19.青空に響く雷鳴
いやいや、まてまてまて。
屠殺とか気が早いというかまだ聞くことが残っているじゃないか。
そもそも彼らは──。
「あなた達、何に村を襲われたの?」
「そう言えば話していなかったか。真っ黒な鎧を着た連中だ」
……なんだと?
「ちょっと。そいつらもしかして、殴ったりしてもまるで堪えた様子もなくゾンビみたいに向かってくる連中じゃなかった?」
「ああ、たしかにそんな感じだったが……知ってるのか?」
倒敗兵、なんでこんなところに……。
これは調べに行かないとまずいかもしれないな。
しかし私は今隊商の護衛という立場にいるわけで、自由気ままに動けるわけでもない。
一人で動いてたら……いや、これ以上は思考のループだな。
「で、どうするんだリーシア?」
「私に聞くの?」
当たり前のように聞いてくるヘリエルに、リーダーでしょう? という感じで返したら軽く明後日の方向を向かれた。
まぁ、一撃でのされたしねぇ……。
「制圧できたのがリーシアだから、っていうのもあるけど、その黒い鎧の連中については俺達は知識にないからな。判断材料がないんだよ」
「うーん……アイゼルネ、って言ったらわかる?」
私の言葉にその場に居た全員がしんと静まり返る。
これは理解した上での沈黙だろうなー。
「アイゼルネ、だと……あいつらが?」
「話には聞いたことがあるが」
「見て確認するまでわからないけどね」
挙動を見た限り、確定のような気はするけどね。
「状況的に見て、かなり難しい立ち位置にいるな。アインツ、どうするべきだと思う?」
自分ではもはや判断に困る、という感じの声色で相談を持ちかけるヘリエルだが、アインツも考え込んだままこれと言った答えが出ない。
状況的にどういうことなのか、私は未だにピンときてないんだけどね。
「正直な話、すでに俺達のような冒険者に判断できる領域は越えている。速やかに冒険者ギルドに報告して対処を願うのが一番適切だろう、問題は……」
「すぐに連絡を取る手段なんて無いしな」
無いのか。
共鳴結晶は……アラクネとか他のミスティルテインの人にしかつながらないしなぁ。
まてよ、確かスプリングファーミアにはカルバリウスって人が居るはず、ならその人に中継を頼めば連絡は取れるか。
問題は共鳴結晶にどれだけの価値があるのかだが、そんな通信システムがあるならエウリュアレに用意してあったっておかしくなかった気もするし、ギルドが所有してるなら教えてもらっている気がする……ダメそうだ。
「参考までに聞きたいんだけど、ギルド間の連絡とかって基本どうしてるの?」
「なんだ、リーシアはそんなことも知らないのか?」
基礎知識でしたか、すみません。
「ギルドは基本的に支部ごとに独立している。形態と情報共有は定期的に行われているが、隊商に手紙を預けるか、良くて早馬だな」
「あんまり急がないのね」
飛翔船とかあるのに、そういうのは無いのか。
そう言えば、現代でこそごく当たり前に通信してるけど、無線通信の技術って生まれてまだ百年ぐらいだったか、空を当たり前に飛んでるのにそういうのがないってのは……いや、必要性が感じられなくて生まれてない技術ってことかな?
「そこまで急いで知らせをする必要というのがそもそも滅多にないからな」
アインツが私の考えを肯定するように続けた言葉に、なるほどと思いつつ共鳴結晶での通信を諦める。
彼らの前で見せる訳にはいかないだろう。
イヤリング型のそれを指先でそっと弄ぶ。
これを考えたのも、作ったのも、相当の天才ってことだね。
「何も解決してないなぁ……」
「とりあえず問題と、解決しなければならないことをまとめてみようよ」
ライラの提案にヘリエルが頷いて後を引き継ぐ。
「そうだな。まずこいつらをどうするか」
「それから、護衛の仕事がある、それをどうするか」
「村を襲ったって連中がアイゼルネなのかどうかの確認……これはリーシアしかできないよな。かと言って護衛を外れるわけには……」
「そのためにはグズヴェルの説得が必要だねぇ」
あれを説得か……。
利益と天秤にかけてやれば、ってところかなぁ。
三人を解放してあとは任せる、ってのが一番無難な気もするけど……やってることが野盗だったし、野放しにするって選択は無いだろう。
いかんな、考えのループが始まった、これ以上悩んでも答えはでなさそうだ。
「リーシア、一つ確認したいことがあるんだが、構わないか?」
「何よあらたまって」
「半年……いや、もう少し前か。ウィルヘルム王国にあるとある村がアイゼルネに襲われ、そこに氷樹とよばれる樹が現れたそうだ」
「……よく知ってるわね」
「俺達はこれでもウィルヘルムを中心に活動してるんだ。それなりに情報は仕入れるさ」
それもそうか。
何も知らないで動くと早死にするもんね、才能がないってならそれこそ才能以外を詰めていかないとだ。
「お前さんがアイゼルネを知っているっていうことは、──エウリュアレ村での戦いに参加してるってことになる。つまりお前さんはエウリュアレの関係者だ、違うか?」
防御重視の装備と体格、そして仕入れた情報を組み合わせた精度の高い予測。
アインツがこれまで生き残ってきた理由はこれか。
「ついでに、エウリュアレには昔から水姫と呼ばれる神殿で眠り続けたままの存在がいるそうだが──氷樹を作ったのはその人なんじゃないか? そして、その人なら今当たり前の知識を知らなかったりもするんじゃないかと、思うんだが……」
これは私が迂闊だったのかなぁ……?
