14.穏やかな朝
ことの顛末の話をしよう。
あの後ロジックロックへ戻りアベルに報告を済ませた結果として、フローズヴィトニル建造資材のうち金属面についてはシルバークロック家が面倒を見てくれることになった。
もちろん、すぐさま一括で、ではなく時間をかけてゆっくりと、ではあるが。
それにはミールのやたらと積極的な進言もあったということは、一応明記しておこう。
結局答えをはぐらかしたまま、時間がたてば諦めるだろうと、私はミールのことをほったらかしておくことにしたんだけどね。
逃げたなんて言うなよ?
ミスリルワーム討伐で手に入れた素材はゴルディアスに持っていったところたいそう喜ばれた。
なんでも飛翔船の内燃機関に使うとのことで、どう調達するかという事になっていたらしい。
最重要部分にミスリルクロウラーの素材が使えるのなら、想定よりも出力限界が上がるということで何やら怪しい笑みを浮かべながら計算を始めるドワーフのおっさん、そそくさとその場を後にした。
また、その中に紫極石の高純度結晶が紛れており、私の捜し物の一つが解決されたことも付け加えておく。
アラクネは武器の修理と修復も兼ねてしばらく建造地にとどまるということになり、少々名残惜しいが一度別れることとなった。
まぁ、時期が来ればまた会えるだろうし、それまででもたまに顔を出しにくればいいかと自分になんとなく言い聞かせながら、私はフローズヴィトニル建造地を離れることにしたのである。
建造地から永祈を呼び出してそのまま空高くへと舞い上がる。
視界の大半が青に染まるその景色、全身に受ける風の圧力が生み出す何とも言えない開放感は、ここ暫くの間胸の中にわだかまっていた気持ちを吹き飛ばしてくれた。
言葉にもしない私の気持ちを察してか、永祈はただ私に心地よいようにとばかりにその翼を広げ空を泳ぐ。
深く深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐いて、それを繰り返しているうちに意識が空に溶けていきそうな気さえした。
『お嬢様、今後はどうするおつもりです?』
「んー……とりあえずエウリュアレ村に戻ろうかなぁ。色々と試したいこともできたし、何より一ヶ月も空けてると家のベッドが恋しくなるし。その後は、ギルドの依頼を受けて少しランクを上げておきましょうか」
『ということはしばらくは村とウィルヘルムを中心に活動する形ですか』
「ま、そうなるかな。今はミスティルテインで私が手伝うことも無いみたいだし、準備期間とさせてもらいましょうか」
ぐっと旋回を始める永祈に、落とされないようにとしがみつく。
どうやら進路をエウリュアレ村のほうへと修正したようだ。
『エウリュアレの方へ戻るということは、我らも羽を伸ばせそうですな』
「ああ、やっぱりずっと中にいると窮屈だよねぇ」
『いえ……そういうわけでは』
む? 単純に私の中にいるのが不満なのかな?
うーん……。
「犬とか普通の馬ぐらいのサイズで人目につかない所で、っていうなら召喚も問題ないんでしょうけどねぇ」
『い……いぬ……』
あ、クロウに酷いこと言っちゃったかな?
『ま、まぁ……我の翼は目立ちますからな……』
いや、キミ上半身鷲でしょ、というか心なしかエリアルも落ち込んでる?
うーん……失敗したかなぁ。
村外れに降り立つ頃には陽が傾き始め、夕日に照らされた海が綺麗に輝いていた。
ぐぐっと伸びをしながら久しぶりの景色を眺めると、帰ってきたんだという実感が沸く。
本当に、まだ半年ほどしか居ないにもかかわらず、私の気持ちはすでにここを故郷として受け止めているんだなぁと思う。
「クロウ、エリアル、御鏡、永祈。しばらく自由にしていいわよ」
本来のサイズで全員を呼び出したあと、しばらく羽根を伸ばしてもらうことにした。
私の家も村からはそこそこ離れた場所にあるため、そこに戻ってこられても問題はあるまいし、放し飼いというやつだ。
マナの消費は結構大きかったものの、特に支障があるというほどでもない。
たまには自由な時間というのもほしいだろう、私の中に居るときがどんなふうなのか想像もつかないしね。
高い雄叫びをあげたあと、永祈は思い切り翼を広げて空へと飛び立った。
その際に生み出された突風に煽られて体が思い切り吹き飛ばされたのだが、そこは高い身体能力のおかげで難なく着地できた。
いや、この身体能力が無かったら大怪我してたね、周りに人がいるときは注意しないとダメだな。
『あやつはそそっかしいですな。では姫、我もしばし暇を頂きます』
「ええ、ゆっくりしてらっしゃいな」
永祈と同じように翼を大きくはためかせると、あっという間に空へ舞い上がり見えなくなってしまった。
あの子達、私を乗せてるときはちゃんと加減してたんだねぇ……。
「クロウと御鏡はどうするの?」
『私はお嬢様の側仕えですゆえ』
「別にそんな忠義立てなくても、この村なら安全でしょうし何かあったらすぐ来れるでしょう?」
『む……そういうことでしたら、ちと肉の味が恋しくなりました。何か狩ってこようかと思います』
「ん、行ってらっしゃい」
『それでは、失礼します』
久しぶりに思い切り体を動かすつもりなのか、クロウもまたあっという間に森の中へと消えていった。
……もうすぐ夕暮れだし、森のなかでエウリュアレの人と鉢合わせ、なんてことはない……よね、うん。
「御鏡はどうする?」
『自由にしていいってことは、姉様と一緒に居てもいいってことよね?』
