表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
氷樹の森の大賢者
6/88

6.その手に残る感触



 剣を構えてノフィカを中心にゼフィアと反対側の位置に移動するが、さてここからどう行動するべきかとよく周りを見ると、すべてのコボルトの注意が私かゼフィアに向いているように見えた。

 ノフィカは手負いだから優先して狙う必要もないってことか?


「ノフィカは水の結界を張ってろ。リーシア、攻めと守りどっちのが得意だ」

「わかんないけど、多分攻めのほうかな」

「それじゃあノフィカは俺が守るから、適当に数減らしてくれ……頼む、ぜっ!」


 ゼフィアに指示されてノフィカが短く詠唱のような言葉を紡ぐと、光の帯がノフィカの前で小さな陣を描いた。

 それと同時に薄い水の膜のようなものが現れてノフィカの周囲を包み込む、これが水の結界とやらなのだろう。

 それを確認して手負いのコボルトに止めをさしつつ、近寄ってくるコボルトをひたすらに牽制するゼフィア。

 一人ならば戦いようもあるのだろうが、足を傷めたノフィカを守っていては大立ち回りをすることもかなわず、結界を確認してもそれを変えないところこれもそこまで安全なものではなさそうだ。


 私が攻め……斬れるのか?

 いや、そもそも私の動きが通用するのか?

 スキルの補正によってだろうが自然と体が動かせることは確認済みだ、でもそれで動きまわる生物を斬れるかというとそれはまた別の問題だ。

 心理的な意味でも、物理的な意味でも。


 そこまで優しく確認できる状況を考えていたわけじゃないけれど、ここまでヘビーな状況も想定してなかった。

 考えが甘かったかな。


 そんな考え事をする時間なんて許してくれるわけもなく、一匹のコボルトが飛びかかってきた。

 まとめて跳びかかってこないのはなんでかわからないけれど私にとっては都合がいい。

 思ったよりもその瞬間はゆっくりと感じられた。

 振り上げられた棍棒、それが私めがけて振り下ろされてくる、命を奪うという目的を持って。


 その瞬間、初めて恐怖からくる悪寒が背筋を駆け抜けて、私は無意識に剣を振るっていた。

 コボルトの棍棒をかいくぐり、その喉元へと走らせた刃は、肉を裂く感触と骨を断つ感触を生々しく伝えてくる。

 そして大した抵抗もなく振りぬいた後に見えたのは、勢い良く飛んでゆくコボルトの首とそのまま力なく落下する胴体、そして目の前に迫ったコボルトの体から吹き出た血液だった。


