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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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28.森の長い夜


「そう言えばさぁ……貴方とアラクネって、どういう関係なの?」


 なんとなく話に詰まった私は、世間話を装ってそうカルバリウスに聞く。

 いい機会かもしれない、とおもったのだ。

 この口数の少ない……少ないと言うより、話すことが苦手でぽつぽつと喋る感じの男のことも、仲間たちの関係性も私はよく知らない。

 今後、私を取り巻く事態がどう変化するにせよ、早めに知っておくことは意味があると、そう思ったわけである。


「そうだな……どういう関係、かといえば……保護者、に……なるだろうか」

「は? どっちが、どっちの?」

「俺が……アラクネの、保護者だった」


 冗談、ってわけじゃないんだろうなぁ。

 そういうことを言えるタイプじゃなさそうだし……。


「アラクネを、見つけたのは……十五年ほど、前の事だ」


 ゆらりと、焚火が生み出す影が大きく揺らいだ。


「パーネルセ平原の、ずっと東。ハイレンシア山脈の……麓を流れる川沿いを拠点に……山ごもりをしていたんだ」


 ハイレンシア山脈、確かアールセルム大陸の西側を、北と南に分断する大山脈だ。

 人里から結構離れていると思うんだけども、十五年前の段階でそんな奥地まで踏み込めるというのならやはりカルバリウスは相応の力を持った人物ということなんだろうなぁ……。

 これでギルドでぶっ倒れたのが謎だが。


「ある日……川沿いで、俺が素振りをしていると……川上から獣人族の少女が……」


 なるほど、それがアラクネか。


「どんぶらこっこどんぶらこっこ、と」

「ちょっと待て」


 その語り口はなんだ、しかも今やけに流暢じゃなかったか!?


「なんだ?」

「……いや、なんでもないわ。続けて」

「そうか……とにかく、ピ……アラクネとの出会いは、その時だ」


 ピ? ああ、もしかしてアラクネの本名か。

 気になるけど、今はいいか……どうせなら本人から聞きたいしねぇ。


「なるほどねぇ。それで保護者、か……」


 たくましく育ったものだねぇ、アラクネも……ん?