「ふむ……そういうことなら、家に帰って毛づくろいでもしてあげましょうか」
『やったぁ!』
ぴょんぴょんと飛び跳ねる御鏡をあやしながら帰路につくのだった。
『そういえば姉様、あの褐色キツネとはどんな関係で?』
「か、褐色キツネ……?」
『ええと、たしか……アルラウネ?』
「アラクネ」
酷い覚え違いである。
と言うか褐色キツネとは酷い覚え方もあったものだ……。
確かに褐色肌だけど、二尾のキツネ獣人だったけど、褐色キツネてどっかのゲームの初期雑魚じゃないか。
「アラクネがどうかしたの?」
『お姉さまは、あの女狐が好きなんですか?』
「……はい?」
思わず歩く足も止まるほど、どストレートに投げかけられた質問は、私にとってそれぐらい大きな衝撃があったのだ。
「……いや、うーん……違う、と思うけど」
なんというか、本当になんとなく感覚的に信用して大丈夫だろうと思っている節はあるが。
別に恋愛感情かと言われると、胸が苦しくなるだとか考えると夜も眠れないだとか、恋愛特有の典型的な症状は起きないしなぁ……。
好意は抱いているだろうけど、それが恋愛かと言われると正直違う気がする。
『ならまぁ、よろしいのですが。あの女狐は間違いなくお姉さまに気がありますわよ』
「……いやいや、ないでしょ」
御鏡の言葉をかるく流して、歩みを再開する。
アラクネが私に抱いているのは、多分複雑に絡まった困惑と疑念、そして高いステータスとスキルが可能にする圧倒的な魔術による興味と関心だろう。
間違っても恋愛感情なんてもののわけがない。
御鏡の言葉を頭のなかで否定しながらも、どこかで意識している自分がいることをうまく処理できないまま、一月程度だと言うのに懐かしく感じる我が家の扉を開けた。
差し込む朝日の眩しさに体を起こすと、隣では御鏡が丸くなって寝ていた。
昨日の毛づくろいには大変満足したようで、している間に寝入ってしまったのだがそのまま熟睡しているようだ、よきかなよきかな。
水差しからコップに水を注ぎ一息に飲み干す。
それだけでスッキリと目が覚めるあたりも、今の体の利点だろう。
視点を少し動かして窓の外を眺めていると、見覚えのある姿を見つけて私は急いでベッドから体を起こし服を着替えるのだった。
なんとか見覚えのある人影が家を訪ねてくる前に着替え終わり、慌てて出迎える。
驚いた顔は一瞬、すぐにそれは笑顔に変わった。
「リーシア様、お帰りになられてたんですね!?」
「うん、昨日の夕方にね。久しぶりノフィカ、元気にしてた?」
「私は大丈夫なんですが、最近ゼフィアの怪我が多いんですよね」
「無茶してる感じかぁ。顔出しに行ったら手合わせしろって躍起になりそうだね」
私のぼやきにこくこくとノフィカが頷くあたり、相変わらずと言ったところなのだろう。
そんなやり取りをしていると、ノフィカのお腹が可愛らしい音を立てた。
考えてみればまだ朝も早いし朝食前なのかもしれない、当の本人は恥ずかしそうにうつむいている、気にしなくてもいいのにねぇ。
「朝ごはんがまだなら何か作るわよ?」
「え、えと……お、お願いします」
「ん。朝だしなんか軽いものにしようか」
食料品に対して無敵のインベントリを漁りながら、足りない野菜類を裏の畑で育てている霊草で代用することにした。
錬金術師とかが聞いたら卒倒するんじゃないだろうか。
肉は以前作っておいたローストしたスプリントボアの肉を噛み切りやすいように薄切りにして数枚重ねる。
アクセントにエリエラ草という、味だけ玉ねぎに似た香草──形状は似ても似つかない──をそぎ切りにして、焼いたパンに乗せてサンドイッチにする。
手軽だからゼフィアの分ほかにもまとめて作ってインベントリに放り込んでおこう。
「ほい、おまたせ」
「ありがとうございます……うわ、すごい……」
「霊草を使ってみたから、味がどんな感じになるかちょっと実験的だけどね」
「……ユナさんが見たらひきつけ起こしそうですね」
裏の菜園にたくさんあるんだけどねぇ。
後で程々に摘み取ってまた育てておくか。
飲み物は井戸水にエリシスの果実を絞ったあっさりとしたものだ、爽やかな朝食って感じだなぁ。
「それで、私が居ない間に何か変わったことあった?」
「変わったこと……は、特にないですね。しいていうならゼフィアの特訓が少々過激になったぐらいでしょうか」
「……平和なようなら何より」
彼女にとっては全然平和じゃないかもしれないけど。
まあ、特訓が過激になったぐらいなら何かまずいことは起きたりしないだろう。
「あとはそうですね……氷樹の欠片の最初の取引が終わりました。売上金のうちリーシア様の取り分を村長の家で預かっていますので、戻ったら受け取りに来てほしいとのことです」
「そっか、それじゃあ後で顔を出すかな」
「結構な金額になったそうで、これでもう少し村としての体裁を整えられると喜んでましたよ」
「それはよかった」
今後この村もゆっくり変わっていくんだろうなぁ……。
それが良いことであるのを祈るよ。
「あとは、そうですねぇ。グランさんが落ち着いたらこちらへ移住するそうです」
「へぇ、隠居?」
「表向きにはそうですね、お店をお弟子さんに任せて……ということですが、まだまだ金槌を置くつもりはないそうで」
それじゃあちょっとこの付近で鉱床がないか調べるのもありかな。
金属資源を輸入に頼るよりはいいだろうし。
ついでにこの世界で普通に使う用の長剣の一本も打ってもらおう。
急ぐ必要こそ無いものの、次々と思い浮かぶやりたい事に、思わず口元が綻ぶのだった。




