幕間-村の新たな仲間たち
二週間ほどの時間が経ち、村に久しぶりの隊商がやってきた。
見覚えのある懐かしい顔を連れて。
「おう、見覚えのある顔じゃねぇか。リーシア、久しぶりだなァ。てこたぁ、そっちのがゼフィアか?」
「お、おう。久しぶり、グランの爺さん」
「なんでぇなんでぇ、なかなか様になってんじゃねぇか! 安心したぜ!」
「お、おう……」
「もう一端の剣士なんだなぁ。ちいせぇ頃に泣きながら剣を作ってくれって飛び込んできた時からは想像もつかねぇなァ!」
「ほっとけよ!?」
ああ、そうか。
ゼフィアも当然面識があるわけだもんね……つまりそういうことか。
この人もゼフィアの過去を知ってるんだよねぇ。
「それはそうとして、リーシアの嬢ちゃん。スペル・キャストはどうしたよ?」
「……折れた」
「……なんだと?」
「は? 折れた? 仕舞ってたわけじゃないのかお前!?」
「いや、スティールクロウラー相手にちょっと」
あれ? ふたりとも固まっちゃったぞ?
「あー……びっくりした」
いや、まさか二人してあんな絶叫上げるなんて思わなかったわ。
まだ耳がきんきんしてるっていうか……。
「こっちがびっくりだよ!? スティールクロウラー相手に剣で挑むとかバカじゃねぇの!?」
「まったくだ。ゼフィアがやらかすならともかく、嬢ちゃんはもうちょっと思慮深いとおもっとったぞ?」
「じっちゃん!?」
「いやー、知らなかったんだよね」
この世界の基礎知識というか、基本的な常識が欠落してるのはもうどうしようもないのだ。
何を知らないのか、ということを知らないからわりとどうしようもない。
「じゃあ仕方ねぇな」
「そういやお前は時々いろんな所抜けてるもんな……うん、もったいねぇ……」
なんかゼフィアに遠い目されると色々不本意だなぁ。
「まぁ、直す目処はあるのよ。ちょっと材料が色々大変なんだけどさー」
「直すって、嬢ちゃんわかってんのか? 芯から完全に砕けてたら直しようなんてねぇんだぞ?」
「材料持ってくればなんとかしてやるってゴルディオスが言ってたのよ。だから材料あつ「ゴルディオスだと!?」」
突然目の色を変えて服の裾を掴まれてちょっと焦った。
「嬢ちゃんの言うゴルディオスってのは、ゴルディオス・ベイルンベチュアの事か!?」
「う、うん……ドワーフの」
「……師匠、まだ生きとったんか」
「師匠!?」
今度はこっちが驚く番である、というか関係者だったのか。
もしかしてグランさんから貰った短剣見せたら発生するイベント飛ばしちゃってたかな?
というか、老いて死ぬような感じは一切なかったけど……。
「色々あって飛び出してきちまったんだけどなぁ」
「それは……ゴルディオスさんも同じこと思ってるんじゃないかなぁ……」
でもアラクネの武器を作った人が師匠っていうのなら、あの神打の数も納得だね。
ていうか本当にいよいよ引退って大騒ぎだったんじゃないだろうかそれは……。
「まあ、そんなことはそのうちどうにでもなるわい。それより嬢ちゃん」
「何でしょう?」
「こいつをやる」
そう言ってグランさんはぽいと私に大きめの木材を放ってきた。
慌ててなんとか受け止めてみるのだがずしりと重い。
大きさとしては剣一本より少し大きめぐらい、光を吸い込んでいるかのように真っ黒なそれは、果たして本当に木材なのか怪しくなるような代物だ。
触った感じも結構硬質である。
「なんです、これ?」
「闇黒檀っていう鞘なんかに使う上質の木材だ。稀少品なんだがな、師匠が剣作るっていうなら鞘も相応のもの拵えろ」
「えええ、た、高いんでは?」
「……貸しにしといてやる」
そう言ってガハハと豪快に笑うあたりは、なんだかドワーフのイメージ通りだった。
思わぬ借りができてしまったなぁ……。
グランさんはしばらく村長の家に泊まって店作りをする予定だとかなんとか。
しばらくいる間に出来る限り色々返しておきたいね。
午後になり、ノフィカに誘われて私はカレンさんの家を訪ねていた。
産後しばらく経ってだいぶ落ち着いたらしく、ノフィカは仕事上定期的に顔を出していたそうだが、私にも会いに来てほしいとのことだ。
正直なんで呼ばれているのかよくわからないのだけれど、そういうことなら顔を出しておくか、ということでのこのことノフィカについていくことにしたのである。
ハーフドワーフとか、興味あるし。
