10.交錯する銀閃
朝になって連絡が来て、連れて行かれた町はずれの広場にはすでに大勢の……おそらく町の大半の鉱夫たちが集まっていた。
どう取り繕っても見世物っていうか、賭けをしてる連中もいるなぁ……。
大半は酒飲みながら盛り上がってる感じだ。
あんまり気分は良くないのだが、それはアラクネも同じらしく、どことなく不機嫌そうで、尻尾の毛が若干逆立ち気味である。
まあ、見世物にされる女っていうのは気持ちのいい構図じゃないか。
「そいじゃこっちは適当に盛り上げるから、適当にやりあってくれ」
おいグレッグ、お前もう私達の実力確認するとかどうでも良くなってないか?
まあ、それで不和が収まるというのなら多少盛り上げてやってもいい、というよりもむしろそのつもりで今日は来たわけだが……。
「まずは一人目の紹介だ、美人の片割れ、糸使いアラクネ!」
アラクネが前に出た途端ものすごい歓声が上がった。
いや、そうだよね……鉱山の町だもん、女っ気薄いよねぇ。
そういう仕事をする女性だってもちろん居るはずだけど、彼女は相当の美人なのだ、盛り上がらないはずがない。
大歓声に思わずたじろいでいたけど、大丈夫かなぁあれ。
「本家からの紹介状を持ってきた、アラクネの相方、リーシア!」
名前を呼ばれて前に出るのだけれども、歓声、というには若干迷いがちな声が上がる。
さもありなん、今の私は丈の長いマントを羽織った状態で首から下を綺麗に隠しているのだ。
観衆も反応に困っているのだろう、顔はもちろんだけど体のほうが見たいんだろう、正直な連中め。
マントの裾を掴み、盛大に脱ぎ捨てる。
次の瞬間、アラクネのときの比ではない大歓声があがった。
視線が胸と局部に集中するのに内心で眉をひそめつつ、軽く舞って見せてやる。
腕や腰にあしらわれた薄帯がその度にひらひらと躍る。
軽いサービスのつもりだったが好評のようだ。
ビキニのような申し訳程度の布で隠す所だけを隠し、その上にゆったりとした薄くすけた布を纏った服、つまるところ踊り子の服を身にまとって、腰にホーリエルとソードダンサー、そして鞭と矢筒を下げただけのスタイル。
人によっては痴女と称するかもしれないけれど、それは紛れもなく"舞姫"リーシア・アーティエの正装だった。
私が普段使っているキャラクターは、"魔剣の賢者"スノウ・フロステシアのもの。
そして、元はオンラインゲームだったために、他のキャラクターも存在し、私はチートの一つとしてキャラクターセレクトというものを行える。
今の私は"舞姫"リーシア・アーティエなのだ。
かなり気に入っていてメインであるスノウとほぼ横並びになるぐらいに育成した、鞭と矢を扱う独特のクラス。
それを持ってきた。
これであれば、アラクネと対峙してもそこそこ見栄えのある戦闘ができるだろう。
「色々と言いたいことはあるけれど、それは全部後に回すとしましょうか……」
気のせいかな、アラクネの尻尾がさっきより逆だっている気がしますが。
「手の内を……見せてもらうわよ、リーシア!」
「上等、度肝抜かれるんじゃないわよ、アラクネ!」
アラクネが糸を自分の周囲に展開する。
それに合わせて私もホーリエルとソードダンサーを引き抜く。
さあ、楽しい祭りの始まりといこうじゃないの!
