16.いけ好かない依頼主
ちょいと下品な描写などがありますので苦手な方はご注意ください。
「あらー、リーシアさんじゃありませんか、おひさしぶりですー」
「言うほど久しぶりでも無いでしょうよ」
五日ほど前にも依頼の件で顔を出してるというのにこの子は。
「……その剣、グランさんが"エウリュアレに持っていった"ものですよね。それを受け取ったということはエウリュアレとで往復二週間以上はかかってるのが当たり前です」
「……」
「おひさしぶりですねー?」
「…………そうね、久しぶりね」
くっそ、くっそ!
乗るしか無いじゃないか!
なんか悔しいっ!
「それで、本日はどのような要件でしょうかー」
「……スプリングファーミア行きの隊商の護衛任務とかあったら受けたいんだけど、何かないかな?」
「行き掛けの駄賃に依頼を受けよう的なアレですか?」
「そんな感じのアレですよ?」
ふぅむ……としばし考える素振りを見せたクラリスは、少し眉をひそめてみせた。
「あるにはありますが……あまり紹介したくはありませんね」
と、受付らしからぬ返答を返すのだった。
「その様子だと難アリの依頼しかない感じ?」
「そうですねぇ、報酬はきちんと支払われるでしょうが……依頼主の性格に難ありといいますか」
この子がこんな風に言うなんて相当だな……。
うーん、仕方がないね。歩く道々サバイバルしながらスプリングファーミアを目指しますか、多少実入りが欲しかったんだけどなぁ。
「路銀が惜しいとかでしたら、悪いことは言いません、別の依頼を受けて足しにするほうがマシです」
クラリスが素にもどってんじゃないの、どんだけなんだその隊商。
いっそ見てみたいような、見たら気分が悪くなりそうな、そんなことを考えたところで、外がにわかに騒がしくなった。
少しして、鼻血を必死に手で抑えながら一人の少女が扉をくぐって現れた。
五、六歳ぐらいだろうか? 首に無骨な鉄の枷がはめられていて、それだけで何か嫌なものを感じる。
あまりに突然のことに凍りついた私の横を通り過ぎて、クラリスが慌てて駆け寄り治癒の刻印魔術を施すのだが……。
「あ、あの……ごえいの、いらい……うけてくれるひと……いません、か?」
と、涙声で訴えるのみだった。
少女が視線を動かすたび、それと視線が合わないように周りの冒険者が視線をそらす。
ひどくおかしな空気に包まれたと思った次の瞬間、蹴り開けるかのような勢いでギルドの扉が開かれた。
その後ろに立っていたのは肥え太った商人らしき男。
開いたドアに少女がびくりと体を震わせて身を縮める。
なんだ、この光景と展開は?
「なぁにぃおおぉ……ちんたらしてるんだ! この糞ガキぃっ!」
私の目の前で、少女が宙を舞った。
何が起きたのか理解できずに、その光景を見るがままだったのだが、咄嗟にクラリスがその少女を抱きとめたことでかろうじて地面に打ち付けられることは避けられた。
そんな舞い上がるほどつよく蹴り上げられた時点で大差はないだろうが……。
男はそんなクラリスに対して生臭い視線を向け、そして少女を奪うように引きずり倒す。
周りの冒険者の誰も動かず、ギルドの職員もそれに対して何も言うことは無い。
いや、言えないのだ。
私の目にはこの少女の出自も見えている。
アールセルム大陸北東部に位置する海洋国家、アクアテーゼ。
職業は……奴隷。
ウィルヘルムの方では奴隷制度はとられていないが、所属が違う以上こちらの法での対処はできない。
そしてそれを逆手に取ってこの男は……!
「ぐぅぶ……ゔええぇぇぇぇえ……」
「おい糞ガキぃ! 誰におまんま食わせてもらってると思ってんだ!」
少女の腹を潰れそうになるほど踏みつけて、周りをじろりと見回す。
まっとうにやれば依頼を受ける冒険者がいないとわかっているから、少女を目の前で嬲って見せることで義憤に駆られる冒険者を使おうとしている、ということか……。
少女にはいくらでも暴力を振るう、けれど周りの冒険者やギルド職員には決して手を出してこない。
出せばギルドの正当防衛が成立するから。
なんて……。
──なんて度し難い。
怒りが沸点を越えようかとした所を横から引っ張られて受付の向こう側へと連れ込まれる。
「クラリス……」
「気持ちはわかりますがこらえてください。ギルドのルールではできることは何もありません……迂闊に手を出せばこちらの非になる」
そう言って拳を握る彼女の手から、赤い雫が滴り落ちるのが見えて、私の怒りは沸点を越えた。
そうだよね、色々猫かぶっててギルドの受付やってて、嫌なものだってたくさん見てきてる、それでも許せないものはあるよね。
「安心したわ、クラリス」
そう言って彼女の頭を撫でる私の顔は、きっととても悪い顔をしていたのだろう。
だって、彼女の顔が狐につままれたようだったから。
「そこの商人さん、その依頼っていうのはスプリングファーミアまでの護衛の話かい?」
「ああ、そうだ。が……嬢ちゃんじゃあ頼りにならんなぁ、もっと腕利きの冒険者は名乗り出んのかのぉ!」
「ぎいぃぃいぃいいいい!」
このやろ私を見た目だけで舐めやがったな?