少し歩いてすぐに見えてきた家の庇の下で、カレンさんが籠を傍らにおいてひなたぼっこ中だった。
今日は程よい感じの日和だから気持ちいいだろう。
ほどなくして私達のことに気づいたのか手を振ってくる。
「来てくれたのね、ありがとう」
「剣を教えてもらった恩もありますからねぇ」
「いやいや、そんな事言ったらリーシアちゃん居なかったら今頃私達も村も、何もかもなくなってたかもしれないんだから」
そんなこともあったねぇ。
なんかもう結構前の話に思えるけど……半年も前の話だからなぁ、どう思うかは人によるところか。
氷樹のある風景だって、私からすればもうそっちのほうが馴染みある景色になっちゃってるしな。
まあ座ってと促されて、庇の下にある長椅子に腰を下ろす。
籠の中には赤ちゃんがすやすやと寝息を立てて眠っていた。
この子がハーフなんだろうか、なんか……。
「意外と普通ですね」
「意外とってなに?」
「いや、父親がガヴィルさんだからもっとこう……ドワーフっぽさがあるかな、って」
「リーシア様……基本的に血筋は母親に依存します。父親がドワーフでも獣人でも、母親が人間なら生まれてくる子供は人間です」
「あ、そうなんだ?」
なるほどね、てっきりハーフとかいるかと思ったけど、ハーフ系の種族は居ないってことか。
まぁ、ややこしくなくていいかもね。
「リーシアちゃんは相変わらず、時たま基本的なこと知らないのね」
「いやぁ、不勉強でお恥ずかしい」
「何なんですかその謎の世間話のノリは」
ノフィカの若干呆れた視線がちょっと痛いが、私もわりと調整がついていない感じである。
なんかね、距離が図りづらいんだよ。
私もともとコミュ障というか、ちょっと人とズレてるところあるから。
ここの人達はそういうのを笑って受け止めてくれるから助かってるんだけどね。
「元気そうで安心しましたよ。夜泣きとかで疲れてるんじゃないかと心配でしたけど」
「この子全然夜泣きしないのよ。おかげで私も旦那も助かってるわ。そうだ、ガヴィルー! リーシアちゃん来たわよー!」
家の裏手に向かって声を上げるカレンさんなんだけど、そんな大声上げたら赤ちゃん起きちゃうんじゃないの?
私の心配を他所にすやすやと眠りこける赤ちゃんに、この子は将来有望かもしれませんなとか謎の感想を抱く。
少しして束になった薪を抱えてガヴィルさんが家の裏手から姿を表した。
「おー、嬢ちゃん元気にしとったか! あのときは本当にありがとうなぁ!」
「いえいえ、ガヴィルさんもお元気そうで何よりです」
「これでも元騎士だからなぁ」
そう言って薪割り斧を壁に立てかけて、カレンさんと籠を挟んで反対側にガヴィルさんは腰を下ろす。
なかなかに豪快な動作で赤ちゃん起きちゃうんじゃないかと心配になるのだが、やはり起きない……。
こんなにぐっすり寝るもんだっけ、赤ちゃんって……?
「それでカレンさん。リーシア様に来てほしいというのは、やはりアレですか?」
「そうそう。やっぱりそれが一番縁起がいいと思うのよね」
あ、なんか嫌な予感がする。
「アレってなに?」
「いわゆる験担ぎってやつだ」
「リーシアちゃん、この子の名付け親になってくれない?」
なんとなく予感はしてたけどやっぱりかー。
苦手なんだよそういうの。
「わ、私なんかでいいんですか?」
「お前さんだから頼むんじゃ。昔からの習わしでな、子を腹に宿しているさいに有事に巻き込まれたら、それを助けてくれた人から名をもらうと厄災を避けられるという伝えがあってな」
「むぅ……」
「リーシア様なら他にもいろいろなご利益がつきそうですよね、って話してました」
こらノフィカ、助長するんじゃありません。
確かに神性とか色々くっついてる私から名前もらうとか祝福じみた効果ありそうだけどさ、そんなこと言われると逆に怖くて心配になるわ。
「頼まれてはもらえないかしら?」
ていうか生まれてからまだ名前もらってないのかこの子は。
そう考えるとなんか、申し訳無さが……。
うぅ、人体実験じみたことになりそうで不安だけども……仕方ないか。
「わかった、わかりました。ほんとに、私が名付けちゃっていいのね?」
「おう! なんかこう、いい名前をビシっとつけてやってくれ!」
「ちなみに男の子です? 女の子です?」
「女の子よ」
「カレンに似てべっぴんさんになるにちがいねぇ!」
「やだあなたったら」
凄い突然に惚気けたな?
