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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
神刺す若木
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13.空を掴んで


 ふーっと深呼吸して呼吸を整え、思考を巡らせる。

 私の魔術が無効だった、というわけでもないのだろうが、効果があると確証できているわけでもない。

 あの時あの芋虫が使った魔術は、私の魔術を相殺するものだった──と思う。

 であれば、同程度の魔術ではやはり打ち破られてしまうだろう。


「糸による攻撃はともかくとして、私の魔術を相殺してくるとは思いもしなかった」

「ミスリルと名の付く魔物は総じて高い魔術に対する抵抗力があるとは聞いていたけれど、予想以上ね」


 最初に言っておいて欲しかったような気もするが、こうして目の当たりにするまでは高をくくっていたような気もするためその言葉は飲み込んだ。

 心の何処かに、私の魔術が破られるわけがない、なんていう慢心が巣食っていたのだろう。


「高いマナ収束力、知性、そして魔術に対する抵抗力。悪夢みたいな話だけれど、リーシア、もう一つ悪い話があるわ」

「なにそれ数え役満?」

「やくまんとやらが何かはしらないけれど、さっきあなたが……"槍の穂先"だったかしら? を使ってあの芋虫が吹き飛んだ時、その背面に亀裂が見えたわ」

「うえ」


 普通そういうのは蛹の背中にできるものだろう、勘弁してくれ。


「外におびき出せばどうとでもなるんだろうけど」

「出てくるとは思えないわね。向こうには積極的にこちらを倒す理由がないもの」

「そうだね」


 あくまで私達が餌場に入り込んだから襲われている、そのはずだ。

 だからこそ、倒すのならこの餌場で倒さなければならない。

 全く、しんどい状況だなぁ。


「まったく、情けないもんだわ……結局力技しか思い浮かばないなんてね」

「何かあるの?」

「上手く扱える自信もないけどね……"空"の刻印を使う」

「空の刻印を? あれは攻撃的な使い方のできる刻印ではなかったとおもうけれど……」


 そうか、そういう認識なんだな。

 まあ、直感的にできるだろうとしか感じてないから最悪失敗もありうるんだろうが、もう今はやれる手を出すしかないからな。


「アラクネ……十秒、あいつを足止めできる?」


 高位刻印の扱いにはまだそこまで自信がない、その上出力も最大でとなればそれぐらいの時間がいる。

 それでもアラクネはにやりと笑って頷いてくれた。


「任せなさい、そのかわり、確実に仕留めてよ」

「わかってるわよ。これで殺れなきゃ手詰まりだしね」


 自分がこれからやろうとしていることが、想像の外側の被害をもたらす可能性もある。

 だが、ここで倒せなければ私達が終わってしまう。

 先のことを考えるのは、今はおいておこう。




 先行するアラクネに一定の距離を持って保ちながら、坑道をゆっくりと移動する。

 アラクネの糸はすでに壁伝いに展開されているらしいのだが、私にはそれはよくわかない。

 糸の能力の一つだとアラクネは言っていたが、こんなものが四方八方から襲ってくるなんて絶対にしたくない経験である。


 静かな行動に足音だけが響く時間は、程なくして終わりを告げた。

 微かに聞こえる地響きに足を止めてその時を待つ。

 アラクネが飛び退くのと、天井からミスリルクロウラーが飛び出してくるのはほぼ同時だった。

 立ち込める土煙のなか記憶を頼りに"空"の刻印を展開する。

 空──空間を意味するこの刻印を持って、力技でひねり潰す(・・・・・・・・)


 身の丈よりも巨大な刻印を、私の意図する通りに組み上げる。

 坑道にそって二十メテル、ミスリルクロウラーの巨躯をまるごと飲み込むだけの空間を指定して、次々と印を重ねてゆく。

 暴れる度にアラクネの糸が音をたてて断ち切られ弾けた意図が壁面を引き裂く、それでもなお次から次へと絡みつく糸は、私に必要な時間をきっちりと稼ぎきってくれた。


 組み上がった刻印が確かな光を放つ。


「アラクネ、下がって!」


 合図にしたがって彼女が手元の糸を切り離し坑道の奥へと飛び込んだ、それを見計らって空間の刻印魔術を開放する。

 ぎちりと、私の支配下の空間が静止した。

 本来ならばこれで音一つしなくなるはずなのだが、ミスリルクロウラーの高い魔術抵抗はそれに抗ってぎちぎちと音を立てる。

 ここまでは想定内。

 注ぎ込むマナを外部からの収束ではなく体内マナに切り替える。


 ぎしりっ


 何かが軋む音、術を施した空間との裂け目に激しい放電が巻き起こり壁面を、空気の焼ける匂いが漂う。

 強い抵抗感、体内マナの一割程を注ぎ込んでも未だに成されない術式に焦燥が募る。

 こんなに高い術抵抗を持つのか?