微かに光を反射して襲ってくるアラクネの糸を、ホーリエルの腹であしらいつつ距離を詰めようとする。
それを制圧するかのように別の糸が動き、私の行く手を足止めする。
わかっていたつもりだったけれど、やはり四方八方から襲いかかる視認しづらい糸と言うのは非常に厄介だ、今は観客にも視認し易いように太く目立つようにしているようだが、これが本気ならいつ首に糸が掛かっているかもわからないだろう。
気づけば私が右手に持つソードダンサーにも糸が絡みついており、振り払おうとするにも形状が邪魔をして力対力での引き合いになる。
こちらからの力は糸を緩めることで散らされてしまい一方的な釣りのような有様に私はタイミングを見計らって右手の短剣から手を離した。
甲高い金属の音を響かせて短剣が空高く舞う。
視線がそれたのは観衆だけで、それに小さく笑いながらも刻印を即時で展開する。
一つ一つの規模は小さく、代わりにその数をひと目見てわかるほど多く見栄えのするように……。
「"凍りつく無数の矢"!」
数十の生み出された氷の矢がぞろりと揃ってアラクネを向く、その数に一瞬彼女が怯んだ様子だった。
だがそれも一瞬のこと、即座に火の刻印魔術を使って巨大な火球を生み出す。
「"猛り狂う紅蓮の檻"!」
その瞬間、幾重にも交錯する炎の鎖が現れて氷の矢の射線を妨害する。
威力は互いに相殺する程度、頃合いを見計らって互いの魔術を開放すれば、荒れ狂う炎と吹き荒ぶ冷気がぶつかり合い大気を震わせる。
細切れになり散った炎を背景に、アラクネは糸を構え直し、私は左手に矢を、右手に鞭を取り出した。
鞭の扱い方が理解ることは確認済み、軽く振るえば風をきる音が耳に心地よい。
さて、どこまで打ち合えるのか試してみようか。
アラクネの手繰る糸、そのうち近いものから順に目星をつけて鞭を振るえば、弾けたアラクネの糸と私の鞭が、金属同士がぶつかり合うような、およそ靭やかな物が打ち合ったとは思えない音を響かせた。
その音響に観衆から思わず悲鳴が上がる。
原因は互いの武器だろう。
アラクネの手繰る糸、"アラクネウェブ"はミスリルワームという魔物の糸、言ってしまえば鋼線に近い。
そしてそんなアラクネの武器と打ち合うために私が用意した、"ワイヤードライン"もまた金属繊維の武器だ、インパクトは十分だろう。
全身の動きを連動させて振るう鞭の一撃は強力無比だが、それでアラクネの糸を断ち切れるわけでもない。
攻撃力だけで言えばゲーム由来のこちらの武器のほうが圧倒的である、だがアラクネは絶妙な加減でそれを見極めているのだ。
まったく、仲間ながらとんでもない。
ただこっちが好き放題暴れて、アラクネにあやされているようなそんな錯覚すら覚えてくるのだから質が悪い。
「まったく、貴方何処にそんな技術隠し持ってたのよ!」
私の鞭を捉えようとして糸を手繰るアラクネが呆れたように声を上げる、それはこちらだって言いたい気分なのだけどね。
「貴方こそ、ここまで正面切って戦えるタイプだとは思わなかったけど!」
舞うように、躍るように鞭を翻しただひたすらにアラクネの糸を弾く、弾く、弾く。
威力の差はあれど、手数の多さに次第に押されて領域が狭められていくのを感じて私は一度距離を取って鞭を構え直す。
そしてに左手で腰の矢筒から無造作に矢を取り出した。
「鞭遊びはもうおしまいなのかしら?」
「いやいや、本領発揮はこれからよ」
取り出した矢を前に放る、それ自体は何でもないただ投げただけの無造作な行為に過ぎない。
人によっては苦し紛れの意識を逸らす行為と見えたかもしれない。
くるりと体を捻り、全身の動きを連動させる。
軽いステップ、腰のひねり、上体の捻り、腕の動き、手首の返し、そして鞭のしなり。
全身の動きを遍く連動させて繰り出すその鞭の一閃、それは放り投げられた矢の筈を的確に打ち据えた。
無論、ただの矢であればその一撃で砕けてしまうだろう。
私の投げた矢はこのスキルのためだけに強化の施された特製の物であるのは言うまでもない。
弓で引き絞られるのとはまるで異なる運動エネルギーは、矢を閃光へと変えた。
アラクネの背後にある木を貫いて穴を開け、その後ろの岸壁へと突き立つ。
その常識的に考えてありえない出来事に、誰もが沈黙し息を呑む。
油断のなかったアラクネでさえも、それに驚愕して手が止まるほどだ、内心私も予想外の威力にびっくりしているが、それを顔に出すようなことはしない。
「さて……何発撃ち落とせるかしらねぇ?」
数本の矢を改めて矢筒から引き抜き、舞うような動きでそれぞれ打ち出す。
一射、二射、三射。
一射目はアラクネの髪をかすめて背後の木に大穴を穿ち、二射目はかすかにそれて背後の岩壁を砕く。