「ねえ、子供一人流されてきて、探しに来る人は居なかったの? アラクネも、歳にもよるだろうけど帰ろうとはしなかったの?」

「……アラクネの故郷は、アイゼルネと思わしき連中により、焼かれている」

「生き残り、か」


 いや、アラクネの性格を考えれば残ろうとしたのかもしれない。

 それを護るためにあえて川に突き落としたか……。

 この辺は推測にしかならないな、カルバリウスも全部を知ってるわけじゃないだろうし。


「あいつは……少し、危ういところがある。自分の存在、そのものを……軽視している、というか……だから、頼む。あいつに……何かあった時は、守ってやってくれ……」

「次に会ったときにでも話してみるわ」

「……すまない」


 こういうときは、ありがとう、だと思うんだけどね。

 ともあれ、旦那とか言われなくてよかったわ。

 寝よ寝よ。




 寝覚めは最悪だった。

 まだ眠い上にやけに肌寒い、焚火が消えかかっているのだろう、そんな中で必死に私を揺すり呼ぶ声があった。

 まだ薄暗いのだ、もうちょっと寝ていてもいいだろうに。

 そう思いつつ目を開ける。

 意識は一瞬で覚醒した。

 ああ、ちょっと考えればそうなる可能性ぐらい思いつくはずだったんだ。

 暗い森の中に焚火の明かりとあれば、光によってくるものが居るのは道理。

 ……結界に、でっかい蛾が止まっていた。

 何匹も。


 虫を裏側から見るとかトラウマものの出来事である、結界を張っているために内側からも手出しができなくて、仕方なく私を起こす事となったそうだ。


「……吐気がするわね」

「姉さん速くなんとかしてください、見てるの辛いっす」

「私もしんどいわよ。ったく……」


 風の刻印を編み上げて結界外周を切り裂いてやればすむ話ではある、そして……それは傷口に塩を塗る結果となった。

 目の前でガラス越しに巨大な蛾のバラバラ死体が降ってくるとか、どんな拷問だよ。


 結局そんなゴタゴタで出発が一時間ほど遅れたのはここだけの話である。


「収穫があっただけマシかしらね」


 袋に回収した"麻痺蛾の鱗粉"を見て、そう納得することにした。

 "麻痺蛾の鱗粉"は"物品開放マテリアルリアクション"で使うアイテムなのだが、それがこの世界で手に入るということは他のアイテムだって手に入れられる可能性があるということだ。

 特に"土蜘蛛の糸"は用途が豊富であるから入手経路があるのならば把握しておきたいものである。

 この辺は今後の課題といったところだろうか。


「姉さん姉さん、そろそろ植生が変わりますよ」

「うん……え?」


 考え事をしながら歩いているうちにどうやらだいぶ奥の方まで進んできていたらしい。

 濃密に茂った天井が陽の光を尽く遮って夜の闇のように薄暗い、そこに発光性の植物が繁茂しているらしくぼんやりと青い光があたりを照らし出している。

 蛍のような生き物も生息しているようで、時折すぅっと光の筋が現れては消えてゆく。

 その光景に、思わず私は足を止めてしまった。

 隣ではカルバリウスが同じように足を止めてその景色に見入っている。


「これが……神樹の森、かぁ」

「見事な、景色だ」


 見る人によってはそこを死者の国と捉えすらするかもしれない、そんな……異世界であることを念頭においたとしてもなお、それまでとは異質な光景。

 しばらくして、見惚れていた私たちはベイレスの声でようやく引き戻された。


「凄いわね……」

「ここまで来ると深層って言われてます。手に入る素材なんかも稀少で高品質なものになるそうです」

「そりゃ、交渉材料としてある程度採取していかないとだね。金色蚕が見つからなかった時の可能性も考えておかないとだし」


 そうなった場合相当長期に渡って篭もることになるだろうとは思うが。


 薄暗闇の中に咲き誇る光る花。

 光っているのは花びらと花粉らしく、下にはそれが降り積もっていたので小瓶に回収する。

 密度が高まると光量が増すらしく、小瓶に1セテルほども詰めてやると松明程度の明かりになった。


「明かり確保」

「姉さんは変なところで常識無いのに、そういうのやたら強いっすよね」

「職業特性みたいなもんだから」

「はぁ……まぁいいっす、気にしないっす」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ファミル

夜光植物。

陽の光の当たる場所では生育しない。

花粉、花びらが発光する。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 こういうふうにデータ見れちゃうんだから、研究の必要がないしね。

