26.準備は入念に
こんな街だからいわゆる武具を扱っている店なんて廃れているかと思ったら、案外そういうこともないようで……。
自警団が懇意にしている鍛冶屋を訪れてみた所、以外なぐらいに商品はしっかりしていた。
ただし、ひどく獣人向けに偏っているという注釈が付くが。
「ふぅむ……手甲、脚甲、爪、そういった部類が大半だねぇ」
「剣使う獣人なんてあんまいませんからねぇ」
そうなのか、私の知ってる獣人は糸を使うからよほど特殊なんだろうな。
他にあるのはハンマーだとか、両手斧だとか、なんか豪快な感じのが多い。
「それより姉さん、いいんすか? 俺らの装備まで見繕ってもらっちまって」
「ああ、いいのいいの。今後は色々と手伝ってもらうこともあるだろうしねー、まぁ、祝いってことで」
話は少し遡り、昨日のことになる。
「ミスティルテインに、入りたい? この、三人が?」
カルバリウスのあげた疑問の言葉を、私は串焼き片手に肯定する。
三人組はなんだか神妙な面持ちなのだが、そこまで緊張するほどの組織じゃないと思うんだよなぁ。
先程の体たらくを見ても意思を曲げないのは大したもんだとおもうけどね。
大丈夫かおねーさん色々心配だぞ?
協力者って形で一緒に活動してる私が言うのもなんだけどさ。
む、これは皮か。この食感好きなんだけど、こういう料理ができるのは世界共通なのかねー。
隣ではベイレスが中心となってカルバリウス相手に熱いセリフを飛ばしているのだが――この言い方は誤解を招くか。
まあ絶賛説得中。
そして出た言葉が――
「入るのは、構わんと思うが……給金は、ないぞ?」
なんだからもうね。
「基本、自分の食い扶持は稼いだ上で、なんだっけ?」
「ああ、そうなる」
そして眼の前に居るのは稼げなくてギルドで転がった男なんだからもう、ね。
心なしか三人の視線が冷たそうだ、しらんけど。
「それでいいのなら、連絡はしておこう」
ということで話はあっさりまとまったのである。
当面の間は私が面倒を見ることになったし、位置としては私の部下的なことになるらしいんだけど、私の本気についてこれるとは思わないからそのへんは適当な感じに納めるということで、一応考えおかなければいけないだろう。
さて、そこでどんなふうに対応するか、なのだが……諸々の最低限度の支度は整えておくべきだと判断し、インベントリの中にある金貨を少しだけ振る舞うことにしたのが昨夜の話である。
確認したらゼロが十二個ほどあり、全部金貨として統一されているらしい。
別にそんな使うつもりもないけど、使い切れないよね。
そんなわけで私が半ば引き込んでしまったようなこの子達に最低限の装備ぐらい整えさせるのはまぁ、義務かなぁというわけでインベントリのお財布を紐解いているわけである。
決して、シャドウブリンガーを買ったせいでこっちの世界で稼いだお金があんまりないとかそういうわけではない。
決して。
私は私でなんか気になるようなものでもないかなと店内を見回っているのだけれど、これと言って心惹かれるようなものは見当たらない。
そもそも格闘系のキャラなんて持ってなかったしねぇ。
いや……だからこそ、格闘術を一から学んでみるのもありっちゃありなのか?
「そうだベイレス、貴方格闘術の心得ってどんなもんなの?」
「え? 力の限り殴る蹴るするだけっすけど?」
「……感覚で?」
「感覚で」
「あ、うん、そう、なんでもないや」
参考にならんかった。
なんかスプリングファーミアきてからこっち微妙な感じになってる気がするんだけど、私の気のせいかね?
