22.相反する二つの優しさ
スプリングファーミアについてみれば、なんとも牧歌的な雰囲気が漂っていて、たしかにこれは荒事に強いものには居づらそうな雰囲気を醸し出していた。
行ってしまえば田舎村の規模をそのまま大きくしたような、なんとも言えない雰囲気がある。
町中を過ぎていく時間というのもなんともゆるやかに感じるもので、これは居心地がいいものにはすこぶる居心地がいいのだろう。
結局リリカちゃんたちのことは良い手段も浮かばないままの別れとなってしまったのが心残りだ。
グズヴェルの隊商はしばらくこの街にとどまって商いをするらしいから、その間に機会があれば何かできるかもしれないととりあえず脇にどけておくことにした。
違法ならともかく、この世界のルールに従っている以上迂闊にても出せないしね。
ベイレスたち三人はやたらとしつこかったので、とりあえず話を保留にさせてもらった上で宿を見繕ってもらっている。
四部屋借りといて、といって金貨を渡そうとしたら、俺らは相部屋でいいですからと頑なに断っていた。
まぁ、それが普通なのかもしれないね。
というわけで私は現在人探しの真っ最中なのである。
神刺す枝を掲げる者のメンバーである魔人族、カルバリウスという大剣使い。
見た目は身の丈二メテルを超える身長に、身の丈以上の大剣、そして浅黒い肌に鋭い目つき。
探しがてらに街中をゆっくりと見て回ることにした。
踏み固められた土の道、少し端に行けば草が茂っており、街と言うよりはやはり村のような様相を呈している。
しまったな……三人共宿を取りに行かせるんじゃなくて一人ぐらい道案内に確保しておくべきだった。
誤算というのを通り越した自分のマヌケっぷりを頭をかいてごまかしつつ、とりあえずお昼がてら道すがらの露天で何かを買い付けることにした。
あっちへふらふら、こっちへふらふら、露天をはしごして心惹かれるものを探すけれど、いまいちピンとくるものがない。
串焼きだとかは材料次第では興味もそそられるが、普通の肉の串焼きではイマイチこれと言って心動かされない、奇抜な料理が食べたいとかではなく、なんというかこう、食指が動かないのである。
料理名なんかは、知らない感じなんだけどね。
しかし問題は空腹である。
さっきから食べ物を売っている露天ばっかり見て回っている、つまり匂いによって空腹はめっちゃ刺激されているのである。
草葉巻き……ナップテッラってなんだろう、煮転盛り……いい匂いさせてるなぁ。
何かお腹に入れないと……胃が痛くなりそうだ。
「そこの嬢ちゃん、旅人さんかい?」
私のことをそうやって呼び止めたのは獣人のおばさんだった。
まぁ、ここが獣人の拠点なんだろう、さっきから見渡す限り獣人ばっかりなんだけどさ。
「む、私の事? まあそんな所かな」
「それじゃあうちの店のサーギー食べていきなよ、絶品だよ」
なんじゃそら。
「どういう料理なの?」
「んん、簡単に説明すると、肉と芋の揚げ焼き、かね?」
「ふむ、んじゃ四つくださいな」
「おお、意外と食べるんだねぇ、50silだよ」
半銀貨を一枚渡して袋に入ったサーギーとやらを受け取る。
一袋にフランクフルトよりちょっと大きいのが三本ほど入ってる。
早速と一口食べてみると揚げたてなのかあつあつだった、猫舌には辛い!
歯を立てるとカリッとした食感がある、衣なしで揚げてあるからだろう。
内部は肉汁のジューシー感と芋のほくほく感があって……なんだろう、食べたことがあるんだけど食べたことがないようなこの感じ……。
肉多めの衣のないコロッケを表面カリッとなるまで焼いたらこんな感じだろうか?
