12.敗れた手札
たどり着いた空間について、私達は示し合わせたわけでもなく足を止め沈黙した。
本来なら、そこは非常に幻想的な空間だったのだと思う、いや……現状でも十分に幻想的な雰囲気を持ち合わせてはいた。
おそらくそこは、宝石の鉱床のような場所だったのだろう、壁面、天井、そして床にいたるまで、淡く輝く色とりどりの宝石が顔を覗かせていた。
一歩足を踏み出せば砕けた宝石の欠片が音を立て、その無残に砕かれた──食い荒らされた自身を主張する。
隣ではアラクネが屈んでその欠片をつまみ上げてしばらく見聞したあと、惜しいものねと小さくつぶやいた。
「クリスタルパレス……」
「なにそれ?」
「こういった宝石の鉱床、その中でも特に純度の高いものをそう呼ぶのよ。食い荒らされていなければその価値は相当の物だったでしょうね」
「ふぅん……それは、見てみたかったわね」
食い散らかされた残骸の鉱床を前に、これもこれで綺麗だけど、と口にしつつ、そっとその奥へと足を運ぶ。
戦いの場とするのに広さは十分。
あとは……競り勝てるかどうか。
「アラクネ、時間稼ぎを任せていい?」
「やってはみるけど、時間の保証はできないわよ?」
不可能という返事でないのなら、私にはそれで十分だ。
たかだか芋虫ごとき相手に、彼女が競り負けるなんて思っていない、先程の事だって私が居なければ彼女なら十分に凌いでいたはずだ。
「信頼してるわ。それじゃ……始めるわよ!」
足元に"増幅"の刻印を展開し、私はそれを強く踏み鳴らした。
増幅された乾いた音が坑道の奥深くまで反響していく。
二度、三度と繰り返すうちに、遠くから地響きが聞こえだした、どうやら気がついてくれたらしい、ここまでは想定通り。
反響してどこから聞こえるのかまではわからない、だが確実に近づいて来ているという確信がある。
(……振動が、収まった?)
微かに聞こえてきた振動は今は聞こえず、しんとした静寂だけがあたりを包む。
次の瞬間、左側の壁面が突如として爆ぜた。
壁面にあった水晶が礫のごとく襲い来るのをアラクネが咄嗟に遮断で防ぐ。
それに合わせるように刻印魔術を展開する、一秒、二秒……展開を終え放てる状態になったそれを構えたまま、土煙が晴れるのをまち、続く振動に私とアラクネは同時に左右へと飛び退いた。
その直後、私達が居た場所を突き上げるようにミスリルクロウラーが飛び出してきたのである。
私達が待ち伏せていることを承知して、それゆえに取った行動だとはっきり理解る。
だが……。
「準備はできてんのよ、再詠唱は必要ないわ!」
そう、不意をつかれて意識をそらされでもしない限り、私は読解者のスキル"可変詠唱"によって詠唱しながら動き回ることができる。
行動と詠唱、両方に意識を向けなくてはならないためまだ上手く使いこなせないものの、心の準備さえできていればそう難しいことでもない。
捉えた──そう思ったのもつかの間、ミスリルクロウラーはその巨体を現すのではなく、そのまま天井へと潜り込んだ。
私のはなった魔術は、ミスリルクロウラーがその巨体を出して動きを止めるタイミングを想定して放ったものだったために空を切る。
その巨体にあるまじき動きだった。
「嘘でしょう?」
響く地鳴り──すでに振動といったほうがいいだろう、天井からばらばらと崩れてくる鉱石の欠片に、咄嗟にアラクネの方へと跳ぶ。
判断が一瞬遅ければ、天井から降り注いできたミスリルクロウラーによってその巨体で叩き潰されていたはずだ。
すかさず魔術を放とうと刻印を向けるものの、今回も私を襲った直後そのまま地面に潜ったようで振動だけがその存在を主張している。
「リーシア、まずいわよ……これ」
「どう、かな……」
アラクネの危惧はなんとなくわかる。
常に岩盤に身を隠すミスリルクロウラーは攻撃の対象にできない、それをするには岩盤ごとぶち抜く必要がある。
だが迂闊にそんなことをすればこちらは生き埋めか、大きな事故につながりかねない。
だがこのままミスリルクロウラーに襲われていると、ゆるくなった岩盤が崩落しどのみち生き埋めになるだろう。
詰みである。
私が普通の刻印術師であるのなら、だが。
「こういう可変詠唱の使い方は初めてなんだけど……さて」
足元に術を構築し、アラクネの腰に手を回し何時でも飛び出せるように構える。
僅かに警戒しているのか周囲を少し伺った頃合い、頭上から小石が降り注ぎ、それを合図に全力でそこから飛び退く。
天井から落下したミスリルクロウラーは私の残した魔法陣に接触してその身を捕獲されていた。
体表面を薄っすらと覆う水の膜、普段とは違う体の動きと苦しさにのたうち回り始めるが、水の膜をまとわされた体は満足に岩盤に衝撃を与えることさえもできない様子だ。
「こっちを正確に狙ってくるっていうのなら、罠を仕掛けるのは簡単よ」
「……罠型の発動形式、なんて非効率的なものを……いや、この場合なら最善手かもしれないけど」
「非効率的なの?」
「敵が掛かるかどうかもわからない罠にコストを普通使う? 維持だって相当集中力がいるのよ」
「……ふむ」
それは罠の認識と使い方の問題じゃないだろうかね、ここで議論するつもりはないけれど。
しばらくすればおとなしくなるだろうと思っていたミスリルクロウラーは五分たっても、十分たってもその動きを止めずもがき続けている。
魔術はきちんと効果をなしているために大した衝撃もなく、もう安全だろうが……これでは何時終わるのか判断がつかない。
「しぶといね……」
「地中を掘り進む性質上、呼吸が特殊なのかもしれないわね」