さっさとその薄汚い豚みたいな足をどけやがれ。
「貴方がその少女から足をどけるというのなら、私がここに居るどの冒険者よりも凄腕だということを証明してあげよう、いかがかな?」
「ほう……もしも証明できなかったらどうする?」
いいからその足をどけろ糞豚。
その女の子の視線が苦しいだろうが。
「あんたが冒険者探しを続行するだけだろう?」
「……ふん、いいだろう。やってみろ」
そうしてやっと豚は足をどけた。
重症すぎる……おそらく他の護衛に治癒系の術を使えるのがいるんだろうが、それにしてもやりすぎだろう。
だというのに……この少女は……。
左から右に腕を一振り、それと同時に展開された"治癒"の刻印は、私の膨大なマナ収束力を用いて少女の傷を完膚なきまでに癒やしてみせた。
見るものからすればそれは魔法の領域だったかもしれない。
少女は転がったまま自分の両腕やお腹を触って驚いたような表情で私を見上げた。
糞豚もあまりのことに少しの間思考が止まったか。
「さて……今このギルドに、片手間でこれだけの治癒術の使えるものが居るかね?」
パフォーマンスだけどそう聞いてやる、周りの冒険者たちもその意図を即座に察してくれたのだろう、私に話を合わせて無理だと返してくれた。
みんなも腹に据えかねているんだろうさ。
「だ、そうだが?」
「……いいだろう、雇ってやる。他の護衛と打ち合わせをしておけ、案内はお前がしろ」
「は、はい」
不愉快そうに糞豚は出ていったのだが、その後が大変だった。
周りの冒険者から気をつけろだの頑張れだの闇討ちしてしまえだの……そりゃあもう言いたい放題である。
手続きはクラリスがちゃちゃっと済ませてくれた。
「それでは、これで手続き完了です。リーシアさん……どうか、お気をつけて」
「ん。まあ、ぼちぼちやるわ、リリカちゃん、案内よろしくね」
「はい! ……あれ?」
まだ自己紹介していないのに名前を呼ばれたことに、可愛らしく首を傾げるリリカちゃんを案内に促して、私は冒険者ギルドを後にした。
ちなみに、契約書の書類には商人の名前が記されており、その名前を見て思わず苦笑した。
グズヴィル・ランド……なんというか、名は体を表す、かね?
「リリカ! 怪我はないか!?」
「リリカちゃん大丈夫だった!?」
案内された馬車の中に入るなり飛んできた大声に、思わず耳を抑えそうになった。
それぐらいに大きい声だったというわけなのだが、騒いでいるのは見た感じ冒険者である。
重鎧に大きな盾を装備した壁役の男性、革鎧に剣の攻撃役の男性、弓を持った軽装の女性、術士がいないな……。
「……だ、だいじょうぶ……この人に、なおしてもらったから」
そう言ってリリカちゃんが私の袖を引っ張ってくる。
「あー……もしかして、新しくかけた募集できた人かい?」
「そうよ。リーシアっていうの、スプリングファーミアまでの間だけどよろしくね」
「よろしく頼む、術士なしでは不安があるからな……治癒術士なのか?」
「刻印は"再生"と"風"と"水"と他ってところ。一応この剣も伊達じゃないよ」
「その若さで剣も術もか、すごいな。俺はこのパーティのリーダーをやってるヘリエルっていうんだ、よろしくな」
そう言って革鎧に剣を下げた男が挨拶する。
攻撃役と思われるのがリーダーか、定番だね。
「そっちの弓もってるのがライラ、でけえのがアインツだ。ほんとうは昨日までもう一人仲間が居たんだが……抜けちまってな」
「察する所その子が術士だったの?」
「ああ、腕のいい治癒術士だったんだが、心が限界だったみたいでな」
「そういうことか」
腕のいい治癒術師がいる、ということはそのままリリカちゃんが怪我させられて治されるという苦痛のループを容易にする。
ということはあの糞豚はそれも見越した上でギルド内であの行動を起こしたということだ。
儲けてる商人だけあって、頭は一応回るってことか、ゲスいほうに。
「おっと、そろそろ出発するみたいだな。まあリーシアだったか、乗ってくれ。リリカちゃんはお母さんと話がついててな、隊にいる間は俺達が護ることになってるんだ」
「母親か……普通そっちも護る対象としてまとめられるものじゃないの?」
「いや、その……母親はな、あの商人の専用馬車に軟禁されてるんだ……わかる、だろ?」
