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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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27.神樹の森


 左右どちらを見渡しても、鬱蒼と茂る森が広がっている。

 神樹の森と呼ばれるそこは特に深い樹海となっており、踏み入るだけでもなかなか難しそうな領域を形成していた。

 とはいえ、歩ける場所がないというわけでもなく、獣道やたまたま朽ちた木が倒れたりで踏み入ることはできそうな気配である。

 空から差し込む日差しはほぼ無く、周囲はかなり薄暗い。

 私が魔術で明かりを用意してあるからこそ見えているものの、これでは確かに探索はおぼつかないだろう。

 息を吸えばむせ返るように濃密な草木の匂い。

 奥から微かに漂う甘い匂いは、花だろうか果実だろうか。


 絡む蔦を引きちぎり、生い茂る枝を打ち払い、ダンジョンと言うよりは純粋に藪の中を踏み入る子供時代の冒険のような行軍を一刻ばかり続けると、やがて深い蔦が減り始め、横に三人ほど並んで歩けるスペースが出てきた。


「そろそろ外縁部は終わりっすね」

「外縁部?」


 先導していたベイレスが周囲の様子にそんなことを言う。


「神樹の森は若木が密集する外縁部と、老木が中心となる中央部、そんで神樹がそびえ立つ中心部の三つに分類されるって話っす。外縁部は特に若い木が狭い感覚で奪い合うように繁茂して、その隙間をコケやシダ、ツル科の植物が埋め尽くすんだそうで」

「なるほど……それで生存競争を生き残った木々がこの中央部ってわけだ。コケとシダはともかく、ツル科の植物は木に絡んで成長するから、結果開けてくるわけね」

「昔は外縁部から中央部まで道が切り開かれていて特に苦労もしなかったらしいですよ」


 ラヴァータの言葉に、踏み入る前の状況を思い出してみたが、それらしき場所は見つからなかった。

 すでに自然によって飲み込まれたあとということだろう、人による手入れがなければそんなものか。


「ということはここからは、魔物も出るかな?」

「そう考えたほうがいいっすね、というわけで隊列は意識したほうがいいっす」

「はいはい、それじゃ前衛はベイレスとラヴァータね、私とポエットが間に入って、後ろはカルバリウスに任せるわよ? ていうか、その大剣振るえるの?」

「格闘術も、修めている……問題、ない」

「……そう」


 大剣……おいてきても良かったんじゃないかな……。

 

「んじゃ、進むっすよ」


 なんとなく、少しだけ気の抜けたようなベイレスの号令で森の奥への進行が始まった。

 と言ってもその歩みは私の万物の叡智(ルータスノーツ)で確認しながらなので比較的ゆっくりである。


 木々に絡みつくように繁茂した蔓は太く丈夫で、そのままで上質のロープにもできそうなぐらいの強度を誇っている。

 木々の奥を辿り長く切り出してみれば、水分があるだけにずしりと重かった。

 切断した部分からは蓄えられていたのであろう水がポタポタと溢れ出している。

 インベントリにしまいこんだが、周囲にはそこかしこに生えていることを考えると、そんな必要もないかもしれない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

名称:ネペト

種別:蔓植物


神樹の森に繁茂する蔓植物。

蔓の中に豊富な水を蓄える性質がある。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「飲水には困らなさそうね」

「ちょっと青臭そうですけどね」

「ああ、それはあるかもねー」


 ラヴァータとそんなことをいいつつ進んだところで、私たちはそれと遭遇した。

 体高二メテルほどの……大うさぎに。


 ちょうど道沿いに曲がったところでの鉢合わせだったために、出会った瞬間お互いに足を止める。

 こんなでかいウサギ初めて見たな、と思ったのだが何故か私以外のみんな、というかカルバリウス以外尻尾が逆立った。

 私の目にはノックラビットと映っていて、こんな大きかったのかと関心していたのだが、どうやらそれがそもそもおかしかったと気づいたのはカルバリウスが踵を返し、ポエットが走り出し、ラヴァータが後ろに飛び退いて、ベイレスが私を捕まえて駆け出した段になってである。

 すっく、と……立った、うさぎが立った!