 いや、まだ出力が足りないのだろう、ならばもっとマナを注ぎ込んでやればいい。

 二割、三割と注ぐマナを増やす度、激しい光が走る。

 放電に晒されて壁面が融解を始めているのが見て取れたが、まだ目的は達せていない。


 ぎぎぎぎぎぎ、ぎぎっ


 一体何がこんな高い抵抗を示すというのだろう。

 体内マナの半分をつぎ込んでも未だに形を残すミスリルクロウラー、正真正銘の化物としか思えないそれに、残るマナを吐き出すように込める。


 限界に達するまで、十数秒。

 そこに到達した瞬間、一体何が曲がったのかすらもわからない奇妙な音とともに、ミスリルクロウラーが雑巾のように変形した。




 ぱちぱちと小さな放電がいまだ続くなか、真っ暗な坑道に沿うように、雑巾のように絞られた鉄塊が転がっていた。

 それはすぐにマナとして霧散を始め淡い光であたりを照らし始める。

 ぱちぱちと弾ける光を見れば、わずかに空間が歪んでいるようで向こう側の景色が揺らいでいた。

 もしかしたら高い抵抗というのは、空間が捻じ曲げられることに対して抵抗しているものだったのかもしれない。

 体内マナのおよそ九割を消耗した私は、脅威が去ったことを確信してその場に座り込んだ。

 周囲は焼け焦げたような──いや、実際捻じ曲げた空間の周囲は焼け焦げている──鉱夫達がここに踏み込めば驚愕するだろう有様を作り出していた。


 足元を確かめながら、アラクネが坑道の向こうから駆け寄ってくる。

 どうやら無事だったようで、それにほっと息を吐いた。


「リーシア、貴方一体何をしたの?」

「言ったでしょう? 力技しかないって……」


 視界の端に捉えたかすかな空間の歪みは、時間が経つに連れてやがて薄れて消えていった。

 どうやら、空間と言うのは捻じ曲げても次第に収束するものらしい。


「空間ごと、存在そのものを潰させてもらったわ……」


 まったく、この程度で事が済んでよかったのかもしれない。

 視界の端に見えた空間の裂け目のようなものが塞がっていくのを確認しながら、私はそうひとりごちるのだった。




 私達が鉱山から出てくるのを出迎えたのは大勢の鉱夫達だった、ずらりと鉱山の周辺を埋め尽くすように揃い、ツルハシやスコップを構えた鉱夫たちと鉢合わせて思わず私たちは足を止めた。

 皆一様にこちらに視線を向けたまま黙っていて、その様子はちょっと怖い物がある。


「おお、無事だったか!」

「だ、誰かに会わなかったか?」

「やたら頭のゆるそうな三人組とか……」


 その言葉にアラクネと互いに視線を交わし、なるほどと納得した。

 前にでてきたグレッグは顔に大きな痣と、腕に包帯を巻いている。

 そこに添え木がされていることから腕を折られたのだろう……。


「会ったわよ、三馬鹿でしょう?」

「ど、どうなった? 何かしでかさなかったか、いや……無事か?」

「……そんな目に合わされても身を案じるなんてね、貴方の爪の垢でも煎じてあいつらに飲ませてやればちっとは違う結果もあったかもしれないわね」

「爪の垢?」


 ああ、こっちにはそういう言い回し無いのか……。


「あいつらなら喰われたわよ、ミスリルクロウラーに」

「……そうか」


 全く、お人好しだなこの人も……。


「とりあえず……グレッグ、こっち来なさい」

「ん? なんだ……」


 すぐ前までやってきたグレッグの腕の包帯を解きそれを確認して、私は眉をひそめた。

 これは骨折なのか?

 骨折にしては包帯が赤く染まりすぎだろう。


「あなた、あいつらに何されたの?」

「腕を剣で刺されて、そのまま折られた……」

「はぁ? ……あんた、それであいつらの安否気にするとかどんだけお人好しなのよ」

「……俺はまとめ役だ。鉱山に入るやつはどんなバカだろうと責任がある」

「あーそう。じゃあとりあえずその腕こっちに向けな」


 ぐい、と腕を引っ張ってやると鉱夫らしくない悲鳴が上がりる、それがもう重症度を宣言するようなものだ。


「水の神エウリュアレよ、傷つき倒れしこの鉱夫に立ち上がるための活力を……」


 この程度の怪我であれば持ち前のマナ収束力でどうとでもなる。

 別に詠唱なんて必要ないんだけど、そこはらしさということで。

 ふわりと光を浮かべ、刻印魔術はあっさりとグレッグの傷を癒やしていく。

 程なくして痛みが消えたのか腕を動かす彼だが、どうやら問題なくなったのかすぐに包帯を解き始めた。


「治癒術師としての腕も確かということか……恩に着る。これからの仕事に支障をきたさなくて済んだ」

「ワーカーホリック乙。それにしても酷い三人組だったわね……なんでギルドもあんな連中放置してたんだか」

「なんだ、知らなかったのか?」

「知らないわよあんな三馬鹿……」

「あいつらはロジックロック王家の嫡子だ」


 ……マジかよ、だからギルドも手出しできなかったってことか?

 酷いかもしれないが……死んで良かったかもしれんな。


「幸い王家のほうは優秀な末息子がいるから跡継ぎに問題はないだろう……案外、俺たち下々の者からすれば好都合かもしれんが」

「ねぇ、それってさ……」


 トンデモ放蕩息子に後を継がせたくなかったからあえて冒険者を続けられるように計らって体よく殺そうとしてたんじゃ……?

 ちらりと隣を見ると、アラクネは胡乱げな半眼で視線を泳がせたのち、溜息とともにその目を閉じたのだった。

 やっぱ、同じ結論に至るよねぇ……。


 ちょっとかわいそうな気もするけれど……あのバカに国をおもちゃにされるよりかはおそらくマシな顛末なのだろう。

 死なれたほうがマシってのも、哀れだけど。


「それじゃ、そろそろ行きますか」

「ちょ、ちょっとまってくれ。鉱山を救ってくれたんだ、そのまま行かせるわけには」

「私たちはただ依頼をこなしに来ただけで、あなた達を救いに来たつもりは無いわよ?」

「……いや、だが……もうすぐ日もくれる。せめて今日ぐらい泊まっていってくれ」

「ああ、それもそうか……」


 空を見れば確かに日が沈み始め、反対側から夜が降りてくるところだった。


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