三射目に至って、ついに捉えられた矢が二つに断ち切られた。
「ただ早いだけの矢、っていうのならなんてことないわね」
「あら、そう……」
アラクネとしても、私が当てるつもりがないことはわかった上での演出半分の挑発なのだろうが、それならば私としても応えないわけにはいかないね。
「それじゃあ、それだけじゃないって所を披露してあげないとね……とくとご覧なさいな、"舞姫"リーシアの演目をね!」
矢筒から七種の矢を勢い良く引き抜く。
熱が、冷気が、砂が、音が溢れ出すその様は小さなパンドラボックスを開けたような有様である。
「……"七曜万化"!」
空高く放る矢を追って高く高く跳躍する、下手に被害を広げないように打ち下ろす形にするためのそれは、傍からはどう見えたことだろうか。
空中でくるりと猫のように姿勢を変え、矢継ぎ早にそれを打ち出す。
鞭によって運動エネルギーを与えられたそれは、次々と別の効果を纏って大気を引き裂いて駆けた。
焔を纏った矢がアラクネの糸を蒸発させ地面を融解させ、風を纏った矢が真空波を発生させ糸を共振させる。
大気を凍らせてダイヤモンドダストを発生させながら、糸を凍らせ砕く矢がアラクネの髪を掠めて散らし、特殊な形状をした矢羽と矢尻がアラクネの束ねた糸を引き裂き安々と地中深くに潜り込む。
空中で糸に接触した矢は赤黒い炎を上げて炸裂し、電光を纏った矢はアラクネの糸に引き裂かれると同時にその紫電を糸伝いに走らせる。
進路上にある糸すべてを腐食させ直進する禍々しい矢が地面に突き立ち大地を腐らせ手すべての効果が終了するまでおよそ数秒。
一瞬の間に起きた七種の幻想を、しんとした静寂が見守った。
おおよそ矢が突き立ったとは思えない背後の有様は燦々たるものである。
凍りつき、腐り果て、溶けて溶岩となり、採掘機でそこだけ掘り返したかのような有様が点々と広がっており、それらは効果が切れた後でも影響が残っているのか、熱気と冷気、腐臭を漂わせている。
アラクネの糸は操る手が止まったことでくたりと地面に散って、その半分近くが損傷していた。
おもったよりも七曜万化の効果が強かったため、少々やりすぎたような気がしないでもないが、まあ大事に至っていないから大丈夫だろう。
アラクネの武器の損傷は流石に申し訳ないけれども。
黙り込む観衆の中でくるくると舞い、ポーズを決めてから武器をしまう。
その頃になってようやくざわめきが上がり始め、そして大歓声が湧き上がった。
手を振る鉱夫たちに笑顔で返しながら、アラクネを回収して退場する。
流石にそのへんはわきまえていたのか、グレッグが駆け寄ろうとする鉱夫たちを足止めしてくれた。
こうして、私達の実力を認めさせ、ついでに鉱夫たちのガス抜きをするという目的は達せられたのだった。
「武器、大丈夫そう?」
ギルドであてがわれた部屋に戻って一息、といったところでアラクネウェブを取り出した彼女は眉間に皺を寄せて丁寧に見分を始めていた。
表情から、あまりよくなさそうだというのは伝わってくる。
「全力戦闘は当分無理ね、損傷が激しすぎる。半分ぐらいちぎれてるわ……予想以上ね」
それでもあれで使い物にならなくなっていないのは大したものだと思うのだが。
「まあ、糸事態はほぼ回収できたし、時間がたてば直ると思う。それよりも……あなた、リーシアよね?」
「う~ん……本人だけど、やっぱり違和感ある?」
髪の色は変わってないんだけどねぇ、と言いながらおどけてみせると、アラクネは私の目をまっすぐに、特に左目を見てじろりと睨んでくる。
"舞姫"リーシアのキャラメイクはオッドアイなのだ。
「貴方の瞳は両方共緑色だと思っていたけれど、どうして左目が青いのかしら?」
キャラが違うからです、なんて説明は出来ないし、さて言い訳タイムと参りましょうか。
「私が誰だか、言ってみて」
「誰って……リーシアでしょう? リーシア・ルナスティア」
「ええ、今はね。そして昔はスノウ・フロステシアと名乗っていた」
正確には私のファーストキャラがスノウ・フロステシアである。
そして、私にはセカンドキャラが居た。
「今の私の姿は、それとは違うもう一つの姿。リーシア・アーティエのものなの。もしかしたら伝承あたりに残ってるんじゃない? スノウと決して行動をともにすることが無かった、"アーネンエルベ"の舞姫」
同じアカウントだから同時起動できなかっただけなんだけどね。
私の言葉にアラクネは暫くの間渋い顔をした後、ゆっくりと、深い溜息を吐いた。
「信じるわよ、信じますとも、そうしなきゃ話が進まないしあなたが嘘をつくとは思わないからね、でもね……」
納得するのは難しいと、そうアラクネの表情が物語っていた。