「ちょおおおぉぉぉぉ!? なになになになになに!?」


 これ声の発生源が私じゃなきゃドップラー効果が発生していると思うとかそんなどうでもいいことを考えた矢先、うさぎが二足歩行でダッシュで追い上げてきたのである。

 なんだこの絵面は……。

 ベイレスに俵担ぎされながらそのありえねぇ光景を眺めているわけだが、だんだん距離が縮まってきてるねぇ。


「ふぅむ、よしいけラヴァータ! 蹴っ飛ばしてやれー!」

「無茶言わないでくださいよ姉さん! ウェイトが違いすぎますって!」

「それもそーか」


 ドタバタ喜劇も楽しいけども、ふぅむ……しゃーないな。


「風よ集え、その身集いて針となし、その針束ねて刃となせ――エアスラスト」


 周囲にあんまり被害を出してもまずいため、軽く精度を上げるため詠唱をつけ簡易に生み出した八つの風の刃で文字通り八つ裂きにしてやる。

 ばしゃっ、という音と共に血が撒き散らされ走っていた勢いのままに肉片が転がり、そうして喜劇は終わりをつげたのである。

 その突然の出来事に一行の足はパタリと止まる、シュールだねぇ。


「姉さん……もっと早くお願いするっすよ」

「いやぁ、初めて見たからねぇ……大きいのね、ノックラビットって」

「あんなでかいの見たこと無いです」

「あれ、そうなの?」


 なんか出だしから嫌な探索になりそうな予感がするなぁ……。


「ふむ……見事な、肉塊だな。食べきれない、のが難点、だが」

「食べ切れない分は私が回収するから、とりあえず今日は肉パーティだね」

「む……」


 ノックラビットのシチュー、結構美味しかったからね、ごちそうだごちそう。

 ……挙動がデタラメだったことは、記憶の外にそっと投げ捨てておいた。




 森の少し開けた場所の草を軽く刈り取って焚火のできる場所を作る。

 この森は水気が多いから簡単に延焼することはないだろうが、森林火災には気をつけておかなければならないだろう。

 なにせ魔物が多いとは言えこの神樹の森は宝物庫のようなものなのだから。


 あの後数度魔物と遭遇し、適当にラヴァータとベイレスにやっつけさせドロップアイテムを回収した。

 この辺は二人の収益としてきちんと後日ギルドで精算することにしよう。


「さて、あとは結界かな……」

「え?」

「え、って……どうするつもりだったの?」

「姉さん、普通は見張りをたてるもんすよ……」

「……ああ、そう言えばそうだったわね」


 いつもクロウとかエリアルにまかせてぐーすか寝てたからそういう認識が欠片もなかったわ。

 私すごいイージーモードで旅してるんだなやっぱ……チートってすげぇや。


「まあいいじゃない、気軽に結界張れる人間がここにいるんだからさ」

「……規格外って言葉、ご存知っすか?」

「ベイレスだけ外で寝る?」

「さーせんっした!」


 わかればいいのだ。

 さてさて、焚火を炊いてるから空気まで遮断するとまずいことになるので、音と匂い、あと最低限の物理的な強度を持たせておけばよいかな?

 簡易的に張ってみて、念のため解除された場合わかるように刻印を編み込んでいく。


 最近になって意識するようになったが、刻印を編み込む感覚は何かを作り上げるものとよく似ているのだ。

 印の並びを考えるのは編み物のごとく、つながりを意識するのは文章に似ている。

 全体の出来上がりは書き込まれた絵のようで、開く術式は花を思わせる。

 終わる術式は散りゆく桜と重なった。


「姉さんの術式は綺麗ですよね」

「うむ……ここまでの、術者は、なかなか居ない」

「いやいや、私よりすごい人はたくさんいるって」


 アラクネとかユナさんとかアーレイスさんとか、ノフィカだって見事な刻印式を組むんだから私なんてまだまだだ。


「さて、そいじゃご飯の準備しようか」


 わぁっと歓声があがった。


 鋭くした木の枝に森で取れた山菜ときのこ、そして肉を多めに挿して焚火の周りに立てていく。

 時折回して火加減を調節してやることしばし、香ばしい匂いが漂い始めたところで各々が手を伸ばし始めた。

 ノックラビットの肉はあの筋肉質の割に肉が柔らかくとても美味しい、本来は熟成させないと美味しくないんじゃなかったかという疑問を吹き飛ばしてくれる、異世界だしね。

 途中までは食べていたんだけども、みんな串の消費が早すぎるので途中から私は串づくりに戻る、ベイレスもラヴァータもどんな欠食児童なんだってぐらいガツガツ食べるのよね。

