ、趣味の延長みたいなもんよ。色々とやるのは楽しいからね」
「……なんていうか、世界が違う気がするっすね」
言われて、たしかに私が色々と手を出すのは、この世界の住人にとっては酔狂なことなのかもしれないと思い至る。
生きることが精一杯であれば、それにまずは特化するべきことが当たり前だ。
そういう意味で私が生まれ育った世界は確かに裕福だったのだろう。
そして、そう考えればこの世界においての私の行動は確かに酔狂なものなのかもしれない。
目的に特化して考えれば、外注するほうがよほど合理的なのだろう。
たんに私はそういうところに手を回していないだけというのもあるが……。
「そういえば、仕掛けなんかには詳しいって聞いたけど」
「おいらはそういうもの弄るぐらいしか能がないんで……罠とか、柵作りとか、そういうので生きていくためには開拓村に出るぐらいしかなかったんです」
「ふむ……ロジックロックのほうとかに出ようとかは考えなかったの?」
「そんなお金なかったっす……結局家出同然で出てきちゃったんで」
なんか……ほんのり重いなぁ。
「ポエットは技師になりたいの?」
「……そっすね、なれるならっすけど」
じゃあゴルディオスあたりに会わせてみるか……。
飛翔船づくりなんていい経験になるんじゃないかな。
そんな話をしていたら、ベイレスの目測が当たっていたのだろう、森に飲み込まれた巨大な門へとたどり着いたのだった。
高さにして八メテルほどだろうか、そびえ立つ金属製の門は表面に錆が浮いて、そこを成長した蔦が絡め取っていてなお堅牢だった。
少しも歪んでおらずそのままの威容を保っている。
ロジックロックのものとは異なり無骨な作りのそれは、頑強さを重要視して作られたのだろう事が伺える。
その門はしっかりと閉ざされており、今なお侵入者を阻み続けていた。
試しにと門を押してみるが、軋む程度にすら動かない。
本気になれば破壊することも可能だろうが、せっかくのこれを壊してしまうのももったいない、何より今後使われるかもしれないものである。
「じゃあ、ポエット。お手並み拝見と行きましょうか」
「うぃっす!」
かくて一人の技師見習いが朽ちかけた門へと挑むのだった。
作業のじゃまにならぬよう、門の周りに繁茂した枝を打ち払い蔦を引き剥がす。
そのうち素材になりそうなものはインベントリに片っ端から突っ込んでいった。
そうしてようやっと全貌を表した門、ポエットはその接続部やからくりを一つ一つ丁寧に点検していく。
ときにオイルを刺し、あるいは錆を落とし、かけた歯車を修繕してははめ直し、切れた鎖をつなぎ直し。
その作業がどれだけの水準なのか私にはわからないけれど、私からすればポエットはすでに立派な技師であると思う。
「あねさんあねさん」
「なに?」
「これっくらいの長さで、太さがこれっくらいの棒ありませんか?」
「んー、ちょっと削らないとダメね、作ればいい?」
「お願いします」
ポエットが言っているのは多分レバー用の棒だろう。
削り出された気が森のなかで数十年も朽ちないでいられるわけがなく、その部分がすっぽりなくなっていたのだ。
手頃な枝を探してきて削り出すのは、この中じゃ手頃な長さの刃物の扱いに慣れている私向けだろう。
ちなみにベイレスとラヴァータ、カルバリウスは野営のための薪だとか、きのみだとかキノコだとかを探しに行っている。
一応周辺を軽く探知の刻印で監視しているため、まずい事態にはならないだろう。
そもそもレアモブでもなければポエット以外はある程度対応出来ることも確認済みだし。
焚火を前に枝を削る私の隣に、ポエットもまたいくつか取り出してきた壊れた歯車を修復するために腰を下ろした。
無論完全に修復するわけではなく、一度開くだけの間持てばいいという程度の簡易的な修復である。
ひび割れて砕けた金属の歯車に、硬質の木材を削り形を当てはめて接着剤で接続していく。
果たしてそれであの巨大な門を開くために十分な強度に達するのかという疑問は、そっと飲み込んでおく。
最悪の場合私が魔術で強化を施せばいいだけの話だからだ。
そう思っていたのだが、ポエットは慣れた手つきで木材の表面に意匠を施していく、それが気になって声をかけた。
「ねえ、ポエット。それ、何してるの?」
「彫刻です」
「……刻印、よね?」
「らしいっすね、詳細な内容は知らないし、これしかしらないんすけど。これを刻んでおくと長持ちするんすよ」
そう言って慣れた手つきで印を刻むポエット、やがてそれが完成したとき、微かにマナが流れた。