「あー、こりゃ美味いわぁ」
「だろう、自慢の一品ってやつさ!」
なんだか快活なおばさんは嬉しそうにからからとわらっている、昼のうりどきはちょうど過ぎた頃合いなのだろうか、かまってくれてる感じ。
そうだ、魔人族とかいう明らかに目立つ容貌の人探すなら聞くのが一番はやいんじゃないだろうか。
なぜ、うろついていれば見つかると思っていたのだろうか……。
「ねぇねぇ、私実は人探してるんだけどさ」
「人探しかい? そういうことならギルドに頼ったほうがいいと思うが」
「んっとね、背丈二メテルぐらいの、色黒で大剣背負ってる人らしいんだけど」
「……なかなか、物騒な見た目だね」
おや、反応が悪くなったぞ。
「嬢ちゃんもまぁ、腰のものが物騒っちゃ物騒なんだけども……」
「ああ、ごめん。冒険者だからつけっぱなしにしちゃうのよね。こっちの人達って、冒険者とかはあんまり好きじゃないの?」
「……相容れない、っていうのかな」
「相容れない?」
ココらへんはしっかり聞いとくべきですな。
二つ目食べよう、出来る限りあどけなくな。
「あたしら獣人はもともと、荒事がそんな好きじゃない種族がら、っていうかね」
「でもそれだと魔物とか大変じゃない?」
「そりゃあね、襲われたら身を守りはするさ。食べるために必要な狩りもする、けどね……冒険者ってのはさ、不必要に踏み入って倒す必要もない相手を……殺したりするだろう?」
ああ、なるほど……そういうことか。
「魔物がこっちを襲ってくるから倒す、でもだからってこっちから襲っていって倒して回ってたら、魔物と変わらなくないかい?」
基本的に、優しい種族なんだね、人はそれを甘さとも言うのかもしれないけど。
でもそれは……うん。
今はまだ私が踏み入る場所じゃないな。
「ああ、ごめんごめん、話がそれちまったね。人探しだったね、相手は冒険者なのかい?」
「一応そうだと聞いてるわ」
「そうかい。それならこの通りを真っすぐ行くと、あそこに噴水があるの見えるかい?」
「……うん、遠いけど」
結構な距離あるけどよく見えるな……獣人種族ってのは目もいいのか。
「そこから右にいくとギルドがあるから、そこで訪ねてみるといい」
「そっか、ありがと。あ、あと……」
「うん?」
「もう四つくださいな」
三つ目を平らげた私はサーギーを追加購入したのだった。
「姉さーん!」
噴水の所に差し掛かったところで呼び止められて足を止める。
見るとギルドとは反対方向からベイレスたちが走ってくるところだった。
「おお、この人混みの中でよく見つけられたわね?」
「匂いでわかるっすよ!」
「にお……にお、い……?」
え、そんなに臭う?
思わず袖口とか匂いを海で見るけれど、うーん……少し気になる、なぁ……。
「姉さん気にしないでください、普通です。こいつの鼻が馬鹿みたいに効くだけなんで」
「あ、うん……そう?」
今の体になってからなんか代謝とかは変わったみたいでそこまで汚れないんだけども、やっぱ長距離移動後お風呂も済ませてないのは気になるよなぁ……。
このまま進めばギルドだが、急ぐ仕事でもないみたいだし先に湯浴みしたい気もするな。
「なんか言われると気になってきたから先にお風呂いきたいけど、場所わかる?」
「あ、案内しますよ。私も気になってた所ですし、あんたらも来るだろ?」
「え、いや……俺は水は……」
「おらもちょっと……」
「臭くしてると姉さんに嫌われるよ!」
「「うぐっ」」
なんかいいようにダシに使われた気がするが、まあそのほうがいいから何も言わないでおこうか。
「ああ、そうだ。はい」
「ん? サーギーじゃないっすか」
「三人分あるからよかったら食べて」
「いいんすか? ゴチになりますっ!」
「ちょうどおなかすいてたんですよ」
「おらも~!」
賑やかだなぁ……。
みんなが居たらもっと楽しかったんだろうか。
食べ歩きをしつつ私を案内する三人組を後ろから見ながら、私はかつての仲間の面影を探していた。
「うーむ……温暖な気候で助かるけどさぁ」
予想はしていたが湯船に浸かるような習慣はこっちの方にはないようだった。
一応体を拭くのにお湯を用意するぐらいで、基本水浴び。
くそう、この大陸西と東で文明度に差がない?