まぁいいけどさ、幸せそうにしてる人達見てるとなんか暖かい気分になるし、でもノフィカも苦笑してるよ。
にしても、女の子かぁ……
命名規則とか知らないし何かから取るか。
アルデバラン、はちょっと長いかな、意味的に悪くはないんだけども。
パンドラ……は話的に少し不吉な感じがするな?
ヘレネも、ちょっとよろしくはないか、ポラリス……は、家名と合わないなぁ……。
それはそれとして、あのですね?
考えを巡らせている間三人の視線が集中しているのが、ものすっごく……プレッシャーです。
ああもう、本当にこういうの苦手なんだよぅ。
かと言って適当に付けるなんてのはなしだ、絶対になしだ。
ラクシュミ……あかん、家名とあわん。
ジュノー、も微妙だなぁ……ライマ……悪くはないけども今ひとつだなぁ。
縁起とかではジュノーを推したいけども……そう言えば確か別名があったな、確か──
「……ルキナ」
ルキナ・ラキウスなんてどうだろうか。
「ルキナか……いいじゃねぇか」
「由来とかあるの?」
「昔の神話に登場する女神の名前なんだけどね」
この世界の神じゃないから、ご利益がどの程度かはわからないけどね。
「ルキナですね、分かりました。それでは儀式は今夜ということで、私は準備をしてきます」
「儀式?」
私の疑問符に答えもせずに、ノフィカはそそくさとその場をあとにしてしまった。
「儀式っていうのはね、この子を迎えるための儀式のことよ」
「……ああ」
なるほど。
新しく生まれた命に、名を与え儀式を持って迎え、一員とする。
どこの世界にでもそういうのあるってことか。
中心に私の背丈を超えるほどの薪が組まれている。
あれ着火するんだろうなぁ……。
周囲には十の篝火が用意され、そちらもまだ火は灯されていない。
そのためか村の集会場は少々暗かった。
どんなことやるんだろうねぇ、突然駆り出されたりしなければいいんだが。
「リーシア様、ちょっとお願いがあるんですが」
「あ、やっぱなんかあるのね」
予測済みよ!
外れてほしかったなぁ……。
「これから十の篝火をカレンさんとガヴィルさんで灯していくんですが」
キャンドルサービスかな?
「最後の一つ、中心の篝火に、私が合図したら火を灯してください」
「私が?」
「はい。本来は私がやるんですが、神使いであるリーシア様のほうが適任な気がしたので」
いいのかそれは?
首を傾げているとノフィカが中央の──いつもなら村長が立つ──切り株の上に立った。
それに合わせて周りのざわめきがすっと収まり静寂に包まれる。
もう始まるのか……。
「皆様、お集まりいただき感謝します。本日、カレン・ラキウス、ガヴィル・ラキウス夫妻の長女の名が決まりました。よってこれより迎え入れの儀を行います。夫妻は前へ」
「はい」
「おう」
何やら緊張した面持ちで二人が前に出て、ノフィカから松明を受け取る。
二人はそれで十の篝火に順番に日を灯して回る。
一つ一つ増えていく篝火に、次第に辺りが明るくなり、やがてノフィカのところへ戻ってそれを返す。
「時の炎は灯されました、あとは命の炎を灯すのみ……リーシア様」
「ん、わかった」
ノフィカから松明をうけとって、そっと十の篝火の中心へと足をすすめる。
付け方について支持はなかったから、このままでいいのだろうと敷き詰められている藁に点火すると、あっという間に燃え広がって巨大な篝火となった。
随分綺麗に燃え広がったなぁと思ったのだけど、なんかざわついてる?
「命の炎は灯されました、神も新たな仲間、ルキナ・ラキウスを歓迎しております。皆様、祝福をもってお迎えください!」
わっと歓声と喝采が上がり、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
どうやらこれで儀式は終わりのようで、村の人達がラキウス一家のところにわらわらとあつまって騒ぎ始めている。
私はそっと近場の丸太に腰をおろし、その光景を見守るのだった。