 びしゃり、と生臭い液体が降り注ぐ。

 生暖かい、少し粘性のある赤い液体。

 光景が現実離れしていたからだろうか、それとも私が本来そういう人だったからだろうか、思ったよりもあっけないものだった。


 コボルトたちも予想外だったのだろうか、注意が一斉に私に集中したのを感じる。

 付与もない、魔術もない、上位剣技も使えない、それでもこれぐらいなら何とかなりそうだ。

 そう自分に言い聞かせて、私は剣を構え直し駆け出した。





 途中で森から現れたコボルトも含め、都合数十体ぐらいだろうか。

 それらすべてを私とゼフィアで切り捨てて状況は打開された。

 周囲には切り捨てられたコボルトの亡骸が転がっているのだが、その全てから青白い粒子が溢れ出している。

 ぼんやりと見ていると徐々にコボルトの体が消えていっているので、おそらくコボルトの体を構成している何かなのだろう。


「お、終わり?」

「みたいだな。しかしお前とんでもねぇな、あれだけのコボルト相手に大立ち回りして無傷とか……ま、助かったけどよ。ノフィカ、終わったぞ」

「も、もう大丈夫なんですか?」


 ゼフィアが声をかけるとノフィカの周囲を覆っていた水の結界が弾けて消える。

 多分これ魔法なんだろうね、後で教えてもらわないと……はは。


 ふぅ……。


 気が抜けたせいなのか、剣を鞘に収めてノフィカのそばまで戻ってきたところで私の足から途端に力が抜けてしまった。

 剣を鞘に収めた後で良かった、抜身だったらどこかに刺さってたかもしれん。


「リーシア様、大丈夫ですか?」

「あー……多分、平気……ちょっと疲れただけだと思う」

「それだけじゃなさそうだがな。ノフィカ、足の治療が終わったら見てやってくれ、毒でも食らってるとまずいからな。その後俺の方の治療も頼むわ」


 ゼフィアはなんとなくわかってるんだろうね、今更震えている手を隠して力なく笑うのが精一杯だ。

 肉を切る感触も、骨を断つ感触も気持ちいいものじゃない。

 料理に使うような生肉とは全く別の感触が手に残っていて、こみ上げてくる吐き気をなんとかこらえるべく景色へと目を向ける。

 青白い粒子が立ち上る光景は、それを生み出す根源とは反対に綺麗で随分と皮肉なものに感じられた。


「なんていうか……不思議な光景ね」

「死んだ魔物のマナが霧散しているんです。マナの影響の強い部分以外は溶けて消えてしまいますから」

「へぇ……」


 気を落ち着けるためのひとりごとのようなものだったのだけれど、足の治療が終わったのか側に居たノフィカが答えを返してくれた。


 発光する雪とでも言えば良いのだろうか、ホタルのように明滅するわけでもなく、淡い和紙越しの明かりというか、それがいくつもいくつも灯って浮かび上がってやがて薄れて消えてゆく。

 命が消えてゆく、なんて表現が適切なのかはわからないけれど、これはまごうことなき"失われたものが消えてゆく光"なのだ。

 ちゃんと、見届けなければいけないような気がする。


 後にはコボルトの革や身につけていたものが残されている、なんとも回収が簡単そうでゲーム的だ。

 この世界ではそれが普通のシステム、営みなのだろうけれど。

 ふわりと球状に浮かび続ける赤い液体──多分コボルトの血と、残った毛が宙にとどまっている。

 マナの霧散が終わると地に落ちて血液などは地面に吸収されてしまうそうで、霧散の間に回収するのが基本らしい。


 マナの霧散が終わった頃にはもう私の震えは収まっていた。

 気がつくと返り血もマナの霧散に巻き込まれたのか一緒に消えて綺麗になっていて、まるで何もなかったかのような気がしてくるが、それでも……。

 レベルアップのファンファーレが鳴り響くわけでもなく、戦闘終了のリザルトが出るわけでもない。

 それでも何か、自分の中にあったものが変わっている確信があった。

 もう、大丈夫だ。


「落ち着いたか?」

「んぅ? ……うん、もう大丈夫そう」

「そうか……んじゃ、ばら撒いちまった物を集めてさっさと帰るぞ。ノフィカ、足はもう治ったか?」

「大丈夫です、多少違和感は感じますが歩くには問題ないかと」

「周りが大丈夫そうなら私が持つわよ」


 ナナフシジャコウソウをカゴに詰めなおしてひょいと背負う。

 ノフィカが重そうにしていたカゴだって私のステータスにかかれば軽いもの、戦闘の心配がないならこれでいいのだ。

 そう考えるとさっきの戦闘でちゃんと動けて良かった、足手まといになってたらと思うとぞっとするね。

 その後村に帰るまでこれといったトラブルに見舞われることはなかった。

 途中、ちらちらとゼフィアが私の方に意味ありげな視線を向けてくること以外は。


 村に戻り一息ついた後、ノフィカは乾燥作業があるとのことでカゴを抱えて作業場へ向かうノフィカを見送る。

 手伝おうかとも言ったのだが、作業自体は時間がかかるだけで大してやることはないらしく断られ、代わりになんだか意味深な視線と「あとはお願いします」という言葉をもらった。

 何のことなのだろうかと思いつつノフィカを見送りその姿が見えなくなった、ゼフィアが口を開いたのはその後のことだ。


「おれ、剣の才能ないのかなぁ」


 唐突な彼の発言にどう反応するべきか少し迷う。

 スキルを見た限り、適正はあるのだから才能がないということはないと思うけれど、そんなことを直接言うこともできない。


「……俺とお前の持ってる剣って、切れ味にそこまで差はないだろ? なのにお前はその細腕でコボルトを真っ二つときた」


 いや、確かに他にサンプルを見ていないから否定も肯定もできないといえばできないんだけどね。

 けど私は剣も体の動くままに振るっただけで、剣術適正(ソードシンク)がゼフィアにもある以上動き事態に大差はないと思われる。

 もっと言うならゼフィアのほうがしっかりと技を身に着けているはずなのだから、私よりも腕がないわけでもないだろう。

 それでも、私の剣は一撃必殺に近い威力だった。

 何故か?