しかし、身体能力に任せたがむしゃらな戦い方で強いってのは、ある意味卑怯だなぁ。
私も人のこと言えないけどさ……。
「姉さん姉さん」
「なによラヴァータ」
「私達、重大なことに気づきました」
「うん?」
「武器の見立てがわかりません」
……そうか。
「んじゃまぁ、私が幾つか見立ててあげるから、自分に合いそうなの選びなさいな。ラヴァータは脚甲で、ベイレスが手甲よね、あと鎧が三人分、動きやすいものでいいわよね?」
「うぃっす」
やれやれ、万物の叡智はこういう時便利だねぇ。
ヒョイヒョイとめぼしいものを確認していくのだが、時々見習い職人の作った武器なんかが混ざっているのでそれは候補から外す。
耐久値なんかが極端に低いから使う側からすれば危ないだろう。
私の見立てに店員が驚いたようなものを見る目で見ていたが、まぁ気にすることもあるまい。
「大体こんな感じかな」
「あ、あの……姉さん、どれも結構高いんですけどほんとにいいんすか?」
「へーきへーき」
金貨ひとつかみぐらいだしね。
この世界のお金はサイズも分厚さもそこそこあるから、まぁいいところ15枚ぐらいかなぁ。
武器のほうが立派に見えるのは、これから頑張ってもらうということで。
防具も含めてサイズをあわせ終わった頃には日が傾き始めていた。
「ど、どうすか姉さん。似合いますか?」
「こんな立派な装備、分不相応な気がするんですが……」
ポエットが目逸らしてるぞ。
まぁ一人だけ非戦闘員だしねぇ。
「いやいや、立派立派。いいんじゃないの、足りない分があるならこれから補えば」
「う……がんばるっす。ところで姉さんはそのローブみたいなのでいいんすか?」
「ああ、いいのいいの。私は鎧なんかだと動きが制限されて逆に危ないから」
そもそもこのローブ、あんたらの革鎧より防御力高いしね、とは口にしないでおく。
どこの世界に皮より丈夫な布地が……いや、あるか、あるな?
今になったから思うけど炭素繊維とか本当にオーバーテクノロジーだったんだなぁ。
「んじゃ、次いこうかー」
そんなこんなで買い物は続き、ポエットの工具類、食料、その他細々としたものを買い集め終わった頃には日が沈んでいた。
しいて不満を上げるならば、私にとっての実入りというものが無かったことだろう。
私向けの刀剣類も、魔術に関わる道具類も、なんにもなかった。
私はこっちの方とは相性が悪いのだろうか……?
ともかくこの日はそれで解散となり宿に戻った。
さて、私の準備本番はここからだ。
ベッドに腰を掛けて触媒やらアイテムやらの選別開始である。
"物品開放"用のインベントリの整理をしておかないといけない。
行き先である"神樹の森"がどこまでゲーム時代に従っているのかはわからないが、属性としては有効なのは火属性だろう。
問題なのは森という場所である。
ゲーム時代には遠慮なくバカスカ森フィールドで使えた火属性魔法だって――まあ私は持ってなかったけどさ――現実世界でそんなことしたら火事になることぐらい、冷静に考えればバカでもわかるのである。
魔術師系の大魔法スキル、メテオスウォームなんかぶっぱなしたりしたらそれこそ大災害だ。
まぁ私は使えないけど。
つまり、現実的に考えて火属性魔法は使えないわけだ。
……昔とあんまり変わらんなぁ。
とりあえず"土蜘蛛の糸"は確定。
これはもう安牌というか、どんな状況でも使いようがある粘着拘束アイテムだし。
"火炎蝶の鱗粉"はたぶんアウトだなー。
森となると状態異常を使ってくるやつが多いかもしれないし、今回は私以外の戦力が充実してるから回復重視のスタイルで行くか……。
基本的に刻印魔術でどうにかなるだろうけれど、念には念を入れて"漢方薬"と"薬草束"、補助で"幸運のカード"、"忠誠の証"も入れておけば面白いことに使えそうかな?