 そういう点じゃほんとにチートなんだよな。


「にしても、これだけ暗いと生き物が居ても見落としそうね」

「深層ではそういう事もあったらしいです。特に怖いのがナイトベアという巨大な熊だとかで……ぶっ」


 先導していたラヴァータが何かにぶつかり足が止まる。

 頭上から聞こえるうめき声に咄嗟に障壁を展開したのが功を奏しただろう、巨大な鉤爪がラヴァータを襲うも、それに阻まれて初撃は防ぐことができた。


「言ってるそばからかい!」


 即座に散開して距離を取る、周りが開けてきていることが幸いして距離は取りやすいのだが、いかんせん暗い。

 挙句相手は体高三メテル程もある巨大熊である。

 さて、どうしたものか……。

 できれば二人の戦闘経験にしたいんだけども……。


「熊、か……」


 前に出たのはカルバリウスだった。

 カルバリウスが子供に見えるな……熊でかいわ、ってそうじゃなくて。


「カルバリウス! 任せていいの!?」

「うむ……俺が、抑える」

「じゃあお手並み拝見とさせてもらうわ! ベイレス、ラヴァータ! 左右から回り込みなさい!」

「りょ、了解っす姉さん!」

「わかりました!」


 問題は私の行く場所がなくなったことだな。

 仕方ない、バッファーとしての役割をこなすとしますか。


「"能力値増強式フィジカル・エンチャントメント"-"筋力(ストレングス)"」


 一瞬、私の強化のほうが早かった。

 振り上げられた暴力的な形状の鉤爪がカルバリウスの大剣と噛み合う、ぎしぎしと軋むような音が、一進一退の攻防の証だろう。

 これは強化がなければ危なかったかも知らんね。


 その間に左右からラヴァータの蹴りとベイレスの拳が炸裂する、だが……まるで堪えた様子も見せずカルバリウスとの力比べが続行された。


「あ、姉さん! 体毛が分厚すぎて打撃じゃ通らないっす!」

「まじかよ……」


 それじゃあ私の剣も通らない気がするなぁ……しっかたないなぁ。


「支援してあげるから、めげずにがんばりなさいな、"武器威力増大(ブレイブエンチャント)"!」

「まじっすか!」


 武器威力増大は固定値攻撃力の上昇だから、これで嫌でもダメージは通るだろう。

 たまったものでないのはナイトベアのほうで、自慢の体毛の上からダメージが通るようになりしばらくしてカルバリウスとの組み合いを解いた。

 僅かな間のあとに上げられた咆哮、それ自体が衝撃を持っているのではないかと思わせるほどの重圧の強いものだった。

 カルバリウスはそうでもないが、獣の血の濃いと思われるベイレスとラヴァータの動きが明確に鈍った。

 戦意を減退させる咆哮と言ったとこだろうか。

 あいにくながら、私は鼓舞系スキルはないからな。


「わざわざ目を離してくれるとは、俺も随分と舐められたものだな?」


 不意に自信たっぷりの声が響く。

 一瞬混乱したが、どうやら声の主はカルバリウスだったらしい。

 大剣を高く掲げてからの一閃に、正面から縦一字に刃が走る。

 分厚い体毛が威力を大きく減じたものの、腹部までを切り裂いたそれは確かな致命傷だった。

 ぐらりとナイトベアの体が揺れ、地響きとともに倒れるまでにそう時間はかからなかった。

 程なくしてマナの霧散が始まり、あたりにファミルとは違う明かりが灯った。




「咆哮を受けたときは死ぬかと思いました」

「まだ尻尾の毛が逆立ってる気がするっすよ」

「……」


 遺された素材を吟味しながらの休憩中、獣人組三人が口々に言う。

 離れた場所に隠れていたポエットなどは完全に放心状態のようだった、ちびってないだけマシだろう。


「そう言えばカルバリウス、さっき自信満々で流暢に喋ってたよね?」

「そう、か?」


 あ、だめだ。戻っちゃった。

 戦闘のときだけ自信あるタイプなのかね、剣を握ると性格変わるタイプか?

 まあいいか、戦利品を漁ろう。


「爪が七つに、毛皮が大量……骨と、肉……結構な量ね」

「長命な奴だったんすよきっと」


 長く生きたものほど、マナが浸透し素材として残る部位が増える。

 爪の大半が残るとなると相当長命なものだったのだろう。

 本当に、レアモブとの遭遇率高い気がするな。


「高値がつくといいわねぇ」

「相当高額になると思いますけどね……ナイトベアって神樹の森にしか生息してませんから、素材なんて出回ってませんし」


 二人の装備を見繕った分の元は取った感じかな。


「とりあえず今夜の食材は決まったわね」

「どんな味なのか今から楽しみです」


 素材を回収し終えた私たちはまた奥へと進む。

 奥にそびえるであろう神樹を目指して。


ポエットが空気。

あまりにも書かなさすぎたせいで獣人組二人、って途中書いて慌てて直しましたよね。

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