いや、半分ぐらいはカマかけなんだろうけど、問題は私がそれをやり過ごせるほどにごまかすのが上手くないということだ。
「……どうして、そう思うのかしら?」
「なに、ただのカンだ。だが、もしもそうなら交渉の切り札には十分なりうると思うんだが」
確かにもうそれぐらいしか手札はない。
やれやれ、そんなに時間もかからず私の事も広がっちゃいそうだねぇ。
そんなことを考えながら、新たな手札を交えて話をすすめる。
結局のところ、私が勝手に動くだけの話になりそうだった。
「護衛を離れることを認めろ、だと?」
「そうしなければならないと判断しました。離れるのはリーシアだけです」
「論外だ、そいつが居なければどうやってその獣人共を抑える。と言うかなぜ拘束していないのだ」
「それについては私の刻印魔術で解決させてもらったわ。任務遂行っていうので目的を強制させてる。この子たちに課した任務は、この隊商をスプリングファーミアまで送り届ける事」
「それを信じろというのか?」
だよねーぇ。
仕方ないなぁ、と傍に居た狼の獣人ベイレスの首元を掴んで思い切り膝蹴りを食らわす。
流石に私が本気でかますと大怪我じゃすまないから加減はするけど、それでものたうち回るぐらいにやる。
「ほら、歯向かってきません」
「……その余裕がないだけではないのか?」
「しょーがないなぁ」
治癒をかけて回復してやっても大丈夫ですよー、とアピールしてやる。
もちろん、そんな都合の良い刻印魔術なんて無い。
本気で作ろうと思えば私ならできるかもしれないけど、そうするつもりはハナから無いのだ。これは予め打ち合わせておいた行動の一つに過ぎない。
ま、わりとガッツリ蹴ったけどね。
嘘を相手に信じ込ませるためには、真実で周りを固めて信じさせてやらなければならない。
そのために手加減らしい手加減はできぬのだよ、事前に了承取ってるとは言え、痛かっただろうなとおもうとちょっと気分は悪い。
「ほら、平気」
「む、むぅ……」
ベイレスが喉をグルグル鳴らして威嚇しているが飛びかかってこないところを見て、半信半疑だが信じつつあるグズヴェルに、畳み掛けるように説得に入るヘリエル。
がんばれー。
「アイゼルネ、か……話には聞いたことがあるが……」
「ここで自分の護衛を調査のために出し、情報を持ち帰れたとなればスプリングファーミアでの心象はだいぶ良いことになるでしょう」
「ふ、む……一理ある」
交渉材料としての手札はほしいだろう、というアインツの見立ては当たったらしい。
「それで、リーシアと案内役に獣人一人を連れて行くという形か。それで帰ってこれるのか?」
「それ以上の人選は存在しないでしょう。なにせ彼女は、氷樹を生み出した賢者ですから」
「……」
沈黙された。
まあ、そうだよね。
「それは法螺がすぎるというものだろう……こんな若い女が賢者だと?」
まあ、みんながイメージする賢者って言うと多分しわくちゃのおじいちゃん、おばあちゃんな見た目を想像するよねぇ。
それはたんに、賢者に成るまでにそれだけの時間がかかるって言う比喩なんだとはおもうけど、私も正直自分が賢者って言われると違和感ある。
魔剣の賢者って名乗っちゃったけどさ。
「第一、そんな賢者ならばなんで一人で冒険者ギルドなんぞにおった。護衛の十人、二十人連れていてもおかしく有るまい。いや、そもそも国が出張るはずだ」
それが嫌だから表沙汰にしてなかったんだけどね。
「多少刻印魔術に長けている程度でその名を謀るというのであれば──」
「証明すればいいのね?」
にやりと、顔を出来る限り歪めて笑みを浮かべてやる。
ざわり、と全力で収束させたマナが草原に風を起こす、それはマナの知覚がおぼつかない常人ですら理解るほどのものだったのだろう。
その場に居た全員が背筋を撫でられたような悪寒にその身を掻き抱く。
それを起こしているのが私だと気がついて、その場に居た全員の視線が私に集中する。
私を正面から見ていたグズヴェルの目が大きく見開かれた。
「どう証明すればいい?」
「……あ……う」
「流石にもう一本氷樹を作るのはごめんだわ。後腐れなくいきたいの、気の利いた提案をしてもらえないかしら」
嘘。
何をするかは事前に決めてある。
「ねぇ、応えてくださいなグズヴェルさん──でないと」
刻印を広げる。
"風"と"光"を交えて"強化"と"増幅"を折り重ねる。
頭の奥に微かな頭痛を感じつつ、以前よりも効率よく刻印を重ねるそれは、複雑な幾何学模様のようになって空を覆った。
「うっかりこの隊商が──吹き飛んでしまうかも」
晴れ空に突如瞬いた閃光が視界を白く染める、響く雷鳴が空を切り裂き、離れたところに破壊を生み出すのは一瞬の出来事だった。
轟音が響き渡り草原の一角が吹き飛ぶ。
咄嗟にアインツが盾を持ってグズヴェルをかばった。
吹き飛ばされて空高く舞い上がった土砂が降り注ぐ、それが収まるまでそう時間はかからず、降り注ぐ音が止んだ頃そっと落雷の落ちた後を伺う。
そこには目算にして直径五百メテルほどのクレーターが生み出されていた。
うむ、ほぼほぼ想定通りだね。
術の制御は概ね成功してると言っていい、術の規模を含めればかなり行使がうまくなったなと実感できる。
無駄についても、今回は微かな頭痛があるぐらいだったし、だいぶ省けてきてるんじゃないかな?
そんな風に考える私をよそに、隊商は馬が突然の轟音と閃光によって暴れ始め大事になり部下の人達が宥め抑えるのに右や左の大騒ぎ。
そんな中グズヴェルは放心するばかりだった。
そう言えば馬って臆病な生き物だったの忘れてた、悪いことしたなぁ。