 次点がポエット、そんで以外なことにカルバリウスが少食でやんの、ホント見た目とチグハグな感じよねぇ。


「ノックラビットの肉をこんな贅沢に食べれるなんて……しあわせ」

「ステーキにして食ってみたい……」


 きみたち?


「ノックラビットの肉ってそんなにごちそうなの?」

「でた、姉さんのよくわからないところがわかってないパターン」

「もう慣れましたよね」


 おかしいな、酒類はなかったはずなんだが……なんか酔っ払ってる感じするぞ?


「姉さん、ノックラビットってのは基本的に体高一メテルぐらいです、取れる肉の量となるともっと少ないのです。なので基本シチューなどに入れてかさ増しして食べるのが普通なんですよ」

「うむ……野菜が、あるとはいえ、これだけの肉を、味わえる機会は……なかなか、ない」

「なるほどねぇ……まぁ、まだたくさんあるから。たんとお食べ」

「「「やったー!」」」


 微笑ましいねぇ、とそんなことを考える。

 若干所帯じみてきている気がするのは、気のせいということにしておいた。




 すっかり日も暮れて森の中がすっかり暗くなり、焚火の明かりだけがあたりを照らし出している。

 ゆらゆらと揺らめく炎が森の影を操って、こういう場所での野営はなかなか心やすまることもないのだろうと実感させていた。

 ベイレスもラヴァータも早々に寝入っており、ポエットに至っては体力の関係で食後すぐに轟沈した。

 カルバリウスが唯一、木に背を預けて大剣を抱え静かに茶を飲んでいた。


「リーシア」

「んぅ? 何よ?」


 いきなり名前を呼ばれたからびっくりしたじゃないか。


「アラクネとは……どう、なんだ?」

「どう、って……その聞き方がまずどうなのって感じだけど、何が聞きたいの?」

「そうだな、どう……思っている?」


 また抽象的だなぁ、何をどういう風に聞きたいのかもうちょっとはっきりさせてもらいたいものだ。


「それは仲間として、の話? それとももっと別の事なのかしら?」

「……仲間として、は……どう、思っている?」


 うわ、仲間としては、ってことは別の意味も含んでるなこれは?

 一つずつ解決していくしか無いか、口数少ないから話しておきたい所だったし、ある意味ちょうどいいかもしれないね。


「そうね、一言で説明するのは難しいかな。まず、凄腕の刻印術師。私は彼女みたいに緻密な刻印を描けないからね、そういう意味では一つの目標ではあるかもしれないわね……」

「目標……」

「私よりずっと世界のことを知っているから、色々と頼りになるし、戦闘においては背中を預けるに足る、そういう意味で仲間としても信頼はしてるかな」


 ただ、その信頼は漠然とした私の認識によるものだが。


「どっちかというと私のほうが足りないところは多いだろうから、隣に立てるように頑張らないとねー」

「そう……か。リーシア、お前が、アラクネの事を、良く、思ってくれている、ということは、よくわかった。……安心、した」

「ん、そう?」

「……アラクネの事を、よろしく頼む」


 そう言って、カルバリウスは喜怒哀楽の見えなかったその表情を少しだけ和らげた。


だいぶ間が空いてしまいました。

神樹の森編はもうちょっと続きます。


そう言えば最近エナジードリンクを控えるようになりました。

愛飲しているのはMONSTERなんですが……カフェイン、糖分抜きの味だけ同じ清涼飲料水でてくれないかな、というお話をこぼしたらTwitterのフォロワーさんから「諸々抜きで同じ味ってそれも健康に悪そうですね」って言われました。

……たしかに。


逃げ道は無かったようです。

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