「あー、そうか……」
万物の叡智で見ればなんかわかるかもしれん。
魔術の維持を怠らない用に意識しつつ起動すれば、いつもどおりの情報窓が表示された。
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名前:
種族:ミスリルクロウラー(耐久)(知性)
性別:-
ヒットポイント:201526/212800
マナ収束力:3750
体内マナ:2518/2720
クロウラー系最上位種、純度の高い鉱石や宝石を好んで食すが雑食。
長期の地中行動を行うために体内に特殊な呼吸器系を備え、呼吸不能な状態でも数時間の活動を可能とする。
口周りに存在する器官から硬質の糸を発射するなど遠隔攻撃も行う他、上位種になると理論魔術を行使する個体も稀に存在し、そうした個体は総じて高い知性を持つ。
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ぞくりと、背筋を悪寒が駆けた。
呼吸不能な状態で数時間活動が可能だというのに、それでのたうち回るなどありえない、だとしたらこの行動はなんなのか。
咄嗟にアラクネに手を伸ばし、次の瞬間閃いた無数の銀閃から逃れるように私たちは大きく横へ飛び退いた。
無数の銀閃が激しく壁面に突き刺さる。
それはまるでマシンガンを乱射でもしたかのような光景だった。
何があったのか……考えるまでもない、口周りに存在する器官から、硬質の短い糸を無数に射出したのだ。
私に万物の叡智が無かったら、完全に不意打ちを受けて致命傷を負っていただろう。
それだけではない、以前の特異なミノタウロスとの戦闘、そしてステータス記述を見ていた事がなければ反応は確実に遅れていた。
こいつも特殊個体、ということだ。
「な……なんで!?」
「驚くのは後……来る!」
ミスリルクロウラーの周囲に現れる複雑な計算式らしき文字、それを読み解くことはできないが、不思議と感覚が何を意味しているのかを伝えてくる。
"遮断"の刻印魔術は、アラクネのほうが早かった。
無数の石礫が飛び交い激しい音をたてる、それらはすべてアラクネの魔術によって遮断されているが、舞い上がった土煙は視界を奪い、それを影にミスリルクロウラーは私の魔術を打ち破って再び土中へと姿を消した。
こいつはまずいわね……色々と、周りに気を割いている余裕はないかも知れない。
「リーシア、次の策は!?」
「残念ながら、何もない」
剣で切れるわけでもなく、魔法で消せる相手でもなく、高い知性を持ち、馬鹿げた耐久力を持つ敵を、一体どうやって倒せというのか……。
HPバリアだってほとんど削れていなかった。
これがゲームなら、死に戻ってからゆっくりと対策を考えれば済む話だった。
今はそうは行かない……手札を、なにか……。
今は少しでも考える時間がほしい……となると、これしかない!
断続する振動にタイミングを合わせて三度飛び退く、一瞬前まで居た場所で激しい土煙が上がった。
砂埃に邪魔されて効果は落ちるかもしれないけれど、今の手札で稼げる時間はこれぐらいだ!
「"物品開放"──"土蜘蛛の糸"!」
放ったアイテムは意思を持つかのように広がってミスリルクロウラーを捕獲する、芋虫に蜘蛛の糸なんてどこまで効果があるだろうか……。
「連続……"槍の穂先"!」
アイテムの開放に伴って空間を捻じ曲げて突如現れた巨大な槍の先端が得物を真横から襲う。
これで装甲を破れるならばよし、そうでなくても相応の衝撃があるはずだ。
金属と金属の激しくぶつかりあう音が響き、激しく鼓膜を震わせる。
平衡感覚が崩れるんじゃないかという激音は、ミスリルクロウラーを真横に吹き飛ばした。
「アラクネ、距離を取るわよ!」
「う、うんっ」
すでに穴だらけにされた地盤の側にいるのはまずいという考えもあり、速やかに私たちは坑道の奥へと駆け出した。
「どう……したものかな」
見通しが甘かっただろうか、それとも私がこの世界を知らなさ過ぎたのが原因か?
いや、アラクネだって知っていれば私の考えた案──窒息させる──というのがダメであると言うはずだ、つまり初めての試みでそれが失敗した……。
であれば次の手を考えなくてはいけない。
"弱点看破"からの"瞬突"、確定クリティカルによる防御無視を狙うか?
「リーシア」
いや、まともに切り結ぶことができるとは思えない。
相手からすればこの坑道ごと崩したって何ら問題はないのだ、自分に圧倒的不利な事をするわけがない。
何か新しい魔術の使い方をするか、物品開放に糸口はないか?
そもそもなんであいつには魔術が効かない?
いや、そもそも魔術の優越はなにが──
ごつっ、と頭に衝撃が走って私の思考は無理やり中断された。
振り向けがアラクネが半目でこちらを睨みつけているのが見える。
「一人でうだうだ悩んでるんじゃないわよ。しっかりしなさい!」
「う、うん……」
「わからないことがあるなら聞きなさい、私が答えられることならなんでも応える。私たちはこんなところで死ぬわけにはいかないのよ、しっかりしなさい"魔剣の賢者"!」
言われて思わず思考が固まった。
今呼ばれるまで、その肩書をすっかり忘れていた。
確かに、魔剣の賢者ならばこの程度の状況でパニックを起こしたりなんてしない、いつだって不敵に笑って立ち向かう、そういうふうに在ったはずだ。
「アラクネ……」
「なによ?」
「……ありがとう」
無理を通せば道理が引っ込む、穴がなければこじ開ける。
絶対無敵の存在なんて居やしない。
たかだかメタルな芋虫程度、切り崩してやる。