あとは雷系魔術を入れた"刻印符"で……ええと、
六枠……あと二枠か。
今回はグループ行動だし、味方の強化よりも敵の弱体のほうが効果は期待できるか。
"呪いの印"あたりが妥当かな、あとは……"イカスミ"でいいや。
次は武器だよね。
森の中となると取り回しのきく短剣がいいかなぁ、鉈とかは……らしい武器なかった気がするんだよなぁ。
『お嬢様は相変わらず準備の時を楽しそうにされますね』
「ん? そうかな」
インベントリを覗いているとクロウが不意にそんなことを言ってきた。
私の感情が伝わっているのだろうか……そう言えば契約獣のそういうところもよくわかってないんだよねぇ。
「ああ、そうだ。今は宿内だし出てきていいわよ」
そう言っていつもに比べてほんの僅かな魔力だけを込めて四匹を召喚する。
サイズは、猫ぐらいだけど。
『……なんと小ぶりな』
『わー、みんなとおそろいー』
『ぴゅーい!』
エリアルが黙ってるけど大丈夫かの……なんかぷるぷる震えとるが。
まあいいかとほっておいたら、御鏡が永祈を追いかけ始めるなど適当に遊び始めたのでまぁそれでいいだろうと思うことにした。
剣は何がいいかなぁ、と考えを巡らせようとしたら、のし、とエリアルが左隣に、そしてクロウが右隣に陣取ってきた。
永祈と御鏡は目下追いかけっこ中である。
『姫、森の中に入るのでしたら枝を払う必要もあると思われます。刃渡りは短めで、それでいて少々肉厚な作りの、刃に重心の乗っているものがオススメです』
「あー、なるほどねぇ……」
でもそういう重心の剣ってあんまりないんだよねぇ。
現実的には用途とかそういうのでたくさんあるんだけど、ゲームの剣となるとあんまり好まれないのか種類が減るんだ、これが。
多分ジャンル的には……スペル・キャストが使いやすかったんだろうな……うぅ。
『お嬢様、それでしたらサイズミックダガーが手頃なのではないでしょうか?』
「ん、あー……」
クロウに言われてインベントリから出してみると、たしかに手頃ではある。
ただこれ、ただのダガーなんだよね。
かなり初期の頃の武器だ。
特殊能力もなく、ただの刃渡り三十セテルほどの武器である。
それ故に武装の候補からは外していたのだが……。
「確かに手頃ね、一本はこれにしますか」
『後何本用意なされます?』
「二本かなぁ……森の中での取り回しを考えるとそう長くないもののほうがいいだろうけど……」
『シャドウブリンガーでしたら取り回しに不便はないと思いますが?』
『クロウ、長モノは歩くときでも邪魔になるぞ』
『む……それは確かに。でしたら七曜剣などはいかがです?』
「七曜剣かー、また懐かしい名前がでてきたわねぇ」
ゲームでかなり初期の頃に実装された、初心者にとっては破格の性能を備えた、言い換えれば上級者にとっては物足りない剣である。
名前の通り七曜――と言ってもゲーム時代は七つも属性はなかったが――に対応し、任意に属性を切り替えることができる武器だったのだ。
今はどんな性能になっているのだろうか……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
銘:七曜剣
ベース武器:ショートソード
祝福:なし
攻撃力:60+21
耐久力:2300/2300
属性:
固有特性:属性変化
製作者:―
品質補正
攻撃力:+21
耐久力:+0
所有者:リーシア・ルナスティア
来歴:
虹を鍛えて作られたと逸話を持つ剣。
"火""水""風""土""時""光""空"の七つの属性を纏うことが可能。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
確認してみれば、やっぱり攻撃力はマイルドな感じだな。
シャドウブリンガーの半分ぐらいしか無いけれど、とりあえず候補にしておこう。
「あと短剣は風羽が安牌かなー。でも決定打にかける気がするなぁ」
『属性相性を自在に扱える姫なら問題ないとは思いますが……』
「まあ、フローネ山でやりあったのとか、鉱山でやりあったみたいなのが出てこなければね」
『あれはまぁ……ヌシですからな』
ヌシか、引き寄せそうな気がして嫌だ。
そう思った私は"イカスミ"をそっと専用インベントリから外し、そこに虎の子の"魔女の携帯陣"をセットしたのだった。
さて、あとは防具……と言っても服なんだけど、何か良さげなものはあったかな。
星読のローブに、魔術隊精鋭服、ソードマスター制服に、剣術士コートに……。
『お嬢様は今回後衛になるでしょうし、魔術師系のほうが良いのでは?』
「まあ、そうなるよねぇ……」
魔剣の賢者っていう性質上、立ち位置としては前に居たいんだけどな。
なにせ同行する四人のうち三人が前衛だからもう、他に居場所がないっていうか……。
「明日は魔術隊精鋭服で決めるとしましょうか」
『姫はコート系の服装好きですからねぇ』
「こっちの世界でもあつめた――あ、そうか。服飾店を見ていなかったんだ」
今度ぜひ探しに行くとしよう、うん。
なにせこの街は織物の街でもある、楽しみが一つ増えたね!
準備をしながら一人うんうんと頷く様子を、二匹の契約獣が見守っていた。
準備回でした。
武器ばっかりで防具についての準備がいつも描写不足だったんですが今回もそうなった感。
物品開放によるアイテムの説明は使用するタイミングが来たら解説を入れるなりします。
次回からダンジョンアタック編です。
ゆるりとおつきあいいただければ幸いです。