 ステータスの違い以外に考えられない。

 

 私は筋力のステータスをそれほど伸ばしていたわけではないが、それでも普通の魔法職と比べればかなり高めにしてあり、中級レベルの近接職程度はある。

 ゼフィアぐらいのレベルだと私のほうが筋力ステータスが上でもおそらく何もおかしくはない。

 けど、それを口で説明したってこの子はきっと納得できないんだろうね、ノフィカが言っていた言葉の意味がなんとなくわかった。


「練習用の木剣とか、ある?」

「ああ、あるけどなんでだ? 稽古でもつけてくれんのか?」

「うーん、私が稽古をつけるのは多分無理でしょうね。ゼフィアは多分気づいてないだけだから」

「どういう意味だ?」

「手合わせすれば多分わかるわよ」


 これは私の推測を証明するためにも必要だから完了させておきたいイベントだね。


「今日この後でも、後日でもいいけど、一度手合わせしましょう。そうすればきっとはっきりする、なんなら貴方に双剣術を教えたっていうカレンさんもつれてくるといいよ」

「……よくわかんねぇけど、手合わせすればいいんだな? わかった、明日にでもカレンさんに話してみるよ」


 納得したのかしていないのか判断に迷うが、ゼフィアはとりあえずそれに頷いた。

 その後ゼフィアも残りの仕事があるからと離れ、私は一人何もすることが無くなってしまったため仕方なく帰路についた。





 日は傾いて空が朱色に染まっている。

 前の世界と変わることのない空だったけれど、私には前の世界よりもとても綺麗に映って見えた。

 思えば昔はあまり空を見ることはなかったなぁと、そんなことを考えながら借りている小屋から外に出る。

 程なくして日は沈み、夜の帳が落ちてきた。


 夜はほとんど明かりがないといえば言い過ぎなのだが、篝火がぽつぽつとしか置かれておらず基本的に真っ暗、そんな中で見上げる夜空は私が今までに見たことのないような、何かの拍子に降り注いできそうなほどの輝きに満ちていた。

 二つの月、藍色の小さな月と、その三倍ほどの大きさの鈍色の月が浮かんでいて、鈍色の暗い月がなんとなく不安を誘う。

 そんな月が浮かんでいても、星空は綺麗だった。


 あの星のどれか一つが、私がかつて居た世界なのかもしれないな、なんて。


「……ガラじゃないわね」


 ふと浮かんだ考えを軽く振り払って淹れたてのお茶に口をつける、濃い目のハーブティー特有のクセのある味が広がった。

 夜のひんやりとした空気に熱いお茶がとても美味しい。

 本当はお酒があればよかったのだが、開拓村にそれを望むのは少々贅沢だろう。

 水が豊かでそのまま飲めるだけあって水を加工するという手間はあまりかけられていない様子、異世界の意外な飲用水事情だ。

 そんなわけでお茶に片手に考え事をしている。


 マナの霧散、おそらくあれがこの世界における経験値のシステムなのだろう。

 直に確認したわけではないけれど、あのあとステータスを確認してみたところ経験値の表示が増えていた。

 ノフィカのような、あまりマナの霧散に触れそうにない子でもレベルが上がっていることを考えると、経験値の入手経路はそれだけにとどまらないとは思うが。

 たぶん日常生活でも経験値が貯まるんだろう、そのシステムが私にも有効になってるかは後日確認しておこうかな。


 スキルについて、これは今日の戦闘でも制限が解除されなかったことから、まだ未経験の物が制限解除のトリガーになっていると考えていいだろう、あるいは複数条件でまだ全部が満たされていないか。

 制限解除の項目については何故か表示されないんだよね。

 考えられる他の条件は、剣を学ぶ、魔術を学ぶ、ダメージを受ける、経験値を一定量取得、スキルを一定回数使用、とかだろうか。


「……双剣術か、教えてもらえるかなぁ」


 カレンさんという人から剣を教えてもらえれば、推定条件の一つはクリアできる。

 それでスキルの開放ができるといいのだが。


 そんなことを考えつつ、ふと腰の剣に手をやった。

 コボルトたちを切り裂いた剣。

 私の親友が作ってくれた剣。

 そんな、私にとっての特別な剣は、今はデータではなく、確かな重みを伝えてきていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