しどろもどろと言いよどむヘリエル、そしてライラの表情が一瞬にして不機嫌なものに変わったことで、おおよそのことは察することができた。
まだ小さいリリカだが、顔立ちは相当整っている。
その母親となれば見目の想像ぐらいは容易い。
ギルドの人が揃って嫌がるわけだ。
進み始めた馬車に乗り込み、なんとも不安な旅が始まった。
夜中になり、苦虫を噛み潰すような気分で耳をふさぎ毛布に頭を押し付ける。
そんな行為は何の意味もなく、ただいらいらを募らせるばかりだった。
隣で眠ろうとするリリカちゃんは両耳を抑えて半泣きになりながらライラさんに抱きしめられている。
いや、幌があるとは言え馬車なんだから、防音なんてあってないようなものなんだよね。
私自身はこう、いわゆる男性的に興奮する部位はもうないんだけども、なんとも言えない変な感覚に襲われてムズムズしているというわけである。
薄明かりの漏れるグズヴィルの専用馬車から漏れ聞こえる嬌声はどこか苦しそうだ。
「ねえヘリエル、毎晩こんななわけ?」
「……ああ、それもあってちょっと、風紀が悪いんだよな。リーシアだったか、夜中には出来る限り一人になるな、男と二人もやめとけ」
まいったね、ほんと。
私を力づくでどうにかできるのはそうそう居ないだろうけど、リリカちゃんにとってよろしくないような環境な気がするんだよなぁ。
私の感覚が現代よりなだけならいいんだけども、事実リリカちゃん半泣きだしなぁ。
嫌だよなぁそりゃ、自分の母親があんな糞豚に、とか……ん?
「ねえ、リリカちゃんの父親って……」
「詳しいことはわからん」
そう言って首を横に振るのだが、なんとなく嫌な空気だけは共有できてしまった。
いやいや、変に正義感ぶる趣味はないからね、深入りはしないさ……。
それはおいておくとして……。
「うわっ!?」
「ああ、ごめんごめん、気にしないで」
突然生み出した刻印魔術の光に盛大に驚くヘリエル、何も言わずに術を行使しようとしたのはまずかったね。
軽く答えながら刻印魔術を組み合わせる。
"風"と"遮断"を組み合わせることで防音の魔術を組み上げるわけだ。
多分"遮断"だけでもできるんだろうけど私のイメージのしやすさはこっち何だよね。
効果はすぐにみんなもわかったのか、馬車内の空気が一気に弛緩する。
「んじゃ、おやすみ」
「あ、ああ……おやすみ、ありがとな」
「さっさと支度をせんかばかもん共め! 商談一日の遅れは金貨三枚の損に値するのだぞ!」
早朝からよくもまぁあんな声が出るもんだなぁと思いつつ、馬車に腰掛けつつ味の薄いシチュー──と言うよりスープ……よりもうちょっと薄いか──を食べつつ周りがあくせくと仕事をするのを見守る。
私は馬車の幌の上にいて、周囲を警戒しているということになっている。
実際は刻印魔術を使って周辺をサーチしてるから、何処に居ても変わらないんだけどね。
護衛組は基本有事の際にすぐ動けるように作業を手伝わされたりはしない。
この辺は珍しいらしいが、糞豚曰く商品は死んでも落とすな、だそうだ。
人を人とは思ってないんだろうな……ああ、豚呼ばわりしてる時点で私も似たようなもんか、どうでもいいけど。
やがて出立の準備ができた馬車は再び街道をごとごとと走り始める。
やたら急かす割に馬車の速度は早すぎるとかではないあたり、そのへんに合理性があるんだよね。
なんなんだか。
「ねえねえヘリエル、奴隷の扱いってこういう感じのが普通なの?」
気になったことを手綱を握っているヘリエルに聞いてみる。
上から声かけることになった点は許してくれ、位置関係上どうしようもないのじゃ。
「俺達はアクアテーゼの方のことはあんまり知らないからなんとも言えないな。ただ、聞いた話では財産とかわらないから、無下に扱うようなことはしないって感じだったが……」
「ふむ、財産か……」
うーん、なんだろう。
リリカちゃんだけああいう扱いなのか……しかしこちらに戻った限りではそういう扱いは無いんだよね、いまのところ。
あれは完璧に治癒されることを見越した上でのパフォーマンスだった、ということだろうか?
そんな風に考え込んでいると、魔術による探知に獣の集団らしきマーカーが浮かんだのだった。