私の目はその一部始終を捉えていた。
印を刻むというのは、こうやるんだと。
印を刻む、それと同時にマナが流れる。
術式の構築と同じだ。
だが術式の構築とは異なる点が一つある。
それは、モノに印を刻んだ場合、それは残るということだ。
そこからが、魔術として発動し消えるものと、術具として残るものの違いになる。
ポエットの技術はその初歩の初歩。
術具作成における完全な入り口の段階だった。
それ故に――分かりやすかった。
術具の作り方とはこうやるんだ、というお手本を見せられたかのように。
「私もやってみていいかな?」
「は? ああ、術具づくりの練習ってことすか?」
「うん。なんとなく今ので感覚はわかった気がするんだ」
「それじゃあ仕上げまでお願いするっすよ」
おいらは次の作業を続けるっすよ、といってまた可動部分の点検へと戻っていった。
太さ五セテル、長さ一メテルほどに成形が終わったそれに、慎重に印を刻んでいく。ポエットの刻んだ印は不器用な私が刻むよりも綺麗だった、それも思い出して慎重に、丁寧に、出来る限りの集中力を持って表面に印を刻んでいきながら、思考も巡らす。
ポエットはおそらく刻印魔術を自身に刻んでいないはずだ。
確認しては居ないが、感じられるものがないのと、ベイレス、ラヴァータも術を使わないあたり、おそらく刻印魔術を刻むという文化がこちらの方にはないのだろう。
つまり前提が違うのだ。
刻印魔術を扱う術者が作る術具、ではなく。
刻印魔術を扱えないものが作る術具、が正しい。
前提として置くものが違っていたのだ。
無論、それは刻印魔術を扱えるものが作れないということではないが。
最後の一片、そこに書き込むことで私の仮説が正しいのかどうか、それが判明する。
この手の術具は極簡素な効果しか表さない、それはどういうことか……。
しっかりと自分のマナを制御して、流入を防ぐ。
そうして最後の印を刻んだ瞬間、わずかにマナが流れて式が完成した。
「……できた」
初めてはっきりと、理論を意識しての成功は確かな手応えと充実感のあるものだった。
およそ三刻ほどの時間をかけて枝を打ち払われ応急処置された扉を前に、ポエットが緊張感とともにレバーに手をかける。
私も内心で折れるなよと祈っているのだが。
ゆっくりと引かれるレバーに連動して、古びた歯車がきしみを上げ、ギシギシと耳障りな音を立てながらであるが扉がゆっくりと開いていく。
人が二人ほど通れるぐらいに開いた段階で、中の歯車が壊れたのか破滅的な音がした。
「……強度的にやっぱこれぐらいが限界っすね」
「いやいや、上出来でしょう。これで通れるし、何より修理すればまだ使えるって証明されたもの」
隙間から奥を覗いてみると、そこは朽ち果てた拠点の痕跡らしきものが遺された少し開けた場所となっていた。
「それじゃあ、野営の準備しようか」
木々の隙間から覗く空が朱に染まるのを見上げながら、数度目の野営となった。
かりかりと、焚火の明かりを頼りに手製の本に今日の事を書き記す。
内容はとりとめのない雑記とか、メモであったり、私的な考察など、様々だ。
書いていることだって、この世界ですでに誰かが知り得ていることや研究が済んでいる事柄が大半だろう。
だからこれはまだ研究書とも考察とも呼べない、私が趣味で書き残す手記なのだ。
それにもしも価値があるというのなら、あるいはその視点などだろう。
異世界にやってきた――異世界からやってきた私という存在ゆえの視点観点、そこから書き出されるものこそが価値になるかもしれない。
この世界の人々にとっては、だが。
(アラクネあたりは、その辺食いつきそうだなぁ)
『質問攻めにされるでしょうな』
(あっはは……笑えないなー)
頭のなかで返事をしてくるクロウの言葉に内心で笑いつつ本を閉じる。
いつかそういう話が出来るぐらいになれればいいなと思う。
そのためにはいろんなことを知らなければならない。
読解者、魔剣の賢者リーシア・ルナスティアの研究書……か。
ちょっと心躍るものがある。
私なりに私の軌跡を書き残してみるのも良いかもしれない、なんて……。
ちらほらと漂う蛍のような森の光を眺めつつ、そんなことを思った。
長らくおやすみしていましたが、なんとか締め切り地獄とそれに合わせたスランプ期らしきものは超えたと思うのでぼちぼち再開していきたいと思います。
いや、一ヶ月ぐらい離れただけでもう驚くほど何書こうとしていたか忘れるものですね……今後は無いようにしなければいけません……。