成り立ち的に仕方ないのかもしれないけど、ロジックロック方面がバランスブレイカーだよ……。
「姉さん、お背中お流しいたしましょうか?」
「え、あ……いや、平気平気」
「そうですか?」
……女の子の裸見るのも、慣れたねぇ。
うさみみにふさふさぽわぽわの──今は濡れてるけど、尻尾ときたか、いいなぁ……いいなぁ……。
毛も耳と尻尾とかほしいなー。
「姉さん何考えてるんです?」
「え?」
「いや、なんか尻尾を見ながらぼんやりしてたもんですから……はっ、まさか姉さん……いやいやいや、だめですよまだ出会ったばっかりですよいくら姉さんが凄い人だからってまさかそんな」
「いやいやいやいや何か盛大に勘違いされてる気がするけど違うからね!?」
とりあえずなんかよくないことを考えられてそうなので全力で否定しておいた。
「違うならいいんですけど……そういえば、姉さんはなんで冒険者になったんですか?」
「へ? うーん……」
なんだろう、こうして改めて聞かれると私には答えようのない質問だ。
なにせ私はこの世界で生まれ育って冒険者になろうとして力をつけたわけではないのだから。
でも、そうか……マギカからの頼みごとが終わってしまえば、私がこの世界で冒険者をする理由っていうのはなくなってしまうのかもしれない。
それは……少し寂しい気がするし、違う気がする。
本当に本当の、最初の最初、オンラインゲームに初めて手を出した理由があるとするならば、それは私にとって未知の世界であり、彩りのある世界に見えたからだ。
退屈な毎日に、楽しみが欲しかったとも言う。
少なくとも、初めて手を出したその日、私は──。
「……世界を見たかったから、かな」
それは、今も変わらないはずだ。
「ラヴァータは?」
「わたしは……結果的に、ですかね」
「なになに、なんかわけあり?」
「楽しそうですね姉さん……まあ、私こんなじゃないですか。子供の頃から足グセ悪かったんですよ」
ウサギだしなぁ……。
足ダンとか、じゃないんだろうね。
「わたしバカだったんで、ケンカぐらいしか取り柄がなかったんですよ。そんでベイレスと一緒にいつもばったんばったんやってて、それを役に立てるのって、やっぱ戦いだったんですよね」
「……そいつは、この国じゃ人受けの悪そうな話ね」
「わかります? 強くなると、みんな私達を避けるようになりました。自警団の連中なんかは優しかったですけどね」
それで順調にレベルを積み上げていって、居場所をなくした、か……なんともやるせない話だねぇ。
「なんでですかね……みんな、強い人を怖がるんですよ。守ってくれる人ですら……」
なんとなくわかるような気はする。
多分ここは平和な国なんだろう、そして守っている人達は志のある人達なんだろう。
守られている人達はあまり欲のない、落ち着いてしまうことが好きな人達。
そして、平和に慣れすぎた人達が、守られているという意識を失っていったんだろう。
何処かで聞いた話なような気がするな……。
「わたしたちはただ……みんなを守りたかっただけなんですけどね」
ぺふぺふと頭を撫でてやると、ラヴァータは耳を寝かせて目を細めた。
普段なら気持ちよさそうにしているように見えるのだろうが、その顔がどこか泣きそうに見えたのはわたしだけだろうか……?
「そういえば、ポエットはそういう感じじゃないけど」
「あの子は子供の頃にわたしとベイレスで狼から守ったことがあるんですよ。それ以来の付き合いで……同年代の中でポエットだけは、私達を怖がったりはしませんでしたね」
「そっか……」
「姉さん……姉さんは、あんなすごい力持って怯えられたり、しないですか?」
「ん、どうだろうな……わたしその辺鈍いから」
エウリュアレ村のみんなはどうだっただろうか?
特に怯えては居なかった気がするが、そういうふうに振る舞っていただけかもしれないな。
「まあ、実際のところグズヴェルとかは怯えてたし、そういうこともあるんじゃないかなぁ」
「気にしないんすか?」
「んー……アレはべつにいいかな」
ノフィカとかゼフィアだったら……きっと凄いショックだろうけど。
でもまぁ……。
「そういうふうに見られる事を後悔するに値する人を守れたんなら……後悔した甲斐もあるってもんじゃない?」
私の言葉に、ラヴァータは少し考えを巡らせた後、そうですねと小さく笑った。
食べ歩き回的なことをやってるときって大体空腹時なんですよね……。
セルフ飯テロを食らって「ぐぬぅ_(:3」∠)_」……ってなります。
あぁ~……美味しい物食べたい。